「やめたいと思わなかったことがない」東京喰種、作者と盟友が語る創作と葛藤

    東京喰種の最終回、その舞台裏と意味――。

    累計発行部数3700万部超。連載開始から今年7月に完結を迎えるまで7年、重厚なストーリーに緻密な描写の作品を、凄まじいスピードで世に送り出してきた石田スイ。

    メディアに出ることはほとんどない謎多き漫画家が、影響を受けた存在がいる。

    アニメ『東京喰種:re』のEDテーマ『楽園の君』を担当するösterreichの高橋國光だ。石田は一時期、高橋の作る音楽だけを聴いていた時期もあるといい、「自分の言いたいことのすべてを先に言っている存在」と激賞する。

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    『楽園の君』 / Via youtube.com

    一方で、高橋も石田に影響を受けなかったわけはない。なぜなら彼は石田から依頼を受けるまで「音楽をやめていた」からだ――。

    今後、音楽はやらないだろうなと思っていた。なんで自分なんだろう……?

    ――福岡に住んでいるスイ先生と、関東在住の高橋さん。どうやって出会ったのでしょうか?

    石田:3年前のTVアニメ『東京喰種√A』のOP『無能』を依頼したところからはじまります。一応、アニメのOP曲候補をたくさん提案してもらっていたんですけど、僕がそれをずっと突っぱねていたんです。

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    『東京喰種√A』のOP『無能』 / Via youtube.com

    もともと國光くんが昔やっていたthe cabsというバンドが好きで。『東京喰種』の7巻あたりの話を描いているときは、the cabsの『2月の兵隊』だけを聴いていたので、気持ちが強かったんだと思います。

    高橋:でもその時、the cabsはもう解散してたし僕は音楽活動をやってなかった。

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    the cabsの『2月の兵隊』 / Via youtube.com

    石田:僕は國光くんが音楽活動を休止した後、彼のSoundCloudを監視してたので(笑)。

    たまに新しい曲が上がっているのを見て生存確認できていたし、まだ音楽をやっていることを知っていたから「東京喰種の音楽も作ってくれるんじゃないの?」と思ってアニメサイドにも100回くらい言ったんですよ。

    高橋國光くんに音楽を作って欲しいって。でも、全然決まらないから99回断られたのかなって思った。

    高橋:そもそも話が来てなかったから! 当時在籍してた事務所の社長から急に「大変なことになってる」って言われて。前触れもなかった。

    石田:あんなに言ってたのに一回も話がいってないってどういうこと(笑)。とはいえ、ありえない提案ですよね。國光くんのバンドは解散していて形がないし。

    高橋:僕自身、今後音楽はやらないだろうなって思ってたし、やる気もなかった。

    SoundCloudに音楽を上げることはあっても商品にするわけではなく、パーソナルな所に収めていくつもりでした。だから打診が来た時「何を言ってるんだろう? なんで俺なんだろう?」って……。

    『東京喰種』、読んだことなかったし。

    ――怖くなかったですか?

    高橋:めちゃくちゃ怖かったですよ。バンドが解散して3年が経っているから、音楽を作る能力がなくなっている気がしたので。作れなかったらどうしよう、と。しかも自分がやっていたよりも、もっと大きな規模での制作。普通に不安でしたね。

    ……一方で「音楽をやっていい」って言われたような気がしたんです。できるかわからないけど、ここでやらなかったら、多分一生音楽をやらないだろうなとは思いました。

    『東京喰種√A』のOPになった『無能』は、スケジュールもギリギリだったので、とにかく必死に作り上げて、生きた心地はしませんでした。作品に引っ張られないように原作は全く読みませんでした。結果……音楽をやっていなかった3年の間に溜まった嫌なものが全部曲に出てしまった。

    石田:僕は彼が作るものは基本的に全部好きなので、デモを聴いた時点で「いいじゃん」って思いました。嬉しかった。ただ、あの曲は……いびつすぎるよね(笑)。

    高橋:今聴いても「いびつ」だと思う。

    ――『無能』の制作を通して、二人は交流するようになったのでしょうか?

