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1999年がターニングポイント? 時代と共に変わる意識 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(2)

深澤さん、松本さん対談の2回目は、時代と共に変わる薬物問題への社会の反応について分析します。

ピエール瀧さんがコカインで摘発された時、「厳罰よりも治療を」とワイドショーでコメントした獨協大学特任教授でコラムニストの深澤真紀さんも世間から批判を受けました。

しかし、以前とは違う空気も感じているそうです。

深澤さんと国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんの対談、2回目は、時代と共に変わる薬物問題への反応を考えます。

確実に薬物問題に対する世間の空気は変わっている

ーー深澤さんはそれでも、薬物問題についてコメントした後の反応は、昔より良くなったとおっしゃっていますね。

深澤 今回はそう思いましたね。

松本 そうなんですか?

深澤 明日は薬物問題をとりあげるからと、前日の夜に松本さんの著書やインタビューなどを読み返して、コメントを考えていたんですね。こういう内容でコメントすると、ネットは炎上するだろうなとは思っていました。コメンテーターとしての10年で、炎上は何度かありましたから。

ところが、炎上はしても、「言っていることはわかるが、」という前置きを書く人が多かった。「え、わかるんだ」と意外でしたね。今回のコメントを5~6年前に言っていたら、もっと全面的に批判されたと思います。

当日には「フカサワ炎上。デーブでかした」という私を批判するコタツ記事(テレビやネットだけを見て、取材はしないで書く記事)は出たので、1日か2日ぐらいは批判的な論調はあったのですが、その後、J-CASTニュースリテラの記事、ギャンブル依存症を考える当事者の会の田中紀子さんの記事や、現代ビジネスの記事が出た。

今日(3月23日)の朝日新聞も、松本さんや荻上チキさんのコメントと共に、「刑罰だけでなく治療を重視すべきだ」と言ったコメンテーターがいたと書かれています。

それからもう一つ、NHKがドラマ『あまちゃん』後編のBSプレミアムでの再放送を中止したことに対する世間の反発も大きかったと思います。あの再放送は、東日本大震災で被害を受けた三陸鉄道リアス線の再開を祝い、人を励ますためのものだったのに、それをやめるという愚かしさに世間は強く反応しました。

そういうことが重なって、私に対する攻撃は最初の数日間でなくなりました。メディアの空気が変わったと思います。

薬物に厳しくてアルコールに寛容な日本

松本 その一方、後からワイドショーなどで、松本人志さんやビートたけしさんがバッシングをしました。本来、芸人さんというのは自由な価値観を持っている人たちだと思っていたのですが、すごく体制的というか、保守的な意見を言っていましたね。

特に松本人志さんは「ドーピング作品」と言って、ピエール瀧さんが出演した映画を公開してほしくないと言う趣旨のことを言っていました。もちろん、すぐに他の人から、「お前だってアルコールを飲みながら番組をやっているじゃないか」と突っ込まれていましたけれども。

日本は確かに薬物には厳しいですが、アルコールにはめちゃくちゃ寛容という文化ですね。そういうずれをあまり自覚してないと思います。

「ドーピング作品」と言ってしまったら、多くの音楽や文学がダメということになりますよね。民俗学者で詩人としては釈迢空と名乗っていた折口信夫なんかコカイン大好きですからね。

それから、「ドーピング作品」などと言ってしまうと、やはり薬物をやると素晴らしい作品ができると勘違いされてしまいます。逆に若い子たちが勝手にそう思ってしまうのが心配です。

そんなものでいいものができたら苦労はしないはずです。我々の外来に来る患者さんも才能がある人もいますけれど、当然、ない人もたくさんいるんです。

深澤 それは本当にそう思います。私も当事者であるうつや発達障害者とか、依存症の人たちとか、性的少数者とかは、「少数者ゆえに素晴らしい才能があるんだ」と思われてしまうことがある。

