あるファミコンソフトと、3人の「たかひろ」の奇跡

    もしかしたら、自分のものかもしれない――。「たかひろ」と書かれた「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」をめぐって、3人の男が名乗りをあげた

    ここに、1本の古ぼけたファミコンカセットがある。

    「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」

    裏側に書かれた「たかひろ」の文字は、すっかり消えかかっている。

    「もしかしたら、自分のものかもしれない」――。

    33年前に発売されたソフトをめぐって、住んでいるところも職業も違う3人の「たかひろ」が名乗りをあげた。

    思い出のカセットが生んだ、小さな奇跡の物語を追った。

    Twitterで写真が拡散

    大切な宝物だから。絶対に借りパクされないように…。子どものころ、ゲームソフトに名前を書いた経験のある人は少なくないだろう。

    「名前入りカセット博物館」の館長、関純治さん(45)は、そんな名前入りのソフトばかりを収集し、元の持ち主へと返却する活動に取り組んでいる。

    BuzzFeedは昨年12月、ネット番組「#ゆうしゃはゲームの思い出をつぶやいた」で博物館について取り上げた。

    番組名を冠したハッシュタグは、Twitterトレンドの2位まで上昇。関さん所蔵の名前入りカセットを紹介する告知ツイートも拡散され、多数の反応が寄せられた。

    「たかひろ」と書かれた「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」もそのひとつだ。

    1人目はミュージシャン

    ちょっと待って。これ俺のかもしらん。お母さんが書いてくれた文字。売った記憶はない。でも実家には無い。まあどっちでもいいや。家族に愛されて、守られて、ずうっとにこにこしてたあの日のことを思い出した https://t.co/gzOPWZvv4i

    《ちょっと待って。これ俺のかもしらん。お母さんが書いてくれた文字。売った記憶はない。でも実家には無い。まあどっちでもいいや。家族に愛されて、守られて、ずうっとにこにこしてたあの日のことを思い出した》

    ロックバンド「忘れらんねえよ」のボーカル&ギター柴田隆浩さんは、番組のツイートに反応する形で、こう投稿した。1人目の「たかひろ」の登場だ。

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    UNIVERSAL MUSIC JAPAN / Via youtu.be

    柴田隆浩さんはバリバリのミュージシャン

    何はともあれ実物を見て判断してもらおうと、関さんは柴田さんが所属するユニバーサルミュージックを訪れた。

    関さんの本業は、Nintendo Switchで「偽りの黒真珠」などのゲームを出す「ハッピーミール株式会社」の社長。

    2016年に始めた「名前入りカセット博物館」は、利益を度外視した完全なる趣味の活動だ。集めた名前入りカセットは1千本を超え、うち920本をデータベース化してネットで公開している。

    「全然、意味がわからない(笑)」

    博物館のパンフレットを読み、つぶやく柴田さん。関さんはすかさず「最高の褒め言葉です」と返す。

    「母の筆跡だと思います」

    たかひろ=柴田隆浩なのか? 真偽を確かめるべく、関さんがカセットを収納したケースを開ける。ゲームのパッケージと同じ絵が描かれた関連グッズだ。

    すると、マトリョーシカのように、なかからジュラルミン風のミニケースが現れた。宝石でも取り扱うかのように、白手袋をはめ、うやうやしくソフトを取り出す。

    中古ソフトには不釣り合いな厳重すぎる管理。遊び心を忘れない関さんに、「誰も盗まないでしょ」と柴田さんが笑う。しかし、ソフトを受け取るとその表情は一変した。

    「これ、俺のじゃないかなあ。多分、母の筆跡だと思います」

    125万本のヒット作

    「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」は、1986年にバンダイから発売された横スクロールアクションゲーム。累計125万本を売り上げたヒット作だ。

    柴田さんは1981年、熊本生まれ。発売当時は5歳だった。

    「鬼太郎が大好きで、鬼太郎になりたかったんですよ。買ってもらった『ちゃんちゃんこ』とゲタでコスプレして。思い出深いですね」

    ゲームは1日1時間。母親にタイマーを渡され、言いつけを律儀に守っていたという。

    「音で覚えてますね」

    さらに記憶を喚起するため、30年ぶりにソフトをプレイしてもらった。

    「来た! うわぁ懐かしい!」

    オープニング画面が立ち上がると、会議室に柴田さんの歓声が響き渡った。

    「ああっ即死ですね。すぐ死ぬんだよなあ。こんなの反応できないよ…」

    あっという間にゲームオーバーに。柴田さんが、特徴のあるBGMを口ずさむ。

    「トゥルルル〜、デデン♪ 音で覚えてますね。気味の悪い世界観がいい。バックベアード(大きな目玉のような妖怪)とか、怖かったなあ」

    買取り価格は…?

