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日本に帰化した在日コリアンが、自分の言葉で伝えたかったこと

ヘイトにまみれる時代に生きる彼が、一冊の本に託した思いとは。

日本に帰化した在日コリアン。そんな自らの立つ場所から見える日常を、ブログに淡々と綴ってきた、ひとりの男性がいる。

ネット上にも路上にも「ヘイト」が溢れるようになったいまの世の中で、マイノリティである彼らは生きづらい。たとえ、「日本人」になったとしても、だ。

「僕らは在日という動物じゃないんです。普通に生きているってことを、知ってもらいたい」

金村詩恩さん(26)は、在日コリアン3世だ。書きためてきたブログを、一冊の本にまとめることになった。

不動産業を営む父親と介護士の母親、そして2人の妹がいる。そのルーツは韓国にあるが、家族全員、金村さんが小学生のころに日本国籍に帰化している。

BuzzFeed Newsの取材に、金村さんは笑顔でこう語る。

「日本人になったから、生活ががらりと変わったわけではないんです。在日コリアンであることというのは、いまでも私を構成する一部ですよ」

帰化したからって食生活は変わらない。。普段からチャンジャも焼肉も食べる。在日のコミュニティと関わることだって、独特の言葉だって、祖父母の存在だってある。

それでも、日本国籍が必要だった理由がある。

母親は国籍を理由に旅行会社に就職できなかった。おじも、在日コリアンであることを理由に、日本の私立高校をやめさせられた。

金村さんは小さいとき、警察官になりたかった。日本国籍でないと、公務員になることはできない。

差別が繰り返されないように、そして息子の夢を叶えてあげるために。金村さんの両親は帰化を選んだ。

「僕の両親や祖父母の代は、結婚や就職などでさまざまな差別を受けてきた。でも、僕らが小さいころには『在日への差別はなくなる』と言われていたんです。みんな帰化して、全員が日本人になっていく、と」

そんな未来を描いていた金村さん。しかし、日本国籍になったからといって、差別はなくならなかった。それどころか、増幅するようになったのだ。

「ネット上で、新しい差別が生まれてしまったんですよね」

現実社会にまで広がるヘイト

金村さんの言うように、日本のネット上では2000年代初頭ごろから、在日コリアンを批判したり、差別したりする書き込みが多く見られるようになった。

たとえば、一部の掲示板やまとめサイト、ニュースサイトのコメント欄では、「チョン」という蔑称が当たり前のように使われている。「殺せ、死ね、帰国しろ」といった攻撃的な言葉とともに、だ。

事件があれば「在日のせいだろう」と疑う人がいる。著名人らの「在日リスト」をまとめるサイトもある。「NHK受信料が無料になる」などのデマも一気に拡散してゆく。

さらに2010年代ごろからは、こうした言動がネット上のみならず「オフライン」の世界にまで及ぶようにもなった。コリアンタウンや朝鮮人学校などで排外主義的な抗議活動を展開する「ヘイトデモ」だ。

「在日特権を許さない市民の会」(在特会、2006年設立)をはじめとする団体が、ネット上にはびこる「殺せ」「ゴキブリ」などの言葉をそのまま発信するようになった。

デモには多くの批判が集まった。訴訟を起こされ、最高裁でヘイトスピーチが認定されたものもある。

2016年には「ヘイトスピーチ対策法」が成立するなど、反差別の機運は高まっているという背景もある。しかし、そうした団体の活動は続いており、ネット上に存在する「ヘイト」も収まる気配はない。

僕らは生きていくことができるのか

「差別はなくなる」と言われて育った金村さんは、実際は、こうした現実に直面しながら生きてきた。

高校時代。ネットを開けば、そこかしこに「在日」への罵詈雑言が溢れていた。自分が何か悪いことをしているかのような気持ちにも苛まれた。

大学時代には、小さい頃から慣れ親しんできた東上野のコリアンタウンで、ヘイト・デモが開かれるようになった。ただ、悲しかったという。

「デモを何度か、見に行ってみたことがあるんです。『死ね』という攻撃的な言葉がたくさん聞こえてきて、命の危険すら感じた。僕らがこの社会で生きていくことができるのか、不安になってしまった」

「いつかは止むだろうと思っていたけれども、そんなことはなかった。むしろ、ひどくなっていますよね。僕たちは『在日』という動物じゃない。この国で、普通に暮らしている存在なのに……」

金村さんは、在日コリアンという存在について知る人が少ないからこそ、差別やヘイトがはびこるのだと感じるようになった。

「そもそも在日の存在を知らない人も多い。一方で、知っている人は”理想”の在日像を持っている。反日めいたことを言う民族主義な人というイメージだったり、苦しんでいる可哀想な人というイメージだったり……」

「僕は、そういうところ以外で生きているんだよ、普通に暮らしているんだよって伝えたいんです。この社会の中で、僕みたいな存在が生き続けているということを知ってもらうだけで、変わることがあるかもしれないから」

何気ない日常を伝えたい

「存在を知ってもらう」手段として金村さんが選んだのが、ブログだった。自分の言葉で、等身大の自分を伝えることができると考えた。

ヘイト・デモを見た時のこと。ネット上のデマに向き合った時のこと。普段食べているもののこと、韓国の選挙について思ったこと、「在日」と名乗った時に向けられた、冷たい目線のこと……。

1年ほど前に始めたブログには、何気ない日常や、ニュースを見て感じたことなどが記されている。

金村さんにとっての「何気ない日常」は、多くの「日本人」が感じる「ふつうの日常」とは少し違うところもある。それは、金村さんがいまの日本社会において、マイノリティとしての生きづらさに直面しているからに他ならない。

批判的だったり、差別的だったりするコメントがつくこともあるが、ブログをやめることはない。続けていくことこそに、意味があるからだ。

私たちは、どこに立っているのか

共感してくれる人、シェアをしてくれる人たちが少しずつ増えるようになった。そうして編集者の目に留まり、出版が決まった。

本のタイトルは「私のエッジから観ている風景:日本国籍で、在日コリアンで」だ。ブログ名をなぞっているという。

「エッジとは、自分のなかで切実であるところ、逃げたくなるようなところ。大学時代、よく教授から『自分のエッジに立ってものを言え』と言われたんです。自分にとってそれは、在日コリアンであることだと思っています」

「自分たちが見えているものだけじゃなく、普段とは違う別の風景が存在すると、気づいてもらえたら。お互いが考えていることを大切にすれば、もっと互いを尊重しあえる、みんなが生きやすい社会になるんじゃないかなって」

批判でも、同調でも、議論でも。本を読んで何かを感じてくれた人たちと関係を作り上げていくことこそが、大きな変化への一歩になると、金村さんは信じている。

「だって、僕が間違えていることもあるかもしれませんから」

その「エッジ」から見える日常を通じて、受け入れ、考えることができれば。読者自身も、自分たちが立っている「エッジ」がどこにあるのか、気づくことができるはずだ。