タトゥー裁判にピカソとベートーベンが登場した理由

    タトゥーはアートか医行為か。注目裁判の控訴審初公判が開廷

    タトゥーを彫ることは「医行為」に当たるのか? 全国的な注目を集める裁判の控訴審初公判が9月21日、大阪高裁で開かれた。

    大阪の彫り師、増田太輝被告は「医師免許なく客にタトゥーを入れた」として医師法違反の罪で在宅起訴され、昨年9月に一審の大阪地裁で罰金15万円の有罪判決を受けた。

    弁護側は控訴審で「これは一つの職業の存続をかけた裁判です。原審・大阪地裁の判決は彫り師という職業を葬り去るもの。医師法の解釈を間違えています」と述べ、改めて増田被告の無罪を主張した。

    まつエクやネイルも医行為?

    医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めている。

    一審判決は医行為を「医師でなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と定義し、タトゥー施術が医行為にあたると結論づけた。

    弁護側はこの点について、医師法制定当時の国会答弁や学説で、医行為が「疾病の診断・治療・投薬」など、医療と関連するものとして捉えられてきたと反論する。

    一審判決の定義だけでは、理容師の顔そりやネイルアート、まつげエクステなども「保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」として、医行為に該当することになってしまう。

    弁護側は、医行為というためには、上記の定義に加えて「医療関連性」が必要だと指摘。タトゥー施術には医療関連性がなく、医行為に該当しないと訴えた。

    一方の検察側は一審判決の定義づけを改めて支持。「何が疾病で何が治療かは医学が日進月歩なので固定的に観念をなし得ない」という医師法制定時の政府答弁を根拠に、医療関連性の必要性を否定している。

    職業選択の自由も争点

    もう一つの大きな争点が、医師法17条の規制が、彫り師の職業選択の自由や表現の自由、自己決定権といった憲法上の権利を侵害するか否かだ。

    一審判決は、感染症などの危険を防止するには「医師免許の取得を求めること以外のより緩やかな手段によっては、目的を十分に達成できない」と判断した。

    これに対し、弁護側は先進各国のタトゥーに関する規制を調査し、証拠として提出した。米NY州では許可制、カリフォルニア州や英国では登録制、独仏では届出制が取られており、研修などを行うことで健康被害を防止しているという。

    原判決は彫り師の職業選択の自由を奪うもの。より制限的な規制手段があるのに、これを採らないのは過度な制約で違憲だ」と主張する弁護側に対し、検察側は「諸外国と法体系が違うから届出制などで保護できるかは不明」とする。

    彫り師と客、分かれる判断

    一審判決は「身体に入れ墨を施すことを通じて、その思想・感情等を表現していると評価できるものもある」として、タトゥー施術を受ける客の表現の自由は部分的に認めている。

    他方でタトゥーを入れる彫り師の表現の自由は否定。「入れ墨の危険性に鑑みれば、憲法21条1項で保障された権利であるとは認められない」と断じた。

    検察側も増田被告が顧客から「対価を得ていた」ことを理由に、表現の自由や自己決定権などの「権利保障の場面とすることは相当でない」と指摘する。

    「ピカソから筆とキャンバスを…」

    主任弁護人の亀石倫子弁護士は法廷で、彫り師の表現の自由を認めた2010年の米連邦高裁の判決を引用しつつ、これらの主張に反論した。

    《ペンとインクを使った描画とタトゥーの違いは、単に紙の上に描くか肌の上に描くかの違いにすぎない》

    《タトゥーを彫る過程とできあがったタトゥーを分けて、前者は表現でないというのは、ピカソから筆とキャンバスを、ベートーベンの楽曲からその演奏を切り離して論じるのと同じである》

    《独立宣言がペンとインクなしには書けなかったように、タトゥーはそれを彫る過程なくしてはできあがらないのであり、創作過程とできあがった作品は不可分一体の表現としてとらえなければならない》

    「製作過程と作品は不可分一体」

    閉廷後の記者会見で真意を問うと、亀石弁護士はこう語った。

    「一審判決はタトゥーを彫る行為とタトゥーという作品を分けて考えています。客の表現の自由は認められ得るとしながら、彫り師には表現の自由は保障されないと。一審判決のなかでも、とりわけ納得のいかない部分でした」

    「控訴審にあたって米国の判例を調べてもらったところ、私たちが直感的におかしいと思ったこと、主張したいことがまさに書かれていた。製作過程とできあがった作品は不可分一体。お客さんと彫り師の両者が参加する表現活動なんです」

    控訴審の判決公判は11月14日午後2時半〜、大阪高裁の202号法廷で開かれる。