    石田:いえ……その時はデモを受け取っただけですね。リリースしてからSkypeで対談があって、その時が初めての会話だったかな。あとでTwitterのDMかメールか……に「この度は」みたいな感じの連絡が来て、個人的に話すようになりました。

    数ヶ月は文章のやり取りしかしてなかったんですけれど、ふいにSkypeで通話するようになったんです。そうしたらいきなり「俺は明るい」って宣言された(笑)。

    高橋:自分のイメージ的に「すごく気を遣われているのではないか?」って思ったんですよ。話しづらくなるから、僕なりにジョークをかましたつもりだった。

    石田:勝手にめちゃくちゃ暗い人なんだと思っていたんです。僕も当時はそういう部分が強かったから、暗いモードで話そうとしてたら「俺は明るい」って言われてしまった(笑)。

    高橋:よく喋るし、ジョークも言うよって。

    石田:それから1~2ヶ月に1回くらいSkypeで話すようになったんです。1回に6時間くらい。

    高橋:朝までとかね。彼は作業をしながら話すんですよ。だから長い時間話せる。

    石田:話し相手がいると逆に捗るんです。

    マンガ家と音楽家が夜な夜なSkypeで話すこと

    ――集中力は削がれないんですか? 通話していると相手のことを考える瞬間もありますし。

    石田:作業によりますね。マンガって考える作業と手を動かすだけのタームがあるんです。「いつもの作業」っていうのかな。「いつもの顔」「いつもの構図」。こういう作業をする時は、誰かと話しながら、テレビ見ながら、音楽を聴きながらってことが多いです。

    ――どういう話をするのでしょう?

    石田:創作についてとか。最近はデスゲームの話をしましたね(笑)。

    ――デスゲーム?

    石田:コンビニに行くと必ず置いてある殺し合い系の作品。デスゲームというフォーマットは優秀だから、どの時代でも描きやすいし売れる。でも、このフォーマットに甘えていると作者本人も気づかないうちにダメになっていく気がする……みたいな。

    デスゲームで一番おもしろいのは、やっぱり『バトルロワイヤル』。

    高橋:強いフォーマットってどの界隈にも絶対にあって。音楽にもあるんですよ。この型に入ればとりあえずOK。とりあえずこれくらいの数が狙える。

    石田:フォーマット自体は悪くないけれど、頼りすぎると自分で作り出したものじゃなくなるし、創作が脂肪だらけのブヨブヨなものになる。

    ――じっくり話をしているうちに、相手から影響を受けてることはありますか?

    石田:僕は受けてますね。音楽とマンガ、それぞれの分野についてお互い詳しくないけれど、創作という点で共感できる要素がいっぱいあると気づいたんです。國光くんと話していて、他のジャンルの人とも繋がれるって思いましたね。壁を作らず話ができる。

    ――高橋さんはどうでしょう?

    高橋:客観的に見て石田くんはすごく成功している人。昔の自分は、成功している人に対して劣等感のような気持ちがずっとあったんです。

    でも、彼と話していて……普通なんだって思った。たまたま石田くんが普通なだけかもしれないけれど、苦しみ方が似ているというか。そういう意味では視野が開けたし、最前線を走る人に対する考え方が変わりました。

    ……やっぱりプロフェッショナルだから。自分がモノを作っている人間である以上、プロフェッショナルな人間をバカにすることはできない。

    一度音楽をやめた自分。続けてきた石田スイ

    ――高橋さんは、なぜ一度音楽活動をやめてしまったのでしょうか? the cabsのツアー直前に忽然と姿を消してしまったと伺いました。

    高橋: ……そうですね。メンバーはもちろん、多くの方に迷惑をかけてしまったので、語れることはほとんどありません。……ただ、僕はフワッと逃げ出してしまった。だから、もう音楽をやることはないだろうと思っていたんです。

    ――あくまで「個人的な場」で音楽を作っていたら、タイアップの話が来て。考えは変わりましたか?

    高橋:そうですね。石田スイと関わっていく中で強く影響を受けたことが2つあるんです。ひとつは、物事は続けることが最も尊くて、そのことに対して俺たちは何も文句を言えない。

    石田:どんな形であれ、出し続けるってすごいこと。自分が今連載してないから余計感じます。やっている人が一番偉い。

    高橋:自分は、一度音楽をやめてしまった経緯があるから、その気持ちがめちゃくちゃ強かった。

    あともうひとつ……これは、『東京喰種』が完結して実感したことで「ちゃんと終わらせること」も「続けること」と等しく素晴らしいことだと思ったんです。

    ――「ちゃんと終わらせる」とは?

