ドラマや映画に欠かせない、名バイプレーヤーの佐藤二朗さん。新作映画『ザ・ファブル』でも、主演の岡田准一さんと絶妙な掛け合いを披露しています。
Twitterのフォロワー数は135万人を超え、拡散された投稿がネットニュースを賑わせることもしばしば。二朗さんにとってツイートは「息子へのラブレター」でもあるといいます。
俳優・佐藤二朗とはまた別の「書き手」としての顔に迫りました。
Twitterは別腹
――Twitterは俳優とは「別腹」だとおっしゃっています。
「別腹」って俺にとって大事なワードで、そうとしか言いようがないんですよ。
本当は演じることだけに集中した方が俳優としてストイックだし、やらしい話お得だとも思う。でもお芝居とは別腹に、どうしても「書く」ことへの欲求があって。
最初は宣伝目的で始めたんだけど、書く欲求を満たすツールのひとつになり、ありがたいことに、あれよあれよとフォロワーさんが増えたという感じですね。
息子へのラブレター
――息子さんへの「ラブレター」でもあると。
本当にそういうつもりで書いてます。息子は7歳だし、まだまだ父親として新米だけど、育ててみて「うわっこんなに大変なんだ」とか「こんなにかわいいのか」と思うことが何回もあって。
俺、威厳のある父親を演じるのはちょっと無理なんで。いかにプロの役者とはいえ。できることといえば、たくさん愛することだけだから。
せっかくTwitterってものがあるんだし、ラブレターとして文を残しておくのもいいなって思ってツイートしてますね。
父親の愛、もっともっと
――《一心不乱にアイスを頬張る息子を見てたら、「?」となった息子と目が合った。思い出した。子供の頃、僕を見る父に対し「美味しい思いをしてるのは僕なのに、なぜ嬉しそうに僕を見るんだろ?」。息子よ。自分以外の人が美味しい顔をしてるだけで嬉しくなる事が、人にはあるのだよ》(2016年6月11日)というツイートはグッときました。
うちの父親も俺のこと、こう思ってたんだろうなってことが何回もあって。
どの父親もそうだけど、ものすごいたくさん愛してると思うんだ、子どものこと。だから、もっともっと父親の愛を表現していいんだと思ったんです。
息子の言葉に戦々恐々
――《幼稚園から帰宅し、嫁が手を洗うと、息子が「おかあさんといっしょにあらいたかった!」とギャン泣きし「このうちでいちばんきたないものをさわって!」と嫁に理不尽な要求。嫁も「そんな我が儘ダメ!」と応戦。その嵐の攻防の間、「どうか俺をさわりませんように」と祈っていた僕》(2017年3月14日)という投稿も爆笑しました。
家に帰ってきて、お母さんと一緒に手を洗いたかったのに、嫁が先に洗っちゃったの。それで息子が「うわー!」って泣き出した。
その理由もかわいいんだけどさ、息子が「このうちでいちばんきたないものをさわって!」って言い出しちゃって。
――そうしたら、もう一度洗えるから。
嫁は「何言ってんの!」って息子を怒ってるんだけど、俺はその間ずっと「俺を触らないで…」って祈ってた(笑)
定期を拾った女子高生から…
――息子さん関連以外の投稿も定期的にバズっていて、《こんな俺でも稀にファンレターを頂く訳だが、愛知県にお住まいの女子高生からの手紙の追伸に「人違いなら申し訳ないのですが、先日、名古屋市営地下鉄八事駅で定期を落としたことを教えてくださりありがとうございました」の一文。大丈夫。人違いじゃないですよ。実り多き高校生活をお送り下さい》(2018年12月14日)というツイートは、神対応ならぬ「仏対応」として話題になりました。
名古屋に仕事に行った時に定期券落としている女子高生がいて。「落ちてるよ」って教えてあげたら不思議そうな顔で見送られたの。
それで後日、手紙の追伸にお礼が書いてあったから、その返しをツイートしたやつですね。
大人は意外と楽しい
――《10代諸君。僕もそう思っていた。「今がこんなに辛いなら大人になったらどんなけ辛いんだろう」。そうとは限らない。「大人になってからの方が千倍愉しい」。そう思う大人は僕の周りにもたくさんいる。その悩みの種は、いつかそれぞれの花を咲かせる。頑張ってください》(2017年8月29日)という投稿も大きな反響を呼びましたね。
夏休みが終わって、9月1日に10代の子の自殺が急増するというのを何かで見て。
その時、息子はまだ5歳ぐらいだったかな。でもいずれ10代になるわけで、いてもたってもいられなくなったんです。
学校って規則もあるし、勉強もやらなきゃいけないし、嫌なこともあるし。俺も子どものころは「いまこれだけつらいなら、大人になったらもっとつらいだろうな」と思ってた。
だけど、いざ大人になってみたら、いまの方が全然自由で楽しいし。俺の周りにもそういう人がたくさんいる。だから、将来に希望を持って頑張って、という気持ちでツイートしました。
20代の苦悩、乗り切れたのは
――二朗さんもずっと順風満帆だったわけではなくて、20代のころには入社初日に会社を辞めたり、俳優の養成所の試験に落ちたりといった挫折を経験されています。どのようにして立ち直ったのでしょうか。
その時、乗り切れたのはね…。これ、全然いい話するつもりはまったくなくて、本当に正直に言うけど、嫁ですね。
当時、付き合ってたんですよ。俺が24、25歳で嫁が20、21歳とかそれぐらい。20代はずっと嫁と一緒にいたので。
もちろんの一人の方が気が楽だって人は僕の周りにたくさんいるし、それはそれで否定する気はまったくないです。
でも俺の場合は非常に弱っちいというかダメダメなので、近くに嫁がいてくれたのは大きかったと思います。
遠慮なくクヨクヨせよ
――生きづらさを抱えてくすぶっている10代、20代の人たちに向けて言えることがあれば、お願いします。
難しいのよね。あんまり無責任なことは言えないけれども…。
「遠慮なくクヨクヨせよ」ですかね。クヨクヨしろ、それがいつかそれぞれの花を咲かせる――って言ったら、なんかの歌の歌詞みたいだけど。
たとえば晩酌でも、一日何にもなくて遊んで晩酌するよりも、仕事で大変な思いした後に晩酌する方が楽しいわけですよ。そういう緩急、ストレスも時に必要なのかなと。
なかにはクヨクヨした時期もなく、いきなりバーっといけちゃう人もいるし、心からうらやましいと思うけど、やっぱり普通はクヨクヨした時期がないと花は咲かないだろうから。
君らはいま、そういう時期だから、むしろ「ウェルカム」と思ってクヨクヨすればいい。それで結果、気が楽になるかもしれないしさ。
〈佐藤二朗〉 1969年5月7日、愛知県春日井市生まれ。1996年、演劇ユニットちからわざを旗揚げ。全公演で作・出演する。『勇者ヨシヒコ』(テレビ東京系)や『スーパーサラリーマン左江内氏』(日本テレビ系)など、数々の作品でバイプレーヤーとして存在感を発揮。俳優業のかたわら、「ケータイ刑事銭形シリーズ」(BS-TBS)、「家族八景」(MBS・TBS)などの脚本執筆も手がける。映画「memo」「私たちがプロポーズされないのには101の理由があってだな」では監督・脚本を務めた。Twitterのフォロワーは134万人超。著書に、つぶやきを書籍化した『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)など。