脅迫にバッシング……数多の危機を乗り越えたコミケット――多様性のむずかしさと価値

    日本最大規模の同人即売会コミックマーケット。同人誌、企業ブース、コスプレ広場などたくさんのモノが集まる。来場者は50万人を超え、2021年には開催100回目を迎える。その巨大イベントの歴史を見ると、多様性の大切さと困難が伺い知れる。

    年に2回開かれる日本最大規模の同人即売会コミックマーケット。2018年末に開かれた「冬コミ(C95)」は、3日間で57万人が訪れ、冬の過去最高の参加人数を記録した(夏冬通しての最高は2013年夏のコミックマーケット84の59万人)。

    1975年に始まったコミックマーケットは、32のサークル、700人(推定)が参加した。43年の歴史をもつ同イベントは困難の連続だった。

    「コミックマーケット準備会」共同代表の市川孝一さん、有限会社コミケット、企画・広報室長の里見直紀さんに話を聞いた。

    幼女誘拐事件で「逆に」増えたコミケット人口

    ――参加人数を見ていると、23万人と前年から倍増したのが1990年。この前年は東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の容疑者の部屋が報道されました。マンガやアニメやビデオテープでいっぱいの部屋を「気味が悪い」とする論調があったかと思いますが……?

    コミケット参加者の推移

    市川:はい。加えて、容疑者が逮捕直後、コミケにサークル参加しているという報道もあって、僕たちもどういう影響があるのか不安だったのですが、事件後逆に参加者が大幅に増えたんです。多分、あの事件の報道で「オタクという人たちがいること」と「コミックマーケットというイベントがあること」が知れ渡った。

    罪はもちろん罪です。それとは別に「オタク」という存在がこの事件で「発見」されて、「自分はひとりじゃない」と気がついた人たちもいた。もちろんこの事件以外の要因もいろいろあるのですが、コミケに参加する人たちが増えていったのが90年代でした。

    ――昔は「大人になったらマンガを卒業するもんだよ」という意見があったと記憶しています。

    市川:そうですね。70年〜80年代まではそうだったんじゃないでしょうか。僕自身、親から「小学校終わったらマンガは卒業するものだから全部捨てろ」と言われましたから。でも反抗期だったので、無視したわけですが(笑)。

    里見:ただ、その頃から『ヤマト』や『ガンダム』とか、子供よりも上の年齢の人たちを惹きつけるアニメが増えてきてるんですよね。

    市川:世間は「アニメやマンガは子供のもの」と言うけれど、大人になってもアニメが好きという層が増えていた。

    ――ちょうどその頃、開催危機に陥ったとか。

    市川:あの事件の他に、1990年代のはじめに「有害コミック騒動」が起きたんです。

    書店に並ぶ一部のマンガの性表現や暴力表現が「青少年が読むには悪影響があるのでは」と問題提起が起きたのがきっかけで、漫画へのバッシングが強くなりましたね。

    里見:1991年2月には「有害コミック騒動」に関連して、直接コミケットではなかったものの、一部の書店さんで同人誌の摘発が起きた。

    さらに、千葉県警に対して、同人誌が送りつけられたりした結果、その時、コミケットを開催していた幕張メッセの側から「会場を貸せない」という通告が来まして。

    市川:会場をどうしようと、色々なツテを辿ってお願いしたりして、幕張メッセの前にコミケットを開催していた、晴海の東京国際見本市会場の運営の方に取り次いでもらったんです。

    里見:ギリギリのところで晴海の会場に戻ることができた。

    でも、それまでの同人誌というのは、性表現に対して、修正のない時代ったんです。

    ——まだルールができていないというか。自由ゆえの混沌というか。

    市川:だから晴海の会場の方からも、「そういう無修正の本は頒布されないように、運営はしっかりしてください」というのが、会場を借りる条件でした。そこで、コミケットで売られる同人誌の内容を準備会が確認するようになったんです。目視で。

    ——これがきっかけで、コミケット当日朝に内容をすべて確認する作業が始まったんですね。

    市川:はい。1991年のC40からですね。見本誌確認が始まったのが。

    見本誌自体は第1回のコミケットからサークルさんに提出してもらっていたんですけれど、その業務の流れの中に確認作業をいれるようにして。今では当日朝7時から1000人くらいが目視で確認してます。

    里見:C40の前には、サークル向けに事前にお送りしているマニュアル「コミケットアピール」で修正のお願いをかなりこまかく説明しました。

    ——ルールってある程度は必要だと思うんですけれど、今まで一緒にやってきたサークルの方に伝えるのは、心が痛いというか……。

    市川:いや、そこはもう「決まったので、お願いします」と伝えるだけでした。

    里見:摘発された書店に同人誌を委託していたので、警察に呼ばれたサークルさんもたくさんいましたし、報道もされていましたから。

    ——反対する人はいなかった?

