• lgbtjapan badge
  • medicaljp badge

時には風通しがいいスカートで歩こう 男性看護師が女装でたどり着いた場所

女装をしたら自分らしく振る舞えるようになった

繁華街の灯りが点り始めた土曜日の夕方。その男性(49)は、新宿の待ち合わせ場所に春らしい花柄のミニワンピースとハイヒール姿で現れた。

女装をする時は、サキと名乗っている。「写真を撮るというから、今日は特に短いのを着てきちゃいました」。微笑みながら、道の真ん中で足をクロスさせてポーズをとる姿も色っぽい。

平日は男性の格好で看護師として働き、女性が多くを占める職場で女性たちからハラスメントも受けてきた。性自認は男性で、恋愛対象は女性。そんなサキさんが、時折、女装で出かけるようになったのはなぜなのだろうか。

男性は女性の看護ができない?

工業高校を卒業後、電気関連のエンジニアだったサキさんが医療業界に興味を持ったのは20代の初めのことだ。当時、日本に広がり始めていたホスピスの本を読んで感銘を受け、会社を辞め、ホスピスの看護助手として働き始めた。

さらに深く患者さんと関わりたくて、働きながら准看護師、看護師と資格をとった。少しでも元気を取り戻してほしい、また残された時間を有意義に過ごしてほしいと張り切って働いたが、周囲が設ける様々な壁に阻まれることに気がついた。

「看護師はどうしても人や身体を扱う職業なので、容姿や身体、性的な話題が日常的になされています。患者の身体、プライベートな部分に触れることも多い。医療上必要な業務なのに、男性が女性の身体に触れることや見ることに対する偏見が根強く残っているので、職場内で反対意見が度々出るようになったのです」

看護学生の時には、乳がんの女性の担当を希望したが、教員の一人と病棟の看護師に、「それはちょっとだめでしょう」と外されそうになった。

手術直後は、清潔を保つために体を拭いたり、着替えを担当したり、身体のプライベートな部分の世話をすることも多い。乳がんであれば、傷跡のケアの時に乳房を見る必要があることも、男性看護師に待ったがかかった理由のようだった。

「バスタオル1枚で覆うだけでも、ほとんど手足以外の肌を露出させることなく処置できる方法があるのに、ただ男性だからというだけで外されそうになる。『患者さんがそう希望されたのですか?』と聞いたら、『そうじゃない』と言われたので、確認してもらうとあっさりOKとなりました」

「女性は男性患者も当たり前のように看るし、男性の陰部などの処置をすることも行われています。どちらが男であろうが女であろうが、看護上の必要があって行う仕事なのに、なぜ男性だけ外されるのかと思っていました」

一方で、大人の女性患者から、「女性看護師よりあなたの方がいい」という言葉をもらうことも増えた。それでも受け持つ看護は制限され、常にモヤモヤした気持ちが心の中にあった。

男性がマイノリティーになる看護の世界

小児看護の道に進んだ時も、身体の処置を必要とする中高生以上の子供の受け持ちは、基本的に男子のみにされた。

「特に異性に抵抗感を抱く思春期の女の子に対してそのような配慮をすることは仕方ないと思っていました。ところが、ある家族から匿名で事実無根のクレームを受けたことがあった時、看護師は誰もかばってくれなかったのです」

内容は名指しで「子供に何かいたずらなどをしているのではないか」というものだった。処置をする時はカーテンを少し開けて行う、など疑われないための工夫を始めたが、再度の投書があり、上司の看護師長らに呼び出された。

「あなたはそういう人ではないと思っているのよ。でもこういう投書が2回あるとあなたも働きづらいわよね。どうする? どうしたい?」

「私はそんなことしていません」。最初はそう言い続けて頑張るつもりだった。しかし、どれだけ否定しても同じ問いかけを繰り返され、「異動したい」と言わざるを得ない状況に追い込まれた。

「そう言うと、『私たちもそうした方がいいと思うわ』とまるで私の希望を了承するかのように処理されました。やるせなかったです」

別の診療科に異動した後、今度は陰湿ないじめやパワハラが待っていた。

些細なミスでも、女性の同僚なら「気をつけてね」で済むのに、自分に対しては「あなたのせいで迷惑しているのよ!」と怒鳴りつけられる。処置に使う注射器などの物品を使いやすい形に並べていると、他の人にはお礼を言うのに、自分だけは「なんで勝手にいじるの」と注意される。

「新人のうちは男性看護師も可愛がられるのですが、年数が経ってくると疎ましい存在になることが多いような気がします。女性の集団では、表面上は褒めあっているのに、陰ではそこにいない人の悪口を言うなど見えない作法がよくあって、男性はどう振る舞えばいいのかがわかりにくい。そういう人間関係から距離をとっていたのもイラつかせる要因だったようです」

結婚していた妻からも言葉の暴力を受けるようになって、40歳で離婚していた。そのダメージに職場での人間関係のストレスが重なり、朝目覚めても起き上がれなくなった。

「だましだまし仕事に行っていたのですが、ある日、ちょっとしたすれ違いがあった友達と話している時に、急に涙が止まらなくなりました。感情の失禁状態です。本当に精神が壊れてからでは遅いと心療内科を受診しました。適応障害になっていると診断されて休職しました」