    高橋:出会った時、石田くんは「『東京喰種』はめちゃくちゃにして終わらせたい」と言ってたんですよ。

    石田:台無しにしてやろうって(笑)。

    高橋:でも、実際に最終話を読んだらすごく綺麗に終わらせていて、「やられたな……」って思ったんです。

    やめたいと思わなかったことがない

    高橋:その正解を勝手に出されたのが悔しくて。俺は歩道を歩いているのに、石田くんは知らない間に車道を走ってた……みたいな感覚。今回『楽園の君』を作る時にはすごく影響を受けました。終わらせることの尊さを。

    ――「続けることの大切さ」の話が出ましたが、スイ先生は連載を7年間続けていて、やめたいと思ったことはないのでしょうか?

    石田:ずっと思ってました。雑誌連載もマンガも甘く見てたんだと思います。

    やめたいと思わなかったことがない(笑)。でも、最後の半年間は続けたいと思いました。

    ――なぜでしょう?

    石田:なんでだろう……誰かを頼って良いんだと思えてから、マンガを作る楽しさを実感したんだと思います。自分1人で考えて出した結論は大抵独りよがりだし、マンガを1人で描いて楽しいと感じる時期は終わってたんです。

    でも誰かに相談たり、違うやり方を見つけた。それに6年半くらいかかったわけですが(笑)。

    ――それまで独りで悩んでいた?

    石田:僕個人の問題ですが、物語の展開を誰にも言いたくなかったんです。担当編集も読者として捉えているから、隠しておきたくなっちゃって。その場合、何を編集者に相談したら良いんだろう? 表面的なことしか言えない……そういう時間が長かった。

    やめたいとしか思っていなかったのに、最後の半年はもうちょっと続けたいと言い出して……その分、毎週原稿を落としかけていました。常に印刷所の方が、ギリギリまで僕の原稿を待って下さっていたみたいです。

    『東京喰種』最終話、本当は台無しにする予定だった

    石田:もともと去年の12月で終わるつもりだったのですが、「すみません、あと3ヶ月欲しいです」と、どんどん伸ばしてもらって結局半年くらい伸ばしました。

    「あと10話で終わります」と編集部にお願いしたときに、最終話の掲載号で表紙の枠を用意していただいたんですけど、直前で「ごめんなさい。あと3話欲しいです」って言って……。

    高橋:僕、その「終わるはずだった10話」の回のヤングジャンプを読んでいて。完全に騙されましたからね(笑)。「東京喰種クライマックス」っていう表紙で、「ついに終わるのか」と思って読んだら、全然続いてた。

    石田:あと3話欲しいと言ったのが遅すぎたんですよね。多分、各所に軋みが来ていたと思うんですけど、ヤングジャンプ編集部にすごく汲んでいただいて。

    ――最終話が掲載されたヤングジャンプは裏表紙が『東京喰種』になっていたのはそのためですか?

    石田:そうです。あれも編集長のご厚意で「裏表紙だったら枠が取れそうです」と提案してくださったんです。

    最終話で表紙はよく見るけど、裏表紙で終わるのはちょっとクールだし。表紙を見て「終わるんだ」と思いながら読むより、読後に裏表紙を見てカネキとトーカがいたら良いなと思って。狙ったわけではないんですけど、編集長の粋な計らいであの裏表紙ができました。

    ――台無しからハッピーエンドになった最終話。考えが変わるきっかけはあったのですか?

    石田:多分……終わりを意識する中で、台無しな終わりに対する価値がわからなくなったんだと思います。当初は「みんなにショックを与えて自分も消えてしまおう」と考えていたし、それを格好いいと勘違いしていたと気がついた。

    とはいえ……終盤はかなりめちゃくちゃになった部分もありましたけれど、ポジティブに変えた。下手でもいいからしっかり解答を出す方が良い。あのハッピーエンドも別の意味で台無しですよね(笑)。こっちの台無しの方が面白いと思った。

    高橋:あの終わり方は俺の中で衝撃だった。やりやがったなっていう。

    伝えること、続けること、終わらせること

    ――『楽園の君』で、再び東京喰種のタイアップの打診が来た時、どうでした?

