石原さとみ 目標は女優ではなく、その先にあるもの

女優、そして一人の人間としての目標。30代への変化を語る

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石原さとみ 目標は女優ではなく、その先にあるもの

女優、そして一人の人間としての目標。30代への変化を語る

テレビ、映画、CMと、いつも見る姿はキラキラと輝いている石原さとみ。押しも押されもせぬ人気女優だ。

その女優人生は順風満帆にみえるが、実は挫折も多く経験している。

仕事に行き詰まりを感じた20代前半、語学留学で訪れたニューヨークで、自分自身の意思を伝える大切さを学んだ。

2014年の『失恋ショコラティエ』以降、石原はドラマでのメイクを自身で行ってきた。

プロの力を借りず、自分自身でメイクをする女優は珍しい。そんな姿も同性から支持されている。

そして今、石原は新たな一面を見せている。

月9ドラマの主演、化粧品のCM、自分の容姿を「好き」と言ってもらうこと。デビューしたときの夢を次々叶えていった20代を終え、30歳になった石原に大きな変化があった。

「一昨年の年末に、マネージャーさんとこれからの仕事の話になったときに、自分の思いを全て伝えました。去年はそれが具体的に形になったことがいくつかあってすごく嬉しかったですね」

とはいえ、2017年前半は実際に自分がやりたいことが実現するか半信半疑の日々。夏頃のインタビューでは、仕事でやりたいことがなく悩んでいるとも答えていた。

だが、企画、提案してきたものが徐々に形になり始めると心境は変化。楽しくて仕方なくなった。変化の始まりは、夏に出演した『24時間テレビ40 愛は地球を救う』だった。

「番組への出演を決めるとき、何度も迷いがあったんです。生放送ですし、中途半端に取り組んだら、中途半端な温度感が全部伝わってしまうと思って。なので、やるからには片手間でなく、そこに対して費やす時間と気持ちを存分に持つ必要があると思いました」

「私にとっては、本番がゴールなのでなく、その後も続くものにしたいと思った。自分の身の回りで感じていること、番組で取り上げて欲しいことをいくつも番組側にプレゼンしました」

10本以上のアイディアを出して形になったのが、自分の意思で義手を動かす筋電義手の企画だった。

石原はドイツへ出向き、義手や義足を作る世界的な医療福祉機器メーカー『オットーボック』社を取材。筋電義手の現状を伝え、大きな反響を呼んだ。

知識欲が旺盛な石原は、24時間テレビを通してiPS細胞についても学んだ。

「最先端技術について友人と話している時、筋電義手と同時にiPS細胞について知り、すごく興味を持ちました。すぐにDVDや本をたくさん買い集め、自分なりに学んでみました」

思いは届き、NHKの特番でiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中教授との共演が実現した。

9月に発売された写真集『encourage』は石原の誕生日であるクリスマスイブに5度目の重版がかかり、累計発行部数は15万部に達した。

キューバでの撮影含め、構成では自らもアイディアを出し、何度も打ち合わせを重ねた。

「デビューして15年、写真集をその集大成にしたかったから、写真から読み物の端々にいたるまで、細部までこだわりました。その結果として、たくさんの人の手に取っていただけたのは本当にありがたいですよね」

今、自分のアイディアが実現することに喜びを感じている。

「上半期は不安でいっぱいだけど、下半期は期待が高まって、もっと欲が出てきた1年でした。ゼロから1を作ることで責任は出てきますし、逃げられない。だから、こだわりたいし、いろんな人の意見も聞いたうえで作りあげたい。今はそういう作業をすることにすごくワクワクします」

2018年は女優としての活動も活発だ。1月12日からスタートしたTBSの金曜ドラマ『アンナチュラル』では変死体の死因を追う、法解剖医・三澄ミコトを演じている。

もともと深津絵里が主演し監察医を描いた1998年のドラマ『きらきらひかる』のファンだったという石原。様々な現代社会の問題を扱う法医学ミステリーならではの難しさも感じた。

「1話完結型のドラマなんですが、加重労働の強要、いじめなど現代で起こり得る事件を題材にしています。人間の醜さを感情的でなく、フラットに受け止める度量のある役なので、演じるにあたり自分の中で戦っていました」

TBSでの連続ドラマの主演は今回が初。脚本は『逃げるは恥だが役に立つ』の野木亜紀子、プロデューサーは『リバース』『Nのために』の新井順子、演出は『リバース』『重版出来!』の塚原あゆ子とノリに乗っている女性スタッフが集まった。

ドラマでの出会いが、石原にとってはものすごく財産だったと語る。

「塚原監督に出会えて本当によかったです。人の気持ちがとてもよくわかる方だし、エキストラ、役者に演出をつけるときに投げかける言葉のセンスがすごい。周りのスタッフさんも職人気質の方が多くて、とても刺激を受けた現場でした」

2月には4年ぶりとなる舞台『密やかな結晶』に主演する。兼ねてからの希望だった鄭義信氏が演出家だ。

「草彅剛さん、広末涼子さんが出演された鄭さんの舞台『ぼくに炎の戦車を』を見たときに、役者陣もそうなんですけど、とにかく演出がよくて。わかりやすくて、明るくて、あったかくて、なのに苦しくて、切なくて、最後の希望があって。そして、すごく笑ったんですよ」

