「ここは刑務所よりもひどい」

彼女たちは、なぜ希望を奪われたのか。入管収容者の叫び

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「ここは刑務所よりもひどい」

彼女たちは、なぜ希望を奪われたのか。入管収容者の叫び

「私たちを、助けてください」と、彼女は透明なアクリル板越しに言った。両手を合わせ、拝むようにして。その目には、涙を浮かべていた。

品川駅からバスで10分ほど。レインボーブリッジをのぞむ場所にある、東京入国管理局。ここに、557人の外国人たちが収容されていることはあまり知られていない。

収容者の多くは、オーバーステイなどによる「強制退去」の処分が下された外国人たちだ。

「仮放免」などの手続きを取らない限り、外に出ることはできない。連絡手段は公衆電話と、1回30分間の面会のみ。ほとんどの自由は奪われ、なかには1年以上の「長期収容」を強いられている人たちも少なくない。

BuzzFeed Newsは、その塀の中で暮らす女性たちに面会を申し込み、話を聞いた。

疑われた「偽装結婚」

「はやく夫と一緒に暮らしたい。彼のそばにいたいんです……」

涙をすすりながらそう語る韓国人のキムさん(30代、仮名)には、日本人の夫がいる。北関東で石工をしている男性で、知人の紹介で知り合った。

もともと日本が好きで、20代のころから観光客としてなんども訪れていた。ある時を境に飲み屋で働くようになり、そのまま暮らして6年ほどになる。オーバーステイだった。

勤務先のトラブルで、それが発覚。在留許可を求めたが「偽装結婚」を疑われ、まもなく収容されてしまった。もう1年以上が経つ。

「オーバーステイをしたことは反省しています。でも、人を殺したり、何かを盗んだりしたわけではないんです。刑務所だったら期間があるけれど、ここではいつ出られるのか、わからない。本当につらいです」

8人部屋で、プライバシーはない。家族が塀の外にいる人も多く、みな常に精神状況は不安定だ。些細なことでぶつかり合うことも、少なくはない。

弁護士を通じて2度目の「仮放免」の申請をしているが、費用はかさむ。本当に出られるのかという、不安も毎日にようにつきまとう。

「みんな不安で、いつもイライラしてしいる。それでも、いつか出られると、信じて待つしかないんです」

1日に1度、運動場に出られる時間と、公衆電話を通じた「外」とのやりとり、そして何より、月に1度の夫との面会が心の支えだ。キムさんは涙を流しながら、こう言った。

「夫婦で、幸せに、ふつうに暮らしたい。はやく、自由になりたい」

そこは、まるで刑務所だった

収容の可否を決めているのは、入国管理局だ。裁判などの手続きを経る必要はない。

入管難民法に基づいた「収容令書」で、最長60日間収容できることになっている。しかし、その後の審査次第では、いわゆる「強制送還」まで無期限に収容できる。

半年を超えると、「長期収容」と言われるようになる。なかには収容所を「はしご」する人だっているほどだ。こうした実態を人道的観点から批判する声は少なくはない。

韓国人のイさん(50代、仮名)は言う。

「もともとは収容所(ママ)があることも、知りませんでした。オーバーステイという悪いことをしたから、1度の収容で『綺麗になる』と思っていた。刑務所と同じように」

イさんには、キムさんと同様、日本人の夫がいる。北関東の工場で働く男性だ。

来日以来、飲食業を転々としていた。仕事先で偶然知り合い、そのまま付き合ったという。結婚を機に、オーバーステイを入管に申し出たが、やはり疑われたのは「偽装」だった。

「本当の結婚をしているからこそ、旦那を捨てて帰るなんてできない」

茨城県の牛久にある東日本入管に収容されたのちに「仮放免」されていたが、その後再び、東京入管に収容されてしまった。合わせて2年以上。申請などに伴う費用は、夫がファーストフード店でアルバイトをして捻出しているという。

「また入れられるとは、夢にも思っていなかったです。なんで同じ罪で……」

朝に起きてから食事をとり、点呼を受け、運動をしたりして過ごす。昼と夜ご飯は弁当だ。夜眠るまで、毎日がルーティン。気晴らしといえば、週に数度、コンビニで売っているものを注文できる機会くらい。

「6人部屋で、人間関係も難しい。同じパターンの繰り返しで、頭がおかしくなりそう」

悩んだ末の自殺未遂

イさんのように「仮放免」や、結婚などを理由にした「在留特別許可」を求めることもできるが、なかなか判断は下されない。

いつ強制送還されるかというストレスと、長期収容そのものに耐えきれず、自殺をはかってしまう人も後を立たない。中国人のヤンさん(40代、仮名)も、そのひとりだ。

「外にいた時は、よく寝てよく食べて、とても健康だったのに。ここに入ってから、ずっと苦しいんです」

もともとは中国の貿易会社に勤めていたヤンさんは、仕事の関係で日本に来た。しかし勤務先との関係がうまくいかず、飲食業に転身。そのまま十数年、オーバーステイになっていた。

