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「AVが性の教科書」の現状をどう変えるのか。望まぬ妊娠、中絶をした女性の願い

「決していやらしいことではなく、命につながる、大切な人とのパートナーシップに関する知識として、幼い頃から知ることが大切だと考えています」

「性交」「避妊」「人工妊娠中絶」。こうした性にまつわる言葉を子どもたちに教える際の適切な年齢とは、いくつなのだろうか。

「幼い頃から性行為について教えると、そうした行動を促進してしまうのではないかと恐れる声をよく耳にしますが、これは間違いだと思います」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、NPO法人「ピルコン」の代表を務める染矢明日香さん(32)。各地の学校で、年間約5000人の中高生を相手に性教育の訪問授業を実施している。

染矢さんは4月2日、東京都教育委員会と文部科学大臣宛てに、性教育の学習指導要領を見直し、「中高生が自分自身のからだを守り、人生を選択できる力を育む」内容にしてほしいと求める署名運動を始めた。

きっかけは、足立区の中学校で3月に行われた性教育の授業が「不適切だ」と都議会議員や都の教育委員会に指摘され、学校側やネット上で反発を呼んだ問題だった。

「性交」「避妊」は中学生には早い?

発端は、3月16日に開かれた都議会文教委員会における、自民党・古賀俊昭都議の発言だ。

朝日新聞によると、古賀都議は、3月5日に足立区の区立中学校で3年生を対象に実施された性教育の授業について「問題ではないのか」と述べ、都教委に見解を求めた。

これを受けて都教委は、授業内容を調査し、不適切な授業を今後行わないよう足立区教委に指導、校長会でも注意喚起することを決めた。

都教委が問題視したのは、記事の冒頭にあげた「性交」「避妊」「人工妊娠中絶」という言葉を授業内で使っていたこと。これらの言葉は、中学の学習指導要領に含まれていないため、「中学生の発達段階に応じておらず、不適切」だと指摘している。

一方、区の教育委員会は「10代の望まぬ妊娠や出産を防ぎ、貧困の連鎖を断ち切るために、地域の実態に即して行われた」授業だと反発。

性教育の専門家団体も、問題視された授業は「子どもたちの課題と知的要求に誠実に向き合った内容」だと評価し、都教委による介入は「子どもたちが将来幸せに生きる権利を侵害する行為に他ならない」と強く抗議した

日本の性教育が抱える問題点

性教育のあり方が問われたこの問題。染矢さんはこれを契機に、日本の性教育が抱える課題について、広く問題提起したいと考え、署名活動を始めた。

一つは、日本の性教育が「国際的なスタンダードから大きく取り残されている」こと。二つ目は、「指導内容が日本の10代の実態に即していない」ことだ。

国際的に取り残されている

「性教育は幼少期から始めるべきだという考えが、国際的なスタンダードになりつつあります」と染矢さん語る。

「ユネスコの『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2018年1月に改訂)には、5〜8歳の段階で、精子と卵子が受精し、子宮内膜に着床することで妊娠することを説明するよう書かれています」

「9〜12歳でどのような条件下で性交すると妊娠する可能性があるか、避妊の方法や妊娠の兆候も教えるよう求め、12〜15歳では生殖と性的欲求の違いを区別して理解できるように、と指導しています」

これは、性に関する情報を子どもたちから遠ざけるのではなく、性行為の仕組みやそれに伴うリスクを具体的に教えることで、自分で自分の身を守る選択ができる力を養うべきだという考えから来ている。

一方、文科省が定める学習指導要領を見ると、小中学校では「受精に至るまでの過程を取り扱わない」という規定が明記されている。また、「性交」「避妊」「人工妊娠中絶」の言葉に関しては記載がない。

「小・中学生に教えるのは発達段階を考えてふさわしくない、教えるなら個別に指導するべきだという人の中には、『びっくりしちゃう子がいるから』という声もありますが、中学の時にいきなり教えるからびっくりするんですよね」

