岡崎体育 学習机で作った音楽で、さいたまスーパーアリーナに立つ日

    「普通に音楽をやるだけだと、やっぱり照れが生じるというか。ひょうきんな部分を、照れ隠しを入れないと音楽が作れなかったりするんです」

    「岡ちゃん、もうすぐ契約更新やからハンコ持ってきて」

    バイト先の店長から言われる。もう長いことシフトに入っていない。正直、自分がなぜ今もこのスーパーの従業員として在籍できているのか不思議に思う。

    けれども、契約更新しに行くたびに、店長が缶コーヒーを奢ってくれ休憩室で近況を話す。「最近、僕、こういう仕事してるんですよ」と報告すると「すごいねー!」と褒めてくれる。それがすごく嬉しい。

    ミュージシャン、岡崎体育。NHKでドキュメンタリーが放送され、連続テレビ小説『まんぷく』で俳優デビューも果たした。今年6月9日(日)には、1万6000人を収容するさいたまスーパーアリーナでライブを開催する。

    そんな彼は、今でも京都の実家で音楽制作に励み、アルバイトにも籍を置いている。

    学習机の上で作ってきた音楽

    「カメラ目線で歩きながら歌う、急に横からメンバーでてくる」といった、ミュージックビデオあるあるを歌う。「ブス?否 、美人」という日本語を、まるで英語のように発音してみる。Tweetしては、すぐに数万RTを稼ぐ。

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    英語で歌っているように聴こえる『Natural Lips』 / Via youtube.com

    メジャーデビューして2年が経ったが、楽曲制作の場所は今も変わらず宇治の実家。狭い学習机の上で試行錯誤しながら作る。

    「使ってる鍵盤も3オクターブぐらいしかない、すごいちっちゃいキーボードなので、やれることの制限はある。でも、この机でずっと作ってきてたから慣れているんです。僕にとってはベスト」

    大学受験の赤本、びっしり敷き詰められたドラゴンボールのマンガ、ゲームボーイ。布団を敷く場所を確保するので精一杯の広さだ。

    「8オクターブぐらいあるデカいキーボードを買ったとしても置けないんですよね、部屋に」

    劣悪な環境だと笑いながら話すが、引っ越す気はない。

    「できる限り田舎で暮らしながら音楽を発信するっていうのが指針なんです。地方にいるから東京に向けて牙むいてる感じが出せる」

    実家にいると家事をしなくていい分、長い時間を制作にさける。これも一人暮らしをしない大きな理由だ。

    家に帰ると母の作った食事がある。ふるさと納税で想定外に届いたレンコンは、思ったよりも親孝行になってるのかもしれない。台所におかれた小さなテーブルで夕食をとる。

    「晩飯を家族と食べてたら『まんぷく』のCMに僕が出てたり、自分が作った『ポケモン』のオープニングが流れたり。岡崎体育が普通にテレビに出てくることもあります」

    自分の活躍を喜んでくれるのはなんとなく知っている。けれども、ちゃんと話を聞いたことはない。大事に育ててもらっているのは、家族が寝静まった後、台所に置かれた料理を見るたびに実感する。

    「今年30歳になるんですけど、今までずっと甘えた環境でやらせてもらってて。とはいえ、僕は一人っ子なので、親も家にいて欲しいって言ってますね」

    食事を終えると自室に戻って楽曲制作に明け暮れる。たまに地元の友達とゲームをする。

    「ミュージックデスクじゃなくて学習机。ダサい環境じゃないと、ダサい音楽は作れない。ダサい音楽を作りたい」

    ピエロを演じて

    奥田民生は「岡崎くんは、気合を入れて音楽を作っている。けど、気合の入れる方向が間違ってる」と笑い、R-指定は「音楽性としては150kmの豪速球を投げる。でも投げているのは、ボールじゃなくて”おはぎ”」と絶賛する。

    テレビに出ればTwitterのトレンドに入り、「これ面白いw」とシェアされるYouTubeは、1千万回再生される。

    「普通に音楽をやるだけだと、やっぱり照れが生じるというか。ひょうきんな部分を、照れ隠しを入れないと音楽が作れなかったりするんです」

    「こんなんやったら面白いんちゃうかな。おかんも笑ってたしってノリで作る。たまたまそれが誤解を招いて、いろんな人に迷惑をかけたりもした」

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    『感情のピクセル』 / Via youtube.com

    たまに「バカにしてるの?」と怒られる。そんなつもりは毛頭ない。本当はかっこいい音楽が大好き。でも、恥ずかしくてそれができない。同じようにやっても、自分が残れる目算もない。だから道化を演じる。

    岡崎体育は話をする時にあまり相手の目を見ない。YouTubeやTwitterで見せる姿とは少し違う。

    本当は元気なキャラクターではないし、引っ込み思案で人見知り。

    「でも自分の夢とか目標を叶えるため。メジャーレーベルに在籍するため。奇をてらって話題性のあるようなことをしなくちゃいけないという認識を4、5年前とか……もっと前か、6、7年前にして、『岡崎体育』っていうピエロを演じるっていう覚悟をしたんですけど……」

