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老舗喫茶店から煙をなくしたら笑顔になった 禁煙店を応援するサイト「ケムラン」で探す空気も美味しいお店

東京オリンピック・パラリンピックに向け、2020年4月から受動喫煙を防止する健康増進法や都条例が全面施行となる前に全面禁煙に踏み切ったある老舗喫茶店を訪ねました。屋内完全禁煙の飲食店を市民のボランティア特派員が紹介するサイト「ケムラン」にも掲載されていますが、ケムランの目指すものも伝えます。

一歩足を踏み入れただけで、店内の空気が澄んでいることに気づく。

ここは東京・文京区の住宅街にあるミルクシェークや昔ながらのナポリタンが人気の老舗喫茶店「KONA」。かつて、昼時は常連のサラリーマンが吸うたばこの煙で店内が真っ白になるほどだったが、昨年1月、全面禁煙にした。

受動喫煙を防止するために、2020年4月から飲食店内を原則全面禁煙にする改正健康増進法や東京都条例が全面的に施行される。

だが、店主の塚本光男さん(67)は、ホールを担当する妻、光子さんがたばこの煙で度々体調を崩していたのに心を痛め、先行して禁煙に踏み切った。

「売り上げも心配していたほど落ちたわけでないし、妻もずいぶん体調が良くなりました。こんなことならもっと早く禁煙にしたら良かった」と塚本さん。

この店は、屋内完全禁煙の飲食店を市民のボランティア特派員が取材し、紹介するサイト「ケムラン」にも登録されている。

5月31日の「世界禁煙デー」を前に、受動喫煙防止に前向きに取り組む試みを取材した。

隣に子どもがいても喫煙 ランチの店内は真っ白

KONAは、1980年4月、塚本さん夫婦が結婚と同時にオープンした店だ。

当時は、喫茶店でたばこを吸うのは当たり前の時代。当たり前のように各テーブルに灰皿を置き、喫煙者だった塚本さんも1日に14、15本程度、吸っていた。

「たばこはまずいな」と思い始めたのは、4、5年前からだ。

受動喫煙の害が巷で言われるようになり、分煙や禁煙にし始める喫茶店がポツポツ現れた。

「そうすると、うちはますますたばこを吸うひとが集中して来るようになったんです。最後の方はお客さんの8割が喫煙者でした。ランチになると、煙で店内が真っ白になって、厨房にいても煙で咳き込むほどになりました」

受動喫煙防止の条例案の話が出てきたその頃、東京都から「分煙か禁煙にする予定はありますか?」と尋ねる聞き取り調査もあった。

「『とりあえず今のところはないですが、売り上げが落ちる心配があるので、行政の方で飲食店に禁煙を義務付ける条例を作ってほしい』と訴えました。横並びで一斉にやるならば、売り上げにも打撃は少ないと思ったんです。でもそれからしばらくは実現しませんでした」

禁煙宣言の張り紙に怒る客も

そのうち、たばこを吸わない常連客が店に来るのを避けるようになり、隣で客が吸い始めると食事の途中で帰ってしまう人も見られるようになった。

特にヘビースモーカーの客は、隣に子どもがいても吸うのをやめず、隣の人が食事中でも煙を吐きかけるなどマナーが悪い。

「このままにはしておけないな......」

最終的な決断を後押ししたのは、ホールを担当する光子さんの体調が悪化したことだ。

「煙を吸うだけでくしゃみや鼻水、咳が止まらなくなることがあったのですが、それがだんだん酷くなってきて、しまいには毎日そんな状態で接客していたんです。苦しくて、店に立つのが憂鬱でした」と光子さんは振り返る。

2017年12月、光男さんは店内にこんな張り紙を貼った。禁煙化の予告だ。

「なんだこれは!」「もう絶対来ないからな!」

そんな風に捨てゼリフを吐いて怒る常連の喫煙客もいた。

禁煙にする直前、張り紙を見たのか、加熱式タバコの営業マンが、「これはタバコであって、タバコでないんです。これなら禁煙の店でも吸えますよ」と、店内で加熱式たばこはOKとする表示の売り込みをかけに来た。

「でも、ニュースで有害成分が出ることは知っていましたし、吸わないお客さんにとっては隣であれを吸われることは嫌なことです。きっぱり断りました」

増えた家族連れ、客単価、減った食べ残し

2018年1月9日に全面禁煙にした。同時に塚本さん自身も禁煙した。

ヘビースモーカーのマナーの悪い客が全く来なくなったのは歓迎だったが、たばこを吸う常連のサラリーマンも減った。

「客層がガラッと変わって、女性客と家族連れが増えました。ここら辺は保育園が多いので、園児を連れたお母さんたちが来るようになりましたね」と光男さんは言う。

光子さんも「『禁煙になったから来れるようになった』とか、打ち合わせによくうちの店を使ってくれる常連の女性が、『煙いから嫌だったんだけれども、空気がスッキリして来やすくなったわ』と喜んでくれたんです」と話す。

「タバコを吸う人はコーヒーだけで粘ることが多かったのですが、食事を召し上がる人が増えて、客単価が増えたんです。店を手伝ってくれる娘が『食べ残しが減ったね』と言っていて、それも嬉しいことでした」

