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はみ出したって生きられる 子供たちを救うのは学校の外の世界の情報

松本俊彦さんインタビュー最終回の第3弾は、学校の外の世界に目を向けることの勧めと援助者へのアドバイスです。

死にたいぐらいつらい時に、学校が世界の全てだと思っていませんか? 精神科医、松本俊彦さんのインタビュー最終回の第3弾は、学校の外の世界に視野を広げてみようと呼びかけ、援助者へのアドバイスも伝えます。

他の世界の情報を手に入れよう

ーーここ数年、子供の自殺対策で、大人たちが「逃げろ」と発信しています。図書館が学校に行きたくない子においでと呼びかける発信も歓迎されました。「逃げろ」というメッセージは子供たちに届くのでしょうか?

「逃げろ」という言い方が、子供たちにとって受け入れやすいかどうかはわからないのですが、子供たちを救うのは、他の世界の情報をどれだけ持っているかだと思うんです。

学校だけが世界の全てではなくて、他にこんな世界があるということを知っていたり、いろんな生き様のバリエーションを知ることが大事なのだと思います。

例えば、しんどい時期を過ごしたのにこんな風に変われた人もいる、と知ったり、たくさん本を読んだりすることです。

今は、ネット上でいろんな情報を収集することもできます。もちろん変な情報もたくさんあることは承知の上で言うのですが、やはり情報は子供を救うのではないかと思っているんです。

子供にスマホやタブレットを持たせると、いただけない危険なサイトにアクセスしたり、課金付きのゲームで大変なことになったりする子もいます。でも一方で、「君はそんなサイトを知ってるの?」とこちらが驚くような情報にたどり着いている子供もいます。

子供たちは、あのやわらかい脳みそを全部使って、新しい世界に手を伸ばして行きます。僕はその好奇心がその子たちを救うのではないかと思うのです。

立派な人の成功談よりも、レールを外れた人の面白い生き方を

ーー身の回りの限られた現実世界より、広い世界があると気づくのですね。とんでもない人が楽しそうに生きている情報はネットにあふれています。

僕もそう思うんですよ。これは子供ではなくて、大学生の話なんですが、大学生の自殺はどんなところで多いかというと、だいたいキャンパスを郊外に移転した時に自殺が増えるんです。

有名なのは筑波大学です。郊外のつくば市にキャンパスを移したら、すごく自殺が増えたことがありました。広島大学もそうです。広島市内にあったのを東広島市に移して、学園都市で周りには何もない環境にしたら、ある時期、自殺が増えたといわれています。

逆に自殺が少ないのは、周りに雀荘があったり飲み屋があったり、学業以外のことをやる場がたくさんあるところだといわれています。そこで学生は、いろんな生き様をみる。「あの人は大学に8年もいて、結局この雀荘に勤めているんですよ」というような人を日常生活で目にします。

そこで生き様の多様性を知り、教室ではパッとしない人がここではキラキラしているというのを見るわけです。

学園都市だと、同質の仲間が狭い中でくっついたり離れたり、テレビドラマの「ビバリーヒルズ高校白書」みたいな世界になる。その中でどんづまったら、世界が終わってしまうような気持ちになってしまいます。

こういうことはもしかすると大人にも子供にも関係している大事なことなのではないでしょうか。様々な生き方の選択肢や多様性がある方が、結局、誰もが生きやすくなるんです。

ーーとんでもない過去があるけれど、なんだかんだ言って面白そうに今を生きている人と出会ったらいいということですね。

そうそう。そんなのがいいですよね。昔、ある伝統的な医学部の前に、その医学部を卒業した店主のパン屋さんがあったんです。医者じゃなくてパン屋さんになって、医学部の学生から愛されてとても繁盛しているなんて話を聞いたこともあります。そういうのもありですよね。

逃げ場はどこにある?

ーーそうすると、メディアも立派な人の成功談ばかりではなく、はみ出し者をたくさん紹介していかないといけませんね。

僕はそう思うのですよね。子供たちはそういう情報を積極的に集めてほしいですよね。

ーーしかし、そこでも情報格差がありそうですね。

そこが難しいのですよね。やはり、貧困家庭で、勉強も苦手で、いろんなハンディキャップを抱えている子たちは、情報も取りに行けないのですよね。情報弱者にもなりがちなんです。

ーー地域社会でやれることはあるのでしょうか? 最近では挨拶もしない地域が増えて、地域のつながりは薄れていると思いますが。

そうなのですが、では、挨拶をしてみんな顔見知りの田舎が生きやすいかというと、そちらの方がしんどい場合もありますよね。ですから、案外、都会の無関心の方が、そういう子たちにとっては生きやすい、という可能性もあるでしょう。

図書館は最高なんですよ。授業をサボっていても周りから見たら自習している感じを出せますよね。

ファストフードもお金がかかってしまいますが、昔は子供たちが時間をつぶすいい場所になっていました。今はそこも補導される可能性があり、子供たちの居場所は狭まっています。

自分が学校は嫌だと思っていることを家族には知られたくない子供もいます。朝「行ってきます」と家を出て、街で時間をつぶせる場所があちこちにあったらと思います。

子供の自殺の要因は増えている?

ーー全体の自殺者数が減っているのに対して、子供の自殺は横ばいです。昔と比べて子供が自殺する要因は増えているのでしょうか?