    「本来そんなに明るい性格ではないので、道化の葛藤っていうのかな。ずっと生じていたんです。夢を叶えるためだけど、ネタっぽい要素がどんどんフィーチャーされていくと、自分の葛藤が拡がっていく」

    やりたいことと求められることは、往々にして違う。

    作った2曲をゴミ箱にいれた

    道化の葛藤の中で生まれたのが新アルバム『SAITAMA』だ。

    キャンパスライフひとりぼっちイヤフォンからは Death Cab For Cutie
    サークル勧誘 代返常習 馴染めない奴が淘汰されていく Give me a technic
    皆が皆 同じ感じ シンクロナイズドファッションセンス
    かく言う俺も同じ感じ辛気臭いクソラップ&ヴァースでスクラップできたらいいのにな本当は愛されたい はぁ
    脊髄反射的に不敵に無責任に闊歩して面恥切って Break
    別に参加したくない飲み会 後悔目に見えてるよ
                               ――『弱者』 / 岡崎体育

    ひたすら自分語りをしたというアルバムは、ネタ曲を一切排除した。いつもの勝ちパターンであるキャッチーな曲を2つ作ったが、自分でボツにしてゴミ箱にいれた。

    「自分で自分を潰すことになるかもしれない」と、思わなくもない。

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    『SAITAMA』の楽曲『龍』 / Via youtube.com

    「メジャーに出てから出した『BASIN TECHNO』『XXL』は、世の中に自分の存在を知らしめる期間という意識もあったので、話題作りの曲をいれていたんですけど、夏頃に自分の意識が変わった」

    きっかけはさいたまスーパーアリーナでのワンマンライブが決まったからだ。デビュー前からずっと夢だった。どんなインタビュー記事でも「2020年までにさいたまスーパーアリーナでライブがしたい!」と答えてきた。

    国内最大級のライブ会場。フェスとは違い、岡崎体育だけを見にくる人を集めなくてはならい。

    「岡崎体育っていう存在が、1万6000人を絶対に集めなくちゃいけないっていうフェーズになりつつあることを自覚しました」

    この広い会場を埋めるのは難しい。2017年にインタビューした際は、「2020年までにたまアリでライブできる手応えは40%」と述べていた。どうすれば、あの会場を人でいっぱいにできるのか。

    「今からネタ曲を作って岡崎体育をまだ知らない人にアピールするより、すでに岡崎体育のことを知っている人……例えばTwitterのフォロワーの46万人に、実際にお金を払って埼玉まで足を運んでもらえるぐらい岡崎体育を好きになってもらった方がいいのかなって」

    目を輝かせたりはしない。言葉を丁寧に選んで、ゆっくり話す。

    自身の名刺代わりでもあるキャッチーな曲を捨てるのは、案外怖くなかった。

    背中を押したのは「思いもよらない他者からの評価」だ。

    「去年、京都でやっているラジオ番組で、リスナーに向けて『岡崎体育の好きな曲』のアンケートをとって、ランキング形式で発表するっていう企画をやらせてもらったんです」

    「投票してくれたのは、ワンマンライブに来てくれたり、ファンクラブの方だと思うんですけど……ランキングの上位にネタ曲がはいってなくて」

    代わりにランクインしていたのは、「自分が本当に作りたいと思っている曲」だった。

    ファンだけではない。ミュージシャンたちからの声も力になった。幼い頃から大ファンの電気グルーヴ、度々ラジオで自分に言及してくれる星野源、そして同郷出身のくるり・岸田繁。

    「岸田さんが、僕のことをブログで言及してくださった上に『世界に誇る宇治の至宝』と書いてくださって。学生の頃から本当にずっと聴いてるし、作詞作曲家として尊敬している人。そういう人が自分の存在を知っていて、評価までしてくれてるのはすごく感慨深かったし、自信になった」

    気がつけば、やりたいことがきっちり評価されていた。

    まだちょっと恥ずかしい。でも、照れ隠しをせずに愚直になってみるのもいい。

    いつだって、夢を公言して叶えてきた。「さいたまスーパーアリーナでのライブ」の先は、正直考えていない。

    「最近まで、さいたまスーパーアリーナを最後に岡崎体育を引退して、誰かをプロデュースしたり、裏方の作家になると決めてたんです」

    「でも、岡崎体育という活動を通して、いろんな人にライブに来てもらって、笑って、楽しんで、踊ってもらってる状況を目の前に、心変わりが生じました。リリースペースとか、活動の規模とかどうなるかわからない。でも一生、岡崎体育としてステージに立ちたい」

    かつて、小さなライブハウスに1人呼ぶのが精一杯だった。ステージの上で、少ない観客に向けて一生懸命盛り上げようとしても手応えがない。「せめて、踊ろうや」と冗談交じりに、たった1人の観客を煽ったこともある。

    スーパーのバイトをしながら音楽を続けて、6年が経とうとしていた。

    次、店長に会いに行くのが多分最後になる。契約は更新しない。

    「一生、岡崎体育として生きていくと決めたから」