ライブに行く途中、高齢ドライバーに奪われた女子高生の命 友人たちは立ち上がった

    彼ら、そして母親はネット署名に何を託したのか。

    大好きだったRADWIMPSのライブに行こうとしていた日、彼女は乗用車にはねられ、亡くなった。2015年12月23日。16歳の誕生日まで、あと2日だった。

    運転手はそのとき、80歳だった。ブレーキを踏めば間に合ったものの、アクセルを踏み込んでいた。

    高齢ドライバーによる事故で奪われた、一人の女子高生のいのち。家族、そして友人はいま、何を願うのか。

    「死ななくて良いはずの命でした。娘は、みんなの中心でいつも笑っていて、何にも一生懸命な、元気で明るい子だったのに……」

    11月の東京に、54年ぶりに雪が降った日。さいたま市の自宅でBuzzFeed Newsの取材に応じた母親の稲垣智恵美さん(48)は、静かに、ゆっくりと話を始めた。

    すぐ真横には仏壇があって、亡くなった聖菜さんの写真がたくさん置かれている。中学までは新体操のクラブチームに、通っていた県立高校ではダンス部に所属していたといい、はつらつとした表情を切り取ったものばかりだ。

    「寒い季節になると、あの日のことを思い出してしまうんです」

    事故があったのは、取材をした日のように、冷え込みが激しい日だったという。

    その日、大好きだったバンド、RADWIMPSのライブを友人と見に行く予定だった聖菜さん。約束より早めの14時ごろ、家を出た。グッズを買うためだったのだろうか。

    彼女は「殺された」

    事故があったのは、最寄駅に向かう途中のことだった。

    裁判の弁論要旨などによると、渋滞道路を渡り終わって道路脇を歩いていた聖菜さんめがけて、一台の乗用車がぶつかった。

    運転手はそのままブレーキを踏むことはなく、アクセルを踏んで急加速した。聖菜さんは、鉄製のポールと車の間に挟まれ、死亡した。

    リュックの中に入っていたiPadが、事故の衝撃を物語る。ガラス部分は粉々になり、ぐにゃりと曲がったその背面には、柱の形がくっきりと残されている。

    「聖菜は、押しつぶされたんです。これは殺人だ、人殺しだと思いました」

    その叫び声は、100メートル離れたマンションの一室まで届いていたという。そう言って、智恵美さんは嗚咽した。

    「稲垣のために変えないと」

    聖菜さんの死をきっかけに、動き出した友人がいる。舟木優斗さん(16)。中学時代の同級生だ。

    「文化祭のとき、AKB48のダンスを稲垣さんに教えてもらったんです。明るくって、先に立って行動できる子で、コミュニケーションがすごいうまい子で。僕は人見知りだけど、すぐに打ち解けることができました」

    あんなに楽しく踊れたのは「稲垣がいたから」。淡々と取材に応える表情がパッと明るくなる。かけがえのない思い出。でも、その彼女はもういない。

    知人からのLINEで事故を知った。ちょうどその前日、聖菜さんとメッセージのやり取りをしたばかりだったから、信じることはできなかった。

    「身近の人が死ぬって初めてで。頭の整理がつかなかった。放心状態で、涙も止まらなくて、眠れませんでした」

    容疑者が高齢者で、アクセルとブレーキを踏み間違えていたと、ニュースで耳にした。「もっと長い人生を生きられたのに、なんでこんなので殺されちゃったんだ」と、だんだんと怒りが湧いてきたという。

    「死が報われない、何かしてあげたい」。では、どうしたら良いのか。

    調べてみれば、高齢ドライバーによる事故は各地で相次いでいた。「この現状は、稲垣のためにも変えないといけない」。そうして思いついた手段が、テレビで見たことのある「ネット署名」だった。

    死亡事故の約3割が高齢ドライバー

    警視庁のまとめた「交通事故統計」によると、2016年10月末現在、原付以上のドライバーによる死亡事故で、加害者(第1当事者)が65歳以上だった割合は28.6%(783件)だった。10年前の割合は18.3%で、増加傾向にある。

