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【密着60時間】患者を断らない救命救急(4) ERの「きれいな話」の裏側で

高度専門化する医療のさまざまな課題。ある救命救急ERを密着取材し、現場の様子を紹介する連載の第四回です。

「救急搬送は断らない」という方針を掲げ、年間約1万台の救急車を受け入れる、愛知県豊明市の藤田医科大学病院ER(救急外来)。一般的には重症患者にのみ対応する大学病院のERとしては異例で、「藤田市民病院」と揶揄されることも――そんな同院ERに密着取材を実施。記者の目に映った現場の様子を紹介します。


私たち人間じゃないの?

「最近ひっどいでしょ、医師の働き方の。過労死ラインの2倍って。何それ、私たち人間じゃないの?って感じですね。ちゃんと書いてくださいよ!」

冗談めかしているが、目は本気だった。

記者の取材は、ちょうど厚生労働省の「医師の働き方改革案」がまとめられ、話題になった時期と一致する。条件つきではあるが、医師について一般労働者の過労死ラインの約2倍、年間1900〜2000時間の時間外労働時間を許容する案が、物議を醸していた。

話題は暗いが、努めて明るく記者にこう訴える木村さん(仮名)は、ある土曜日のER(救命救急センター)の日勤ERリーダー医師で、女性の後期研修医だ。

木村さんが研修医に「もうカルテできてる?」と聞いた。「はい、おおまかに」と答えると「おおまかにじゃなくて。来たらパッて動けるようにしておいて」とぴしゃり。

医師数が平日の半分程度になる体制で、木村さんはキビキビと現場を回す。

同院は土曜日まで通常診療日であるため、他科も午前中は受付をしている。その診察が終わった15時頃から、ERの外来がウォークイン(時間外に歩いて来院する患者)で混雑しだす、という。

「みんなやっぱり、午後くらいから“やっぱり病院に行こう”って動き出すんですよね。基本的に、通常診療の時間内に来ていただきたいのですが」

木村さんが「今日よう(電話が)鳴るんやけどー、もー」と嘆くように、この日は朝から15時頃までに、10台以上の救急搬送があった。平日並みの忙しさだが、そこに輪をかけて、ウォークインの来院が増え始める。

15時半、木村さんの言葉通り、ウォークインの受付に列ができた。すでに10人ほどが並んでいる。

待合室のソファには20人ほどが待つ。研修医たちが救急搬送に対応しながら、フル稼働でウォークインの患者を診察していた。とはいえ、診察室は3部屋しかない。

受付が患者に「かなり待ちますがよろしいですか?」「重症の方から診ますので」と念を押している。

季節柄、ウォークインはインフルエンザが多い。他には「膝の打撲」や「指の切創」など比較的、軽症の患者が多かった。しかし中には「左口角下垂」など脳梗塞と一致する症状もあり、「ウォークインだから軽症だろう」と決めつけることはできない。

「人、増やしてほしいわ」「病床は今日、空いているみたいですよ」「病床が空いてても玄関(ER)がこれじゃあね……」スタッフの会話が聞こえる。

木村さんが「誰か手の空いている人(医師)いないかねー?」と呼びかけるが、そもそもERに人が少ない。「みんな忙しいな」とつぶやき、自ら走っていった。

「今日、“4時ピタ”目標なんです」

加藤さんは18年目の医師で、小学生2人と保育園1人の3人の子どもの母だ。

「子育てはエンドレスで、“この薬を飲んだらこうなる”と医療のようには思い通りにならない。職場に来る方がホッとします」

そう言って笑う加藤さん。ある日の日勤リーダー医師に「ゼク(病理解剖)行ってもらえる?」と聞かれると「ごめんなさい、今日“4時ピタ”目標なんです」と答えた。保育園の迎えがあるためだ。

すぐに日勤リーダー医師が「あ、じゃあ僕がゼクに行くから、加藤先生はリーダーを代わってよ」と提案し「ではそれで」と決着。

同院ERでは、4人の女性医師と1人の男性医師が時短勤務をしている。

このように「職場は子育てに理解がある」(加藤さん)。「“限られた時間だけ働く”ということに理解がないと、例えば“なんでもっと当直しないのか”ということになってしまう」と話す。

厚生労働省の臨床研修修了者アンケート調査(2015)では、「子育てと勤務を両立するために必要なもの」として、「職場の雰囲気・理解」や「当直や時間外勤務の免除」を挙げた女性医師が多くいた。

ただし、「シフト制にしやすい救急科だからできる面もある」と加藤さん。他科のような担当医制では、患者の様態が急変するなどしたときに「4時ピタ」は難しくなるだろう。

全医師数に占める女性医師の割合は、2014年時点で20.4%と報告されている。医学部入学者に占める女性の割合は約3分の1で、約20年前に30%を超えてから横ばい。

