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「サイレント・ベビー」の真実

サイレントベビーという言葉を知っていますか? 「母親がすぐに対応しないことが原因で、赤ちゃんが何も要求をしない子になる」というもので、テレビやスマホを使った育児が批判されています。しかし、サイレントベイビーは医学用語ではなく、統計や調査などの根拠はありません。本当の問題はどこにあるのか、小児科医が解説します。

サイレント・ベビーという言葉をご存じですか?

赤ちゃんがなにかを訴えて泣いているのに母親がすぐに対応しないと、なにも要求しない子になってしまうというあれです。

これは小児科用語集や児童青年精神医学用語集に載っているような医学用語ではなく、1990年に小児科医の柳澤慧氏が考案し著書で発表した言葉です。

表情が乏しく、発語も少ない静かな赤ちゃんを私は「サイレント・ベビー」と名づけましたが、このサイレント・ベビーという言葉は、医学用語でも育児用語でもありません。(中略)育児の上での環境、とりわけお母さんとのかかわりあいが、大きく影響します。

(『いま赤ちゃんが危ない サイレント・ベビーからの警告』より)

その後、国内の論文検索サービス「医中誌Web」で確認する限り、他の小児科医や内科医ら2人が、母親のストレスのためにサイレント・ベビーや「うつ状態」になる赤ちゃんが日本で増えていると述べています。

テレビやテレビゲームを子どもに見せることや母親がウォークマンをつけて育児をすることがいけないとしているものの、因果関係を示す統計や調査を載せているものはありません。

以前、朝日新聞の医療サイト「アピタル」でママサイトのサイレント・ベビーについて少しふれたところ(子どもが泣き止まない)、泣かせないように、赤ちゃんが放って置かれたと誤解しないように大変な努力をしているお母さんがTwitterに投稿をしていました。

サイレント・ベビーが医学用語じゃないことに驚き、だとしたら彼女の今までの努力はなんだったんだろうという内容でした。

「サイレント・ベビー」を掲載してしまうママサイトの問題

しかし、妊娠・出産・育児情報などを扱うママサイトにはサイレント・ベビーについての記事が数多くあります。

赤ちゃんを泣かせっぱなしにすることによって、サイレント・ベビーになり将来はとんでもないことになってしまう、と母たちの不安を煽っています。医学的に根拠や因果関係のあるものでないとは明記せず、必要な育児情報であるかのように書かれていることは大変問題です。

例えば、「マーミー」の「サイレントベビーの特徴とママが知っておくべき予防法」という記事にはこう書かれています。

(サイレントベビーは)将来的に問題行動を起こしたりひきこもりになったりする可能性が高いといえます。

周りの評価ばかりを気にするあまりに、自分の意思を持たない大人になってしまう可能性が高いため注意が必要です。

「イケメン保育士が贈る新米ママの成長記」の記事「うちの子「サイレントベビー」かも...と悩んでいるママへ」も脅し文句が並びます。

(サイレント・ベビーは)もしかしたら乳児期の人見知りが生涯続くかもしれませんし、我慢・忍耐力が欠如し家庭内暴力に手を染める子供になるかもしれません。集団生活に馴染めなく、いじめや登校拒否の可能性も

BABYRINA(ベビリナ)の「サイレントベビーにしないための愛情たっぷりの子育て方法」はどうでしょう。

自分が自分であることに自信を持てなかったり(自己肯定感が低い)、親から見放される不安が強くて、気を引くような異常行動ばかりを起こしたりする場合もあります。

怖いですね。わざわざ強調文字まで使っています。ママズアップの記事「赤ちゃんが泣いても放置するとサイレントベビーの原因に」も同様です。

サイレント・ベビーと言われた子が成長したら…

自分に関心を持ってもらえなかったことから、自分に自信が持てず、大人しい子になったり、周囲に対しての興味がない、無気力、引きこもり…そんな風になってしまうのではないかと言われています。

また、言葉の遅れなどから発達障害があらわれることもあるそうです。

これらの記事のように原典にないことを付け足すのがママサイトの特徴です。だんだん尾ヒレが長くなっていくのです。

スマホは悪者? 定番の書きぶり

スマホを悪者にするのも定番。

「イケメン保育士が贈る新米ママの成長記」では、

スマホの普及もサイレントベビーを加速させる原因になっています

と書いています。ママズアップ「スマホ見ながら授乳が赤ちゃんに与える影響」では、 脳にとって障害となるとまで踏み込みます。

(ママが)無表情で目線がスマホにばかり行っている様子を見て、(赤ちゃんは)何を思うでしょうか。自分の呼びかけに応えてくれないことが続けば、意思を伝えることをしなくなります。これは心の問題だけではなく、乳児期にたくさん刺激を受けて発達するはずの『脳』にとっても、障害となるのです。笑わず、表情のない赤ちゃん…それが『サイレントベビー』です。

BabyNETの記事「スマホネグレクト|サイレントベビーにしないために」では、ママがスマホばかり見ていてアイコンタクトが取れないと、金属的な叫び声のような泣き方をするという話を紹介していますが、なぜかスマホ限定です。

母が見ているのが本やテレビだったら金属的な叫び声ではないんでしょうか? 母親が他人と会話しているのだったら? 

