芸能界はもう、のんの様なケースを出しちゃいけない。マネジメント社長が語った真意

    「この記事を読んだテレビ局の若手の人たちが、『元SMAPやのんをドラマに起用したらイノベーションだ』と考えてくれたら面白いですね」

    《のんが3年間テレビ局で1つのドラマにも出演が叶わないことは、あまりにも異常ではないでしょうか?》

    《エンターテイメント産業も、ひとつの立派な産業であるならば、このような古い体質を変えていかなければなりません》

    2016年から、のん(本名・能年玲奈)さんのマネージメントに携わる、株式会社スピーディの福田淳代表による発信が大きな反響を呼んでいる。

    SMAPの元メンバーのテレビ出演をめぐり、公正取引委員会がジャニーズ事務所に注意をしたという報道を受け、会社のホームページと個人のFacebookに投稿した文章だ。

    問題提起の真意はどこにあったのか? 福田さんに話を聞いた。

    宮迫会見の直後に取材

    取材がかなったのは、7月20日の夕方。偶然にも、吉本興業から「契約解消」された宮迫博之さんと田村亮さんによる記者会見の直後だった。

    「タイムリーですね」

    オフィスで出迎えた福田さんが笑う。

    福田さんの経歴は、日本の芸能界にあっては異色そのものだ。そもそも「芸能ムラの住人」という意識さえないだろう。

    日本大学芸術学部を卒業後、東北新社で衛星放送「スターチャンネル」「スーパー!ドラマTV」などの立ち上げに参画。

    退職後、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(旧コロンビア映画)に声をかけられ、アニメ専門チャンネル「ANIMAX」や海外ドラマチャンネル「AXN」の立ち上げにもかかわった。

    2007年にはソニー・デジタルエンタテインメントの創業社長に就任。独立後の2017年に設立したのが、ブランド・コンサルティング会社のスピーディだ。

    芸能界に変わってほしい

    10年近くハリウッドのエンターテインメント・ビジネスに身を置いてきた福田さんの目には、契約書なしに口約束で物事が進められ、独立したタレントを「干す」ことがまかり通る日本の芸能界が奇異なものに映る。

    「芸能界に変わってほしい。透明になってほしい。競争原理が働いてほしい」

    そんな思いで、冒頭の文章をしたためたという。

    のんさんの現状。ハリウッドと日本のエンタメビジネスの違い。芸能界のこれから…。1時間超のインタビューで思いの丈を語った。

    「なかったことに」オファー立ち消え

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    LINE NEWS / Via youtu.be

    LINE NEWSのオリジナル連続ドラマ『ミライさん』

    ――のんさんへのテレビドラマの出演オファーは来ているのですか。

    オファーはめちゃくちゃあります。

    テレビ局の編成の人だったり、外部のプロダクションのプロデューサーだったり。現場の方は、そんなことでノーになるなんて知らないから、自由に企画してきますよね。

    「小さい企画だから大丈夫です」と言う人もいれば、「いままで企画がなくなったことはないので」と言う人もいます。

    ところが何週間か経つと「なかったことにしてください」と連絡がある。最近はもう理由も聞きません(笑) すっかり絶望が身に染み付いてしまいました。

    圧力があるのか、忖度なのか、まったくわからないです。何もないと信じています。だけども、3年間1本も実現していない、というのは事実です。

    江戸時代の話なんじゃないか

    ――のんさんから「つらい」「大変だ」といった言葉を聞いたことはありますか。

    一切ないです。彼女の精神力はすごい。天才だと思っています。本当にいいお芝居を見せてくれる。だからこそ、活躍の場が広がってほしいんです。

    のんはテレビドラマには出られないけれど、週刊文春の「好きな女優」ランキングでは常に上位(2017年1位、2018年2位)。CMの引き合いも多い。

    僕がここ数年あまり取材を受けてこなかったのは、のんを「気の毒に…」という目で見られるのが嫌だったから。

    実際には、有名企業も含め約20社ものCMに出させてもらっています。今年も絶好調で、ほとんどスケジュールはいっぱいです。

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    マルコメ公式チャンネル(marukomeOfficial) / Via youtu.be