    「75歳以上」に限れば13.8%(377件)。ほかの年齢層がすべて減少傾向か横ばいだが、唯一10年前と比べて27件増えている。

    もちろんこれは社会の高齢化に伴うものでもある。免許保持者10万人ごとの死亡事故件数を見れば、16〜24歳が5.82件と一番高い。65歳以上は4.58件だ。

    ただ、認知力や運動能力が下がる高齢者の運転は危険を伴う。横浜市で小学1年生が死亡するなど、各地で高齢ドライバーの事故が相次いだ16年11月には、政府が対策を検討。来年3月からは、75歳以上の免許更新時の認知機能検査で医師の診断を義務づける。

    舟木さんは、「Change.org」で政府や政治家、自動車会社に「75歳以上の免許更新を毎年ごとにする」「事故防止に向けた技術開発」などを求めることにした。そして、こんな文章で署名を呼びかけた。

    「僕の友達が高齢者による事故でこの世を去ってしまいました。制度を変えたいので、拡散してほしい」

    100人、200人じゃどうにもならない。数万人は集めたい。そのために根気強く活動を続けようと思っていた。

    訴えは、友人たちを介して段々と広がっていった。

    署名に託した願い

    智恵美さんがこの署名活動を知ったのは、2〜3ヶ月あとになってからのことだった。当時は「生き地獄のなかで過ごしていた」という。

    「親として子どもを守れなかった。生きていることが苦しく、申し訳ないという気持ちになっていました。1、2分でも家を出る時間をずらせなかったのかと。はやく、聖菜のそばに行きたいとすら考えていました」

    そんな中で、舟木さんの呼びかけを偶然Twitterで知った。「すがりつくような思い」で、連絡を取った。「聖菜にしてあげられることなのかもしれない」と感じたからだった。

    舟木さんと話し合いをし、文言なども考え直した。署名の数はじわじわと伸びている。12月13日現在で約1万6千人分だ。

    智恵美さんは言う。

    「事故を起こしてしまう人の多くは、みんな前科も事故もなかった、普通のおじいちゃんや、おばあちゃんのはずです。車が手放せない地方の人たちもいるでしょう。毎日のように乗ってきた人もいるでしょう」

    「それでも、命より大切なものはありません。高齢者による運転は、飲酒運転のように危険だという意識を持って、考えてもらいたいんです。子を亡くした立場として、高齢者の両親などがいる同世代の方に、ぜひ考えていただきたいとも思っています」

    一方の舟木さんは、こう語る。

    「初めは、こんなことを勝手にやってよかったのかな、お母さんを傷つけないのかな、と不安でした。でも、こうやってメディアなどに取り上げられて、支援してくれる人もたくさん出てきた。間違っていなかったんだな、と思います」

    「たくさんの方々が、『これはおかしい』って思ってくれれば、稲垣の気持ちだって、少しは楽になるはず」

    死を埋もらせないためにも

    当時80歳だった運転手は自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)で現行犯逮捕され、過失運転致死の罪で起訴された。

    しかし、ハンドルを切った理由などの供述は二転三転している。さらに、「記憶にありません、申し訳ありません」とも繰り返している。

    智恵美さんは「怒りの矛先をどこに向けて良いのかわからない」と話す。

    「被告が何も説明できず、わからないことがあるほど、いたたまれない気持ちになってしまいます。親としては、何が原因だったのか、聖菜の最後はどんな様子だったのかを知りたいんです」

    いまでも、泣かない日はない。帰ってこないんだ、と受け止めないといけないのはつらい。食事だって喉は通らない。

    それでもこうして取材に応じてくれたのは、「聖菜の死を埋もらせたくはない」との強い思いからだ。

    ブログでの発信も続けている。たとえば、こんな風に。

    もう直ぐ聖菜の事故から1年経とうとしています同じような事故が、無くなるよう、願っても、高齢者による事故は、増え続けています。どうか、聖菜の事を忘れないで、裁判の経過を見守っていて下さい。

    「亡くなっても、聖菜が残してくれた友人たちが変わらずに聖菜を愛し、私の支えとなってくれているんです。がんばり屋さんだったから、私もがんばらないといけないな、と思っています」

    聖菜さんに伝えたいことはなんですか。そう聞くと、智恵美さんは一呼吸おいて、震える声でつぶやいた。

    「本当に、私の娘でいてくれてありがとう」