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ピエール瀧さんを私がバッシングしない理由 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(1)

松本俊彦さんのラブコールで実現したこの対談。「厳罰でなく治療を」というコメントで注目された深澤真紀さんは、ご自身が精神疾患を持つ当事者として言葉を選んでいることを明かしました。

ミュージシャンで俳優のピエール瀧さんがコカインを使用していたとして摘発され、マスコミでは様々な報道がなされました。

ワイドショーや情報番組では、コメンテーターや芸能界のご意見番によるバッシングや作品の封印を求める声が繰り返し発信される中、「厳罰ではなく治療を」とコメントして炎上し、注目されたのが、獨協大学特任教授で、コラムニストの深澤真紀さんです。

これに注目したのが、薬物依存症の専門家で国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん。「ぜひ深澤さんと対談したい」とBuzzFeed Japan Medicalにお声がかかり、深澤さんが快諾してくださって実現しました。

実は、ピエール瀧さん、深澤さん、松本さんはいずれも1967年生まれで同じ年。話は世代論や日本人論にもぐんぐん広がり、これからの私たちの生き方を問い直す内容になりました。

全5回にわたってお届けします。

「厳罰より治療を」 一時ネットで炎上

対談の前にまず、深澤さんのコメントをおさらいしておきましょう。

3月13日放送のフジテレビの『とくダネ!』でレギュラーコメンテーターを務める深澤さんはまず、このように述べました。

「先日清原さんが厚労省の依存症のイベントに出てきたように今、薬物に対しては厳罰主義というよりは治療です。今回の逮捕も本人の治療につながると思うので、ただただ『仕事全部NG』とか、そういうのは変えていってもいいのかなと思うんですね。特にこういう報道があると、いままで止めていた人も絶望してまた再開してしまったり、どうしようと思っている人がこんなに厳罰になってしまうのなら隠そうと思ってますます隠してしまったり。むしろ明らかにしたほうが治療につながるんだよってことを、今日の報道ではぜひその流れで話せればいいなと思うんですけどね」

そして、「とても活躍している方だからこそ治療して、清原さんと一緒に復帰のモデルに」と期待した上で、出演した作品や過去の作品の公開・販売停止の流れについては、こう意見を述べました。

「少なくとも薬物って自分が被害者という特殊な犯罪ですし、もちろんつけたら見られるテレビについてはある程度のことは必要なのかもしれないですけれども、これを機にお金を払うようなエンターテインメントについては、しかもまだ容疑段階なのでここで全て彼の仕事を私たちが奪っていくとますます病気から治ることはできませんから。他の国でここまで厳しく薬物をやった人の仕事を全部消すという流れは減っていますからね」

これに対し、SNSなどでは「法を犯した人を被害者として扱うのはおかしい」という趣旨の深澤さん批判が巻き起こりました。

一方、J-CASTニュースリテラの記事、ギャンブル依存症を考える当事者の会の田中紀子さんのブログ記事、筑波大教授の原田隆之さんの現代ビジネスの記事が深澤さんのコメントを高く評価し、炎上は収まっていきました。

啓発事業、積み上げてきたが......

ーーまず、松本先生は、なぜ深澤さんとお話しされたいと思ったのですか?

松本 前置きが長くなりますが、2017年の1月に厚生労働省の記者クラブで、薬物依存の当事者や荻上チキさんと作った「薬物報道ガイドライン」を発表したんです。

これを作ったきっかけは、2016年6月に元俳優の高知東生さんが覚醒剤で逮捕された時に麻薬取締部の担当官に対して、「ご苦労様です。来てくださってありがとうございます」と言ったことに対するワイドショーの反応でした。

それに対して、タレントのテリー伊藤さんがTBSのワイドショーで、「本当に更生したいのだったらこういう言葉は出ない。ありがとうなんてふざけるなっていう感じがします」と言って、僕はすごく腹が立ったんです。