それがわからないんです。自殺の統計を見ていると、「若者の自殺」が注目されていますし、確かに子供たちの自殺者数は横ばいですが、少子化を考えると自殺率は上がっているかもしれません。

海外と比べると、子供の死因で日本は自殺の割合が多いと言いますが、事故死や殺人の被害が海外より圧倒的に少ないので、自殺が目立っているということもあります。

ですから、僕らがここまで強く子供の自殺対策を叫ぶ必要があるのかということは、悩んでいるところがあります。

ただ、イギリスでもアメリカでもそうですが、高齢者や中高年を中心に始めた自殺対策が進み、中高年の自殺が減ってくると、どうしても目立ってくるのは若者の自殺なんです。

いろいろな対策を打っても、この年代だけはうまく効果が出ない。バブルの時は若者の自殺は比較的少なかったですが、なぜかはわかりません。

とにかく女性と子供は自殺の危険因子が見えづらいのです。中高年男性の自殺研究で調査項目が作られているので、その項目で女性や子供の自殺をみると、原因が見えなくなってしまいます。中高年の男性とは違う要因がポイントになっているんだろうと思います。

ーー中高年男性なら経済問題などが大きな原因でしょうけれども、女性でしたらそれこそ夫との関係などが原因となりそうですね。

その通りなんです。男たちは外の人間関係で傷つき、女性たちは身近な人間関係で傷つく。では子供はどうなんだと考えると、子供はなかなか話してくれないし、ご遺族の話を聞いても、そもそも亡くなったのは思春期の子供なので、親に対して秘密が急激に多くなってくる年代です。親もわからないので難しいです。

「死ぬのはダメ」はダメ

ーー自殺を食い止めるために、「死ぬのはダメ」という呼びかけは逆効果なんですね。

そういうスタンスで向き合うと、子供たちは心を開いてくれないと思います。「死ぬのはいけないよ」と押し付けたら、そこで議論はストップしてしまいます。「そうか死にたいのか」というところから始めないといけません。

ーー説教はしてはいけませんね。

ダメだと思います。「死にたいなんて考えちゃダメだよ」と言った瞬間に、相手はもう心を閉ざして、「死にたい」と言ってくれなくなります。そうなると、周りの大人はその子の自殺の気持ちの強まりがどうなっているのか見失ってしまいます。

ーーNGワードとしては「死んではいけない」とか「死んだら悲しむよ」とか、メソメソ泣いたりすることでしょうか。

そうです。自傷の時の対応と一緒ですね。「死にたいと思うなんて、感謝の気持ちが足りないんじゃないか」とか言われた瞬間に、死にたくなりますよね。

ーー「どうして死にたいと思うの?」と、話を聞くのですね。

「そうなんだ。死にたいんだね」と受け止めるということです。もちろん解決策があるなら一緒に考えますが、我々が考えられる解決策なんて、既に本人が試している場合が多いし、「それでうまくいかないから悩んでいるんだよ」と思っています。できないことをさも解決策のように、安請け合いして裏切るのもかえってよくないことです。

ここから先は、僕個人の信念とか、もしかすると信仰の領域に近くなってしまうのかもしれませんが、「自分が死にたいほどつらいと思っていること」を知ってくれている人がいると、その人とのつながりをもう少し持っていていいかなと考えてくれると思うんです。

とにかく「そのことについてはまた時間かけてじっくり聞かせてよ」と言って、次回の約束を取り付ける。その関係を長く続けることで、だんだんと風向きが変わってくることがあります。その人との関係が続くことが基礎となって、人間関係に自信が持てるようになることもあるのではないかと思います。

ーー全てのカウンセリングに通じる原則ですね。

そうですね。意地悪な見方をする人には、誘拐事件の人質との電話みたいに、無理に引き伸ばしている、と皮肉を言われそうではありますが。

ーーでも引き伸ばしているうちに違う風景が本人に見えてくることもある。

そういうことですね。

「死にたい」というのは「死にたいぐらいつらいけど生きたい」

ーー自殺未遂が見つかった場合は、どうしたらいいのでしょうか。

その場合は、何が重荷になって自殺未遂に至ったのかを我々は同定しないといけないし、それを軽くするためにどうするかを考えなくてはいけないです。

「死にたい」という人がいた場合、「死にたい」というのは、「死にたいぐらいつらいけれども、そのつらさが少しでも軽くなるのなら生きたい」ということだと思うんですよ。

死ぬのがいいか悪いかを議論するのではなくて、「そういう気持ちに追い詰めている原因をもう少し詳しく知りたい」という姿勢を見せることなんです。

してしまって未遂に終わった自殺行動に対して、「なんでそんなばかなことやっちゃったの!」じゃなくて、「何があったか話してくれる?」というのが大事だと思います。

「自殺は悪いんだ」とか「命は大切なんだ」みたいな、健康優良児みたいに語る援助者には、追い詰められた人は正直に心の中を言いづらいです。

たとえば、ハイテンションの超健康的な人の前では正直に話しづらいじゃないかと思います。見知らぬ土地で歌とギターで誰とでも友達になり、言葉も通じないのに最後は泣きながらハグしあっている……みたいな人です(笑)。

この人も不健康なんじゃないかなというぐらいの人の方が話しやすいと思います。

【1回目】君の話を聞かせてほしい 死にたくなるほどつらいのはなぜ?

【2回目】不登校を恐れるな 誰かとつながっていればいい

いのち支える相談窓口一覧(自殺総合対策推進センター)


【松本俊彦(まつもと・としひこ)】

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)など著書多数。

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