「反逆をアイデンティティーにしてはいけない」。『コードギアス』監督が語る人生と成熟

    Q:反逆する対象をなくしたら、ルルーシュは何者になるのでしょうか?

    嘘つきで悪虐非道な裏切り者。

    2006年にTV放送が開始されたオリジナルアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』の主人公ルルーシュは、そんな風に呼ばれる。ある時は敵に自殺を強要し、ある時は血の繋がった兄の額を撃ち抜く。ときには民間人をも巻き込んだテロを起こし、王である父の命を狙う。

    正義のヒーローとは真逆なキャラクターによる復讐劇。一見、批判が集まりそうな展開にも関わらず、『コードギアス』は熱狂的なファンを生み、愛され続けている。

    第2シーズン『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』の放送が終了してから11年が経ち、2016年11月のイベントで「次の10年を見据えてネクストステージに移ります」という宣言のもと作られた完全新作映画『コードギアス 復活のルルーシュ』が2月9日から公開された。

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    息を吹き返した「魔神」は、どこか雰囲気が違った。何がそれを変えたのだろうか?

    脚本の大河内一楼と共にストーリー原案も担った 谷口悟朗監督に話を聞いた。

    共感なんていらない。SNSで気軽に発散させるのは勿体ない。

    ——2006年のTVアニメでは、夕方には放送できない内容にしようと企画されたと聞きました。

    本当は夕方放送枠にする予定だったのですが、コンペに出したら落ちて、深夜の方に回ったんです。その時に夕方枠と同じことやってもダメだという判断になり、内容を大幅に修正しました。ざっくりいうと、主人公の立ち位置を正義から悪的なポジションに変えたんです。

    ――ルルーシュは血縁者を殺めたり、意図せずではありますが大虐殺事件を起こしたり。悪役でありつつも愛されるキャラクターですよね。どんな工夫があったのでしょうか?

    2つあります。1つは敵を「やられても仕方がない存在」だと見せる。そうしないと観る方が敵に同情してしまいますから。

    もう1つは、その瞬間、瞬間で主人公が何を考えてるのかを描くこと。「今、こいつは困ってるのか、困ってないのか」とか。ルルーシュは嘘をつくキャラクターだから、本心はどっちなんだっていうことを伝えなきゃいけない。

    ――キャラクターの心境を理解させる。

    ええ。共感はいらないから感情だけ理解してもらえればいい。主人公が人格的に正しいかはどうでもよくて、楽しさだけを追求しています。楽しさ以外のものを提供されたって、それはただの押し付けですから。

    もちろん「楽しさ」は、知識欲や面白おかしいものだったり、いろんな種類があるのですが。

    ――社会が変われば価値観も変わるわけで。10年以上の間「楽しさ」を提供し続けられてきた秘訣ってありますか?

    『コードギアス 反逆のルルーシュ』を立ち上げる時に、時代や流行りに迎合するのはやめようと決めたんです。流行を入れるとその時代で終わってしまうから、もっと根っこの古典まで立ち戻ったのが功を奏しているのかもしれません。シェイクスピア、ロシア文学など……

    ――「父親を殺す」要素とか。

    そうですね。『罪と罰』的な流れは、ドストエフスキーからですし。長く愛されるということは、それだけ本質的で普遍的な魅力があるわけですから。

    やっぱりインプットは大事です。一方で、絶対的に古典である必要はないとも思っています。

    結局、「モノを作る」行為は、アウトプットされたものを見てお客さんがどう思うかに尽きますから、インプットはゲームでも絵画でもいい。例えば、アニメーションの基礎を学ぼうとすると、『鳥獣戯画』や浮世絵まで遡るべきという意見もありますけど、私はせいぜいフィルム時代からでいいと思う。

    原点に当たらねばいけないわけではない。インプットにコストを割きすぎて何も作れなくなりますから。とはいえ、アウトプットし放題の時代だから、それはそれで大変だなと思いますけどね。

    ――なぜでしょう?