サイレント・ベビーを提唱した柳澤氏の本はもちろん、スマホがない時代に出版されたためスマホのせいとは言っていません。

代わりに

(待合室の)お母さんも子供もろくに話もせずに、ただじっとすわっているだけなのです。泣きもせずじっとおとなしくしている赤ちゃんを腕に抱き、雑誌を読みふけるお母さん。ポツンと椅子にすわって、不安な目で所在なげに周囲を見回している子供

と書いています。

問題はそこじゃない 心配なのはお母さんの孤立や病気

「近頃の若い母は」と若者を悪くいうのは、年長者の常。「サイレント・ベビー」について論文を書いていた他の医師も、雑誌やテレビを見る、見せることを育児の阻害要因だとしていましたが、私はそれよりも医療機関に子どもを連れてきた母が、なにもできずにぼーっとしている方が心配です。

社会的に孤立していないか、経済的に困っていないか、産後うつの可能性はないかなどを聞かずに「子どもに対する愛情が不足している、かまってあげなさい」などと言うとしたらそちらの方が問題ではないでしょうか。

ベビリナの前出記事では、

サイレントベビーの赤ちゃんは、お部屋に一人きりになっても動じません。お利口にママの帰りを待っているのではありません。ママがいなくなったこと自体に、特に何も感じていないのです。満たされない気持ちをどこかにぶつけるようにして、異常なまでにタオルを噛んだり、ぬいぐるみに固執したりします。喃語や発話が遅れるケースもみられます。

と書いています。母親がいないことを赤ちゃんが何も感じていないという本文とは裏腹にイメージ画像は「だって…ママに迷惑かけるから…泣かない…笑わない…」というコメントがついています。

乳児がそんな高度な分析力と判断力を持っていることはありません。相手の表情から感情を読み取れるようになるのは3歳以降であることが、研究からわかってきています。

また、不安を感じた時に何かを握ったり口に持って行ったりするのは自然でごく普通のこと。「異常なまでに固執する」のがどれほどなのかの説明なしに、同様の行動をする子どもを持つ親たちの不安を煽るような文章は書くべきではないと思います。

数人の医師たちが書いているような生後5〜6ヶ月になっても笑わない、声を出さない乳児がいたら、サイレント・ベビーよりもむしろ別の疾患がないか心配です。

例えば甲状腺機能低下症、目や聞こえの異常はないでしょうか。出生後間もなく新生児室で行うスクリーニング検査でそういった内分泌・代謝性疾患や聴覚は検査を受けるはずですが、なにかおかしいと感じたらスマホ使用を控えるよりも小児科にかかりましょう。

母親に負担を負わせる言葉 女性による育児を神聖化?

また柳澤氏は、母子関係こそ大事で母子の関係が薄くなるからおむつ替え、抱っこ、授乳、入浴も父親でなく母親がすべきだと前述の同書で言っています。

(赤ちゃんの世話は)おばあちゃんで代用したり、お父さんにいつもお願いしてはなりません。

双子の赤ちゃんには、お母さんは二倍の努力で話しかけねばなりません。

のべつまくなし話しかけるのも逆効果

(託児所などの)施設に預ける時には人一倍の気配りを(中略)必ずお母さんが迎えに行きます。

育児のことには、人一倍神経を使わなければなりません。そうすることが、お母さんの罪ほろぼしだと思ってください。

数多い育児グッズが心配だとし

サイレント・ベビーの一因は育児グッズによる複合汚染にあるともいえます。

あまりに母親に負担を負わせすぎではないでしょうか。

母の愛、手をかけることこそ至上として、女性による育児を神聖化しています。育児の負担を家族でシェアすることで軽減したり、便利な道具で効率化、近代化したりするのはいけないことでしょうか。

苦労して育児をする女性を神聖化することとその苦労を、母親のみに強いてこき使うことの根源は同一だと感じます。

サイレント・ベビーの発案は30年近く前ですが、実はその頃から両親共に働く家庭が増え、現在では共働き世帯の方が妻が専業主婦の家庭よりも2倍程度多くなっています。

親の一方が仕事のみ、他方が仕事・家事・育児を担うのはあまりにもアンバランス。実際、父親が育児を「手伝う」のではなく、母親と同じように一緒に行う家庭も実際に増えています。

サイレント・ベビーという一意見に惑わされて母親だけに子育てを任せるなら、日本の社会は立ち行かなくなるでしょう。家族の素敵なできごとも面倒も、両親で分かち合うことが子どもにとっても、ひいては社会全体にとってもより良いことではないでしょうか。

【森戸やすみ(もりと・やすみ)】 小児科専門医

1971年、東京生まれ。1996年、私立大学医学部卒。一般小児科、NICU(新生児集中治療室)などを経て、どうかん山こどもクリニックを開業。主な著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(同)、共著に『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(同)など。ツイッターはこちら