というのは、自分が診ている患者さんも、結構な割合で「ありがとうございました」と逮捕の時に言っているんです。「やっとこれで薬がやめられる」と思ったと言うんですね。その瞬間だけは本当に丸腰で本音を漏らしてしまうんです。

深澤 捕まって助かった、という思いでしょうか。

松本 そういう問題意識から、田中紀子さんと意気投合して、チキさんもすぐ乗ってくれて薬物報道ガイドラインを発表できました。その後も折に触れて、ガイドラインのことを伝え続けましたが、報道が変わったというよりは、著名人が逮捕されてもあまり報道されなくなっただけでした。

でも僕たちは報道するなと言っているわけではなくて、報道で相談窓口を紹介したり、回復可能な問題なんだということを伝えてほしかったんです。困っている依存症の患者さんはたくさんいるんですけれども、病院につながる人は本当にわずかなんですよ。

よく依存症の治療は難しいと言いますが、僕はぜんぜん難しいと思っていないんです。難しくしているのは社会全体が患者に刻むスティグマ(負の烙印)だし、本人の自己処罰感情も強い。そして援助者もネガティブな感情を持っているんです。

こうしたものの影響で、本人がなかなか治療につながりにくく、運良く治療につながっても中断してしまいやすい。

だから、一般の人たちの見方を変えることによって、もっと早く、捕まる前に支援につながるんじゃないかと思って、厚労省の啓発事業に3年前からかかわるようになりました。最初はあるホールでやったのですが、壇上から見えるのは知っている人ばかりでした。

深澤 そうなんですよね。いつものメンバーばかりになってしまう。

松本 それで、次の年は関心のない人を惹きつけようと思って、渋谷駅のハチ公前広場でやったんです。確かに通りがかりの人が足を止めてくれるのですが、一瞬なんですよ。

今年度は大阪のショッピングモールでアルコール依存症から回復したZIGGYの森重樹一さん、東京ではミュージシャンの大森靖子さんに登壇してもらって、ファンの人がたくさん来てくれました。

「潰れてしまった」とがっかりした時の希望のコメント

松本 そして、東京では清原和博さんにも登壇していただいたんです。

深澤 あれはすごいことでしたね、感動しました。

松本 本当に清原さんもよく引き受けてくれたなと思いました。メディアからもかなり反響があって、少し啓発が行き届いたかな、と思ったんです。ところが、その直後にピエール瀧さんが逮捕されました。

深澤 その翌週でしたよね。衝撃的でした。

松本 例によってメディアはすごいバッシングで、うわーっと思いました。この数年間頑張って積み上げてきたことが一気に潰れた、暖まってきた機運が一気に冷え込んだと思って、がっかりしていた時に『とくダネ!』で、深澤さんのあの発言があったんです。

全体が瀧さんに対してシビアな論調の中で、深澤さんが「厳罰よりも治療だ」と言ってくれて、「うおー!やった!」と思いました。田中紀子さんも同様の思いだったらしく、彼女から「深澤さんと対談すべきだ」とずっと言われていました。それでオファーをしました。

精神疾患の当事者という私の立ち位置

深澤 私もずっと松本さんの著書やインタビューを読んできたので、声をかけていただいてありがたいです。

私も自分の立ち位置をまずお話ししますと、私がこのテーマについて扱っているのは、まず私本人が精神疾患当事者だというのが大きいんですね。

私は編集者だった20代のときに、睡眠障害で国立精神・神経医療研究センターに通っていたんです。そこで深部体温のリズムに問題があって、うつ傾向もありませんかと言われて、実は私自身にもうつの自覚はありました。

でも当時の日本で、25歳ぐらいでうつで病院にかかるのは、相当ハードルが高かった。でも新聞で取り上げられ始めた睡眠障害なら、まだ相談しやすかったんです。

その後うつだけではなくて、アスペルガー(コミュニケーションに障害がある発達障害の一つ。現在はASDと分類)も診断されました。あのときに睡眠障害で相談しなければ、うつや発達障害と診断されるのにも時間がかかってしまっていたと思います。

