• medicaljp badge

「あの人が言うことなら信じよう」という書き手がプロ 『自炊力』が人気のフードライター白央さんが大事にしていること(4)

人気フードライター、白央篤司さんの行きつけの店で飲みながら語って頂くインタビューも最終回。

記者(岩永)が、『自炊力』が人気のフードライター、白央篤司さんに行きつけの広島地酒の店「ほじゃひ」に連れていってもらって、根掘り葉掘り聞いたこのインタビュー連載も最終回。

いよいよ締めのお好み焼きを焼いてもらいながら、誰もが発信できる時代にプロとして書くことの意味へと話が広がっていきました。

いよいよ締めへ 「広島焼き」は禁句!

ーーそろそろ広島焼き行きますか。

あ! それはNGワードですよ(笑)。

(※広島県出身者は、広島のお好み焼きが真のお好み焼きという自負があるので、「広島焼き」という言葉を認めていない)

ーーすみません。意識せずに言ってしまった。

(店主の疋田さん「東京でそんなことにいちいち反応していたらキリがないから気にしていませんよ」)

ーー本当にすみません。広島のお好み焼きは、薄いクレープ状の生地を焼いて、間にキャベツを挟んでいきますね。

(疋田さん「広島のお好み焼きはキャベツが主役なんです」)

ーーキャベツが主役というのはいいですよね。粉もんというと粉が主役と思ってしまいますが。広島出身のうちのうるさい同僚からすると肉玉うどんで頼むらしいですが、どうしましょう?

僕は肉玉でそばがいいなあ、観音ねぎトッピングでお願いします。

読者が喜んでくれるものを書く

ーー白央さんのご両親は転勤族ということでしたけれども、新潟生まれなんですか?

僕は東京生まれなんですけれども、4ヶ月だけいて、その後、兵庫県に行って、宮城県に行って、埼玉県に行きました。埼玉では川越に6年住みました、地域性がしっかりあるところでしたねえ。お祭りがあって、昔ながらの街並みがあって。ウナギ屋さんが多くてね。

僕が住んでた頃はまち中に日本酒の蔵があってね。冬の朝にお米蒸して、蒸気が蔵からブワーッと出てくるのを見るのが好きだったなあ。情緒がありました。今もいろいろ面白い飲食店ありますよ。

ーー郷土料理は白央さんの重要なテーマの一つですけれども、それだけではないですね。記事を出す時にテーマはどうやって決めているんですか?

毎日料理してる中で、ふとひらめいた料理だったり素材の組み合わせだったりが「あ、これネタになるな」ってことが多いですかね。もずくとトマトが安かった日があって、「これスープにしたらおいしいな。どっちも安かったし、記事になりそう」とかね。

自分が疑問に思ったことをまずツイッターで発信してアンケートとる、って流れが最近は多いですね。

たとえば「日々の食事で面倒なことって、あなたの場合はなんですか?」とか「レシピを読んでて分かりにくいと思うポイント、どんなところですか?」とか。

そうするといろんな答えが返ってくるんです、本当に。そこでこっちもいろいろ気づくことがあって、記事に活かせますね。フォロワーさんのおかげです。

「私は本当はこういうことがやりたいんです!」と、あんまり求められていないことを頑張ると、人は離れていくんだなと思っています。

だから、私は読者が喜んでくださるものをもっと考えなくちゃなと思っています。

ーーそこで自分の書きたいものとのせめぎ合いみたいなものは感じませんか?

全然ないですね。うーん、自嘲的に使われる言葉ですが「売文芸者」なんて言葉ありますよね。

侮蔑的な言葉ですけど、私、書き手としてプロの芸者になれたら最高じゃねえかと思ってるんですね。あはは、言葉も乱れてきましたが(5杯目)。

ーーなんとなくわかります。この前私も、Twitterでお医者さんに「岩永もブン屋だったか。がっかり」みたいなことをつぶやかれたんです。でも、「ブン屋」という言葉は、私は褒め言葉として聞いちゃうんです。別に高尚な仕事ではなく、記事を読んでもらってナンボの泥臭い仕事なんだよという矜持ですね。

いいっすねえ、ブン屋。岩永さん、お酒空いてますよ。疋田さん、「雨後の月」もう1杯お願いします!

