ギャンブル障害の現実 人生を棒に振った人をただ責めればそれでいいのか?

    「心が弱いと責めるだけでは、何も解決しない」

    4月8日、東京都内で開かれた記者会見場。違法カジノへの出入りが報じられた、男子バドミントン界のスター、桃田賢斗選手はこう語った。「自分もスポーツマン、勝負の世界で生きているので、ギャンブルの世界に興味があった。やめることができなかった」

    桃田選手を誘ったとされ、所属していたNTT東日本を解雇処分となった田児賢一選手は違法カジノには度々出入りしていただけでなく、ギャンブルのためにNTT東男子バドミントン部内で1000万円を超える借金を重ねていたことが明らかになった。

    「スポーツと同じ勝負の世界だから」「自分を止められない弱さがあった」。彼らは口々にそう語った。

    彼らがあげた理由は一見、納得する。しかし、本当に彼らの言葉だけでわかった気になっていいのだろうか。

    果たして、スポーツ選手はギャンブルにはまりやすいのか。「ギャンブル依存症」という言葉も広がっているが、その実態はどこまで知られているのか。

    BuzzFeed Newsはまだ日本では少ない「ギャンブル依存症」の専門家を訪ねた。

    そもそも、ギャンブル依存症とは何か?専門家は語る

    「こころのホスピタル町田」の精神科医で、ギャンブル依存症専門外来で治療に取り組む蒲生裕司さん。最前線で、治療に取り組み治験を積み重ねている。

    パソコンと専門書、自身が書いた論文が置かれた机に座り、蒲生さんは口を開いた。

    「医学的にはギャンブル依存症という言葉ありません。依存症というのは、アルコールやその他の薬物に対して使う言葉で、私たちの間では、病的賭博あるいはギャンブル障害と呼んでいます」

    「ギャンブル障害の患者には脳に変化が起きていると考えられています。ギャンブルに関する情報にのみ、脳が反応する可能性が指摘されているのです」

    ギャンブル好きと障害、違いをどう診断していくのか。

    「ギャンブル障害には診断基準があります」

    「例えば、賭博にのめり込むために嘘をつく、日常生活に支障をきたす、同僚のお金を取るなど賭博のために人間関係や仕事の機会を危険にさらしたり、失ったりする。しばしば、賭博に心を奪われているーーといったものです」

    「しかし、単純に診断基準にあてはまるかどうかではなく、個人の状況を加味して診断していくのです」

    スポーツ選手はギャンブル障害になりやすいのか?

    スポーツ選手はギャンブル障害になりやすいのか。

    蒲生さんが言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

    「海外では、かつてアスリートだった人が特定のギャンブルについて、アスリートでなかった人よりもはまりやすい傾向にあった、という研究結果があります。しかし、十分なエビデンスは存在しません。現に、多くのスポーツ選手はギャンブルにはまり込んでいるわけではない。むしろ問題は……」

    「心が弱い」「考えが甘かった」で納得するほうが問題だ

    ここで、蒲生さんの口調が少し強まる。

    「男子バドミントンやプロ野球選手の賭博問題をとらえて、『スポーツ選手なのに心が弱い』あるいは『将来があるスポーツ選手なのにギャンブルをやるなんて情けない』といって責めたてる考え方にあるとおもいます。ギャンブル障害を誤ってみています」

    彼らがギャンブル障害かどうかは、直接診察をしないとわからない。しかし、明確に批判できるのは、ギャンブルにはまり込んだ彼らの「心の弱さ」を原因にする考え方そのものだ。

    必要なのは、ギャンブル障害に関する正確な理解だ。

    ギャンブル障害、最大の特徴は……

    蒲生さんのインタビュー、論文からギャンブル障害の特徴を整理する。

    最大の特徴は目先の価値と、将来の大事な価値が逆転しやすいことにある。

    例えば、きょう1万円もらうのと、明日1万100円もらうとしたらどちらを選ぶか。多くの人はきょうの1万円を選ぶ。明日まで待つことで得られる利益は100円なら、待つ必要はない。

    では、これが今日の2万円と5年後の10万円ならどうだろう。5年待つだけで、受け取る利益は5倍になる。これなら後者を選ぶほうが明らかに合理的であり、後者を選ぶ人は多いだろう。

    ところが、ギャンブル障害の患者は前者を選びがちだ。一見、不合理にみえる。しかし、患者の価値観では、いますぐ得られる少額のお金の価値が、将来に得られる大きなお金の価値を上回っている。

    ギャンブル障害は自殺と結びつく

    目先の利益の価値が高くなることは、お金に限った話ではない。

    ギャンブルをやめることで将来的に得られる利益(例えば家庭の安定、職場での信頼回復)と、目先のギャンブルで得られる価値(例えばストレス解消)があったとする。

    患者が「二度とギャンブルに手を出しません」と口にしたとき、彼らは将来の利益のほうが、価値が高いと思っている。そこに嘘、偽りはない。

    ところが、その価値は簡単なことで逆転する。負けを取り返したい、パチンコ屋の近くを通りがかった、家族から叱責されてストレスを感じた、人から誘いの電話がかかってきた……。また目先のギャンブルに手を出してしまう。

    そして、周囲は「嘘をついた」「人として情けない」と患者を責める。

    これは逆効果になってしまう。なぜか。

    本人には嘘をついているという自覚はないためだ。患者はどこかで、価値が逆転しているだけなのだ。逆転が容易に起きてしまうこと、それ自体がギャンブル障害の症状といえる。

    蒲生さんは続ける。口調は強いままだ。

    「いくら自覚が足りないと責めたところで、本人の回復にはなんの役にも立ちません。気持ちの問題じゃないのです。ギャンブル障害の怖いところは、自殺と結びつきやすい点にあります。自殺を考える患者が多いのです」

    「会社を辞めさせたり、反省を促したり…それで終わってはいけないのです。本人の回復をどう援助するかという視点がない限り、問題は解決しません」。

    回復のキーワード、それは「行動」

    では、どうしたらいいのか。蒲生さんは「行動」に着目して、治療をしている。

    駅前にパチンコ屋があるなら、一駅前で降りて目に入らないように家路につく。やめるメリット、やめないメリットを書き出して、壁に貼る。やめないメリットを患者本人が自覚した上で、ギャンブルではない別のもので置き換えられないか考える。

    勝負によるスリルが味わいたいなら、例えば患者が、以前取り組んでいたスポーツに置き換えることはできないか。達成感が欲しいのなら、ものを作る達成感で置き換えられないか。

    行動にコストをかけることで、回復への道を探っていくという方法だ。

    「叱責では解決しないことを援助する側が自覚すること、その人がなぜギャンブルにはまり込まないといけないのかを分析して、個々人にあった支援をする。ギャンブル障害から抜け出すには、そこがもっとも大事なのです」