    のんさんインタビュー動画/マルコメ 料亭の味 米麦合わせ ふたりでおやすみ篇

    移籍をすると、テレビ番組への出演がなくなっちゃう。でもクライアントさんのイメージが良ければ、CMには出ることができます。

    CMでは見られるのに、本編では見られないという不思議な状況。僕が知る限り、ここ数年ではのんと元SMAPの2例だけですね。

    最初にのんの話を聞いた時には、江戸時代の話なんじゃないかとビックリしました。いまも状況は変わっていませんが。

    元SMAPのニュースに触発

    ――今回、ネット上で問題提起をした理由は。

    前からおかしいと思ってはいましたが、元SMAPさんをめぐる公取のニュースを見て、発言すべきだと思いました。

    芸能界に変わってほしい。透明になってほしい。競争原理が働いてほしい。

    プロダクション経営者には、これまでのようなマネジメントのスタイルが通用しなくなったことに気づいてほしい。

    テレビ局もしがらみから解き放たれて、自由に素晴らしいクリエーションを発揮すればいいんですよ。

    ボツになった企画書を…

    ――公取が動いたことでで、テレビ局も以前よりは身動きが取りやすくなるかもしれません。

    ボツになった企画書が、僕の手元にたくさんあります。この記事を読んだテレビ局の人が、もう一度上司に提案したら、どんな反応があるか。

    「こんなことじゃいけないから変わろう」という人もいっぱいいるんじゃないですか。

    僕の仕事がほしいというわけじゃなくて(笑) 業界構造の転換期に、それをやったら面白いんじゃないかと思うんです。

    もし「やろうよ」となった時に、元SMAPものんも、きっと新しい時代の役割を担えるはず。文句を言っても仕方がない。今日から変えていきましょう、ということです。

    ――公取に働きかける気はないのでしょうか。

    はっきりした証拠がない限り、公取さんも動きようがないんじゃないですか。

    公取がどうこうというよりは、世間一般の市井の方々が芸能界のこうした実情を知っているということを、業界の人たちにまず理解してほしいですね。

    米国型のエージェント契約

    ――のんさんとのマネジメント契約はどういう形をとっているのですか。

    最初にお話をいただいた時に、のんには個人事務所を設立することを勧めました。

    個人事務所「non」とスピーディ社が独占的にマネジメント契約を結ぶ、アメリカ型のエージェント方式をとっています。

    僕は人を支配したくない。僕の働きが悪かったら、nonはスピーディとの契約を破棄すればいいんです。

    そうすることで様々な契約金額も透明にできる。「契約書なんてなくていいんだ」という事務所もありますが、そういう不明朗なことは、21世紀には許されません。

    僕がどうして強く出られるかというと、いい意味で本業じゃないから。スピーディのメインのビジネスは、企業のブランドコンサルタントです。

    のんを「ひとりブランディング」するのは面白いぞと考えて、マネジメントを手がけていますが、芸能事務所ではありません。

    芸能界の先行投資って?

    ――タレントを一から育成する芸能事務所からすると、自由に移籍されては先行投資を回収できない、という思いがあるのでは。

    先行投資って何ですか? たとえば音楽プレイヤーをつくる、自動車をつくるとなれば、開発やモックの製作などに先行投資がかかりますよね。

    芸能事務所はよく「先行投資が…」って言います。僕もまったくないとは言いませんよ。

    ボイスレッスンや演技指導ですかね? 先生にお支払いする月謝はいくらでしょう。1日1時間、週5回やって…、仮に年間300万円としましょうか。

    住宅費のことでしょうか? 家賃が月10万円なら、1年で120万円。レッスン代と合計で420万円です。

    だけど、CMが決まったら3千万円。CM1本でモトとれてません? 広告代理店の手数料15%差し引いたとしても、十分な額です。このビジネスのどこに先行投資があるんでしょう。

    ――プロデューサーを抱き込んで、飲ませ食わせするための接待費とか?

    すべての事務所の接待費を調べてみてくださいよ。何億円も使っている事務所はないと思いますよ。

    有名になった人がいなくなったら、もっと稼げたのに稼げなくなってしまう、ということじゃないんですか。

    スポーツ選手はOKなのに

    ――移籍を認めると引き抜き合戦になって、タレントのギャラが高騰する可能性がある。だからこそ、「干す」という形で制裁を与え、移籍や独立を阻んでいるわけですよね。

    スポーツ選手は自由に移籍できるじゃないですか。何で芸能人はダメなんですか?

    不思議な商慣行で消えていった芸能人、何年も干された芸能人がいることは知っています。

    芸能事務所とタレントさんは、常に取り分でもめて独立する、しないという話になる。思い切ってケンカして独立した人は、干されて食っていけなくなる。

    「金額が少なくてもウチにいた方が良かっただろう」というのが、20世紀のやり方でした。

    それでは業界の発展に繋がらない。移籍を自由にして、契約もきちんとしましょう。ほかの業界ではだいぶ前に改善されてきたことを、芸能界でも遅ればせながらやりましょう、と言いたいんです。

    成功した人にとっては楽なビジネスなんでしょう。それが業界を変えにくくしている。でももう、十分いい思いをしたんじゃないですか。

    世界標準の新しいルールへ変えていくべき時だと思います。

    日米エンタメ業界の大きな違い

    ――海外と日本の芸能界の違いは。

    ハリウッドの映画会社で長く働いた経験が、自分の主成分になっています。

    アメリカではキー局とローカル局が完全に分かれているので、競争原理が働きます。シンジケーション・マーケットが発達しており、4大ネットが流した番組をローカル局で放送する場合、追加のギャラが発生する。