20代からこれらの精神疾患と付き合ってきて、本当に大変でしたし、人間関係のトラブルも数々起こしてきたのですが、自分の精神疾患が早くにわかっていたことはよかったです。危ないなと思ったら、休んだりすることでしのぐことができましたから。

そして私のような編集者や著述業の仕事には、付き合いようによっては一種の強みにもなり得るんですね。

夜遅くに『とくダネ!』の翌日のテーマが知らされても、睡眠障害ゆえになかなか寝付けないのを逆手にとって、「じゃあ今日はもう寝ないで、松本さんの『薬物依存症』をもう一回読み返しておこう」という準備ができたり。発達障害の特徴の一つである集中力も、この仕事ではメリットがある部分もあります。

精神疾患は脳のウイークポイントではあるけれど、私の場合は若いときにわかっていたために、対処することができた。今は、更年期障害が加わって、またうつが悪化していますが、薬物、認知行動、対人関係など、さまざまな療法を組み合わせて、完治はないけれど何とかしのいでいるんですね。

それから私自身は飲めないのですが、周囲にアルコール依存症が多いんです。彼らの苦しみも見ていると、うつであれ依存症であれ、精神疾患は自分がその病気であることを認めない、「否認」してしまうことで問題を悪化させてしまう。だからこそ、早く認めて治療につなげることが大事だと実感しているんですね。

元々、編集者としてのテーマも、自分自身も含めた少数者という存在でした。25年ほど前には、当時話題になり始めた引きこもりの本を編集しました。世間はただの怠け者だと思いがちでも、精神疾患がある自分にも人ごとではないと思ったからです。

それから私はたばこも吸いませんが、禁煙マラソンという自助グループで禁煙に取り組む人々の本も編集して、自助グループがさまざまな依存症に効果があることも実感しました。

90年代から、少数者のケアについて当事者のひとりとして関わってきたんですね。

10年前に『とくダネ!』のコメンテーターに興味がありますかと誘われた時に、同じメディアといっても、私は少数者をテーマにした本を作るような編集者でしたから、テレビでコメントすることには悩んだんです。

「何かを言う」ためではなく、「何かを言わない」ために出る

深澤 コメンテーターの仕事を受けるかどうか考えるために、2週間ぐらい朝と昼の全てのワイドショーを録画して見てみたんです。

そこでもし私がこの場所に行くなら、「何かを言う」ために行くのではなくて、「何かを言わない」ために行こうと思いました。「何か」というのは、メディアで使われがちな「ありがちな言葉」ですね。

例えば、母親が事件を起こしたとしたらーー私自身は母親ではありませんがーーそれぞれの人に個別の事情があるわけですから、「同じ女として考えられません」などとは言うまいと思いました。

そして私は子どもの頃からオタクで、マンガやアニメや特撮が今でも大好きなんですが、連続幼女誘拐殺人の宮崎勤事件はすごくショックでした。「宮崎の部屋には漫画がありました! この漫画が事件に影響したのでしょう」と言ってしまうような流れにも乗らないようにしよう。

さらに、私がコメンテーターに呼ばれた1番の理由は、2006年に「草食男子」という言葉を作ったことですよね(2009年に流行語大賞トップテン受賞)。これも、女性と対等に付き合える今時の若者をほめるつもりで名付けたのですが、「女性に対して消極的」という悪い意味で、流行してしまった。

