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「この医師の働き方では過労死は減らない」過労死ライン2倍の厚労省案に反対意見

過労死遺族や勤務医らで作る「医師の働き方を考える会」が、厚生労働省の医師の働き方改革に関する検討会の案に反対する要望書を提出した。

厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」の議論が大詰めを迎えている。

過労死した医師の遺族や勤務医らで作る「医師の働き方を考える会」(中原のり子、鈴木真代表)は22日、残業上限1860時間という最終報告書案に反対し、他の職種と同等の労務管理をするよう訴える要望書を、厚労省の吉田学医政局長に提出した。

同会共同代表で、小児科勤務医だった夫を過労の末の自死で失った中原のり子さんは、「過労死の遺族として過労死はあってはならない。今のこの働き方では過労死は減らないのではないか。過労死遺族は大変苦しんでいる」と訴えた。

面談を終えた吉田局長はBuzzFeed Japan Medicalの取材に対し、「改めて過労死を身近に抱えられた方や現場で働いている先生方のお話を聞いて、医師の働き方改革は進めなくてはならないと決意した。今日の話も踏まえた最終報告書案を次回提案し、検討会で議論していただく」と話している。

最終報告書は3月中にまとめられ、5年間の準備期間を経て、2024年4月から働き方改革が始まる。

「医師」という職種のみ、基準を変えることは妥当ではない

検討会は最終報告書案として、地域医療を守るために通常よりも医師が多く働く必要があると認定された病院と、限られた期間に基礎的な技能を身につける研修医について、残業上限を1860時間とする案を議論している。

勤務間のインターバルや連続勤務時間の規制を作り、産業医の面談やドクターストップなど、健康を守るための追加の対策も併せて設けるが、他の職種の過労死ライン960時間の2倍近くとなる残業上限に批判も多い。

要望書では、この上限規制について「医師の超長時間労働を認める本案に断固反対を表明します」とし、日本の医療と患者さんの安全を守るために医師の長時間労働を規制してください」題する署名活動で5000人を超える署名が寄せられていることを紹介した。

そして、報告書案について、以下の4点の要望を述べている。

  1. 時間外労働上限は他の職種と同様に過労死ライン(脳・心臓疾患に関する労災認定基準)を目安とし、全ての医療機関でできる限り早期にこの基準以下となるための方策を記載する。
  2. 医療機関に宿日直許可状況など36協定(労使協定)の内容公開と、当直を含めた医師の就労データ収集と公開を義務付ける。
  3. 時間外労働上限が960時間を超える状況であっても、健康被害が発生した場合の労災認定基準は960時間(他職種の過労死ラインと同じ)であることを報告書に明記する。
  4. 労務管理違反に対する管理者への罰則適用を徹底し、労働者からの相談を受け付ける第三者機関を設置する。


その上で、

「働きすぎ、健康を害し、自ら命を絶ってしまった医師も現実に複数存在しています。生命を守ることを職務とする医師として、今後も同様のことが起こることは看過できません」

「長時間労働や十分な睡眠が取れないことによる集中力の低下など、勤務環境の悪化が業務の安全を脅かすことを示す多くの学術論文があり、このような状態の医師が医療を提供することは患者の安全確保の観点から大きな問題があります」

と訴え、医師の過労が患者の安全を損なう懸念を強く示した。

「行きたい診療科を諦める」「ミスや見落としが助長されてしまうのでは」

面談に参加した都内の産婦人科医は、「もともと時間外労働が支払われない働き方をしている医者も多い。その中で、医者にも上限時間を決めてもらえるのは進歩だと思っているが、過労死ラインの2倍が認められることは危ない」と指摘した。

その上で、

「1860時間が適用されたら、週5日間働いたとして、朝7時から23時まで働くことになり、長い時間集中するのは難しい。集中力の低下で手術や診断のミス、検査の見落としが助長されてしまうのではないかと不安に思う」と訴えた。

また、今年筑波大学医学部を卒業し、4月から初期研修医として働く医学部6年生は、こう不安を明かした。

「医学生の7割が働き方に不安を覚えており、働き方を考えて、行きたい診療科を諦めてしまうこともある。家族との時間が取れなくなるという先輩医師の話を聞くと、ただ不安で、人間らしい生活ができるのか懸念しています」

また、30年間、過労死訴訟を多く扱ってきた弁護士の尾林芳匡氏は、「過労死防止法に基づく啓発を積極的に行なってきた立場の厚労省が、医師だけは1860時間までは働いてもいいという間違ったメッセージを出すのは逆行しているのではないか」と伝えたという。

そして、「もしこの報告書がまとまったとしても、医師の過労死があればもちろん提訴できるし、十分認められるはずだ」と話している。