誤解を招く「栄養」の発信はもうやめないか?

ーー今、食の報道や食の記事に関して腹立たしいことありますか?

報道っていうか、ひとつの栄養素とか成分で「こんな効果が期待されます!」っての、やりすぎですね。誤解を招くこと、多いと思う。みんなすごくストレートに信じちゃうもんだなって痛感します。「だってテレビが言ってたよ」って。



楽しんで、話半分ぐらいの軽い気持ちで見てくれるならいいと思うんですがね。

信じ込んじゃう「真面目」な人っているんですよ。それこそ1つの食品を何年も食べ続けたけれど、結局有効なデータなどなかったり、数年後に全然違う公式見解が出されたり。

ちょっと暴言ですけどね、テレビで「〇〇が肝臓にいい!」とか「美容を考えるなら食べるべきは〇〇!」みたいなことを言ってる医者や管理栄養士、私はかなり胡散臭い人いるなと思っています。

でもね、やっぱり知名度上げるとかギャラの良さとかでそうなっちゃうのかもしれません。

読み手も総合的に考えられる力を

ーー発信する方が悪いのですが、見ている方が眉に唾をつけることも大事ですね。

よく言われることですけどリテラシーですよね。なんでも「※諸説あります」が付くようになっちゃっている。でも自分たちも気をつけないとですね。便利ですから、「※諸説あります」は。

ーー「玉ねぎで血液サラサラ」とか「ヨーグルトで免疫力アップ」などは染み付いてしまっていて、エビデンスがないことを知らずに、みんなまあいいのだろうと思って、なんとなく食べていますね。

ただね、そういうのがきっかけになって、「野菜もっと食べよう」とか「朝ごはんしっかり食べよう」なんてなったらいいなとは思うんです。

しかしドレッシングかけすぎて塩分が多くなったり、ヨーグルトもジャムや砂糖かけすぎたりしたら意味がないわけでね。総合的に考えられる力が必要なわけじゃないですか。

こんなこと飲み過ぎな私たちが言ってもなんの説得力もなさそうですけどね(笑)。ただ、そういう総合力、フードリテラシー的なスキル、生きていく上で大事ですよね。この力、自炊力みたいにスパッと言い切れたらいいんですけど。

しかし視聴者や読者すべてがそんなスキルを持つ、ということは残念ながらかなりむずかしい。じゃあこちら側はどうしたらいいのか。考え続けないといけないですね。

切り捨てずに、どうやって伝えるか

ーー食って本当に身近な話で、毎日、基本的に三食食べなくちゃいけない。みんなが関心を持っている分野ですが、好みや文化もあるでしょうし、これほど押し付けにならないように書くのが難しい分野もないかもしれません。

料理ってすごく自由なものなんですけど、それはある程度やってこないと、そう思えないですね。なにやるにしても最初は不自由じゃないですか。味噌汁なんかすごくそのことを感じますね。料理し始めの人に取材してきて痛感します。

ーー味噌汁でですか? 入れる具材によって無限にレパートリーが作れるのに。

いやいやいやいや。そんなふうに思えるのはかなり先ですよ。岩永さん、インスタ見てるけど料理かなりされるもんね。味噌汁なんて何を入れてもいいじゃん、て思うでしょ?