自分の作った言葉だけれども、私の意図とは違う若者叩きの文脈で使われて、メディアの悪い部分も、当事者として体験しました。

そしてよく言われる「社会の闇」とか「心の闇」という言葉も、よく考えたら、「闇がない人ってどこにいる?」「闇がぜんぜんない社会ってどんな社会?」って思うんですよ。

だから、ありがちなコメントを求められる流れになっても、それに乗らないためにコメンテーターを引き受けようと思いました。

信頼できる専門家の本を読み込み、当事者目線で発言する

深澤 「ありがちな言葉を言わない」ために、もともと編集者で本はたくさん読んでいますから、それぞれのテーマで信頼できる人をいつも探しています。

薬物のテーマについては松本さんだなと思っていたので、かなり以前から松本さんの著書に依拠したコメントをたくさんしています。

矢口真里さんのスキャンダルのときも、私は「これが事実なら彼女はカウンセリングを受けた方がいいのでは」とコメントしたんです。

「同じ女として、同じ妻として、許せない」というコメントを期待されているのかもしれませんが、夫婦関係のトラブルにはカウンセリングが必要なケースが多いし、発覚後はあれだけ世間に騒がれて追い詰められてしまいますから、やはりカウンセリングが必要になります。

STAP細胞問題の時も、小保方晴子さんの上司が自殺した時に、彼女も危険な状態だと思ったので、「小保方さんを守ってほしい」とコメントしました。

テレビを見ている人からは「何かというと、深澤はカウンセリング、カウンセリングというから気持ちが悪い、おかしな宗教なんじゃないの?」とすら思われているようですが(苦笑)。

二重の加害性 問題を起こす恐怖と、わかりやすく叩く恐怖

ーーそんな背景を聞いて、松本先生はどう思いますか?

松本 本当にありがたいです。特にこういう事件報道や芸能ゴシップは、袋叩きとか村八分のように、ルール守らない奴には何しても構わないという空気になる。少数者への目線がかなりなくなっていますよね。

こういう空気を見ると、「自民党政権が悪い。マイノリティへの配慮がない」とか言う人はよくいるけれど、お前らもどうなの?と思います。

深澤 単純に“悪者叩き”する人が多いですね。

とくにネット上では顕在化しやすい。「深澤は少数者目線でばかりコメントしているが、日本を弱体化するために言っているのか?」「日本を破壊するために送られてきたスパイだろう」などと本気で思い込んでいる人もいる。

ただ私自身は、いつ自分が依存症になって問題を起こすかもという恐怖もあるし、逆に“正義感”をふりかざしてしまうという恐怖もあります。

問題を起こす人になってしまうか、問題を叩く人になってしまうかの、二つの加害性を持ってしまいそうだという恐怖はずっとあります。そもそも私には、ゆがんだ正義感で誰かを叩いてしまう傾向があるんです。

松本 そうなんですか(笑)。

深澤 そうなんですよ(苦笑)。だから“悪者叩き”する人の気持ちもよくわかるんです。

それに番組やスタジオの論調に抗うのがしんどい日もあるんです。体調が悪かったりして、この“悪者叩き”の空気に乗って、「こんな人許せませんね」と言えたらどれだけ楽だろうと思うことがある。そういう時はコメントを失敗しがちなので、多くをコメントせず、スタジオの空気に深くうなずかないで、「うーん」とため息をついておくくらいにしたり。

そんな感じでなんとかかんとか10年コメントしてきましたが、コメンテーターという仕事には全然慣れないです。明日は難しいテーマをとりあげるというときは、前日はますます憂鬱です。

(続く)

【深澤真紀(ふかさわ・まき)】獨協大学特任教授、コラムニスト 

1967年東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。いくつかの出版社で編集者として勤め、1998年企画会社「タクト・プランニング」設立。2006年に日経ビジネスオンラインで命名した「草食男子」が、2009年流行語大賞トップテンを受賞。

『ニュースの裏を読む技術ーー 「もっともらしいこと」ほど疑いなさい 』(PHPビジネス新書)、『輝かない がんばらない 話を聞かないーー働くオンナの処世術』(日経BP)、『女オンチーー女なのに女の掟がわからない』(祥伝社黄金文庫)、『ダメをみがくーー"女子"の呪いを解く方法 』 (津村記久子との対談、集英社文庫など著書多数。公式サイト

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)など著書多数。

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