    市川:いなかったですね。むしろ「具体的に何をどうすればいいんだろう」という意識が強かった。

    そもそも修正の入れ方がわからないし、警察はそれを教えてくれるわけでもない。なので、この件があって商業誌も参考にして、みんなで話し合ってルールを決めました。修正の方法が決まれば、自分たちの作品を出せるわけなので。逆にある程度は安心できる。

    白黒付けるよりも、緩やかな解決方法を模索する流れができたのは、これが原体験だったかもしれません。

    ——どうやったら実現できるか考える。

    市川:ケンカするのは簡単なんですけど、ケンカして負けてしまって、コミケットが終わったら意味がないので。むしろ、どうやったら細い隙間をすり抜けていけるかを考えたい。

    ケンカするということは敵を作ってしまうことでもあります。コミケットはのらりくらりやってこうよというのは、先代の代表である米沢嘉博のスタイルでもあるんです。

    里見:その後も様々な問題が起きているわけですが、1つずつ少しずつ解決していくのが大事だと思っています。でも、その中で『黒子のバスケ』に関する事件は、僕たちの中でも大きな問題で、サークルさんにすごく迷惑をかけた。

    ――「『黒子のバスケ』のサークルをコミックマーケット(C83)に参加させない」ことを要求するという脅迫文が送られたという……。

    市川:警察や会場の方から「脅迫を無視して、大事件が起きたらどうするんだ」等、強い要請もありまして、残念ながら、2013年冬のC83では『黒子のバスケ』関係のサークルの出展の見合わせてもらう、同人作品は取り扱わないことにしました(詳細)。

    翌年犯人が逮捕されたことはよかったのですが、このときサークルさんを制限することになってしまったのは、本来僕たちが目指すものとは異なるのでつらかったですね。

    里見:その後、せめて何かできないかとコミケット初オンリー即売会である「くろケット」を2015年のコミケットスペシャル6と併催しました。みんなオタクであって、仲良くあるべきだと思うので……非常に悲しかった。

    市川:毎回、些細な事件から大きな揉め事までいろいろ起きます。以前は発火事件が起きたこともありました(1998年夏のコミックマーケット54)。

    来る人が50万人いれば、もう街と一緒ですよね。50万人規模の街のどこかで子供は転んだりしてるし、ケンカしている人もいるし、何かしら起きている。

    ウッドストックという伝説的なライブが60年代にあったけど、それと同じですよね。コミケットの会場でもいろんなことが起きて、解決されて、前に進んでるんだと思います。

    ――コミケットってウッドストックの影響があるのですか?

    市川:米沢前代表たち創世記のメンバーの皆にとっては、多分原体験の一つだったと思うんですね。いろんな人が一緒になっている映画を見ていたはずで。

    特に米沢は、ああいう自由っぽさを好んでいた人だったので、影響はあったのかなとは思います。

    最近は男の子が増えて、男女比5:5になってきた

    ――参加人数は年々増えていますが、どういう変化があるのでしょうか?

    市川:最近は、また若い子が増えてきましたね。ファンが若い若いと言われてきた『東方Project』は、パロディ・二次創作のジャンルが大きくなって10年を越える作品です。

    『Fate』も一番最初のゲームが出てから15年になります。そして、こうしたゲームが未だに続いて、新しい若い子さらに入ってきて、がそうしたゲームにハマった新しい層がコミケにも来ていると感じます。そして、男の子が少しずつ多くなってきた。

    昔は女性7割、男性3割ぐらいで女性が多かったんですが、当時に比べたら男性が増えました。でも、サークル数は女性の方が未だにやや多いですね。

    里見:アキバブームの影響からか、同人誌文化って男の子のものだと思われがちなんですけど、もともと女性の方が多いんです。

    ――『聖闘士星矢』……。

    里見:80年代後半ぐらいの『キャプテン翼』から女性系同人誌ブームが始まり、どんどん規模が大きくなっていって『聖闘士星矢』、『サムライトルーパー』……90年代の『SLAM DUNK』とかの時代も女性がとても多かったです。

    80年代後半は男の子文脈も盛り上がったんですけれど、さっき話した摘発問題の時期に萎んでしまって。『セーラームーン』や『エヴァ』のブームが来るまでは、ずーっと女子の同人誌文化の方が活気づいていました。

    その後、ギャルゲーや萌え系のブームがだんだん出てちょっと前だと『アイマス』『ラブライブ!』『艦これ』のブームでまた男の子が増えて。

    同人誌文化って「女性ファンが多いもの」と「男性ファンが多いもの」のブームが交互にやってきていたんです。とはいえ、今や女の子、男の子って区切りも曖昧になっていますけどね。

    ――参加者さん自体はどうなんでしょう?

