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選挙カーうるさいんですけど。名前ばっかり連呼して何か意味あるんですか?

選挙プランナーの松田馨さんに疑問をぶつけた。

参院選まっただなか。候補者たちは選挙カーに乗り込み、各地を駆け回っている。一方で「選挙カーがうるさい」「名前を連呼するばかりで意味がない」など、有権者の不満は根強い。

「嫌われもの」の選挙カーが、それでも使われ続けるのはなぜなのか? そもそも、本当に効果はあるのだろうか?

選挙プランナーで『残念な政治家を選ばない技術』などの著書もある、松田馨さんに疑問をぶつけた。

がんじがらめの公選法

――なぜ、各陣営こぞって選挙カーを使うのでしょうか。

法律の問題が大きいです。

欧米諸国では戸別訪問が認められており、ボランティアが有権者の家をまわって候補者や政党について意見交換しています。テレビCMやポスティングなどへの強い規制もありません。

投票は主権者である国民の意思の発露。表現の自由や言論の自由を最大限尊重し、候補者の活動を制限すべきではない。お金を集められるどうかも含めて候補者の力量次第――。そうした考え方が根本にあります。

一方、日本の公職選挙法では買収への懸念から、戸別訪問が禁止されています。

お金のある人もない人も平等に闘えるように、という趣旨のもと選挙運動に使用するポスターやビラの枚数、大きさに至るまで厳しく制限されているんです。

そうした厳格な規制のなかにあって、選挙カーは午前8時から午後8時まで自由に使用することができる。候補者にとって、最大にして最強の武器であると言えます。

「最強の武器」

――最強の武器、ですか。

選挙期間中の要と言っても過言ではありません。

選挙カーは大きな看板に顔写真や名前を大きく載せられ、スピーカーで音を出すこともできる。運用次第で非常に多くの有権者の目にとまり、耳にも触れる。動く広告塔です。

一時でも選挙カーを止めるというのは、候補者にとって大きな損失。昼食時の1時間だけでも、交代要員を乗せて周辺を走らせるのが基本です。

得票に効果も

――本当に効果があるのでしょうか。

非常に効果があります。選挙カーを回せば回すほど票になる、というのは業界の常識です。

関西学院大の三浦麻子教授(社会心理学)らの調査では、選挙カーが自宅のすぐ近くを通った有権者は、その候補者に投票した割合が平均の約2倍に達しました。

私の場合は情勢分析を重ね、票を掘り起こしたい重点エリアには選挙カーを回す回数を増やすなど、傾斜配分をするよう候補者に提案しています。

――「うるさい」ということで逆に嫌われませんか。

一度、選挙カーに乗っていただくとわかりますが、意外に嫌われていないんです。むしろ人気があるといっても過言ではない。

手を振ってくださる方も多いですし、候補者を一目見ようと家からわざわざ出てきてくれる人もいますよ。

「なぜ来ない」と抗議の電話

――高齢者が多いのでは?

高齢者の方はもちろん、子育て中の主婦の方もいます。

20〜30代の反応はあまり良くないかもしれませんが、選挙事務所にいると「なんでウチらの地域には選挙カーが来ないんだ。別の候補の選挙カーは来ているぞ」と催促の電話がかかってくることもあります。

行かなければ行かないで、「自分たちの票はいらないのか。重視していないのか」と怒られてしまう(苦笑)

「声が小さくて何を言っているかわからない」「選挙カーのスピードが速すぎる」といったお叱りを受けることも…。

年配の方々からすると、選挙と言えば選挙カーという印象が強いのではないでしょうか。もはや「伝統芸能」なのかもしれません。

音量の規制はなし

――「うるさい」という抗議もあるのでは。

確かに「寝ていた子どもが起きてしまった」「学習塾で試験をしているので静かにしてほしい」といった声はあります。

公選法では「何デシベルまで」といった音量の規制はありません。

ただ、学校や保育園、病院、診療所などの周辺では静穏を保持するように努めなければならない、とする規定がありますので、音を出せない場所もあります。

また、廃品回収のように一方的に同じ内容を繰り返すだけでは、「騒音」という印象を与えてしまいます。

候補者やウグイスさんには、手を振ってくれている人を見逃さず、「2階の窓からありがとうございます!」など、きちんと反応をお返しすることで「ライブ感」を大事にするように伝えています。

ネットでは不評だが…

――ネット上では選挙カーは圧倒的に不人気です。

「選挙カーがうるさいので、その候補には入れない」といった投稿も見かけますが、その候補はビラや選挙公報、ホームページやSNSで政策も発信しているはずです。

そうしたものを評価せずに、ただ「選挙カーがうるさいから」という理由だけで投票先を決められるものでしょうか?