「舞台の原作も、今回は選ばせて頂いたんですが、演出家は鄭さんとやりたいと当初から話をしていたので、実現できてすごく嬉しいです。一見、明るくはない、静かな中で動いていく話を鄭さんが舞台にしたらどうなるのか、今から楽しみです」

鄭氏の舞台を見た時、石原は2008年の舞台『幕末純情伝』で演出を受け「唯一無二。一生残り続ける人」と今も慕う故つかこうへい氏を思い出したという。

「つかさんの舞台に草彅さん、広末さんのお二人が出演されていた影響も大きかったんですが、ゾクゾクするぐらい鄭さんの舞台が好きだなと思ったんです」

つか氏の作品を通し、楽しさを覚えた舞台。その醍醐味は、稽古だという。

「舞台は稽古ができる。恥がかける、失敗できるって他の現場じゃなかなかできないから。稽古が楽しいし、一番幸せ。役も深められるし、その深める作業をみんなで一斉にできる。映画でもドラマでも、準備期間がすごく好きですね」

様々な人の意見を聞き、取り入れることを大切にしている石原にとって、人との関わりは重要なものだ。

映画『進撃の巨人』では、アニメ版で同じハンジ役の声を担当していた朴口美氏に直接話を聞いたり、映画『シン・ゴジラ』でアメリカ特使カヨコ・アン・パタースンを演じる際には、外務省の友人にアドバイスを求めた。

石原と人との関わりで印象的なのが、2015年のNHKドキュメンタリー『石原さとみ アフリカへの旅"いのち"に魅せられた9日間』でウガンダを訪れた際に出会った、元少女兵バーバラさんとの関係だ。

少年、少女兵の社会復帰のための施設で石原と出会ったバーバラさんは、反政府勢力に誘拐された後、慰安の役割を担わされ、拘束中に3人の子供を出産した。

1人は戦闘で死亡、1人は行方不明、残りの1人は勢力から脱走する際にその場に残すしかなかった。

誰もが声をかけることをためらうほどの苦悩。石原はその体験を理解したいと思い、4時間近く話を聞き続けた。彼女のトラウマが自分のトラウマになりそうで、帰りの車で泣き続けた。

「バーバラとの出会いだけであの経験が終わっていたら、トラウマになってたと思うんです。でも友達になれたのが人生にとって大きくて」

日本に戻った後も、2人の交流は続いた。

「現地のNPO法人の方を通して、バーバラとやり取りが続いています。彼女が職業訓練所を卒業する時にはムービーを撮って送ったりとか、写真を送りあったり。バーバラから手作りのランチョンマットをプレゼントしてもらったりもしました」

その後、新しい命を授かったバーバラさんは、子供に「サトミ」と名付けた。

アフリカにいるもう一人の自分の話を聞くと「どんどん大きくなっているんです」と笑う。

2015年夏、ウガンダの元子ども兵社会復帰支援センターを訪問してくださった石原さとみさん。記事で語られているバーバラさんも元気で、サトミちゃんも、すくすくと成長しています。 ▼ 石原さとみインタビュー 「女優を超えて 31歳とな… https://t.co/ojuWE7DINH

現在のバーバラさんの姿。左が「サトミちゃん」

アフリカでの経験から、心の繋がりを作るためには、会っている時間の長さでなく、短い時間でも相手をどれだけ理解しようと努力したかが大事だと考えるようになった。

2017年の『24時間テレビ』で出会った、年々視野が狭くなる病気を持ち、2児の母でもある知可(はるか)さんと会った際にもその経験が活きた。

「会ったのは数日間なんですが、待ち時間の合間もずっと彼女の話を聞き、すごく仲良くなれました。いまだに頻繁に連絡をしています」

相手を知るだけでなく、自分を知ってもらえることも重要だと考えている。

2008年に放送されたドキュメンタリー番組『原爆63年目の真実』で出会った長崎にいるおばあちゃんと、その後もやりとりが続いている。数年前、映画の撮影の合間をみて、その施設に会いに行くと、そのおばあちゃんだけでなく、施設にいたみんなが自分に会って、喜んでくれた。

「そうやって会った瞬間に心を動かせるのは、私のことをみんなが知ってくれているから。だから私はテレビに出続けて、知ってもらうこともすごく大事なことなんだと思えたんです」

彼女の話を聞くと、石原さとみを女優とだけカテゴライズすることは難しいように感じる。

石原自身は、女優という職業をどう考えているのだろうか。

「最初から女優を目指していたわけではなく、もともとはラジオパーソナリティーになりたかったんです。ただ、女優は多くの人の心を動かせる、そういう職業。女優の先には、いつも励ませる人という目標があります。目標のためには今している経験だったり過程が大事だと思っています」

石原さとみは石原さとみとしか言えない存在となっている。そして常に変化していく。

<衣装協力>

トップス/シーバイクロエ(クロエ カスタマーリレーションズ)

※この記事は、Yahoo! JAPAN限定先行配信記事を再編集したものです。

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