人々は「物語」が好きなので、そうやって聖化してしまうのですね。でもこの考え方だと、「才能のある少数者」しか許されなくなってしまう。

私が自分のうつや発達障害を公にするときに躊躇するのは、「フカサワはうつや発達障害だからこそ、その才能を生かして今の地位がある」という物語を作られることです。

実際には発達障害のために、生活や仕事もままならず苦しんでいる人も多いので、かえってプレッシャーを与えかねない。精神疾患に対しては、過剰に叩くことも、過剰に評価することもせず、治療に結びつけることが大事だと思うんです。

例えば、薬物をしていたミュージシャンは、それゆえに傑作をかけたんだとか、やめたらもう素晴らしい作品をかけないだろうとか、勝手に物語を作ってしまうことも問題だと思います。

ワイドショーに「視聴率気にするな」では届かない

深澤 朝日新聞に掲載された松本さんのコメントを読んで、「視聴率を気にするな」という言い方ではうまく届かないと思いました。気持ちはすごくわかるのですが、それを言ったらテレビの作り手や送り手は、聞く耳を持たなくなると思うんですよ。

松本 もっと、うまい言い方が必要ですか?

深澤 ワイドショーと付き合う時には、「悪者叩きという単純な物語を作って、視聴率を稼ぐな」と言うだけではなく、過剰にならない程度の「別の物語を作って、視聴率を得よう」と提案する方法はあるのかなと思うんです。

つまり、依存症の人の回復の物語は、過剰に演出してはいけないと思いますが、視聴率につながりやすいと思います。

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厚労省の依存症啓発イベントで薬物依存症の治療を続けている清原和博さんが登壇し、松本俊彦さんと対談したのを取り上げる報道や情報番組も多かった

今回、清原さんが厚生労働省の依存症啓発イベントに登壇しましたが、局と番組によって判断が分かれました。まったく放送しない番組もあったんですけれども、私もコメンテーターを務めている名古屋CBCの「ゴゴスマ」のように、長めに放送したところもあるんです。

松本さんと清原さんの対談が放映されたので、ちょうどスタジオ出演していた私は、「松本さんは薬物依存問題の第一人者だ」「清原さんがここに登場して、治療について語ることは、回復のロールモデルになるんだ」とコメントすることができました。

先日、Japan In-depthの番組に出演した元タレントの高知東生さんも、これまでいい印象をもたれていなかった彼の、今の苦しみが伝わりました。

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高知東生さんも最近、インターネットテレビの番組で松本さんと薬物依存症の治療について語った

彼の場合は薬物だけではなくて、有名女優の妻がいながら裏切っていたということでバッシングも大きかった。でも今回のように、なぜ薬物に依存するようになったかということを、彼の元妻や周囲の人々が傷つかないように注意しながら、回復の物語として伝えることもできるはずです。

清原さんやASKAさんも、家族などを巻き込まないようにしなければいけないと思いますが、ワイドショーは、彼らの回復の物語を伝えることで、視聴者の支持も得られるのではないでしょうか。

取り締まる人より、回復を支援する人たちの出演を増やせ

深澤 今回、ピエール瀧さんの報道で少し変わったのは、薬物依存症のリハビリ施設「ダルク」の人たちが、今まで以上にいろいろな番組に出演しましたね。元麻薬取締部担当官とダルクの人が両方出演することも多かったです。

スタジオに呼ばれるのが麻取の人だけだと、容疑者に対して厳しい論調になるけれど、自身もリハビリ経験のあるダルクの人が一人いることで変わってくる。

松本 今回、僕のところにも出演依頼があったのですが、注文を聞くと、麻取に対する依頼と同じようなものでしたから断ったのですね。その結果、元麻取OBばかりになって、「舞台挨拶の時に額に汗がにじんでいました」などとコメントさせて、視聴者に、「あのときもコカインをやっていたのではないか」などといった憶測をさせる結果になっています。

