• medicaljp badge
  • borderlessjp badge

医療現場でいま「やさしい日本語」が必要とされる理由

新規外来患者の13%が外国人という、国立国際医療研究センターで開かれる「やさしい日本語」の講座を取材した。

「やさしい日本語」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

やさしい日本語とは、日本語に不慣れな外国人に対して使う、シンプルでわかりやすい日本語だ。

英語や中国語話者だけでなく、ネパール、ベトナム、ミャンマー人など多様な国籍の患者が増える中、やさしい日本語の需要が医療現場で高まっている。

東京都新宿区にある国立国際医療研究センターでは医療関係者らを対象に、やさしい日本語についての講座が開かれている。講座の中でも一番初歩の、やさしい日本語について理解し、練習をする1日コースの講座を取材した。

医療用語を分かりやすく説明


講座に参加したのは、看護師ら病院関係者の他、役所の保健師、大手チェーン薬局や翻訳デバイス開発、外国人支援の関係者ら。

参加者は「長時間」「早急に」など日常会話の言葉の言い換えからはじめ、「処方箋」「既往歴」「保険証」などの医療関係用語、さらには医療用語が多く入った文章の言い換えを練習した。

例えば「処方箋」は、やさしい日本語に置き換えると「あなたの くすりの なまえが かいてある かみです」となる。

また、ある病院では処方箋を薬局に持参し、薬を購入すると言う流れを説明していなかったため、外国人患者が薬を受け取らずに帰ってしまったケースがあったという。そのような場合には「くすりやで このかみを わたして おかねを はらって ください」などと加えるとより分かりやすいとの説明がなされた。

日本語初心者の外国人にも理解しやすいシンプルな日本語への言い換えは意外と難しく、講座でも参加者は苦戦しながら言い換えの練習を行なった。しかし、医療現場で働く参加者にとっては明日から使える知識でもある。

外国人患者「先生の言葉が分からない」


東京都国際交流委員会が2018年3月に実施した「東京都在住外国人向け情報伝達に関するヒアリング調査」によると、外国人が困っていることの1位は「医療」(複数回答)だった。

調査によると、回答者からは以下のような声が寄せられた。

「病気の名前など、先生の言葉がわからない」(タイ)
「しくしく痛い、ちくちく痛い、など症状を説明する言葉が難しい」(ペルー)
「病院で症状を説明するのが難しい」(カナダ)

実際に、医療で困っていると答えた人のうち最も多かったのが「症状の伝え方、医師の説明」(複数回答)だった。

明日から実践できるのが「やさしい日本語」


講座冒頭で看護師や保健師として働く参加者らは「いつも色々な国の患者さんがいるので対応に困っています」「どうすればいいか対策を考えたいと思って参加しました」と、現場での状況や悩みを共有しあった。

講座のプログラム担当者によると、今、医療現場が直面している課題は、ベトナム、ネパール、ミャンマーなどの出身者で英語が通じない患者らの対応だ。検査結果など診察室内での重要な会話は、事前に予約した医療通訳が必要になってくるが、病院内での案内などは、やさしい日本語で説明することが可能だ。

例えば、国立国際医療研究センター病院がある新宿区の統計によると、6月1日現在で区内に住む外国人は4万3230人で、国別のトップ5は順に中国、韓国、ベトナム、ネパール、ミャンマーだ。

講座担当者は「英語と中国語以外の言語で医療通訳の訓練を受けた人を考えると、まず人数がいません」と現状を説明する。

医療通訳に関しては長く議論が行われており「通訳が足りない」「通訳を雇う予算がない」「外国人は増えていく一方」などと問題点は現場や報道でも挙げられてきたが、解決策はなかなか挙がらなかったという。長期的スパンでは医療通訳の育成などもする一方で、いま現場で実践できるのがやさしい日本語だという。

患者、そして医療通訳のレベルもバラバラ


講座主催者によると、医療機関でやさしい日本語が必要となる場面は二つある。

一つは、日本語初心者の外国人に直接やさしい日本語で説明するケース、そしてもう一つは医療通訳がいる病院などで、医師や看護師が通訳に診断内容などについてわかりやすく話すケースだ。

前者は、通訳がいない医療機関に限らず、役所や薬局などでも実践できる。

一言に「外国人」と言っても、会話や読み書きレベルなど日本語能力も様々だ。日本語学校に通う留学生もいれば、技能実習生、日本人配偶者、日本で働く人やその家族など、立場や生活環境も異なるため、相手の日本語レベルに合わせた対応も必要だ。

