タイムマシンに乗って、小学生の自分に「こんな仕事してるんだよ」と話したらどう思うだろう?
「すごいですね! 夢が2つも叶ってる! でも、こんなに太っちゃうんですか……?」
多分、7歳の自分はこういう反応をするだろう。岡崎体育は笑いながら話す。
大学卒業後、一度就職したものの音楽で食べていくという夢を叶えるため退職。アルバイトをしながらアーティスト活動を続けてきた。1月には、5年間在籍したアルバイトをやめ、6月9日には、念願のさいたまスーパーアリーナでのワンマンライブも控え、チケットは即日完売した。
そして彼はもうひとつ夢を叶えることとなる。3月31日放送のTVアニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』で、岡崎体育はスカル団の声優を務めているのだ。
一週間遅れで放送される「ポケモン」
岡崎体育が生まれ育ち、今も暮らしているのは京都の宇治市。TVアニメ『ポケットモンスター』が始まった当時、ポケモンを観るのに一苦労する地域だった。
「僕が住んでいる地区は『ポケモン』を放送してるチャンネルが映らなくて。チャンネルが映る地区に住んでる地域のやつらは『昨日ポケモン観た?』って話ができるけど、僕の住んでる地区は一週遅れで放送されていて。話したいのに、ついていけない。友達にVHSで録画してもらって観ていたんですよ」
『ポケットモンスター』が始まった時、岡崎体育は7歳。友達に頼み込んでゲットしたVHSをかじりつくように観た。ゲームは全部やったし、クリアしても何回も新しくやり直した。「ポケットモンスター 赤」をなくした時は子どもながらに相当落ち込んだ。鈍色という言葉はポケモンで知った。
「憧れのポケモンマスターになりたいな、ならくちゃ、絶対なってやる」
夢を公言するサトシも好きだった。「まだサトシはポケモンマスターじゃないんですけどね、夢を言い続けることはすごく意味があることなんだと思ってた」。
岡崎体育の楽曲制作の基礎には、ポケモンがある。
バンドを組まずに一人、Macと向き合い独学で作曲を習得していった。生活を切り詰めてようやく購入したDTMソフトで、ポケモン劇中歌をひたすら耳コピしていたのだ。
「僕は、相対音感とか絶対音感があるわけじゃないので、まずは既存曲を再現してDTMの基礎を叩き込みました」
DTM用の書籍もかじってみたものの、体に入ってこない。ドイツ語のYouTubeを見ながら、「なんとなくこんな感じかな」と音を組み立てていった。
「特に初代のポケモンのゲームの曲は、三和音とか四和音。音が少ないので比較的入りやすい。自転車に乗ってる曲とか、バトル中の音楽とか。でも誰かに教えてもらっているわけじゃないので、適当に音を打ち込んでいって、違ったら直すっていう地道な作業なんですけど、真似事から始めた」
音楽がわかってくると、改めてポケモンの鳴き声も面白く感じる。CDに収録された鳴き声をサンプリングして繰り返し聴くと「フリーザーの声は、音の歪み方とか重ね方がめちゃめちゃかっこいい」という発見もあった。どこかで披露するわけでもなく、サンプリングしたポケモンの鳴き声を重ねて音楽を作ることもあった。
そうやって少しずつ、レベルをあげていった。
大人になってからポケモンができなくなった
ポケモンに関して、一度だけ「グレた」ことがある。一度就職したものの、音楽の道に進むために、退路を絶ったときの出来事だ。
「小、中、高とずっとポケモンが発売されたら買って、全シリーズ制覇していたんです。でも、大学を卒業して仕事も辞めて、音楽を始めた時。全財産を機材にあてていたので、全くお金がないという状況の時に『ポケットモンスター X・Y』が出たんですよ、3DSで」
「マジか……と思って。3DSも持ってないし、初めてポケモンシリーズをプレイできない状況になった。めちゃめちゃグレて。めっちゃやりたいけどできひん。めっちゃ悔しかった」
小さいときからずっと当たり前のようにプレイできていたポケモンが大人になったらできなくなった。現実は甘くない。稼がなくてはいけない。
なんとなく、ギアが入ったのかもしれない。アルバイトのシフトもたくさんいれてお金を貯める。次第にライブも少しずつ巧く盛り上げられるようになってきた。
「そこから音楽でお金が入ってくるようになって、3DSと『XY』も買えた。後追いでしたけど、やっぱり楽しくて」
なんとなく、自分とサトシを重ねる部分があったのかもしれない。
夢を叶える方法
仙台でライブを開催する日だった。リハーサルが終わっていよいよ本番。ふと楽屋で言われた。
「ポケモンのエンディングをやりませんか、という話が来ています」
小さいときから大好きなプロジェクトに関われることになるとは信じられなかった。もちろん、本当に自分で務まるのかという不安もあった。でも、20年間ずっと愛し続けてきた自負もあった。
「ポケモンの言葉ひとつひとつが面白くて心に残っていて。『かがくのちからってすげー!』とか、そういうフレーズを拝借して使わせてもらいました」
そうしてできたのが『ポーズ』だった。とはいえ、アニメソングの特性上、80秒という「尺」に合わせなくてはいけない。
言いたいフレーズが多すぎたため、ラップを採用することになった。小学生の頃に夢中になった『ポケモン言えるかな』のオマージュにもなった。
その後、『ジャリボーイ・ジャリガール』『心のノート』などエンディングだけでなく、オープニング(『キミの冒険』)も担当するようになる。それに合わせて新しくやりたいことがうっすら浮かんできた。
「ポケモンのお仕事を一緒にやらせてもらっている藤田ニコルちゃんとかヒャダインさんとか、みんなが声優としてポケモンの世界に入っていくのを見ていて、僕もポケモンにちょろっとでもいいから出させてもらえへんかな、みたいなのを言ったりしていたんです」
スカル団は、サトシたちが暮らすアローラ地方の不良集団だ。そこに「岡崎体育に激似」の凄腕ラッパーが登場する。当初、デザインの異なるキャラクターにする予定だったが、「ラップを披露する」ため、急遽キャラクターデザインを変更し、岡崎を起用することになった。『ポーズ』の制約が生んだ偶然のきっかけが、現実になったのかもしれない。
「僕は家で思いついたことを、誰に相談するわけでもなく……たまに親とかには相談しますけど、思いついたことをポンと出してきたんです。一人で活動しているから、たまにバンドが羨ましいなとは思ったりもするけど、自分の作りたいものを世の中に出せる。ポケモンの声をサンプリングしたとか、いきなりラップを作ってみるとか」
「ずっと言ってることなんですけど、好きなものは好きと言った方がいい。友達との会話で言うだけでもいいし、SNS に何々が好きですって説明文書くだけでもいいし、好きなことやりたいことは声に出して文字にして伝えることが重要だと思います。サトシもそうやってきたし、僕も」
全部意味があった。
お金がなくて新作が買えずにいじけたツイートだって、ポケモンのレベルアップに自分を重ねたツイートだって、耳コピだって。全部、意味があった。
今、ゲームを起動させたら、始まりの町にいるおじさんはこう言うかもしれない。
かがくのちからってすげー! パソコンつうしんをつかって ゆめをかなえることができるんだってよ。