著作権や正確性の問題で休止してから1年。「かわいい」世界観と読者目線のコンテンツで、若い女性から絶大な支持を集めた「MERY」が再始動する。
DeNAが掲げたキュレーションメディア戦略の中核だったMERYだが、DeNAは単独での再開を断念。8月に小学館と共同出資で「株式会社MERY」を設立し、再開に向けて準備を続けていた。
老舗出版社とIT大手のタッグは、MERY再建に向けて、どんな戦略を描くのか。
MERYの山岸博社長(小学館副社長)と、江端浩人副社長兼サービス戦略本部長(DeNAメディア統括部長)がBuzzFeed Newsのインタビューに答えた。
概要はこちら。
この記事では、インタビュー全文を一部再構成してお伝えします。
小学館の校閲・編集者がチェック
――昨年12月の休止から約10カ月。MERY再開に向けてどのような準備、議論が重ねられてきたのでしょうか
山岸:まず8月8日に小学館とDeNAで新しい「株式会社MERY」を登記しました。それ以前から「新しいMERYを作りたい」と協議を重ねていました。公認ライターを新たに募集して、その人たちを教育すること。それと、(記事編集から公開までの)フロー作りが重要で、そこがかなり大変でした。
旧MERYではノーチェックみたいな形で記事が流れていたと思いますが、新MERYでは、「公認ライター」さんたちに原稿を書いてもらい、小学館で雑誌をやっていた校閲10数人でチェックします。
さらに、旧MERYでは特に著作権の問題が多かったので、小学館の社員が記事と写真の権利関係を全部チェックしてから公開するという、手のかかる体制を作って、なんとか動き始めています。
非常にワクワクしているんですけども、実際には、前のMERYと同じものを作ることはできないかなと思います。
今回は量より質を重視していかないとならないし、色々な出来事が起こった中で、すぐまたトラブルを起こすわけにもいかない。すごく慎重に立ち上がらないといけないなと考えています。
大学生中心の「公認ライター」
――公認ライターとは? どのような方々が集まっているのでしょうか
山岸:旧MERYがそうだったと思うんですけど、読者に近い人たちが書いた原稿を上げていきたいという思いがあったので、公認ライターを募集しました。
10代も少しいますが、20代が中心ですね。大学生が多いと思います。もうちょっと集めないとダメかなと思うんですけど、現状で50人くらいです。随時募集をしております。
私も時間がある限り面接をやったんですけど、基本的には仕事を誠実にやっていただけそうな人、発信力のあるような人を中心に選びました。旧MERYに関わっていた方も何人かいらっしゃいます。
――では、MERY全体でどれくらいの人数になるのでしょうか?
山岸:公認ライターも入れれば、大まかに100人弱くらいでしょうか。30人くらいのMERYオリジナル編集部の中に、小学館からチェックに入ってる人間が8人います。みんな編集長をやったようなベテランの人が多くて、何が良くて何が悪いか、わかってる人たちにお願いしています。
――公認ライターの応募資格を「経験不問(PCの基本操作ができればOK)」としているのはなぜですか?
山岸:(面接の際には)発信力があるか、嘘をつかない人かなどを見ていますが、今の大学生はほとんどPCを使いこなせますよね。そこをベースに考えたんですが、書いていただいた原稿を見ても本当にいい原稿を作られるなと思います。
「誰だってできる」という言い方は変ですけど、大学生で発信力のある方たちは、やっぱり原稿も書けますね。
江端:ライターさんは自分が好きなものを人に知ってもらいたいという気持ちが大切と思っています。MERYは日本で一番「好き」が集まる場所にしたいと思っていますので、とにかく「好き」なものがあるかが非常に重要だと思っています。
――編集部から記事のテーマやトピックを指定するのでしょうか?
山岸:いえ、本人がこういうことを書きたいという話があって、それを書いてもらってるという感じでしょうか。
江端:以前のMERYでは(編集部がテーマを指定することが)少しあったようですけども、基本的には自分の好きなものを書いていただいていたという認識です。別のメディア(編集部注:DeNAが運営した医療健康情報サイト「WELQ」)であったクラウドソースによるライティングみたいなことは一切やりません。
読者の「リアリズム」を追求
――旧MERYの世界観には、一般読者やインターンによる「ユーザー目線」のコンテンツが大きく寄与していました。小学館のプロの編集者たちが主導でこの世界観を再現するにあたり、どんな課題が考えられますか?