深澤 「鼻をよくかんでました」という周囲の人のコメントを流したり。鼻なんか花粉症かもしれないのに。

松本 新聞の投稿欄では元麻薬捜査官という人が、「ドーピング作品反対」のようなことを書き、医学的にも間違ったことを書いていました。

実は厚生労働省の中には二つの薬物問題を取り扱うセクションがあって、一つは精神・障害保健課という依存症の治療や回復支援を担当する部署、もう一つは麻取の元締めである監視指導・麻薬対策課。薬物対策、どちらが音頭をとるのかという問題があります。

深澤 仲が悪いと聞きますが。

松本 仲が悪いというか、やっていることの方向性が違うんです。かつて薬物依存症への対策は監視指導・麻薬対策課が担当していて、精神・障害保健課はアルコール依存症はやっても、薬物はノータッチだったんです。

ところが、最近は同課も薬物依存症を扱うようになって、そうした流れの中での今回の啓発活動だったのです。

そんな歴史があるだけに、精神・障害保健課が音頭をとってやった一連の啓発イベント直後にこの逮捕ですから、これは麻取の逆襲なんじゃないか、もちろん、そんなことはないのでしょうけど、そんなことを勘ぐりたくなるほどでした。

1999年がターニングポイント? 作品回収とワイドショーの政治化・社会化

深澤 今回はそれでも空気が変わってきていて、ピエール瀧さんが出演した映画『麻雀放浪記2020』の公開決定については、見る人がお金を払う映画は、テレビとは違うのだからいいのではないか、と多くのワイドショーで語られました。

そもそも薬物使用者の作品に対する自粛の流れがいつから厳しくなったのか、新聞のデータベースで調べてみたら、1999年10月4日の朝日新聞の記事で槇原敬之さんのCDを回収したと報じられています。その記事によると、1987年の尾崎豊さん、1995年の長渕剛さんの時には回収がなかったそうです。

アウトサイダーっぽいイメージだったア―ティストと、さわやかなイメージのあったマッキーの差もあったとは思いますが。

そして1990年代後半から2000年代にかけては、ワイドショーが政治や社会をとりあげるようになった時代でもあるんです。95年に阪神・淡路大震災があって、オウム真理教の事件があって、そして2001年には「ワイドショー内閣」とまで言われた小泉内閣ができた。

それまでのワイドショーは生活情報や芸能ニュースが多かったのに、大きく変わっていったわけです。「とくダネ!」も99年に始まっていますし、番組タイトル自体、ニュース志向が強いことがわかりますよね。男性司会者や、ジャーナリストや弁護士などのコメンテーターが、社会や政治に切り込む内容に変わってきたのがこの20年です。

それは必ずしも悪いことはなくて、それまでは朝から昼まで、社会や政治のことはテレビであまり流れていなかったわけです。ニュースは夜だけでした。

それが95年から社会の状況が変わり、ワイドショーが社会に問題意識を持ち、同時に“正義の鉄槌”も持つようになってしまったのだと思います。その流れの中に、槇原さんの99年の回収騒動があったのではないかと思っています。

この20年で変わったワイドショーの立ち位置

深澤 でもさすがに20年経って、ワイドショーだけではなく既存メディアの信頼は落ちています。いまだに影響力はあるけれども、一方では信用できないとも思われているわけですね。

私はワイドショーに出るようになって10年ですが、「ワイドショーが社会に鉄槌を下す」という描き方は受け入れられなくなりつつあります。

以前のように、ワイドショーが正義として高圧的にふるまえば、今はみんながネットで監視しているので炎上します。ワイドショー世論とネット世論が対峙するんですね。

ネット世論の方が、ワイドショー世論よりもさらに少数者に厳しい意見を持つこともあるのですが、ネット世論がワイドショー世論をいさめることもあります。

松本 そうは言ってもお年寄りとか、割と投票に行きそうな方たちはワイドショーを見ていらっしゃるから、やっぱりワイドショーでどんなことが語られるかというのはすごく大事な気がします。