    溜められないからです。SNSでポンポンつぶやいちゃうわけじゃないですか。「あれが気に食わない」とか「私のここを見て」とか。つぶやくのをやめて、溜めて、溜めて、溜めて……それを作品にすればいいんですよ。

    言うに言えないことってあるじゃないですか、人間って。世の中に対する恨みつらみとか、妬み嫉みとか、もしくはその人だけの正論とか。それをネット上で小出しにしちゃって勿体ない。そういうのは、もっと溜め込まなきゃダメだと思うんですよ。気軽にできる時代だからこそ、アウトプットは気をつけなきゃいけない。

    ――溜めて、待たせて……。

    熟成させて。

    ――『コードギアス 復活のルルーシュ』もそうやってできたのでしょうか?

    あるでしょうね(笑)。

    「反逆」をアイデンティティーにしてはいけない

    ――今回描かれたルルーシュは、キャラクター自体が少し柔和になっているように見えました。ルルーシュだけでなく、黒の騎士団しかり、かつてのレジスタンスが平和維持のために働いている。

    (ルルーシュ役を務めた)福山(潤)君にも言ったのですが、今回のルルーシュ自身は抗う対象がないんです。もう彼は反逆のルルーシュじゃない。反逆すべき要素がないから。

    レジスタンスであることをアイデンティティーにするのはおかしいでしょう?(笑)万年野党みたいになりますから。

    なので、『復活のルルーシュ』で描いたのは、ルルーシュがその存在をもって残した平和な世界です。

    逆に、今までルルーシュたちが持っていた不安定要素は敵国の方に配置しました。もちろん、全員が未熟だと国家として成り立たないので、脇を固めるのは大人だったりするのですが。

    ――『コードギアス 反逆のルルーシュ』では主人公側に、今回は敵国側で描かれている「未熟さ」ってどんなものだと思われますか?

    未熟さは可能性じゃないですかね。人生ってところどころで問題が生じて、選択肢がいくつか提示される。ここは頑張るべきか、諦めるべきかというような。

    歳を重ねると、その選択をある程度精度をもって選べるようになる。例えば5つある選択肢のうち「AとBは経験上ないな」と選択から落としていく。でも、未熟な状態だと経験がないゆえに、成功率が低くとも「頑張ればいけそうだ」と突っ込んでいく(笑)。保険はかけない。

    だから未熟さ自体を否定するつもりはありません。可能性ですから。うまくいったら、本当に困難なルートで成功を収めることもあるので。

    ――ルルーシュも未熟さ故に巨大帝国を倒したわけですもんね。

    そうですね。『コードギアス』制作のために視聴層のリサーチをした10年前から変わらないですが、今の学生さんは大変だと思います、本当に。

    ――どういうことでしょう?

    今って「努力→上昇→幸せ」と思えなくなっている時代な気がしますから。

    私の時代の時には、勉強したら、いい大学、いい会社に入れて、一生安泰。いずれ庭付き一戸建てに住んで……なんとなくルートがありました。一方で、「一般的な幸せへの道」があるからこそ、そのルートから外れる人生も存在できた。

    ところがバブルが崩壊した後は、大企業に入社しても一生安泰ではない時代になった。家を持っても安心できない。

    さらに情報が溢れてしまって「全部わかってしまう」時代でもある。一般ルートではなく、狭き門の成功を目指しても「こっちのルートも上手くいった後に困難が多い」という情報にすぐアクセスできてしまう。

    そうすると努力する理由が見つからない。社会が答えを提示してくれないんです。何をもって「良し」とするのか、その評価基準が不安定だから、人生の進路が決まらなくなっているのかな、というのが私の見立てです。

    ――どうやって進んでいいのかわからない。アイデンティティーを獲得しづらいみたいな?

    自分自身の中に探すしかないと思うんですよ、結局は。自分にとっての希望や理想は「あそこにある、ここにある」のではなく「自らの中にある」。ただね、ここまで自力で行き着くのはすごく難しいことだと思います。

    ――困った時代に生きていくにはどうすればいいのでしょう……?