山岸:僕らは雑誌を作るとき、読者の「リアリズム」ばかりを追求してました。その面白さで支持されてきたところがあるんです。
その「リアリズム」をオープンにしていくことが楽しいことだと思っていて、そういうものを作りたいと思ってます。
公認ライターさんの書く原稿も、多少稚拙な部分はあるだろうし、プロフェッショナルではないかもしれない。けれど、一番読者のリアリズムと近いところにフィットする原稿ができると思います。
――そういう意味では、旧MERYの良かった部分を残すと。
山岸:えっとね、僕旧MERYって、申し訳ないけどあんまり読んでないんですよ(笑)
だから旧MERYがどういうものだったかよくわからないんだけど、僕の頭の中にあるのは、本当に昔(編集者として)読者と対応してた頃のことです。それで、成功するかはわからないけどね。
公認ライターさんが書いた記事にも、基本的には「赤入れはあまりするな」と言ってあるんです。本物の校閲の人が入っていってしまうと、今の若い人たちが使ってる用語とか言葉みたいなものが段々になくなってしまうんですよね。
そうすると、生き生きした言葉遣いがなくなってしまう。
もちろん言葉の統一は、一定程度やります。あとは事実関係が間違っているものや、差別とか人を傷つけるような記事は出さないようにしています。
量から質のメディアへ
――校閲と編集で「二重チェックをする」ということですが、記事1本あたりにどれくらいの時間とコストをかける予定でしょうか
山岸:かなりかかってるのもあるよね。すっといく記事もあるんですけど、4回も5回も書き直しになったりとか。
江端:すごく多いですね。編集と校閲が赤を入れて、ライターが書き直して、その間に画像の権利確認を一つひとつして…。以前は書いたらすぐにアップしていたので、そのときと比べると、書き終えてからかなりの時間がかかっていますね。
――新MERYでは、月間何本くらいのコンテンツ配信を予定していますか?
山岸:計画とかは持ってないんですよ。(記事1本作るのに)どのくらいの時間がかかるかすらわからなかったので、とにかく始めてみないとわからないかなと。
江端:現状(10月30日現在)で、全てのプロセスが終わってるいるものが数十本ですね。
山岸:そう、かなり時間かかるんですよね。だから、毎日毎日の目標は立てられないですけど、上げられる分だけ上げていって、時間をかけて成長していこうという感じです。
明確な成長戦略や目標はない
――量ではなく質を目指した上で、どんな成長戦略を描いていますか?
山岸:成長戦略って言われると、弱いんですけどね…(笑) 雑誌を作るときもそうだったんですが、あまり先のことは考えずに、読者が何を求めていて、我々はどう変わればいいのかという対峙の中で、体質を変えていくというようなやり方をしているので。
基本的にはとにかく始めて、反応を見て、こうしていこう、ああしていこうと、可塑的な編集体制をとるんじゃないかなと思うんですね。
どこの会社も「何年後に黒字」とかそういう計画を立てるんですけど、小学館って伝統的にそういうのはあんまり立てない会社なんですよ。とにかくやっていこうぜ、みたいな会社で(笑)
MERYもそういう意味であまり計画は立てていなくて、とにかく読者と対峙しながら、体質を変えていこうってな感じです。
――明確な数値目標を掲げて、そこから逆算するような形で事業を作り上げていたDeNAのやり方とは正反対のように思われます
江端:DeNAとしては、自力で(MERY再建を)やるのは非常に難しいと考えて、出版のプロである小学館さんの編集方針に合わせる形で進めております。
ただ、システム面やアプリの開発、広告営業などの面はDENAのノウハウを持ち寄る。お互いのいいところをやっていこうと考えています。
その上でお互いに合致しているのは、MERYといういわゆる「ソーシャルメディア時代」に生まれた新しいメディアの良さは絶対残そうね、と。読者と一緒に作っていくようなことは継続しようと考えて、いま切磋琢磨している状況ですね。
――以前のWELQ問題の原因とも指摘された「経済的利益から因数分解して成長目標を立てる」というやり方を完全に改めるということでしょうか
江端:そうですね。また、旧MERYに関しては、これからも一人一人のご相談にDeNAとして真摯に対応していきます。
赤字が続いても「ペイできるノウハウ」
――小学館という伝統的な出版社がMERYから学べることは何でしょうか?
山岸:やっぱり僕らはテクニックが何もないんで。例えばサイト作りでも、自分たちで満足のいくものを作ったりはできるんですけど、それをたくさんの人に読まれるようなものにする技術ってないんですよ。
だからそういう意味では、今回のDeNAさんのスタッフに関わってすごくびっくりしました。
編集や校閲、著作権のチェックなんかは、僕らは昔からやってきたことですから、それほどは違和感はないですけど。一番びっくりしたのは、そういうテクニカルなものが、かなり俺たちよりも進んでいるよねという。
なかなかね、古い会社だと体質改善できないんですよね。僕らはどうしても雑誌中心に会社を作ってましたから、紙が大切なんですよね。みんな心の中では紙が大切っていう人間が多いんで(笑)
こういうウェブ上のメディアを作るときのノウハウなんて本当にないようなもんですよね。
――しばらくは赤字が出てもいいくらいの学びがあるということ?