ーー味噌汁こそは、冷蔵庫にあるものなんでも放り込んでいいと思っちゃいますよね。野菜でも刺身でも肉でも。

それはもう料理経験値が積まれて、自由な状態になってるから言えることなんですよ。最初のうちって、習ったとおり、もしくは自分が食べてきたものと同じものを作りますよね。

創意が芽生えてくるのは時間がかかる。経験値上げるしかないけど、その機が熟してないうちに「自由にやってみなよ」と言ってもね、「そんなこと言われてもできない!」となるだけです。

ーー確かに傲慢な物言いに響くわけですよね。

岩永さんは医療系の記事を専門に書かれてますよね。がんやワクチンの話になると、それこそ過剰反応する人も多い印象ですが、どうですか。ものすごい激しい言葉を投げられてるのも見かけたことがありますが。

ーー最近、その人たちも不安から過激な言葉を投げかけているのだろうし、逆に私がそれに強い言葉で反論することは、「なんとなく不安」を抱えて様子をみている大多数の人を怖がらせるだけで逆効果だなと思うようになったんです。だから今、ワクチンについては基礎のきを伝える連載を準備中です。ただ、「岩永は製薬会社から金もらっている」と事実無根なデマを流す人にはきちんと反論をすることにしています。一番私が嫌うことですから。

ああ、デマを言われると困っちゃいますね。そこにはしっかり「違う」と言い続けないと。面倒ですけどそこはやらないとですね。面倒、と億劫になったら思うツボなわけですし。



いまおっしゃった「なんとなく不安」だけど、信頼性の高い資料を探して、読んで、理解するというのは大変だからなるべくしたくない……という人に有用な記事を作りたいわけです。

そういう人達を切り捨ててる部分、ありませんかね。分かりやすくだけじゃなくて、もっと読ませる工夫、引き込む工夫が必要だと思ってるんです、ここ最近ずっと。



やっぱりね、活字嫌いなひと多いんだから、文字並べてるだけじゃ、説得力のある先生に語ってもらうだけじゃいけないよなーとつくづく思う。

そういう工夫はね、残念ながら「あやしい健康食品」メーカーさんなんか見てて上手だなあ、と思うんですよ(笑)。そのへんの広告媒体も参考にしつつ、役に立つ記事作り、したいですね。あ、お酒がない。

ーーはい。お酒、頼みましょう。考えが固まっている人への伝え方は難しいですよね。本当に。何が決め手になるでしょうね。

話は飛ぶようですけど、産婦人科医のタビトラさんや江夏亜希子さんのツイートを読んでいると、性教育に関することも難しいなあ……って実感しますね。それこそ岩永さんの守備範囲でもありますが。

私はね、親友の女性が生理痛で長年苦しんでたんです。それこそもう仕事中に貧血で卒倒することもあるぐらいに。それが、ピルを処方されて「こんなに劇的に人生が楽になるとは!」と歓喜してたのを間近に見たことがあるんです。

それを知り合いの医療者と話したら、「こういう知識が共有されず、無駄に苦しい時間を過ごしている女性が多いことに私はとても忸怩たる思いがある」って聞いてね。

本当に、知らないことで損をすることってたくさんある。タウリンで疲労回復なんてこと知らなくてもいいから(笑)、もっと知るべきことたくさんあるのに変な状況になってるなーって思うんですよ。

「性教育」って言葉に替わるいい言葉、ないですかね? 避妊とか生理に関することや性感染症予防のための知識って人生において食と同じぐらい大事なことなのにね。本当に、知らないと損するから早めに知ろうよ、って十代の子に伝えられたらって思うんです。

ーーただ、どうも「脅し」による啓発は届かないらしいんですよね。「損する」というのは、は脅迫にならないですかね。

うーん、たしかにそうかもなあ。でもねえ、リスクヘッジとかカタカナだといまいちピンと来ないんじゃないかな。

『自炊力』で取材してて感じたんですけど、今の若い人は「将来の医療費をなるべく抑えたいから」という理由で自炊や栄養に関心が高いんだな、と感じたんですね。それも「損しないように」ということと同根じゃないかと。だから性に関することも同じ感じで知ってほしいですね。

個人として良心と正義を保って

きちんとした情報を得る力のある人って、国民の何パーセントなんでしょうね。リテラシーを持つことは容易じゃない。「マスゴミ」なんて言葉を見かけること多いですけど、実際マスコミの内部でもやりきれない思いしてる人も一定数いると思う。