「決していやらしいことではなく、命につながる、大切な人とのパートナーシップに関する知識として、幼い頃から知ることが大切だと考えています」

また、生徒自身がまだ性的な興味を持っていなくても、そうした関心を他者から向けられることはある。染矢さんはそう指摘した上で、現行の刑法と性教育は矛盾していると言う。

「刑法では『性行為に同意する能力がある』と見なされる年齢(性的同意年齢)は13歳とされています。それならば、性行為の仕組みやリスクもその歳で十分学ぶことができる環境を整えるのが、大人の責任ではないでしょうか?」

10代の実態に即していない

早い段階で性教育を始める必要があることは、日本の10代の実態を示す各種統計やアンケート調査も示していると染矢さんは考える。

厚労省の人口動態統計によると、10代の母が出産した数は、2016年が1万1095件、2015年は1万1929件、2014年が1万3011件と、毎年1万件を超える。

10代の人工妊娠中絶数は、2016年度で1万4666件、15年度が1万6113件、14年度は1万7854件。15歳未満のみに注目しても、過去5年間で、年間220〜400件にのぼる。

「妊娠すると、退学を余儀なくされる場合も少なくなく、子どもたちの学ぶ権利が奪われる可能性もあります。また、出産しても自立して生活することは難しく、そのまま貧困の連鎖に陥ってしまう可能性もあります」と染矢さんは懸念する。

子どもたちが性行為に関する情報をどこで得るかも、染矢さんが懸念する点の一つだ。

「インターネットやスマートフォンが普及したいま、性のことを学校で教えなければ、子どもたちはインターネットやフィクションであるAVから、不正確な情報を学んでいきます」

「幼い頃から性教育をするのは刺激的すぎると仰る方がいますが、みんなもっと刺激的なものをネットで見てますからと言いたいですね」

ピルコンのアンケート調査では過去に「AVをリアルだと思う人はバカだ、ありえないと批判するのをやめてほしい」という声もあったという。

「AVを教科書にするしかないほど、他に情報を得る手段がないんだと言っていて、なるほどと思いました。AVを真に受けてしまう側ではなく、そういう状態を作ってしまう構造に問題があるのだと思います」

望まぬ妊娠、中絶「時計の針を戻せたら…」

染矢さんが性教育に関わる活動を始めたきっかけは、自分自身が大学生の頃、望まぬ妊娠、そして中絶を経験したことだ。

「小さい頃から性的な関心は高かったと思うのですが、いざ妊娠がわかったとき、中絶の方法や費用もわからなかったし、出産した後にどんなキャリアを描けるのかも想像がつきませんでした」

いま出産しても、経済的に育てていくことは難しい。そう判断して中絶を決めたが、しばらくは「つらくて、悲しくて、真っ暗な海に浸かっているよう」だったと話す。

「11歳離れた弟がいるので、どんな感じで妊娠、出産して赤ちゃんが育つかを間近に見て、小さい頃から命の大切さを感じていました。だから中絶を選んだ時は、可能性の塊である命を自分の選択で消してしまったことが、本当につらかったです」

悲しい思いをする前に

署名は24日までに1万7千件近い支持を得ている。4月末まで呼びかけを続け、文部科学大臣と都教委に市民の声として提出する予定だ。

署名とともにアンケート調査も実施し、将来的には学習指導要領や「性教育の手引き」の見直しにも生かしていきたいと考えている。

いま、染矢さんには2歳の子どもがいる。「この子が成長したときに、このままじゃ絶対にいけないと思っています」と語る。

「もし私が時計の針を戻すことができたら、産むか堕ろすかの選択ではなく、きちんとした知識をつけて、妊娠を防ぐところに戻りたい。悲しい思いをする前に、自分と同じ経験をする子を防ぎたい」

「だからこそ、性行為がもたらすリスクと、それを防ぐ方法を具体的に教える必要がある。性に関することを子どもたちが適切に学ぶ機会を作っていくことが大切だと思います」

BuzzFeed JapanNews