なぜ夫は、交番の前で息絶えたのか。「AEDを使ってほしかった」妻の思い

    ある冬の日。タクシーで意識を失った男性が、交番前に運ばれ、そのまま息絶えました。中にあったAED(自動体外式除細動器)を、警察官が使ってくれていたらーー。遺族は、いまもそんな思いを抱えています。

    あのとき、AEDを使ってもらえれば。

    6年前のある冬の日。乗っていたタクシーの中で意識を失い、そのまま交番に運ばれた男性がいる。男性はその後、死亡した。死因は心疾患だった。

    交番の中には、AED(自動体外式除細動器)が設置されていたが、誰かがそれを使用することはなかった。

    「なぜ夫はと思うと、いまも本当に悔しいです」

    そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、東京都に暮らす山口淳子さんだ。

    夫・修さんが亡くなったのは、2013年2月4日のこと。いまでもその日の朝のことは、しっかりと覚えている。

    名古屋に出張する予定だった、修さん。「携帯、どこだっけ」「ここにあるじゃないの」という言葉を淳子さんと交わし、いつも通り家を出た。7時45分のことだ。

    「まさか、あれが最後になるなんて。大学時代から32年間一緒で、けんかは1、2度だけ。声をあらげることもない、おだやかで優しい人でした」

    家からたった、数百メートル先で

    のちにタクシーの運転手から聞いた話によると、修さんは家を出た15分後には隣駅でタクシーを拾っている。汗をぬぐいながら家の方向に向かうように頼んだのち、意識を失ったという。

    「きっと駅か電車で体調が悪くなったんじゃないでしょうか。ホームで倒れて迷惑をかけるくらいなら、とタクシーを拾って、家に帰ろうとしていたのだと思います」

    8時10分ごろ。話しかけても返事のない修さんの異変に気がついた運転手は、助けを求めようと、そのまま最寄りの交番へと向かった。

    運ばれたのは、家族で暮らすマンションから、たった数百メートル先だった。中にいた警察官は救急車を呼んだものの、応急処置を取ることはしなかった、という。

    救急車は、十数分後に到着。運ばれた病院で、修さんの死亡が確認された。死因は、虚血性心疾患だった。

    なぜAEDは、使われなかったのか

    淳子さんが交番にAEDがあると知ったのは、葬儀などが一通り終わってからのことだった。

    「いつも駅にいくときの通り道なんですが、亡くなってからしばらくは思い出すのもいやで、通ることができなかったんです。それでも通らないといけなかったときに、ふと気がついて……」

    AEDは、倒れている人の胸に装着すると、電気ショックをした方がいいか自動的に判断し、電気ショックの応急処置ができる器械だ。電源を入れると音声で指示が流れるので、特に医療の知識がなくても扱うことができる。

    数メートル先の交番にあったAEDで、数歩先のAEDで、応急措置をしてもらえなかったのか。もしかしたら、命を失わずに済んだかもしれないのに。

    そんな思いが、心の中に広がった。山口さんは、管轄の警視庁愛宕署に説明を求めた。

    とにかく、躊躇せずに

    後日、警察幹部が家を訪れた。「最善を尽くした」「落ち度はない」「脳だと思ったので、動かさないようにした」。それが、回答だった。

    担当した警察官は講習を受けていなかったと聞いた。直接話を聞くことは、できなかった。今後はAEDを使ってほしいと、強く要望した。

    長男の娘が生まれて、3ヶ月後のできごとーー。

    娘息子と一緒に飲みにいくような子煩悩の夫だったからこそ、かわいいざかりの初孫に出会えていてよかったと、いまは思う。

    夫の母親は「同じようなことが起きないために」と、AEDの講習会を受けた。しかし淳子さんは、毎年マンションで開かれる講習会に、どうしても参加することができないままだ。それでも、と言葉に力を込める。

    「とにかく倒れている人がいたら、一刻もはやく、AEDを躊躇せずに使ってもらうという意識が浸透していってほしい。それが、私たちの願いです」

    AEDは「迷ったら使う」

    警視庁はBuzzFeed Newsの取材に対し、「個別の事案につき、本件に関する当庁の見解につきましては回答を差し控えさせていただきます」と回答した。

    AEDに関しては、本部やすべての警察署に120台、すべての交番・駐在所に1192台の、計1312台を設置しているという。そのうえで、以下のようにもコメントした。

    「AEDに関する研修につきましては警察学校の採用時教養において、学生に対し行なっているほか、各警察署では、年1回以上訓練を行うなど、ほぼすべての警察官が研修などを受けております」

    もちろん、AEDを使うことができる人は、講習の有無には依らない。誰だって、迷ったらすぐに使うことができる。

    立川病院病院長で日本AED財団理事長でもある三田村秀雄さんは、2017年に野球部マネージャーの女子高生が練習で走ったあとに死亡した問題があった際、BuzzFeed Medicalの取材にこう語っている。

    「心停止をしていない人に心臓マッサージやAEDを行なっても大きな問題は起こりませんので、迷ったらとにかくすぐに開始してください。電気ショックが1分遅れるごとに救命率が7〜10%低下します」

    「通常、10分過ぎるとほぼ絶望的と言えますが、救急車が到着するのは、倒れてから10分以上たっていることがほとんどです。あなたが迅速に対応することこそがその人の命を救う鍵となります」

    AEDに関する使い方や、AEDが手元にない場合の心臓マッサージの方法は、こちらから。