山岸:極めて大きな学びがあるなと僕は思っています。どれくらい赤字が出るかはわからないけど、多少出ても十分ペイできる技術的ノウハウをお持ちで、僕らの会社にとっても非常に有益だと思っています。
江端:ただ、ずっと赤字で走ることは想定していないですよ(笑)
――いつまでに黒字化と考えているんでしょうか
江端:もちろん早ければ早いほうがいいと思うんですけど、収益目標に向かっていくというよりは、ユーザーの満足度を上げるとか、MERYのブランド価値を上げることに集約していけば、収益は後からついてくるんじゃないかなと思ってる部分もあります。
まずそこを確立しないと、収益構造を作ってもあまり意味がないと思うんですよね。
やっぱり信頼されて、いいものだと思われ、価値を認めていただくことに注力をしたい。しかも、マイナスからのスタートという部分もありますので、そこを払拭して、積み上げていけば、いずれは収益もついてくるだろうと考えています。
その中でいろんなテクニックはもちろん使っていくんですけど、以前のような収益だけを目的にしたものはやらないと考えています。
自社アプリが基本、動画にも力
――配信先として、自社アプリ以外のプラットフォームは何を検討していますか?
江端:まずは自社でやっていこうということで、計画は特に今のところはないです。今後お話をいただき次第、順次検討していこうと考えていますが、(著作権関係の)許諾の問題もありますので、慎重に考えていこうと思います。
――Instagram、Twitter、Facebookの活用については?
江端:基本的には自社アプリとウェブですね。Instagramの画像も、全て権利者の方に許諾を一件一件とっておりまして、思った以上に大変な部分なんですけど、やってます。
――上記のSNSは投稿のエンベッド(埋め込み)であれば、著作権の問題をクリアーできることがそれぞれの規約で担保されていますが…
江端:これまでの色んな経緯の中で、やはりここは慎重にやろうと考えております。過去の記事も全部捨てることにしましたのも、問題のある可能性があるものは、エンベッドでも使わないということだと思います。
――厳格なポリシーですね
山岸:やっぱり問題が大きかったですからね。最初からまたトラブルが起きちゃうと本当にまずいんで。最初はじっくりベーシックな編集フローを作ろうということでやっています。(このポリシーは)小学館の中でも厳しい方だよね。
――旧MERYも取り込もうとしてた動画コンテンツについては
江端:動画は最近非常に伸びてきておりまして、事前のいろんなヒアリングでも、動画の要望が強かったです。MERY編集部の中に10人弱の動画チームも作っていまして、積極的にやろうと考えています。
発表会で流したイメージ動画も動画チームが作ったものですが、動画に関してはこれから切磋琢磨して強化していく予定です。
ウェブメディアの信頼回復へ
――これだけ編集体制を刷新した中で、なぜあえて「MERY」という名前でやるのか疑問に感じる人も多いようです
山岸:よく聞かれるんですけど、僕らは「MERY」という名前に対して、あんまりアレルギーがないんですよね。旧MERYにはミスもありましたけどもいいところもあって、多くの方に信頼され、多くのユーザーを持っていたメディアだったと思うんですよ。
それは大事にしてあげたいなと思うし、MERY再開してほしいなっていう読者のニーズにも応えてあげたいなっていう気持ちもあります。それでMERYっていう名前で行こうよという話にしました。
江端:思い切った決断をされたんですよね。
山岸:僕らにとっては全然思い切ってないんですけどね。
江端:決意を表す意味でも、やはり使っていこうということになりました。
――「WELQ騒動」以来、ウェブメディアの信頼性に疑問が投じられました。信頼の回復にどう取り組んでいきたいと考えますか?
山岸:先ほどから申し上げている通り、以前に比べたら圧倒的にしっかりした編集フローができています。
その中で人に迷惑をかけない、たくさんの人に喜ばれるような新しいメディアになるといいなと思っています。我々の出していく情報は圧倒的に間違いないぞというものを作ろうという意識でやっております。
江端:ネットメディアの信頼性を取り戻したいということで、一致団結してやっていきたいと思います。
小学館さんのような伝統的なメディアとインターネットメディアがうまく融合して、新しい価値を世の中に提供していけるようなことを目指してやっていきたい。最初は大変ですが、じっくりやっていきたいと思います。