そもそも参院選は選挙区が非常に広く候補者も少ないので、統一地方選に比べれば、選挙カーを目にする機会はかなり少ないはずです。

ネット上では不人気とおっしゃいますが、実際の選挙の当落にほとんど影響していないことを考えると、選挙カーを批判している人たちはあまり投票に行っていないのではないかと思います。

「選挙カーなし」アピールする候補

――「選挙カーを使わない」ことを売りにして、当選している候補者もいます。

たしかに区議選や市議選など定数が多い選挙では、得票率が低くても当選できますから、選挙カーを使わずに当選している人もいます。

ただ、使わずに落選した候補者に比べたらずっと数は少ないと思いますし、勝因が「選挙カーを使わなかったから」とは限りません。

政治活動期間に、駅立ちや辻立ち、ビラのポスティングといった地道な活動をされている方が、選挙カーを使用せずに当選している印象です。

そもそも選挙カーを使わない場合は、「使っていない」ことをポスターやビラ、選挙公報などで伝えないと、有権者に知ってもらうことすらできません。

政策や主張を掲載するスペースを削ってわざわざ伝えることなのか、個人的には違和感があります。

お昼寝時はルートに配慮

――選挙カーが嫌われないためにできることは。

ベテランのウグイスさんは、通行人が多い場合は音量を下げる、葬儀場の近くでは音を切るなど、TPOに応じて細かく調整していますね。

子育て世代の多い団地は、お子さんが寝ている可能性の高いお昼から夕方にかけては通らないようにするなど、運行ルートを工夫する陣営も増えてきました。

私がお手伝いしたケースですと、関西のある市長選の候補者が「政策が伝わらないので名前の連呼は一切しない」と言って、走行中の連呼を控えたことがありました。

そのかわり、迷惑にならないところで街頭演説は繰り返し行うようにしました。もともと賑やかな駅前などであれば、うるさく感じても立ち去ることができますから。

とはいえ、戦略としてはかなりリスキーです。ポスティングやビラ配りなどほかの手段に注力して、結果的に当選しましたが、あの時はヒヤヒヤしましたね。

都知事選の候補者をお手伝いした際には、クラウドファンディングの特典として、寄付してくれた人に選挙カーに乗ってもらったこともあります。

「本当はやりたくない」

――選挙カーが候補者にとっての「武器」であることは理解できました。でもやはり、名前を連呼して刷り込むようなやり方には違和感が残ります。

公選法によって、移動中の選挙カーでは演説が禁止されおり、例外として連呼行為だけが許されています。

ルールで認められていて、勝つために有効である以上、陣営としては選挙カーを使わざるを得ません。

でも、私たちも本当はやりたくない。選挙カーには非常にコストがかかるからです。

一部公費負担があるとはいえ、選挙期間のリース料だけでも、40万円〜100万円。

交代で乗り込むウグイス嬢やカラスボーイ(※男性版ウグイス。関西では「ウルフ」と呼ぶことも)の人件費もかかります。運行ルートを考えるのも、ものすごく大変です。

ここがヘンだよ公選法

――公選法が「べからず集」と言われるほど厳しい制約を課しているのは、「お金のある人もない人も平等に選挙ができるように」という理由があるわけですよね。一方で、選挙カーには非常にお金がかかると。矛盾している気がするのですが…。

その通りだと思います。公選法は色々おかしいんです。

平等を建前にしながら供託金は世界一高いと言われているし、街灯が少なかった時代の「ちょうちん」に関する規定がいまだに残っています。

とにかく設計が古すぎる。施行は1950年ですが、衆議院議員選挙法や参議院議員選挙法、地方自治法の選挙に関する規定を統合したもので、そのベースは明治・大正期の法律です。

お金で買収されるから戸別訪問を禁止するということ自体、有権者をバカにしています。

今時、戸別訪問で買収したりすれば、すぐさまTwitterで晒されますよね。最悪の場合、連座制の適用で当選も取り消し。リスクが大きすぎます。

選挙カーはなくなるか?

公選法を変えて、みんな一律に選挙カーを使えなくすればいいんです。しかし、法律を変えることのできる国会議員が利害当事者である点が、問題を難しくしています。

あるいは、もっと投票率が高くなって、有権者が候補者の政策や経歴などをよく比較して投票に行くようになれば、おのずと選挙カーは廃れると思います。

現状の低投票率下の選挙戦においては、候補者側が一定の「押し売り」をすることで有権者の関心を高め、投票へ向かわせているという側面もあることはご理解いただければ幸いです。

〈松田馨〉 選挙プランナー、株式会社ダイアログ代表取締役。1980年、広島県生まれ。2006年の滋賀県知事選を皮切りに、地方選から衆院選、参院選まで100を超える選挙に携わる。無所属や新顔候補のクライアントが多く、勝率は7割を超える。一般社団法人日本選挙キャンペーン協会理事・事務局長。著書に『選挙は誰のためにあるのか。』『地方選挙 必勝の手引』など。