    「名前入りカセット博物館」は、3つのルールを定めている。

    1. カセットは手渡しでお戻しさせてください。
    2. カセットはあなたの思いの額で買い取ってください。
    3. カセットにまつわるお話をサイトに公開させてください。


    柴田さんは一体、いくらの値段をつけるのか。

    「まあ、300円ですね。あっはっは」

    微妙な価格にずっこける一堂。値段のつけ方ひとつとっても、その人の個性が色濃く表れるのが面白い。

    「でも、みんなの思い出を聞けるっていい活動ですよね。ファミコンがウチに初めて来た日のこと、思い出しましたもん。なんだこれ!って衝撃的だった。説明書を開いたら、いい匂いがして。あのころ、楽しかったなあ」

    2人目のたかひろ「母の七回忌に…」

    2人目の「たかひろ」は、新潟在住の会社員・島村貴弘(37)さん。柴田さん同様、番組関連のツイートをきっかけに「たかひろ鬼太郎」のことを知った。

    《もしかしたら私が持っていたモノかもしれません。本日七回忌を迎えた母がソフトを無くさないようにと私の名前を書いてくれたのを思い出し、何とも言えない気持ちになりました》

    Twitterのタイムラインで見覚えのあるカセットの写真を目にした島村さんは、思わずこう投稿した。

    「ちょうど七回忌の日だったので、母さんの顔がパッと浮かんで。運命みたいなものを感じました。真面目だけど、明るい母でしたね」

    やはりゲームは1日1時間というルールだったが、厳しい父に比べて母は甘かった。「母がいる時は1時間を超えてもいいかな、みたいな」

    優しかったおばあちゃん

    ソフトを買い与えてくれたのは、同居していた父方の祖母だったと記憶している。祖父は建具の職人。家業を継ぐことを期待したのか、祖母は島村さんにはやたらと優しかったという。

    「ほかの家族に言わせると、厳しいばあちゃんだったらしいのですが、長男だからか私は甘やかされて。月に1本ぐらい、おもちゃ屋でゲームを買ってもらっていたんです」

    「小学校2年生ぐらいの時に亡くなってしまったんですけど、優しいばあちゃんの記憶しかないですね」

    高校生になるとセガサターンなど高機能のハードが優勢になり、新しいソフトを買うために、ファミコンやスーパーファミコンのソフトを売った。どうやら「鬼太郎」も、その時に手放してしまったらしい。

    おじいちゃん子だった第3のたかひろ

    3人目は、石川県出身で都内で働く会社員の前田貴宏さん(34)だ。やはり番組ツイートを見て、「もしかして…」と思い至った。

    幼いころ、亡くなった父方の祖父から中古ソフト20本ほどをまとめてプレゼントされた。そのなかに「鬼太郎」もあったのではないか、と振り返る。

    発売当時はまだ1歳だったが、物心がついてから中古ソフトをもらったのだとすれば、時系列は整合する。

    「僕はおじいちゃん子だったんです。頑固なところがあって、怒られたりもしたんですけど、優しくて、すごくかわいがってもらいましたね」

    「この間、実家に帰った時に子どものころの写真を見返したら、半分以上がおじいちゃんと一緒のもので。母にカセットの写真を見せたら、『おじいちゃんが書いたかもしれない』と言っていました」

    懐かしさ感じる

    だが、中学生になってバスケットボールに夢中になるにつれ、ゲームとの距離は自然と遠のいていった。

    「手放した経緯はわかりませんが、母親がまとめて売るか、捨てるかしたのではないかと思います」

    関さんからソフトを手渡された前田さんは、まじまじと見つめ「懐かしさはすごく感じますね」と話した。

    久々のプレイ たかひろの共同作業

    前田さんにも、鬼太郎をプレイしてもらった。30年近い時を経ての挑戦だ。

    島村さんはどうしても都合がつかなかったため、新潟から都内へLINEのテレビ電話をつなぎ、前田さんがプレイする様子を「観戦」してもらうことにした。

    敵にやられ、「ムズイっすね」と漏らす前田さん。スマホの向こう側から「懐かしい。難しかったですよね」と島村さんが声をかける。

    アクションゲームは苦手だと言っていた前田さんだが、次第にペースをつかんできたようだ。華麗な手さばきでバックベアードを倒し、1面のボス妖怪も撃破。島村さんから「すごい!」と歓声があがった。

    2人の評価額

    プレイ後、2人にソフトの評価額を聞いた。

    前田さんの評価額は「2千円」

    「最初は千円ぐらいかな?と思っていたのですが、実際に遊んでみて楽しかったので上乗せしました。じいちゃんの形見がわりに、思い出として持っておけたらと」

    一方の島村さんは「0円」とした。その心は?

    「値段をつけられない、というのが本音です。私以外にも持ち主だと言っている人がいるし、私が買い取るというのも違う気がして。思い出の話をさせていただいただけで、結構満足しているので」

    鬼太郎が結んだ縁

    「たかひろ」という名前と、同じゲームを持っていたというぐらいしか共通点のない2人が、1本のソフトが導いた縁で語り合う。

    「絶対に会うことのない人たちを鬼太郎がつないだ。不思議な縁ですよね」

    関さんが語りかけると、島村さんも「不思議ですね」とうなずいた。

    「ひとつのソフトに対して、いろんな人がいろんな思い出を持っている。いい機会にめぐり合わせていただき、感謝しています」(島村さん)

    「いいですね、こういうの。すごく面白かったです。ほかの名前入りカセットにも、それぞれストーリーがあるんでしょうね」(前田さん)

    思い出は本物

    「たかひろ」は隆浩か、貴弘か、貴宏か――。決定打となるような証拠はなく、結局のところ持ち主を特定することは叶わなかった。

    「それでは3人のもの、ということで」

    取材の終わり、関さんがそう締めくくった。

    3人のうちの誰かのものかもしれないし、3人とも勘違いをしているだけ、ということもありうる。第4、第5の「たかひろ」が現れる可能性だってあるだろう。

    でも、それでいいと思うのだ。

    ひとつひとつのソフトに「忘れらんねえ」思い出がある。その記憶は、紛うことなき本物なのだから。