    学生でやることが決まっていなければ、ひとまずいい大学を目指せば良いんじゃないですか。選択肢は増えるから。そこから苦行したい人は苦行してもいいと思うけれど、まずは自分の興味があることを学んで。遊びが興味だったら遊べばいいし、その果てに仕事があるかもしれない。

    大人だったら、流されて生きていけば良いんじゃないですかね。目先の仕事をやるとかして。人生変えられるわけでもないし。むろん、監督になりたいとか、目標設定みたいなものは持つべきです。それによって不足しているところとかがわかるので。

    昔、アニメ監督の高橋良輔さんに「人は自らが望む姿に老いる」と言われたのがすごく印象的で。年齢を重ねた姿は、その人自身が心の中から望んでいた姿ということ。

    私も私なりに、5年後、10年後の自分はこうなっていたいというイメージを持っています。それに近づくために「目先の仕事をどのような形で差配していけばよいのか?」と考えて選択していく。これは自分自身で見つけていくしかない。

    私自身、もともと表現の世界に興味があって、学生時代に演劇部にいたりして、流れでテレビのADをやったり。果てのところで「映画監督の今村昌平のところに行かない?」と声をかけていただいて今があるという感じなので。

    ――進みたい道をプランニングして突き詰めていくと、自分が好きなように老いる。

    そうですね、結果的に近付くと思うんです。こういう選択肢、ああいう選択肢……到達点に対して、どういう選択をするかによって変わります。

    ――ルルーシュもそうですよね。少しずつ準備をして黒の騎士団を作ってブリタニアを倒そうとする。

    はい。ゼロとして活動を始めた段階でルルーシュ自身が「いずれ自分はナナリーのそばにはいられなくなる」とはっきり言ってますから。

    要するに彼は「帝国を倒す悪の象徴」になることをプラン内に想定していたんです。だから、ナナリーと一緒にいられなくなる。それを見越してどう動くのかを常に考えてる。

    今は選択肢を持っていないけれど、いつか選択するときがきたら、最善を選べるようにいつも準備をしているんです。無謀なことが達成できるかどうかの境目って、そこだと思います。

    反逆が終わった後に、ようやく自分の人生が始まる

    ――復活したルルーシュは反逆する対象をなくしているわけで……何者になるのでしょうか?

    素のルルーシュかな。……ずーっと反逆ばかりしていたら、人間的に問題がありすぎるじゃないですか(笑)。彼は反逆を終えて、ようやく素の自分になったんです。

    ――何を目的に生きていけばいいと思われますか?

    それは本当に本人が決めることだと思っています。1つのキャラクターに命題が与えられて、そこに1つの答えが出るところまでが物語です。例えば受験までをテーマにしたら受験が終わるまで。就活だったら就活が終わるまでがその人の目的になる。そこから先、主人公がどのように動いていくのかは彼自身の人生であって、それまでの物語とは別のものになる。

    ――ようやくルルーシュは自分の人生を歩み始めた。

    そうそう。その先は、ルルーシュ自身が決めることであって、彼の物語としてまた別にある。『反逆のルルーシュ』ではない。

    ――2016年11月のイベント(「コードギアス キセキの記念日」)で「次の10年を見据えてネクストステージに移ります」と発言されていたかと思うのですが……?

    次の10年というのは『コードギアス』というプロジェクトの形でとらえています。つまりそこにルルーシュが絡むのかどうかは決まってないんです。

    この先に生まれる『コードギアス』の物語は、全く新しいキャラクターの話かもしれないし、1万年後の話になるかもしれない。そこにルルーシュが絡むのか絡まないのかは別にしたとしても、ルルーシュの行動によって世界はどうなったのかを1回提示しておかないと、その先が描きづらい。

    これからどうなるかはわからない。けれどもルルーシュが変えた世界はとりあえずある。復活した彼は自分の人生を新たに選択し始める。

    それを示したのが『コードギアス 復活のルルーシュ』です。