    里見:昔は、サークルの申込責任者の平均年齢を調べると、22歳を境にガクッと落ちてたんです。大学を卒業するとサークル活動をやめる人が多かった。

    市川:でも今は、抜けないんですよね。だからコミケットの規模が大きくなりました(笑)。

    今は就職したからといって、趣味を辞める人が少なくなっている。バンドやDJをやってる社会人が多いのと同じで、同人誌活動も一生の趣味として続けるようになったのが最近の傾向ですね。

    市川:子育て終わったお母さんが戻って来ることもありますね。

    「子供が高校生になったんで帰ってきました」とか。「親子でサークルやってます」とか。

    里見:「お父さんは家に置いてきました」みたいな(笑)。「お父さんは違うサークルやってます」もあるか(笑)。

    やっぱり女性の方は結婚して子育てすると……同人活動まで手が回らないことも多い。でも、育児が一段落したので再開した話はよく聞きますよ。

    ――そういえば、最近のコミケットの課題の一つは「迷子」だとか。

    市川:ここ数年増えたのは、海外の方の迷子ですね。一緒に来た友達は日本語を話せるけれど、はぐれてしまって自分はわからないという場合。海外からの参加者の対応にもコミケット準備会では力を入れていて、国際部という部署を設けています。英語、中国語、韓国語、あとドイツ語……、規模が規模だけに正直間に合わないこともあります。

    ――海外の方が増えたのっていつぐらいですか? 肌感で。

    市川:2007、8年ぐらいから徐々に……爆発的に増えたのは2010年代に入ってからです(詳細)。

    里見:ネットで日本のマンガやアニメの文化がどんどん伝わっていったのがそれぐらいなので。

    市川:海外でも2000年を越えたあたりからコミケットのようなマンガ・アニメのイベントが増えてるんですよね。

    僕たちが海外のオタクイベントに遊びに行くこともあって規模感に圧倒されます。そもそも人口が日本は1億2000万人規模ですが、中国は15億人規模ですからね。

    ――海外の方からしてみるとコミケットって憧れの的だったり?

    市川:「一度は訪れたい聖地」と言われることもあります(笑)。一方で、イベントを運営している方たちは僕たちのことを知ってくれていることが多いですが、参加者の方だとコミケットの存在を知らない人も多いんです。なので我々が海外に出ていって「日本でも同人誌のイベントもあるので遊びに来ませんか?」と呼び込みをすると、もっと参加者は増えるんじゃないかな。

    今はイスラエルやキューバ、スペイン……アジア圏やアメリカからも当然来るし、いろんな人が来てくれるのはすごく嬉しい。

    里見:多国籍的な感じでみんな仲良くオタクライフを満喫できればな。

    いろんな人やモノが集まらなければいけない理由

    ――前回の冬コミ(C95)では、ラーメンが登場したとか。

    市川:「一風堂」さんが出店しました。ホール内で本格的にラーメン屋を運用したのは初めて。

    里見:ビッグサイトの会場自体の制約もあって、他のイベントでも汁物の運用が難しかったんです。運用がいろいろ変わったので、ラーメン屋さんを入れることが出来ました。

    市川:余ったスープは直接流さないで、ポリバケツに捨てるように捨て方をうまくルール化したりして、工夫もしましたね。

    ――2時間待ちになる時間もあったと聞きました。

    市川:新しいチャレンジを喜んでくださる方が多くてよかったと思います。次は冷やし中華とかできたらいいな……(笑)。

    里見:コミケットに来てくれる人って、いろんなことを面白がってくれる人が多いんですよ。

    市川:サークルさんもそうですけれど、企業さん、飲食店、いろんなものが一緒に集まるのが今のコミケット。マンガやアニメ・ゲーム系が主ですが、それ以外のものもすごく多い。

    里見:ここに来たら何かある。なるべくいろんなものがあるのが楽しい。

    市川:数多のものがあればあるほど、誰が来ても楽しめますから。「僕と同じような人がいた」って。

    ――孤独がなくなりますよね。

    市川:同じものを好きな人が集まれる場所だと思っているので。

    だから同人誌は「同」なんですよね。「同じ」。

    ――多様性をすごく重んじていて、なんでも肯定的にとらえられる姿勢が素敵だと思う一方、リスクもはらんでると思います。どうやって秩序と自由のバランスを保っていますか?

    市川:表現という行為には絶対にリスクはつきもの。自分が考えていること、好きなことが、誰かにとっては不快である可能性は否定できません。

    その中でも極力いろんなものを集めたいという方針で、うまくやっていくためには、ケンカしない。白黒つけるのではなく、グレーでいよう。これに尽きるかと思います。

    自分が嫌なものを受け入れないと、相手の自由は守れない。「お互い、相手の表現は尊重しましょう」というスタンスでないと、できないことがどんどん増えていく。

    例えば、暴力的な描写がダメだとすれば、そのジャンルはひとつなくなってしまう。もしも、ギャルゲーがダメだとしたら、恋愛モノ自体NGになってしまうかもしれない。それはコミケットの理念上、ダメなんです。

    そして、自分の表現に対して、法律に反しない形で、ちゃんと責任を持つ。具体的には先ほどの性表現に関する修正ですね。そして、買う人も同じように責任を持つ。

    里見:みんな仲良くが一番。「だって僕たちオタクでしょう?」って。みんな何かしらのオタクで、好きなものがある。

    市川:今、50万人が集まってくれているわけですが、1億2000万分の50万。全然マイノリティなんですよ。コミケットの場所にあつまる仲間なんだから、手を取り合いたいじゃないですか。