「日本で死ぬまで暮らそう」と決めてきたといい、建築業を営む日本人の男性と結婚した。3年間の同棲を経た文字通りの「恋愛結婚」だが、ほかの2人同様、偽装を疑われている。

イさんと同じように、一度は牛久に収容され、その後再収容された。すでに計2年半以上。処分の取り消しを求める裁判を起こしているが、施設の職員には「99.9%負けるよ」と言われる。

「中国にはもう何もない。日本には念願の家族がある。だから、日本国籍を取ろうとも考えていたんです。私には、0.1%に賭けるしかないんです」

2度目の収容後には適応障害と診断され、外部の病院に入院していた。自殺未遂は、施設に戻って来た矢先の出来事だった。自らの首を、トイレの個室ドアにタオルでくくり付け、思い切り締めたのだ。

「あまりにも苦しくて……。ここから逃げ出したい、その一心でした」

気を失っているところ、タイ人の女性たち2人に見つけられ、ことなきを得たという。そんなヤンさんは、声を震わせながら、力なくつぶやいた。

「24時間、軟禁されているような気持ちです。いつ出られるのか、いつ強制送還されるのかわからず、毎日が不安でもう耐えられない。入管が、怖い。記者さん、どうか力になってください」

入管の状況は「過去最悪」

「入管はそもそも一時的な収容を想定した施設です。本来であれば仮放免すれば良いのに、長期にわたって収容することで、諦めさせて、帰国に追い込もうとしている」

そう語るのは、彼女たちを支援する指宿昭一弁護士だ。いまの入管が置かれている状況は、「過去最悪」だという。

「2010年には最大規模のハンストが行われて、6ヶ月を大幅に超える長期収容は一時やめられましたが、その後は再開しています。いまでは1〜2年を超える収容は当たり前になっています」

難民申請をしている人、日本に家族がいる人、そもそも送還に耐えられない病気を抱えていたりする人――。そんな、帰るに帰れない人たちを、長期収容によって苦しめている、と指宿弁護士は指摘する。

「自由を奪われ、心を病む人がほとんどです。死亡者や自殺者、未遂者も少なくありません。その後もハンストは相次いでいるのに、変化はありません」

法務省入国管理局によると、2009年以降に収容中に死亡した人は13人。うち自殺者は5人いる。

「結婚の実体があるのに『偽装』だと言い張り、収容を続けるケースもある。収容されている人たちだけではなく、その夫や妻、さらには子どもたちをも不安に追いやっているんです」

外国人をめぐる政府の「本音と建前」

取材に応じた女性たちが語る通り、刑務所ならば、ほとんどの場合は「刑期」がある。

しかし入管では、自分がいつ出られるのか、もしくはいつ強制送還されるのか、わからない日々を送らざるを得ない。すべては入管に委ねられているからだ。

「重大犯罪をしたわけでもない、単純なオーバーステイで長期な収容を強いられている人が多すぎる。厳しすぎる、というよりも制度が正しく運用されていないのではないでしょうか」

指宿弁護士は、収容者の置かれている立場をこう表現する。「刑務所よりもひどい」と。

当の入管は、長期収容の実態をどう捉えているのだろうか。警備課の担当者が、BuzzFeed Newsの取材に答えた。

「さまざまな原因があると思うが、なかでも退去強制令書が出されているなかで、日本で働きたい、住みたいという意図から送還を頑なに拒否している方がいることが原因と考えています」

「自らの意思で帰っていただくとすれば明日にでも身柄の拘束は当然とかれ、自由になることができる。本省として速やかに送還をすることによって、収容を終わらせるべきと判断しています」

一方で、病死や自殺などの「事故」については、こう答えた。

「入所者の方の心情把握をしっかりしたり、医療体制の強化をして、事故が起こらなように努めてまいりたい」

政府は6月、外国人労働者の受け入れを拡大する方針を打ち出した。人口が減少して労働力不足が叫ばれる中、産業界の要請に応じたかたちだ。

入管をめぐる現状からは、そんな政府の「本音」と「建前」がはっきりと見える。指宿弁護士は、言葉に力を込めた。

「『労働力』はほしいけれども、『生きた人間』はほしくない。人間を受け入れる以上、新たな負担が生まれるけれども、それを覚悟できず、こちらの用が済めば帰って欲しい。そんな認識が、日本の入管制度の根本にあるのではないでしょうか」