「がんばっても公正に報われない社会が待っている」
ジェンダー研究(女性学)の第一人者として知られる上野さんは祝辞で、女子受験者を差別していた東京医科大学の入試不正問題や、東大の女子学生の割合が「2割の壁」を超えないことなどに触れ、こう訴えた。
「あなたたちはがんばれば報われると思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」
「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください」
「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。がんばる前から、『しょせんおまえなんか』『どうせわたしなんて』とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます」
「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください」
国内随一の大学で学び始める東大生に対して、日本社会に根付く差別に目を向け、身につけた知を役立てるよう鼓舞する内容とも取れる一方、新入生の門出を祝う「祝辞」にはふさわしくない内容だと批判する声もあった。
「祝辞が反響を呼んだ際、すでに学内のジェンダーの問題を繰り返し取り上げていた弊紙としては、何かしらの形で祝辞に関する企画を組む必要があるという議論になりました」と、東京大学新聞社の山口岳大さん(文学部3年)は言う。
「その中で、特にアンケート調査という形をとったのは、すでにさまざまな意見がSNSなどで飛び交う一方、深い議論には至っていないと考えたからです」
「一部の批判的な東大男子の意見や無批判な支持の間に、顧みられないけれども重要な指摘を含んだ意見があり、支持不支持の中でも理由はさまざまあるはずです。それらを取り上げるのがメディアの役割かと思いました」
東大生よりも、学外で高評価
調査は4月18日~5月10日にかけ、インターネット上で実施。東京大学新聞の紙面やウェブサイト、LINE、SNSなどで回答を募った結果、現役東大生603人を含む4921から回答があった。
回答した現役東大生603人のうち、上野さんの祝辞を「たいへん評価する」「評価する」と答えた割合は61.7%だった。
一方、東大生以外の4318人に目を向けると、「たいへん評価する」「評価する」の割合は87.5%を占め、学内よりも学外の方が肯定的に評価していることがわかった。
さらに、「祝辞は学部入学式にふさわしかったと思うか」という問いに対して、東大生は「たいへんそう思う」「そう思う」の割合が51.7%だった一方、東大生以外は82.8%だった。
この結果について、東京大学新聞社は「東大生以外の中で多数を占めた社会人の方が、社会での経験が豊富であり、問題がいかに深刻であるかを目の当たりにしてきたことに起因していると考えられる」と分析している。
性別ごとの回答では、東大生の中でも、女性は82.2%が祝辞を評価したのに対して、男性は53.1%にとどまった。女性の方が上野さんの言葉を高く評価していることが示される結果となった。
一方、新入生は103人が回答し、祝辞を「たいへん評価する」「評価する」と回答した割合は74.8%で、新入生を除く東大生の59.3%を大きく上回った。
「東大に希望を持つことができた」
①祝辞を評価したか、②入学式の祝辞にふさわしいと思ったかの問いでは、回答理由も尋ねている。
上野さんが「『がんばれば報われる』と思えること自体が環境のおかげだ」と語った点への思いや、東大のジェンダーの問題を提起した点、祝辞が社会に及ぼした影響に目を向ける意見など、様々な声が寄せられた。
将来リーダーとなっていくであろう東大新入生に、入学という個人の成功が自分の力だけではないということを自覚させ、弱者とされる人への配慮を促したものだったから。
(理Ⅲ・1年、男性、①「評価する」②「どちらとも言えない」)
東大女子や女性、またマイノリティが社会において置かれている状況を非常にうまく表していると思う。…また、そのような状況を改善するために東大生が何をすべきか強く打ち出していて、私個人は非常に共感でき励まされた。…上野先生の、このようなスピーチを東大が入学式の祝辞に選んだという点で、東大に希望を持つことができた。
(養・3年、女性、①「たいへん評価する」②「たいへんそう思う」)
知らなければならない重大な問題について新入生に説明したのは良いが、少々言葉選びが過激だと感じる点があったため。
当日、自分自身男の新入生としてはかなり耳が痛く、別の機会にじっくり聞きたい、と思っていた。(文Ⅱ・1年、男性、①「評価する」②「どちらとも言えない」)
現状の男女平等が進みつつある世界で日本がそれに遅れていることは確かであり、世間の注目するこの場でこの問題に言及すること自体が世間における議論の活発化に繋がると考えられるため。
(理Ⅱ・1年、男性、①「評価する」②「そう思わない」)
自分や周囲の言動を顧みる出発点に
調査を担当した山口さんは、5000件近い回答があったことにまず驚いたと語る。
「個々の意見を見ても、かなり練られた内容のものばかりでした。祝辞に賛成であれ批判であれ、何かを発信したいという内なる衝動を多くの人の中で呼び起こしたことは、それだけ、含まれていた論点が個々人にとって、日本にとって切実な問題だったということを示唆しているように思います」
さらに、今回の祝辞が「つねに自分や周囲の言動を顧みる出発点として機能することを期待します」と語る。
「性差別的な発言や、弱者の存在を忘れた思考がどこかで出てくることは、まだ今の時代でもありうると思います」
「ただ、この祝辞が東大生の間の共通認識としてあれば、それらのおかしさをオープンに話すことがしやすくなるはずです。何かをおかしいと訴えることへの障壁が取り除かれると良いと思います」
「(調査を通じて)賛否どちらでも、なぜその人はそう考えたのかを理解し、対話することが促されればいいなと思っています。そうした奥行きある理解を望みます」
詳しいアンケート結果は、東京大学新聞社オンラインで読むことができる。