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ALSの患者に「時間稼ぎですか?」 文字盤コミュニケーション中、市役所職員の発言に抗議

ALS患者の介助の必要性を調査しに訪れた福祉担当職員が、患者が一言ずつコミュニケーションを図ろうとする姿に対して投げつけた言葉だった。

病気によって声を発することのできない人が道具を使って意思を伝えようとしているのに、役所の職員がからかうような言葉を投げつけたらどんな気持ちになるだろうか?

筋肉を動かす全身の神経細胞が侵され、体が動かなくなっていく進行性の難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」。

埼玉県吉川市に住むALSの患者、高田泰洋さん(43)が、訪問調査をした市役所職員に対し文字盤を使って回答しようとしたところ、この職員から「時間稼ぎですか?」などと言われていたことがわかった。

同席していた弁護士がその場ですぐ抗議したが、職員から反省の言葉は未だない。

高田さんの代理人を務める弁護団は4月15日付で中原恵人市長宛てに、「発語機能に障害のある通知人の障害特性を非難・揶揄するもので、絶対に許されざる人権侵害行為であり、強く抗議します」とする抗議声明を内容証明で送付した。

4月16日、埼玉県庁記者クラブで会見した高田さんは、文字盤を使って、「福祉課だから許せない」「ただただ、悔しかった」と訴えた。

公的な介助の必要性を調べるための訪問調査で発言


高田さんは2015年6月、ALSと診断された。現在は、一人で歩いたり手足を動かしたりすることはできず、右手の人差し指をわずかに動かすことだけできる。飲み込む機能が衰えて2017年1月から胃ろうをつけ、夜間だけマスク式の人工呼吸器をつけて生活している。

声も出づらくなったため、1年ぐらい前からヘルパーが掲げる透明な50音の文字盤の文字を、視線の動きや瞬きを使って指定し、ヘルパーがそれを読み上げることで意思を伝えている。

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文字盤で意思を伝える高田さんとヘルパーの女性

問題の言葉は、4月12日午後3時半頃、吉川市の障がい福祉課の職員3人が介護の必要度がどれほどなのか確認するため、訪問調査をした時に発せられた。

一人の職員が「今、寝返りはご自身でできますか?」という問いに対して、高田さんが文字盤を使って「できない」と答えた直後に、こう発言した。

「時間稼ぎですか?」「できないように見せているのでは?」

立ち会っていた弁護士がすぐさま抗議したが、3人は特に謝罪や反省する言葉もなく、そのまま調査を進めたという。

高田さんは、これまで再三、介護時間の増加を申請してきたにもかかわらず、1ヶ月50時間、つまり1日1時間余りの介護時間しか認められてこなかった。

気管切開による人工呼吸器をつける必要性が主治医に言われるまで病状が進行したため、介護時間の申請に詳しい弁護団をつけて今年1月24日、1日24時間、月間744時間の介護時間を申請。

4月19日に審査会が開かれるのを前に、障がい福祉課の職員が実態調査に訪れて、この発言があった。

障害に理解がない対応は死の選択に追い詰めること

ALSの人は、将来への不安や家族の負担などを重荷にして、8割の人が人工呼吸器をつけずに亡くなっている現状がある。だが、意識は病によって侵されないため、適切な支援があれば、外で活動したり、旅行したりしながら暮らしていくことができる。

人工呼吸器をつけて生活するには、度重なるたんの吸引や常時の見守りが必要となり、24時間の介護時間が認められることが必須となるが、これまで、なかなか吉川市役所は介護時間の変更申請に応じてこなかった。

今回の訪問調査でも、訪れた3人の職員は当初、家族やヘルパー中心に質問をしようとし、高田さん本人に尋ねようとさえしていなかった。

代理人弁護士の一人で、同様の壁に阻まれる障害者の介護時間申請の支援を全国で行なっている「介護保障を考える弁護士と障害者の会 全国ネット」代表でもある藤岡毅さんはこう批判した。

「担当ケースワーカーで一番、障害を理解して寄り添わないといけない人、どういう支援が必要かを調査する人が文字盤によるコミュニケーション支援に理解がなく、わざと障害が重いように見せかけていると発言するのは、全国のコミュニケーション障害を持つ人への侮辱ですし、障害者虐待防止法で言う心理的虐待。それぐらい酷い人権侵害行為だと思います」

審査会は、この訪問調査で事務局である役所の職員が作成した資料によって審査するといい、障害に理解のない職員が基礎資料を作ることに対して、こう危機感をあらわにした。

「24時間の介護が保障されていないと気管切開の決断もできない。気管切開をしないということは死を選ぶというところまで来ている」

「コミュニケーション支援にこれほど無理解な市町村の場合、死の選択に追い詰められざるを得ない状況であるということをご理解いただければと思います」

謝罪や発言の撤回、そして職員教育を求め、回答がない場合は法的な措置も辞さないとした。

「ただ、ただ悔しかった」

高田さんは会見で実際に文字盤を使って、「福祉課だから許せない」「ただただ、悔しかった」と話した。

あらかじめ用意していた高田さんのコメントは以下の通りだ。

今回の担当職員の発言を聞いた時、率直に悔しかったです。コミュニケーションに時間がかかるのは認めます。それはわざとではなく病気だからです。また、申請者である私からの話も聞こうとせず進めようとしたり、文字盤を使用すれば調査の遅延行為をしているような言われ方をされ、自分の口で抗議できないもどかしさから悔しい気持ちでいっぱいでした。

障がい福祉課に不信感しかありません。

障害を持っている申請者に対しての「時間稼ぎ」発言や、その発言に対して当事者のみならず他2名からも謝罪や発言の撤回もありませんでした。障がい福祉課全体で発言の深刻さに気づいていない意識の低さなんです。

吉川市に気づいてもらうためにも、皆様のお力をお貸しください。

「弁護士に向けての抗議の意味だった」障がい福祉課

一方、BuzzFeed Japan Medicalの取材に対して、吉川市の加藤利明障がい福祉課長は、「訪問時間が限られている中で、奥様やヘルパーの方も一緒に聞き取り調査をさせてほしいとお願いしたところ、『本人のことは本人に聞くのが筋でしょう。家族はあとで時間を取ります』と弁護士に言われたので、効率的な調査という観点から弁護士に対する抗議の意味であの言葉を言ったようだ」と話す。

重度の障害者本人と介護を担う家族の間には、認識の違いや利害対立があるケースもあり、本人が意思疎通が図れる場合は、家族に遠慮しない状態で本人に聞き取り調査をするのは当然の配慮だ。

「そういう配慮が必要なことも承知しておりますが、介護する人の家庭環境も調査の一つであり、ALSという重度の患者の調査に長い時間をかけるのはどうかという理解だった」と加藤課長は説明した。

その上で、「誤解を与えたことについては謝罪が必要なので、速やかに真摯に謝罪文を作って送らせていただきたい。市長名での謝罪になると思う」と述べた。

障害のある人のコミュニケーションについては、2016年5月、衆院厚生労働委員会参考人質疑で、ALS患者の岡部宏生さんが「質疑に時間がかかる」などとして出席を取りやめさせられたことが大きな批判を浴びた。

支援団体の抗議を受けて、参議院厚生労働委員会には出席できた岡部さんは、「率直に驚き、改善をお願いした。私のコミュニケーション方法も含めてご覧いただき、理解を深めてほしい」と訴えていた。

訂正

年間744時間は月間744時間の誤りでした。訂正します。