光子さんの体調不良もほとんどなくなった。

飲食店の禁煙は、客はもちろんだが、常に閉じた空間で長時間煙にさらされる従業員の健康被害を防ぐことが重要な目的だ。

光子さんは「イライラがなくなって、精神的にも安定しました」と語り、一緒に店を手伝っている長男、長女も含め家族みんなで、「禁煙にしてよかった。空気が全然違うね」と喜び合う。

受動喫煙は肺がん、脳卒中、心筋梗塞などの心臓の病気にも影響があり、分煙でも完全に煙を防ぐことはできないことがわかっている

「私も吸っていたので、癖でつい吸いたくなる気持ちはわかるんです。でも深刻な病気を引き起こし、百害あって一利なしとわかっているものを飲食店で野放しにしているのはやはりまずい。美味しく食べてほしいのに、数口食べては吸うことを繰り返すお客さんを見ていると、虚しくなることがありました」

心配していた売り上げは3割ぐらい落ちるかと覚悟していたが、実際には1割減ぐらいで済んだ。「ケムランを見た」と言って来店する新しい客もいる。

一斉に他も屋内原則禁煙になる2020年4月にどうなるかわからないが、「やめてよかった。こんなことならもっと早く禁煙にしたらよかった」と満足感でいっぱいだ。

禁煙の飲食店を応援するサイト「ケムラン」に登録

実はこのお店、禁煙後、全面禁煙の飲食店を検索できるサイト「ケムラン」にも登録されている。

ケムランは、

  1. 屋内完全禁煙(時間帯禁煙・貸切時喫煙可もNG)
  2. 加熱式タバコも電子タバコもNG
  3. 店内に喫煙スペースがない(屋外・店外の喫煙スペースはOK)
  4. 店の人に掲載の了承を得た


という要件を満たした店を、ボランティアの市民特派員が町歩きの中で探し、紹介文を書いて登録している。現在は全国637店舗にまで広がる。

「煙らん」をフランス語風に洒落でもじって名付けた。

元喫煙者で呑兵衛のがん研究者が始める

このサイト、飲み歩きを愛するがん研究者で大阪医科大学准教授の伊藤ゆりさんがFacebookページから個人的に始めたものだ。研究者仲間と細々店を増やしていたが、2017年の世界禁煙デーにweb版に移行した。

「自分の備忘録として始めたようなものなんです。ただ飲み歩くのではなく、がんの予防を考える研究者として社会に貢献できないかと考えて、先駆的に禁煙にしているお店を応援するサイトを作りたいと思いました」

若い頃は喫煙者だった伊藤さんだが、30歳までに喫煙をやめればがんのリスクは非喫煙者と同じぐらいだと示す論文を読んで、「お酒とタバコなら、お酒の方を取ろう」と、28歳で禁煙した。

2006年から留学したイギリスで、翌年に屋内禁煙が実施され、その変化を目の当たりにしたのも、禁煙店を応援する際の自信となった。

「特にお酒を飲むような飲食店は禁煙にすると客が減って売り上げが激減すると心配する人が多いのですが、イギリスのパブでも喫煙者は外にタバコを吸いに出るだけで、お客は減りませんでした」

「ケムランでも、禁煙に踏み切った店のお話を伺うと、売り上げへの影響はあまりなく、むしろお客さまにも従業員にも喜ばれているという声を聞きます。『お料理などに自信があれば、禁煙にしても怖くない』という店主もいます」

2018年5月からは市民のボランティアが地元の店を取材して登録する「特派員制度」を導入した。現在、150人の特派員が全国で活動している。

「市民を巻き込むことで、全国のケムラン店を応援する気持ちが広がってほしいのです。一人で始めた時から、メディアで取り上げられるたびに、この活動に共感し、『応援したい!』と言ってくださる方が多かったのも特派員制度を作るきっかけになりました。今はそれぞれの特派員さんの特色を生かしたお店紹介を見るのがとても楽しみです」

知らず知らずのうちにタバコをやめやすい社会に

2020年4月からは、改正健康増進法や東京都の受動喫煙防止条例が全面施行となるが、ケムランはその中でどんな役割が期待されるのだろうか。

「ケムランは飲食店を含むすべての働く場所が受動喫煙のない環境になるのを後押しするのが狙いです。今度の法律や条例ではまだ全ての飲食店の屋内が禁煙化になるわけではないので、一人で営業している小さな店のようなところ、むしろ受動喫煙による被害が大きい店で働く方の健康が守れません」

「ケムランの活動を通じて、『禁煙にしたらこんないいことがあったよ』とお店の方に知ってもらい、法律や条例の範囲外であっても禁煙に踏み切れるようなサポートをしたいです」

5月10日には、地域とタイアップした初の取り組み「ケムラン × 文京区 サイト」もスタートした。文京区社会福祉協議会の助成を受けて、区民の特派員養成講座を重ね、現在25店が掲載されている。

「『ケムラン活動を通じて、地域とのつながりが持てるのがうれしい』とおっしゃってくださる特派員の方もいます。吸えない環境が増えることで、知らず知らずのうちにタバコをやめやすい社会にしていくのがケムランや公衆衛生の役割だと思います。地域の皆さんと一緒にそんな社会を作っていくのがとても楽しみです」

5月30日には文京区で記念イベントが開かれ、31日の世界禁煙デーから6月6日 までの「禁煙週間」に、SNSで「 #ケムラン」「 #世界禁煙デー」のハッシュタグをつけて ケムラン対象店の写真などをシェアして、禁煙の飲⾷店を応援するキャンペーンも開かれる。詳しくはこちらから。