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「アウティングの危険性に一切触れていない」 一橋大の学生転落死事件、遺族から落胆の声

亡くなった学生の妹は「今回の判決は、アウティングのことも、大学の対応も、それをまるで肯定されたような気持ちです」と語った。

ゲイであることを同級生に暴露された一橋大法科大学院の学生(当時25)が2015年8月、キャンパス内の建物から転落し、亡くなった「一橋大アウティング事件」。

本人が望まない形で性的指向などを暴露する「アウティング」の深刻さに注目が集まった今回の事件。

遺族が一橋大学に約8576万円の損害賠償を求めた裁判で、東京地裁(鈴木正紀裁判長)は2月27日、遺族側の請求を棄却した。

遺族側代理人の吉田昌史弁護士は「アウティングは不法行為であり、その結果、一人の若者が命を失っていることを、裁判所に判断してほしかった。アウティングの危険性を前提にしておらず、とても残念な判決」と語った。

今後、控訴するかどうか検討するという。

「おれもう隠しておくのムリだ」

まず、裁判で明らかになった、事件の経緯を確認する。

学生Aは2015年4月3日、法科大学院(ロースクール)でクラスメートのZさんに、「俺、好きだ、付き合いたいです」とLINEで告白した。

Zさんは翌日、「いい奴だと思うけど、そういう対象としては見れない。付き合うことはできないけど、これからもよき友達でいて欲しい」と返信した。

6月24日、ZさんはAさんと法科大学院(ロースクール)の同級生約10人が参加しているLINEのグループに、「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」と送信。

Aさんがゲイであることをアウティングした。

それまでゲイであることを隠して生活していたAさんは以後、心身に不調を来すように。

7月20日には一橋大学のハラスメント相談室に相談を申し込み、心療内科にも通院を始めた。

事件が起きたのは、8月24日。模擬裁判の授業で、Aさんはパニックの発作に襲われた。

大学の保健センターで午後2時ごろまで休養をとっていたが、センターを出た約1時間後、ロースクールの教室がある建物から転落死した。

Aさんの両親は2016年3月、同級生と一橋大学を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こした。同級生とは2018年に和解が成立し、大学との訴訟が続いていた。

大学の対応は適切だったのか

今回の訴訟で主な争点となったのは、Aさんから相談を受けていた教授やハラスメント相談室、Aさんが事件当日に訪れた保健センターの対応が適切だったかどうかだ。

原告となったAさんの両親は、大学側が「アウティング」というハラスメント行為の重大性を理解し、十分な防止対策をした上で、適切に対応していれば、Aさんの命を救うことができたのではないかと主張していた。

一方、大学側は対応に落ち度はなく、Aさんの行動を予測して防ぐことはできなかったと反論していた。

判決では、大学側が「安全配慮義務」を怠ったという原告側の主張は認められず、大学側の対応がAさんをさらに追い詰めたという事実もない判断した。

具体的には、ハラスメント相談室の相談員に対して、Aさんが「(どのような措置を求めるかは)まだ考えがまとまっていない」などと話していたことから、大学側に対応の義務があったとは言えないと認定。

事件当日に訪れた保健センターで、Aさんが将来に向けた具体的な話をしていたことなどから、「本人も制御不能な行動に出る危険があることを認識することは困難であった」などと判断した。

「大学を無責任にさせる判決」

判決後に開かれた会見では、代理人弁護士がAさんの家族のコメントをそれぞれ代読した。

父親は「人が一人亡くなったという事実があったのに、今日の判決は、うわべだけで判断をしているように思う」とコメント。

妹は「今回の判決は、アウティングのことも、大学の対応も、それをまるで肯定されたような気持ちです。また、被害者が出るだろうと思うと、日本の司法はそんなものなのかと残念な気持ちです」と述べた。

母親はロースクールに通っていたAさんが弁護士になる夢を叶えることはできなかったものの、「A本人の気持ちも一緒に法廷に来てるから」「これがあなたの裁判だよ」と訴訟に臨んでいた。

今回の裁判が「アウティング」行為の重大性を社会に問いかけ、対策方針を示す判断が下されることを期待していたといい、「判決については、今は言葉もない」とコメントした。

南和行弁護士は「性的指向という非常にデリケートなことを暴露するアウティングが、本人にとっては、人間関係を破壊することであるという重大性に、今回の判決は一切言及していません」と指摘。

「性的指向に関するアウティングに関わらず、性被害や出自など、言われたくないことを暴露される被害が起きたときに、その問題の特殊性や重大性を考えることもなく、表面的な対応さえしていれば問題ない、とも読める判決」

「大学を無責任にさせるのではないか、という懸念を持っている」と話した。

一橋大学は27日、ホームページにコメントを掲載。「引き続き、学内におけるマイノリティーの方々の権利についての啓発と保護に努めて参ります」とした。