子どもの声は後回し? 守れたはずの命を守るため、制度にできること

    6月19日、児童福祉法などの改正案が参議院本会議で可決された。そこに盛り込まれた「児童の意見表明権」。子どもたちの立場に立って、その声に耳を傾けることの重要性を専門家に聞く。

    児童福祉法などの改正案が6月19日、参議院本会議で可決、成立した。一部を除き2020年4月から施行される。

    親の体罰を禁止し、児童相談所の体制を強化する条項などに加えて、ここには「児童の意見表明権を保障する仕組みの構築その他の児童の権利擁護の在り方について、施行後2年を目途に検討を加え、必要な措置を講じるものとする」という一文が盛り込まれている。

    子どもの意見が聞き入れられることがなく、守ることができたはずの命が奪われる。記憶に新しいのは、2019年1月に千葉県野田市で小学4年生の女の子が亡くなった事件だろう。

    女の子は、父親から虐待されていると学校などに訴えていたが、重く受け止められることはなく、児童相談所に一時保護された後に自宅に戻す決定がなされていたことがわかっている。

    なぜ、児童の意見表明権が重要なのか。長年、子どもの意見表明権を保障する取り組みの研究を続けている大分大学助教・栄留里美さんに話を聞いた。

    子どもの声は後回し

    栄留さんは市町村の児童虐待の相談員を務めていたことがあり、子どもの一時保護に関わっていた過去を持つ。児童相談所や併設する一時保護所で働く職員たちへの負荷が高まる中で、子どもたちの意向を聞くことそのものが後回しになりがちな現状を指摘する。

    「子どもは嫌がっているのに一時保護所に連れて行くということを経験したんです。子どもの安全を確保することはもちろん重要です。ですが、保護された後に子どもたち自身が苦情などの声をあげる仕組みが機能していません」

    公益社団法人「子ども情報研究センター」が2017年に児童相談所を設置している全国の自治体を対象にした調査によると、2016年度に児童福祉審議会に子どもたちからの連絡・相談として記録されているのは5件のみ。この調査結果もこうした仕組みの機能不全を裏付けている。

    「現場で働く職員たちには、子どもの訴えることと、その子の安全を確保することとの間でジレンマを抱えやすい。もしも子どもの側だけに立つことができる人がそこにいてくれれば、子どもの声を受け止めた上で安全を確保することができるはずです」

    今でも時折、ネグレクトの家庭から保護されたある1人の子どものことを思い出す。その子自身は家庭を離れることを望んでいなかったが、半ば強制的に児童養護施設に連れて行くしかなかったと振り返る。

    もしも、その子の立場だけに立ち、その子の声に耳を傾ける人がいたら…そう考えずにはいられない。

    「アドボケイト」が児童養護施設に関わることで生まれた変化

    現在は「アドボケイト」(代弁者)と呼ばれる大人が児童養護施設に通い、子どもの声に耳を傾ける仕組みをとある児童養護施設と連携して2017年度から進めている。

    今年度で3年目。アドボケイトが関わることでポジティブな変化が生まれていると栄留さんは語る。その施設ではじめたのは、児童相談所で保護されてから自立するまでの子ども一人ひとりを支援ためにつくられている「自立支援計画」に、子ども自身の意見や希望を反映させるという取り組みだった。

    「その施設ではそもそも自立支援計画というものを作成していることすら、子どもたちには伝わっていませんでした。このような施設は少なくありません。まずはその存在を伝え、子どもたちにどんなことをしたいか聞いて回りました」

    「習い事をしたい」といった子どもたちの本音が次から次へとアドボケイトのもとに寄せられた。

    知的障害を持つある子どもの場合、職員もその子の思いを十分に理解できずにいた側面があった。担当の職員は日々、何をしたらこの子にとって一番良いのか悩みながら接していたという。だが、アドボケイトがその子とコミュニケーションを続けていく中で、会話は苦手だがタブレットに文字を打ち込めば何を考えているのか理解することができることに気付く。タブレットを通じて、次第に親と何がしたいのかを言葉にするようになり、現在では家族と一緒に体を動かす遊びを楽しむようになっている。

    他にも施設の設備の修理を求める声も多く寄せられた。トイレのドアの修理、部屋の窓の鍵の修理などは日頃忙しい施設職員にとってはついつい後回しになりがちだった。アドボケイトが子どもの声を伝えることで、こうした状況が改善された。

    栄留さんがこれまでアドボケイトのコーディネートを行ってきた中で実感しているのは、子どもを取り巻く大人の変化だ。

    「ある職員さんたちはこれまで、目の前の子どもたちのために何をしたら良いのか頭を悩ませてきた。何をしてあげたら良いんだろうって。でも、その児童養護施設では、まずは子どもの声を聞いてみようという方向に職員さんの意識が変化してきたと話してくれたんです」

    子どもたちの変化に戸惑いを感じる施設職員もいた。だが、それでもアドボケイトがどのように子どもたちに向き合っているのかを丁寧に説明し続け、目の前の子どもの変化を目にすることで、現場で働く職員からの理解につながりつつある。

    子どもたちが自分で自分のことを決める機会を取り戻すために…

    2017年に厚生労働省が策定した「新しい社会的養育ビジョン」にはすでにアドボケイトに関する項目が3つの文脈で9箇所盛り込まれている。その中でも児童福祉審議会に意見表明支援員を設置する取り組みは、間もなく複数の自治体でモデル事業がスタートする。

    その先の制度化を見据え、問題視されているのはアドボケイトとなる人材の育成だ。課題を解決するために、人材不足を解決するための養成講座が全国で開催されている。これまで大阪や福岡、愛知などで開催されてきた講座は8月3日、4日に初めて東京でも開催される予定だ。

    「虐待を受けた子どもたちって自分のコントロールできないところで虐待を受け、施設に入れられ、中には施設から施設へ、もしくは里親から施設へ転々とさせられる。そんな自分のコントロールできない環境で過ごしてきたからこそ、自分のことを自分で決める機会を取り戻すことが大切だと思うんです」