心から愛している。だから、新婚生活中に捕まった夫を待ち続ける

アクリル板越しに見つめ合い、涙を流す日々が続く。あの日から、手を触れることすらできない。

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心から愛している。だから、新婚生活中に捕まった夫を待ち続ける

アクリル板越しに見つめ合い、涙を流す日々が続く。あの日から、手を触れることすらできない。

入国管理局に収容されたクルド人の夫を待ち続ける、日本人の女性がいる。

「行ってらっしゃい。愛している」。収容前、これが彼と交わした最後の言葉だった。

アクリル板越しに見つめ合い、会話をする日々が続く。手を触れることすらできない。幸せな新婚生活から切り離されたいま、妻がBuzzFeed Newsに思いを語った。

男性は、トルコで生まれたクルド人のウチャル・マズルムさん(22)。東京都品川区の東京入国管理局に収容されている。

クルド人は、トルコ、シリア、イラク、イランにまたがる山岳地帯に暮らす民族だ。総人口は4000万人ほどと推定される。国境線が民族分布と無関係に引かれたため、自らの国家を持っておらず、「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれる。

そして、どの国でも「少数民族」として、差別や民族運動の弾圧などにさらされてきた。

トルコは伝統的に、クルド人を含めた全国民を「トルコ人」として同化する政策を続けてきた。そのため、クルドの独立運動は激しい弾圧を受けた。

ウチャルさんは、そういう環境で育った。周囲の仕打ちはひどかったという。小学校でいじめに遭い、中学校に進学したが中退した。

来日したとき、16歳だった

自宅の近くでは、トルコ軍と、クルドの分離独立を求めるクルディスタン労働者党(PKK)との戦闘が勃発。1人でトルコを逃れ、約2年間にわたってシリアの難民キャンプで生活した時期もある。

その後、トルコに戻ったが、徴兵制をとるトルコ軍への入隊時期が迫ってきた。

「同じクルド人に銃を向けたくない」「前線に送られ、命の危険がある」といった理由で、すでに日本で暮らしていた親族を頼りにトルコを脱出し、来日した。

その時、わずか16歳だった。

交際、そして結婚。しかし...

トルコ国籍の人は、短期滞在であれば事前にビザを取得せずに来日できる。このため、トルコ在住のクルド人が日本を目指すケースは少なくない。

ウチャルさんも、この方法で入国した。埼玉県にはいま、約2000人のクルド人が暮らしている。

来日後に難民申請を出したが、却下された。しかし、「仮放免」となり、入管への収容は免れたため、埼玉県で家族と生活することになった。

「仮放免」の場合、就労ができないほか、県外に無許可で外出できない。こういう状態で暮らすなか、2017年2月に妻(26)と偶然、出会った。

妻は、こう振り返る。

「彼の誘いはしつこくなく、子どもや高齢者にもとても優しく接していました。人柄や性格に惹かれたんです」

「外国人と付き合った経験がなく、少し怖いなと思う部分もあったけれど、デートを何回も重ねるうちに全てなくなりました。それで3月に告白してもらって、快くお付き合いを始めたんです」

ウチャルさんは、クルドの問題や、自由に行動できる在留資格ではなく「仮放免」であること、入管に収容される恐れがあることなど洗いざらい話した。そうした姿勢が「すごく大きかった」と妻は言う。

2018年9月19日、交際をスタートして1年半の記念日に結婚した。地元の役所に婚姻届を出した。入管側にも届け出た。

だが、新婚生活から2カ月経つことなく、その年の11月にウチャルさんは収容された。

当時、妻は幼稚園の教諭として働いており、仕事中に入管の公衆電話でウチャルさんから報告を受ける。そして、2人して泣き崩れた。

考えられる収容理由

入管から収容理由の明確な説明は、今もない。

考えられるのは、交際中に「仮放免」の許可条件に違反したことだ。

どういうことか。

結婚前の5月、妻が高熱を出した。その時、看病する家族がいなかったという。その知らせを受けたウチャルさんは、心配のあまり埼玉県の自宅を車で飛び出し、妻が当時、暮らしていた神奈川県内のアパートに向かった。