「女の世界に溶け込みたい」 女装の世界へ

女社会の中で馴染めずに苦しんでいた頃、ふと気になったのが「女装」だった。「女になって女の世界に溶け込みたい」。自分がどうしても理解できない女性の世界を理解するための手段の一つが女装だと思えた。

しかし、実行するのはハードルが高い。2008年4月、東京・四谷にあった女装スタジオでメイクをしてもらい、衣装を借りた。初めての女装だった。

鏡に映った自分を初めて見た感想は「妹に似てるな」。もともと骨格はゴツゴツしておらず、目鼻立ちははっきりして、ヒゲも薄い。「案外、可愛いじゃない」。初めてにしては違和感なく女性に近づいた自分を見て、じわじわと喜びが胸を満たした。

それからは時間を見つけては女装スタジオに通い、写真を撮ってSNSで公開すると、「このきれいな子はだれ?」と知らない人から褒められる。「あなたは自分でメイクしないわよね」と言われて一念発起し、ネット通販でメイク道具や衣装も揃えた。脱毛もして、ますます女性らしさに磨きがかかった。

「最初は、綺麗だとか可愛いと言われて女性として扱われることに喜びを感じていました。話し方や仕草も研究して、女性言葉を使っていましたし、声も高めにして話していた。最初のうちは女性として振る舞うことに気を使っていたわけですが、それがだんだん変わっていきました」

壁を超えて、広がる人付き合い

当初は女装愛好者が常連となっている新宿のミックスバー(どんなセクシュアリティーでも入れるバー)で仲間同士の会話を楽しんでいた。

そのうち、一人でバーに来ている女性と親しく話すようになり、いつのまにか、自分が素の声で、素の自分で話していることに気づいた。

「男性の格好でその場にいたらきっと警戒心を抱かれ、一線を引かれてしまうでしょう。こういう場所に来ている女性は、自立心が高くて、世間の女性や男性のあり方に馴染めないという共通点があります。自分のポリシーを持ち、他の人の考えも認めるという人が多い。女装の自分だと、そんな自分を自然体で相手にさらけ出せるし、通じ合うんです。共鳴する。女装の方がむしろ、人付き合いの中で自分らしく振る舞えるようになったんです」

親しくなった人たちから紹介されて、新宿・ゴールデン街のバー、こども食堂のボランティアなどにも行き先が広がった。福島県の女装仲間を訪ねて行った居酒屋の一家と仲良くなり、数ヶ月に一度、遊びに行くようにもなった。

「子供たちと遊んだり、ご飯を食べさせたり、オムツ換えもやってます。女装をしてから、思ってもみなかった方向に世界が広がったのです」

以前の自分だったら絶対に踏み出すことのなかった人間関係。女装は人付き合いに怯えていた自分を、自由にしてくれた。

男性、女装、どちらも自分

総合病院をやめた後、海外ボランティアの看護師として、2年間、東南アジアで働いた。帰国後は、病院には戻らず、在宅医療のクリニックで看護師として働いている。

看護師として働く時は男性の姿。でも、サキとして生きている時間が男性としての自分にも影響していると感じている。

男性との会話で、「そんな風に相手の容姿のことを言うのはセクハラですよ」と自然にたしなめ、トイレの話や料理の話など女性患者との会話も弾む。サキとして、女同士の会話で身についた話術だ。

「元々やわらかい口調なのですが、指示や命令の言葉はもっと使わなくなりましたね。『次は血圧を測らせていただけますか?』『それでは、採血をさせていただいてよろしいですか?』と相手の意向を尊重するし、患者さんの考えを受け止めながら話すことが身についたように思っています」

「病気で寝たきりのお年寄りから、『もうこんなに長生きしてしまって、早く死にたいよ』と言われたら、『大丈夫ですよ。老い先短いですから』と笑って答えます。『ここまで長生きしたけれども、もっと長生きしたいんだよね』と言われたら、『大丈夫ですよ。死ぬまで長生きできますから』と答えます」

「どんな時も逃げずに、相手に向き合っていることを示すためです。たとえそれが死の話題であっても。人間には必ず死が訪れるということを確認することで、人は生きる歩みを進めることができる。サキとして色々な人と付き合うようになってから、どんな人も否定せずに受け止めることがより自然にできるようになったかもしれません」

女性に溶け込みたいと思って始めた女装は、結局、様々な人間関係に自分を開かせてくれた。

「男性の私も、女装のサキもどちらも自分。女装は自分が色々な人と関わるためのデバイスで、壁を越える一つの手段です。外見や性別で判定されることから逃れて、自分らしく生きるためにこれからも続けたいと思っています」

東京レインボープライドには、ボランティアとして二日間とも参加する。もちろん、女装して出かけるつもりだ。


BuzzFeed Japanは東京レインボープライドのメディアパートナーとして2018年4月28日から、セクシュアルマイノリティに焦点をあてたコンテンツを集中的に発信する特集「LGBTウィーク」をはじめます。

記事や動画コンテンツのほか、Twitterライブ「#普通ってなんだっけ LGBTウィークLIVE」も配信。

また、5〜6日に代々木公園で開催される東京レインボープライドでは今年もブースを出展。人気デザイナーのステレオテニスさんのオリジナルフォトブースなどをご用意しています!