    ドラマが大ヒットすれば、出演者が数十億円もの稼ぎを手にすることもあります。

    それに対して、日本は中央集権なんですね。一流の俳優さんでも、1クールの連続ドラマに出演して、ギャラは3〜4千万円ほど。撮影期間中は連日、徹夜、徹夜です。

    一方、CMは5時間ほどの拘束で3千万円とか。日本のタレントは、CMに出るためにドラマに出ているようなものです。

    撮り直しの不合理

    ――俳優、タレントの労働環境も大きく異なるそうですね。

    日本では撮影現場で「粘る」ことが多い。シナリオになりクリエイティビティーが求められ、「押さえのカット撮っておこうか」となりがちなんです。

    演技が下手だったとか、セリフが言えていないとかであれば、撮り直しも仕方がない。だけど想定通りのものが撮れたのに撮り直すというのは、意味がわかりません。

    それによって労働環境が著しく悪化しているケースがものすごく多いんですよ。

    スピーディでは最近、中国での活動に力を入れていますが、のんが中国でお仕事する際の契約はハリウッドとまったく同じです。

    「何時間労働で、残業が発生する場合は何時間前までに伝える」という形で、非常にプロフェッショナルな進め方をしています。

    芸能人の労働組合はできるか

    ――芸能人も労働組合をつくらないと、事務所の強大な力に対抗できないのでは。

    アメリカではユニオンが強いので、カメラマンや照明さんにも最低保障があります。

    日本でもプロ野球の組合をつくる時に色々ありましたよね。スポーツであろうが、芸能であろうが労働者の権利は守られるべきだと思います。

    サラリーマンの方は「好きでやってるんだから我慢しろよ」と思うかもしれないけど、そうじゃない。ひとつの職業として認められるべきなんです。

    テレビ局はフェアなキャスティングを

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    KAIWA(RE)CORD OFFICIAL / Via youtu.be

    のん - 涙の味、苦い味【official music video】

    ――これからの芸能界、何をどう変えていくべきだとお考えですか

    いっぱい変わらないといけないことがあります。

    テレビ局には編成権がある。しかし、芸能プロダクションと長く癒着するうちに、キャスティング権を奪われている懸念があるわけです。

    自由なキャスティングをできないテレビは面白くない。事務所の力関係を抜きにして、フェアなキャスティングができるようにならないといけないんじゃないでしょうか。

    「もしコイツを出演させたら、来年はこうなるぞ」とか、マーケットとまったく関係のない理屈で動いていたら、業界がダメになりますよ。

    「契約書ナシ」でいいのか

    それから、エージェントにせよ、マネジメント会社にせよ、契約関係をハッキリさせる必要がある。

    芸能事務所がタレントと「契約解消」しましたと言いながら、契約書を交わしていない。それってウソじゃないですか。

    たとえばCM契約するタレントが問題を起こして、「違約金を払ってください」という場面で、「いや、契約ないんで」なんて言っていたら、クライアントから信頼されませんよ。

    雇用する側とされる側の関係は、もっと透明でフェアでないといけません。

    芸能事務所には「お前は俺の従業員だから、言うこと聞け」という感覚のところが多いけれど、徒弟制のようなやり方はおかしい。

    コンプライアンスを小学校の「道徳」の授業のような感覚で捉えている経営者も多いかもしれませんが、ルールをしっかり整えた方がその会社にとってもトクなんです。

    しっかりやればブランディングになるし、利益が出て業績も伸びる。一連の問題が、経営者と労働者の双方が成熟する機会になれば、と思います。

    のんをテレビでもう一度

    ――もう一度、のんさんをテレビで見たいです。『あまちゃん』と同じNHKで宮藤官九郎さん脚本ということもあって、『いだてん』への出演を期待する声もありますが。

    そう思われている方も多いと思います。前事務所時代に、一番ヒットした作品ですから。令和になったことですし、気持ちを一新してやってくれたらと思うんですけどね。

    前の事務所での最後の2年間は、ほとんど仕事がなかったと聞いています。僕が預かってからの3年間も、テレビドラマには出られていない。5年は長いですよ。

    芸能界はもう、のんの様なケースを出しちゃいけない。ビジネス面での支障はないにしても、もっと演技をさせてあげたい、という思いがあります。

    のんは若さやかわいさでは売っていません。樹木希林さん以上の年齢まで頑張ってほしい。それぐらい才能のある女優さんなんです。

    ――芸能界は、テレビ局は本当に変われるでしょうか。

    この記事を読んだテレビ局の若手の人たちが、「元SMAPやのんをドラマに起用したらイノベーションだ」と考えてくれたら面白いですね。

    それで失うものなんて何もないでしょ。そのための世論も整ってきたと思うんです。

    〈福田淳〉ブランドコンサルタント、スピーディ・グループ代表。1965年、大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒業。衛星放送「アニマックス」「AXN」などの立ち上げを経て、2007年にソニー・デジタルエンタテインメントを創業し、初代社長に就任。2017年に株式会社スピーディ設立。文化庁、経済産業省、総務省などの委員を歴任。金沢工業大学大学院や横浜美術大学の客員教授も務める。著書に『SNSで儲けようと思ってないですよね?』(小学館)など。