僕らが薬物報道ガイドラインを作ったら、ネットメディアはいち早く変わったところもある。新聞も微妙な記事はありますが、あからさまにガイドラインから逸脱することはしていません。

ところが、ワイドショーは堂々と変わらぬ発信を続けています。なぜ、我々の思いはワイドショーに反映されないのでしょう。

ワイドショーを作っている人も視聴者のニーズを反映しているはずなので、それが国民の求めるものなんだと考えると、僕らは肝心なものを見落としている可能性がある。どうしたらいいのかなと思います。

深澤 そうですね。先ほど言った、ワイドショーになじみやすい回復の物語を提案していくことは大事だと思います。

そして、ワイドショーも炎上したいわけではない。ネットで炎上する人は本当は1%くらいしかいなくて、ノイジーマイノリティーであることも知ってはいるんですけれども、ネット世論からワイドショーはずれていると思われたくもない。

だから今回の場合、「作品公開を中止をしない方がいい」とワイドショーも言えたのは、ネット世論が同じ方向を向いていたことも大きかったと思います。

今ワイドショーを見ているのは中高年層で、ネットになじみがない人も多いので、ネット世論の流れは知らなくても、「とくダネ!」で小倉さんが「公開してもいいのでは」と言うなら、そうなのかと思う人も多い。

だからワイドショー世論にも、ネット世論にも、両方にで働きかけていくしかないと思っています。

沼に砂糖をまいていく作業を

深澤 私は発達障害の影響もあるかと思うのですが、子どもの頃から女性というジェンダーに上手になじむことができず、若い頃からフェミニズムを学んできました。

若い頃に、フェミニストの先輩たちと話していて、「この日本社会で、ジェンダーの平等を訴えていくのは、海に砂糖を撒くような仕事だ」と言われたことがあるんですね。

でも、それを聞いたらやる気がなくなっちゃうじゃないですか。若者に対して、「社会を変えることなんかできない」と絶望させてはダメだなと思ったんです。せめて沼ぐらいにしたい。

松本 (笑)。あまり変わらない。

深澤 いやいや、沼と海は全然違いますよ、沼は小さいししょっぱくないし(笑)!。「沼に砂糖」ならスプーン印と組んだら、ちょっとはなんとかなるかもしれないじゃないですか。どんな社会運動も、完全な理想は達成できないと思いますが、マシにするために、できることをやるしかないと思うんです。

今はリベラルな人々の多くが、「日本は終わった」とか、「日本は堕ちた」とか言ってしまっていますね。でもそれを言ってしまったら、若い人が希望を持てなくなってしまう。もちろん今の日本がいいとは思いませんが、それでもマシになっているところも、マシに変えられるところもあると思っています。

理想を持ちすぎるがために、けっきょく諦めてしまうのは、リベラルの悪い癖ですね。日本に悪いことが起こるたびに、「このまま日本はだめになる」と言っていては、若い人の支持は得られない。

折り合いをつけるところはつけていったほうがいい。もちろん、雑に折り合いをつけてもダメなので、慎重にならないといけませんが。

一つ一つの事案について、この案件についてはこの段階だから、まずはこれに手をつけていこうとか、面倒臭がらずに考えて、できることをしていくしかないと思います。

【深澤真紀(ふかさわ・まき)】獨協大学特任教授、コラムニスト 

1967年東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。いくつかの出版社で編集者として勤め、1998年企画会社「タクト・プランニング」設立。2006年に日経ビジネスオンラインで命名した「草食男子」が、2009年流行語大賞トップテンを受賞。

『ニュースの裏を読む技術ーー 「もっともらしいこと」ほど疑いなさい 』(PHPビジネス新書)、『輝かない がんばらない 話を聞かないーー働くオンナの処世術』(日経BP)、『女オンチーー女なのに女の掟がわからない』(祥伝社黄金文庫)、『ダメをみがくーー"女子"の呪いを解く方法 』 (津村記久子との対談、集英社文庫など著書多数。公式サイト

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)など著書多数。

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