売れるためにひどい内容の本を出版したり、それこそ最近も話題になりましたけど、社長横暴みたいな会社とかね。こういう時代だからこそ、「絶望しない力」が発信者、制作者すべてに必要な時代なんじゃないでしょうか。

私は、その人の日常発信が問われると思っています。属しているところを明らかにしつつ、みんなSNSで発信していますよね、個人として。そこでいかに毅然としていられるか。

ときに間違ったときはきっちり反省して修正をしていけるか。自分の良心と正義を大事に保っていかないと、発信者として生き残っていけないと思う。誰かしらはしっかり見てくれているはずです。

ーーそうですよね。発信者が自分の頭できちんと考えることが必要だと思います。読者の方を向いてどうあるべきか発信者個人が考える。

地味に誠実にやっていくしかない、と思いますね。とどのつまり。悪名は無名に勝る、みたいな生き方の人もいるけど、そういう人は必ずいつか消えちゃうもの。昔のホームドラマのような、ホッとできるような記事を作りたいと前に言いましたけど、自分のSNSもそうありたいんです。

怒りや社会への呪詛的なこともときに書き連ねたくなるけれど、フォロワーさんがホッとしてくれるようなものだけを上げていきたいんですね。「のんきだな、ハクオーは」「なんかのどかなTLでいいねえ、この人」と思ってもらいたい。あまりにも殺伐としてますからね、現世が。

「あの人が言っていることなら信じよう」と思ってもらえるのがプロ

ーー食に関する記事は様々なメディアにあふれていますし、今は、一般の人がブログやTwitterで自由に発信できるようになっています。そんな時代に、プロが書く意義って重くなっているのでしょうか?

岩永さん、「プロ」ってどういう意味で使っていますか?

ーーそうですねえ。私は特にデマが広がりやすく、人の命や健康にも直結する医療分野を取材しているので、その情報が正確か判断できて、取材すべき人や材料をきちんと選べる知識や技能があることがプロの条件だと思います。そして、それを読者にわかりやすく伝える最低限の技術を持っていることでしょうか。読者が読んでくれて初めて、仕事として成立するわけですから。

そうなんですね。プロっていうのは定義もいろいろでしょうが、私は「文責があること」だと思っています。

仕事は他に持っていても、すばらしいクオリティの食レポを書く人、たくさんいるじゃないですか。しがらみがない分、自由に書けるということもある。ただそれを生業として続けていくわけじゃないですよね。

名前を出してやって責任を負う、というそこのみに「プロ」という意味があると思ってます。

自分の名前のブランド化、みたいな言い方すると陳腐ですけど、「あの人が言うことなら信じよう」ということにプロの意味があるんじゃないでしょうか。

ただインスタなりSNSでのハンドルネームでそういう信頼を得ている人も多い時代。けれど彼らが実際の商売にしたときにどうなるかは分かりません。

ーー美味しく、楽しかった。今日はどうもありがとうございました。

こちらこそありがとうございました。今回の居酒屋談義、岩永さんに「私の呑みについてこられるなんてハクオーさんは貴重な存在ですよ」と言われたことが一番印象に残りました。

筆者注:私は男性にも飲み負けない飲酒量なのですが、ハクオーさんは私をはるかに上回る呑兵衛でした。

※この後、「二次会だ!」と五反田を歩いていたら、サイゼリヤを発見。私が「サイゼリヤ飲みを体験したい!」と叫び、白央さんにカスタマイズの方法を学びながら、さらに呑んだくれました。

(終わり)

【白央篤司(はくおう・あつし)】フードライター

1975年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経てフリーに。日本の郷土食やローカルフード、「暮らしと食」をメインテーマに執筆。著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)がある。メシ通、CREA WEB「白央篤司の罪悪感撲滅自炊入門」、農水省広報誌等で執筆中。公式ブログ「白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ」。Twitterは@hakuo416