「令和」を「めいわ」と訳した手話通訳士 集まる注目、その背景

    「新しい元号は”れいわ”であります」と菅義偉官房長官が述べたときのこと。会見場で通訳をしていた手話通訳士が、指文字で「めいわ」と訳した。

    4月1日に新元号「令和」が発表された際、手話通訳士が「めいわ」と訳したことがネット上で話題となっている。

    手話通訳が行われたことを評価する声があがる一方で、政府側の対応改善を求める声もある。さらには時代の変化だ、と捉える人も。

    何が起きているのか。背景を取材した。

    事前に伝えていなかった?

    4月1日、午前11時41分。

    「新しい元号は”れいわ”であります」と菅義偉官房長官が述べたときのこと。会見場で通訳をしていた手話通訳士が、指文字で「めいわ」と訳した。

    リアルタイムでNHKの中継を見ていたというろう者の30代女性は、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。

    「手話通訳者が『めいわ』と表現されていたので、明治の明が使われるのか、と思ったら漢字が『令和』となっていて、珍しい読み方だなと思いました。『れいわ』という文字が出てきて『私の見間違い?』『いや、めいわと表していたよね?』と、ろう者同士でざわつきました」

    そもそも官邸の会見に手話通訳が導入されたのは、東日本大震災(2011年)のころから。その歴史はまだ、8年に過ぎない。

    手話通訳士は、内閣広報室がこれまで同様、外部に依頼していたという。

    同室の担当者は取材に対し、「聞き取れる範囲で訳したため」と説明する。

    たしかに、菅長官の冒頭の発言が「めいわ」と聞こえる、という指摘はSNS上でも出ていた。

    「元号発表のときに限らず、普段から常にどういう質問が記者からされるかわからない状況で通訳をされている。その時に出た発言を、その時に応じてできる限り通訳をしており、今回も通常同様の対応をしました」

    政府側は手話通訳士に対し、事前に新元号を伝えてはいなかったということだ。

    歴史に残る瞬間なのに…

    こうした説明に、違和感を覚える人もいる。前出の女性は語る。

    「あの場は歴史に残る瞬間。これからも永遠に語り継がれるシーンです。せめて、直前に手話通訳者に新元号を伝えるといった工夫はできなかったのでしょうか。私に周りにいるろう者たちも『誰でも平等にというのはわかるが、手話通訳には事前に伝えるべきだ』と手話通訳者に対して同情の声を寄せていました」

    また、専門家からも、同様の指摘があがっている。

    手話通訳士で愛知県立大教授の亀井伸孝さん(文化人類学)は「聞こえた音の通りに表現すればよいという方もいるかもしれませんが、現実的には困難です」と語る。

    「国家の重要な秘密だから、事前の情報提供はできないだろうという意見もありますが、私はそれには懐疑的です。例えば、官房長官が掲げていた墨書の色紙がありますが、それを事前に書いたスタッフは、事前に情報提供を受けて作成したわけです」

    「通訳者の側に事前の知識があってこそ、それを正確に再現できるのであって、今回のように、初めて耳にする造語を、リアルタイムでいきなり正確に表現せよというのは、通訳者に対する過大な要求というものです。適切な通訳環境を整えることは、情報を発信する官邸の責務です」

    官邸はなぜ、通訳士に事前に元号を伝えなかったのだろうか。この点を問うBuzzFeed Newsの取材に対し、明確な答えは、なかった。

    「守秘義務への無理解」も

    亀井さんは「手話通訳者はしばしば、こういう軽視の対象とされることがあります」と語る。

    自身も業務として手話通訳に従事する際、秘密保持や準備不足といった理由で、企業や大学から事前の情報提供を拒まれ、通訳作業に苦労することがあるという。

    政府が国家的イベントとして周到に準備したなかで起きたこの一件は、「このような現状を象徴する光景」に見えたという。

    「手話通訳士には守秘義務があります。官邸の側にその認識が欠けていたか、知っていても信用していなかったか。いずれにせよ、手話なら多少軽視してもよいという姿勢の現れであると見ています」

    一方、全日本ろうあ連盟と手話通訳士協会と全国手話通訳問題研究会は4月5日、共同声明を発表。

    誤訳やワイプに関するネット上の指摘やマスコミの取材などが、「手話通訳付き放送導入の障壁となるのではないかとその先行きを懸念しています」と指摘。

    「私たちは、内閣府が常に手話通訳者を配置していることを高く評価します」「諸々の課題は私たちや関係機関の英知により必ず解決できるものと思っています」などとした。

    4月1日は「記念日」

    亀井さんも、手話通訳士が同席していたことそのものは評価している。

    「長期にわたる関係者の要望と、政府の側の尽力によって、官房長官記者会見に手話通訳が付き報道もされるということは、望ましいことであると考えます」

    先出の女性も、やはり同じ思いを持っているという。

    手話通訳士が官邸関係に置かれるようになって、8年。こうした議論が巻き起こること事態が「時代の変化」の象徴だと捉えているからだ。

    「個人的にはこのように手話が話題になることは、喜ばしいことだと捉えています。『平成』という元号が発表された時は、手話通訳がつくことすら、考えられませんでした」

    「時代の変化を感じるとともに、今回の一件やワイプが被ったことに対して世間から注目が集まることに、令和時代の到来を感じました。4月1日は通訳者に対して事前情報を提供することの大切さが一般人たちに広まった記念日ですね」

    「令和」の手話に込められた願い

    新元号が発表された翌日、「令和」を意味する手話が日本手話研究所から発表された。

    指先を上に向けて5本の指をすぼめた片手を、胸の脇に出し、前に動かしながら指先を緩やかに開く。

    同研究所は、この手話に込めた思いをこうも説明している。

    手話は意味がわかりやすく、動作が簡単で、しかも他の手話と区別できるように、世界の和を願って工夫したものです。

    〈令和〉の手話はどなたでも自由に使用できます。この〈令和〉が障害のあるなしにかかわらず自然な形で日本はもちろん世界の人たちに愛され、普及してゆくことを願っています。

    「令和」は、手話がより身近になる時代になるのだろうか。さらに次の元号が発表されるころには、事前に手話が決められるような、そんな時代がくるかもしれない。