2018年には東京医科大学が「女性は結婚、出産をして育児をしなければならず長時間勤務ができなくなる」として入試で不正に女子学生の合格者数を抑制していたことが明らかになるなど、問題も根強く残る。

同年の『医師・歯科医師・薬剤師調査』のデータによれば、救急科の女性医師比率は12.4%と低い結果だ。同院ERでは約30%と比較的、高い割合になっている。

救急総合内科教授で救命救急センター長の岩田充永さんは、時短勤務をする女性医師たちについて「彼女たちがいなくなったら現場が回らなくなる」「大切な存在」と表現する。

現在は別の女性医師が子どもを妊娠中。出産による一時的な離脱に対応するために、上級医同士が顔を寄せ合い、来年度からのシフトの相談をしているところを取材中に何度か、見かけた。

同科ではこれまでに、6人の男性医師が育休を取得した。しかし、岩田さんは「診療に大きな影響なく、これが実現できたのは、人がある程度は揃っているから」と言う。

「人が揃わなければ、時間どおり帰れない。これは多くの医療現場が抱える課題だと思います。だからこそ、究極的に言うと、責任者の役割というのは“人を集めるか金(研究費)を集めるか”なんです(苦笑)」

「あとは、職場の雰囲気を整えること。それが荒むと大変ですから。イライラした人ばかりの職場に、人が集まるはずがないですよね」

「きれいなだけの話」ではない

熱血漢の医師たちが、どんな患者も受け入れるER。やがて赤字になり、閉鎖を余儀なくされる――そんな医療ドラマの展開に覚えがある人もいるだろう。

独立行政法人福祉医療機構のデータ(2016)によれば、一般病院の41.2%は赤字経営。同院ERの運営に不安はないのか。

岩田さんは「(救急総合内科)単科では当然、難しい」と認める。しかし、「入院や手術を含めると、ERが病院経営に一定の貢献をしている。それゆえに成り立っている」と説明。現在、「藤田医科大学病院1400床のうち約30%がER経由」だと明かす。

「この国の病院経営が苦しくなっている昨今、ERを存続させることは、きれいなだけの話ではできません。特に我々は私立大学で、国公立大学や自治体病院に比べて補助金の額も少ない。だからこそ、私たちは数字で、自らの意義を説明できることを常に意識しています」

経営を意識するのは「患者さんの医療へのアクセスを保障する使命があるから」と岩田さん。利益だけが目的ならば、例えば心筋梗塞だとはっきりわかっている患者だけを受け入れる「ハートセンター」のようなシステムの方が効率性は高い。

しかし、「1件の明らかな心筋梗塞に対して、感覚値ではその背後に、10人の心筋梗塞疑い、かつ結果は違う疾患であった、という患者さんがいるはず」(岩田さん)。

一旦、その10人を全員、受け入れることで、地域の救急患者が行き先に困ることはなくなる。前述した「医療へのアクセスを保障する使命」を守るために、「病院全体の経営への貢献の両立が重要」だとする。

同院ERにとって「患者を断らない」ことは意義であり、生存戦略だ。

「高度専門医療の美名の元に、自分たちの専門以外に手を出さない“より好み”が起きて、引き受け手のない患者さんが生まれてしまうことを危惧します」

「人間は一つの部品だけが悪くなって病気になるわけではありません。行き場をなくした患者さんたちを受け入れる場所の重要性は、これからも増していくでしょう」

***

引き受け手がなく、医療の網の目から零れ落ちそうになる患者たちがいる。記者はこの目で、それを見た。

「穴」に足を取られる理由は人それぞれだった。貧困や教育機会の不足といった社会的要因。家族がいないか、不仲になっている。喫煙、飲酒、自己判断で薬を飲むのを止めてしまう、などの生活習慣。そうした要因がなくても、突然の病気やケガも起こり得る。

痛くならないと、苦しくならないと、わからないかもしれない「健康」の価値。後から気づいたとして、それが失われたことを、受け止められるだろうか。

これからもそう自分に問いかけ続ける上で、一つ、この取材で胸に刻んだことがある。

誰かの損なわれた健康の分だけ、働いている人がいるということだ。

疲れていても、寝ていなくても、誰かのために。

そのことをどうか、多くの人に、覚えていてほしいと願う。



多くの勤務医が過労死ラインの前後で働く現状を背景に、医師の働き方改革の議論が盛り上がっています。一方で、医療の現場で実際に何が起きているのかは、世間にはあまり知られていません。

医療者たちはただ過重労働にあえいでいるのではなく、日々、プロフェッショナルとして患者の命を救いながら、生命倫理と社会的要請との間で葛藤し、自身も一人の人間として、理想の働き方を追い求めていました。

どんな議論も、その実際の様子を知ることから始まります。そこで、BuzzFeed Japan Medicalでは、記者の朽木誠一郎( @amanojerk )が藤田医科大学病院ERに一週間の密着取材を実施。医療現場の様子を紹介します。