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ワクチンは人が本来持っている自然な力を活用するもの 津市の麻疹(はしか)集団感染から学ぶ教訓

三重県津市で発生した麻疹の集団感染は、「自然尊重・自然順応の教え」から「医薬に依存しない」ことをうたう宗教団体の研修会が舞台となりました。しかし、ワクチンは本当に自然に反するものなのでしょうか?  感染症専門医の今村顕史さんに解説していただきます。

三重県津市で発生した麻疹(はしか)の集団感染は、二次感染、三次感染も含めてすでに関連した感染者数が県内外で42人まで増えています

最初に多くの人が感染するきっかけになったのは、宗教団体「ミロクコミュニティ救世神教」の研修会で、同団体は22日、ホームページにお詫びを掲載しました。この研修会で感染したと見られる10代男性が今月6日、人気アイドルグループ「AKB48」の握手会に参加して、感染を広げた可能性も懸念されました。

お詫びによると、この団体は「自然尊重・自然順応の教えに従い、医薬に依存しない健康や、自然農法による安全・安心な食を基にした信仰生活を重んじておりますので、今回の感染者の中には、ワクチンを接種していない信徒もあり」と説明しています。

ワクチンを接種することは自然に反しているのでしょうか? そして、麻疹は何も手をうたなくていいような軽い感染症なのでしょうか?

感染症専門医の今村顕史さんに麻疹や予防接種の意義を解説していただきます。

まず、麻疹ってどんな病気?

ーーまず麻疹とはどういう病気なのでしょうか?

「麻疹ウイルスが感染することによって起きる病気です。とても感染力が強く、空気感染するのも特徴で、同じ空間にいるだけで空気中に漂っているウイルスに接触し感染してしまいます。今回、研修会に参加した人たちが集団感染したのはそういう理由ですね」

「また、約10〜12日間の潜伏期間があるため、感染した人が発症する時には、感染しているという自覚もないまま、すでに各地へ移動している可能性があります。これが麻疹が広がりやすい理由です」

ーーどんな症状があるのですか?

「発症した初期(カタル期)には鼻水、喉の痛み、 咳せき 、発熱などの症状があるのですが、実はこの頃が最も感染力の強い期間となります。風邪に似ているので誤診されることもあります」

「その後、頰の内側の粘膜に白いブツブツが出た後、高熱が続きます。その後合併症を起こし、重症化する人も一定程度います」

ーー重症化するとどうなるのでしょうか?

「麻疹は、症状の重くなる人が多くいるのが怖いのです。例えばインフルエンザなら、多くの患者さんは自宅療養が可能です。しかし麻疹の場合は、症状が重くなって入院を必要とすることも度々あります」

「重い肺炎や脳炎などを合併して、死亡することや、回復しても後遺症を残す場合もあります。麻疹を発症すると、1000人に一人が死亡すると言われています。妊婦が感染してしまうと、早産や死産の原因となる可能性があります」

「さらに、非常に稀ではありますが、『亜急性硬化性全脳炎(SSPE)』という合併症も起こることがあります。感染してから数か月から数年経ってから、徐々に脳神経症状が進行して死亡する重い病気です」

「このSSPEの初期には、集中力や記憶力の低下、性格変化、異常行動、歩行異常などが出現し、徐々に知的障害や歩行障害が進行していきます。そして最終的には、意識レベルが低下して、自発的な運動もなくなってしまいます」

「こうした重症化の可能性を考えても、麻疹はとても警戒が必要な感染症なのです」

打てる手は予防接種しかない

ーー治療法はあるのでしょうか?

「医療が進歩した現代でも、麻疹を直接治療する薬はありません。解熱剤などによる対症療法をして、回復を待つしかないのです」

「ただし、麻疹はワクチンによって、予防することができる病気です。予防接種によって少しでも発症しないようにしておくことが、麻疹への唯一の重要な対策なのです」

ーー今回の集団感染では、10〜20代の若者が多く感染していますね。MRワクチン(麻疹・風疹混合ワクチン)の定期接種が男女共に徹底された世代ですが、宗教団体の教えによって予防接種を受けていなかった人が多いようです。

「この年代は、かなりワクチン接種率が高くなっていますので、1つの研修会で何故これほど多くの感染者が発生したのかということが話題になりました。宗教団体の発表でその理由を知ることができましたね」

「ワクチンを接種するのかどうかは、最終的に本人の選択です。ワクチンに反対する人、接種を望まない人が多くいるということも理解しています。しかし、麻疹は、人類の歴史の中で多くの人の命を奪ってきた感染症のひとつです」

「麻疹に感染すると、免疫は大きなダメージを受け、完全に回復するまでは時間がかかります。その間は、他の感染症にもかかりやすく、そして治りにくくなります。感染症を専門とする医師として、一人でも多くの人が感染症で苦しむことがない世の中になることを願いますので、ワクチンはぜひ受けてほしいのです」

ーーワクチンを全て拒否する人もいますが、ワクチンは自分だけでなく、周りの人を感染から守る効果もありますね。

「ワクチンは、それぞれ役割や効果も違います。また副反応の種類や頻度も異なり、全てを同じように考えるべきではないのです。たとえば、インフルエンザでは、ワクチンは、重症化を少しでも防ぐのが最大の目的で、ワクチンを接種してもインフルにかかる人は多くいます」

「一方、麻疹や風疹のワクチンは、多くの人が接種することで、社会の中で流行が起こりにくい環境をつくることもできます。現在、ワクチンを接種していなくても麻疹にかかっていないのは、他の多くの人が接種してくれているからです」

「ワクチンを接種したくても、妊婦や何らかの持病で免疫低下している人など、接種したくても、できない人がいます。また、ワクチンを接種しても、十分な免疫がつかない人もいます。したがって、接種できる人がワクチンを接種することで、社会として免疫を持てない人たちにも感染しないようにする『集団免疫』を社会防衛のために作る必要があるのです」

ワクチンは自然ではない?

ーー今回、「自然尊重・自然順応の教え」に従って、ワクチンを接種していなかった信者が感染したようです。団体は「この度の予期せぬ事態に鑑み、麻疹等の感染リスクの高い疾病のワクチン接種について、今後は保健所の指導に従い、皆様にご心配をおかけしないよう対処してまいります」と言っています。

「自然派の人が、ワクチンや薬を不自然なものとみなし、『ワクチン反対』となりやすいのは、他のワクチンでもよく見られることで、理解できます。しかし、一般的な薬とは異なり、ワクチンは最終的に皆さんが本来もっている免疫を利用して、特定の感染症を防ぐものです」

「ワクチンは、個々の人が親からもらった自然な免疫が感染症を防ぐ力を利用して、病気を防ぐものです。もともと人間が備えている自然な免疫の力を強化する味方として、ワクチンを見直していただきたいと願っています」

【今村顕史(いまむら・あきふみ)】がん・感染症センター 都立駒込病院 感染症科部長

石川県出身。1992年、浜松医大卒。駒込病院で日々診療を続けながら、病院内だけでなく、東京都や国の感染症対策などにも従事している。日本エイズ学会理事などの様々な要職を務め、感染症に関する社会的な啓発活動も積極的に行っている。駒込病院感染症科のウェブサイトはこちら