また、医療通訳のレベルもそれぞれ異なり、外科から泌尿器科まで異なる診療科の通訳を任されることになる。医療通訳は医大出身ではないため、数日後の予約であるなら事前に資料を渡し、当日もやさしい日本語で説明するのがポイントという。

やさしい日本語の講座で講師を務め、各地で同様の講座を開く日本語教師の黒田友子さんは「医療現場では本当に差し迫った問題だと思います」と話す。

「これまで区役所などでも、やさしい日本語の講座をしましたが、病院など医療現場は患者さんの命に関わることでもあります。しかし、やさしい日本語にするのが一番難しいのが医療に関する日本語なんです」

国立国際医療研究センターでは、やさしい日本語に関して三つの養成講座を開いている。この日実施された初歩コースの他、上級レベルの講座を終了すると、病院など自身が働く現場でやさしい日本語セミナーを開催運営することができるまでのレベルにするという。

中級、上級レベルでは実際に日本語初心者の外国人に、講座内でやさしい日本語を実践する練習もある。

外国語を一から学ぶのとは違い、日本語を母語とする人にとって、やさしい日本語は噛み砕いて話すこと。黒田さんは「言い換えは慣れで出来るようになるので、練習をすることが大切です」とした。

講座の参加者で、英語と中国語の医療通訳試験などを実施する「日本医療教育財団」で働く中国出身の楊雪梅さんは、外国出身者の視点から、「やさしい日本語」の重要性について指摘する。

「日本に住んでいる中国人は簡単な日本語は勉強していることが多いです。英語や難しい日本語で言われてもわからないけど、やさしい日本語なら伝わります」とし、「時によっては漢字を見せても分かりますね」と話した。

通訳デバイスと、患者の家族・友人による通訳

また講座のプログラム担当者は、翻訳デバイスや患者の家族や友人がする医療通訳の危うさも指摘する。

「デバイスに飛びつきがちですが、医療通訳が可能とはどの会社も保証していません。本当に正確な医療通訳になっているかという動作確認がいります」

「医療に関する通訳には責任が伴うので、使ってもいい場面と使うと危険な場面というのを整理すべきです。また、外国人の患者の家族や友人に通訳を頼むケースも、医療通訳の訓練を受けていないので誤訳の危険性も指摘されています」

新規外来患者の13%が外国人という現状


国立国際医療研究センター病院・国際診療部の杉浦康夫部長は、日本に住む外国人の増加について「今後もこの流れはますます加速していく」と、やさしい日本語講座の需要の高まりを強調する。

「長期的に考えても海外の方はさらに入ってくると思うので、もちろん病気になったり医療機関にかかる機会が増えてきます。そうなると医療機関がどう対応していくのか、関係者と状況共有をして考えていきたいと思います」

新宿という土地柄や、外国人患者の受け入れ体制が整っていることなども関係し、この病院では現在、新規外来患者の約13%、新入院患者の約6%が外国人だという。やさしい日本語の講座だけでなく、医療通訳の研修なども開いている。

大きな病院で、他の病院と比べて経験も豊富なことから「小さな病院や地方の病院とも情報を共有していければ」と杉浦さんは話す。やさしい日本語の講座は同センターでも継続し、上級講座修了生が各地でも同様の講座を開いていくのが理想だ。

広がる多言語コールセンターでの遠隔通訳

例えば、今需要が高まるベトナム語の医療通訳などは、全国各地でも人数が少ないため、それぞれの病院が対面のベトナム語医療通訳を置けるわけではない。そのような状況の中、対策として病院での導入が広がっているのが「遠隔通訳」だ。

多言語コールセンターを運営するランゲージワン(東京都渋谷区)では実際に、各地の病院と遠隔通訳で医療通訳を実施している。同コールセンターでは13言語、24時間365日で電話通訳サービスを行なっている。

医療通訳も英語、韓国語、中国後、スペイン語、ポルトガル語の5言語で24時間365日、また平日午前9時〜午後6時は、タイ語、ロシア語、タガログ語、ベトナム語、ヒンディー語、ネパール語、フランス語、インドネシア語で対応しているという。

同社営業部医療コーディネーターの高橋恵介さんは「4月1日から施行された改正出入国管理法で今後、外国人が増加していくにつれ、このような通訳はさらに需要が高まってくると思います」と話した。