    高橋:彼と仲良くなっていくうちに、アニメの話も出るわけです。最終話の過程を近くで見て、騙されて、衝撃を受けている身からすると、そんな作品のエンディングを作って欲しいって言われたら断れないです。

    ……でも怖かった。

    ――前回も無事作り上げた実績があるのに、なぜでしょう?

    石田:「掘り当てられるのか?」って感覚だと思います。鉱脈があってそこから素材を取り出すのは運に依るところもある。the cabs時代は、彼はそれを自然にできていたから。

    高橋:鉱脈が露出しているような感じで、音楽を作れたんです。

    石田:『楽園の君』をやってもらうときは、どこから掘っていいのか……という感じに見えました。鉱脈が掘れないのではないかという怖さはあったように思います。僕は「大丈夫でしょ」って思ってましたけど。

    ――怖いと思いながらも作ってみた結果、どうでしたか? 『無能』のときと比べて、変化はありましたか?

    高橋:『無能』がいびつだったのは、自分がいびつだったからなんです。

    これまで「自分が伝えたいことは伝わらない」と思って音楽を作っていたんです。バンド時代、自分の思うことがしっかりと伝わったことが一度もなかったので、諦めてたんです。伝えるのは無理なんだと。

    『無能』はそんないびつな気持ちを「伝える」希望を持たないで、世の中に投じた楽曲でした。あの楽曲をリリースしてからしばらくは、音楽自体ほとんど聴きませんでした。

    でも、石田くんやバンドを続けている友だち……何年経っても変わらずやり続けたり、終わらせている人たちを見てきて。みんなちゃんとしていて。

    周りの人たちが頑張っているのに、自分が最初から「伝える」ことを放棄しているのは不誠実だという答えに行き着いたんです。

    ――スイ先生はマンガを描いていて「伝わらないな」と思うことはありますか?

    石田:思いますね。

    高橋:諦めてたって感じだよね。

    石田:そうかも。毎週描かなきゃいけないから。ルーティーン化しなければ心が耐えられない時期が早い段階で来ていたので。1コマ1コマ意味があるし、でもうまく伝わらない。

    読者が悪いわけでもないし、僕の実力不足のせいかもしれない。どんなに考えてもわからないから、「伝わらない」ことの葛藤は諦めました。

    読まれている感覚が、実はあんまりないんです。マンガを読んでいる姿は見ることができないから部数を聞いても実感がわかない。たまにコンビニで見かけても「ようやく一人いた」ぐらい。マンガ家は孤独な職業だと思います。

    ――高橋さんは、今回は最終回を読んで作った……?

    高橋:読みました(笑)。当初、『楽園の君』の前にED用に作っていた曲が超難解な楽曲だったんです。それを石田くんに送ってから「本当はやりたい表現も詰め込みたいものもあるけれど、誰が聴いてもいいと思ってもらえるような超シンプルな楽曲にする」って宣言して作り直したのがこの曲です(笑)。

    自分がまず伝えることに向き合った方が良い。伝えようとしていないのに、伝わってないことに文句を言うのはやめよう。そう思ったんです。「どうせわからない」と思うのは、逃げ。もうちょっと歩み寄ろう。普遍的な良さを求めてもいい気がしました。

    石田:勝負をね。

    高橋:勝負をして負けようと思ったんです。最初、めちゃくちゃにしたいと言ってた最終回が、あんなにきれいなハッピーエンドになっているのを見て……石田くんは普遍的に人に伝わる終わり方を選んだように見えた。それに衝撃を受けたし、合わせたい気持ちも芽生えた。東京喰種がああいう終わり方をするならば、それに呼応する音楽を作ってみても良い。

    ――この3年でかなり人間的に変わったように見えました。

    高橋: 「お前はこういう人間だろ」ってずっと耳元で囁いてくる音楽の亡霊がいたんです。前のバンドの頃から続いている何かが終わったから、少し距離をおいてくれた。俺もそろそろこの葛藤を終わりにした方が良いなって思っていたので、スッキリしたんだと思います。

    石田:あの終わり方においては『楽園の君』しかない。他の曲じゃダメだったなぁ。


    2時間に及ぶインタビューの後、2人は『楽園の君』のゲストボーカルを務める飯田瑞規が所属するcinema staffのライブへ行くため渋谷の街に消えた。

    余談だが、高橋が忽然と姿を消し、実現することがなかったthe cabsのライブツアーの名前は『楽園の君』だった。


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