しかし「仮放免」の場合、居住地がある都道府県から出る際は、事前に入管に申請をして許可を得る必要がある。例えばJR川口駅(埼玉県川口市)周辺に住む人が隣駅の赤羽駅(東京都北区)に行くにも、許可が必要なのだ。

ウチャルさんが車を運転したのは夜間。入管の業務時間外だった。だから、「無許可」で埼玉県を出てしまったことになる。

なぜ、条件違反が入管の耳に入った可能性があると考えるのか。

看病を終えた帰り道の高速道路で、ウチャルさんはスピード違反で警察に交通切符を切られた。これで警察から入管側に何らかの連絡が入ったのではないか、と妻は推測する。

ただ、入管に収容されたのは、その日から半年以上経った後だ。その間、「仮放免」の延長手続きや、結婚の届け出のために複数回、入管を訪れていたが、何もなかった。

だが、昨年11月に改めて「仮放免」の延長手続きのために出頭した際、突然、収容されることになったという。

「仮放免」とは、これほど不安定な立場なのだ。

収容されると、いつ出られるかは分からない。全ては入管の判断となるためだ。

例えば刑事事件を起こせば、裁判で何年の懲役になるかが決まっている。だが、入管での収容は、刑務所と同様に自由が奪われる一方で、いつ出られるのか全く見通せない。

希望の見えない状況に、2人とも強い疲労感を感じているという。

1回30分間だけの面会

いま、2人が会話をする手段は入管内の公衆電話、もしくは平日の1回30分間だけ許される面会しかない。

収容当時、妻は幼稚園の教諭だったが、2019年3月末に退職し、全く異なる業界の企業に転職した。

天職だと思うほど好きだったが、ウチャルさんとの面会を継続するにあたり、児童とその家族、職場にこれ以上、迷惑をかけられなかったからだという。

いまでは週1日、半休を取らせてもらう形で面会に訪れている。妻は涙を流す。

「もっと彼の顔が見たいです。1週間でたった30分間って決められている時間ですし、会う日はすごい楽しみです」

「実際に会って彼の笑顔を見ると安心します。けれど、目の前にいるのに触れられないことも辛いですし、収容されている現実が辛すぎて、嬉しいのに、悲しい気持ちも湧き上がります。いつも彼の前で泣いてしまうんです」

取材中、妻がスマートフォンでウチャルさんの写真を見せてくれた。明るく、元気そうな姿があった。

妻が面会で訪れても、面会室にカメラやスマホを持ち込むことは許されず、金属探知機まで設置してある。彼の今の姿を撮影して手元に残すことができないため、「昔の写真をよく見るんです」と、ポツリと言った。

万が一のことをしっかりと話し合い、覚悟したうえでの結婚だった。

だが、いざ収容されると、夫を奪われたような喪失感と、このまま収容を続けられるのではないか、トルコに強制送還されるのではないか、といった不安に苛まれる。驚くほど、時の流れが遅く感じる。

「彼が捕まってから半年といっても、4、5年に感じるくらい。家でも毎日のように泣いています」

「本当に愛している」

ウチャルさんを献身的に待ち続ける妻は、友人やかつての職場の同僚から「まだ若いんだから、もう待つのをやめなよ」「(妻のことを)真剣に考えたら、応援するとは言えない」と離婚を勧められたこともあった。

それでも決して考えはブレず、離婚を考えたことはないという。

「彼が本当に愛してくれるのがわかるんです。ビザのために結婚したわけではないって確信できるから、頑張れるんです」

「今でも結婚が間違っていなかったと思います。なんなら収容前に結婚して良かったと思っているくらいです。彼の身元保証人になれましたし」

初めての結婚記念日を前に

ウチャルさんがトルコに強制送還されれば、どんな仕打ちを受けるかわからない。日本には、永住権を持ったウチャルさんの家族も多いといい、2人は日本で暮らすことがベストだという認識で一致している。

しかし、収容されてからこれまで2回、「仮放免」の許可を申請したが、通らなかった。

9月19日には、初めての結婚記念日を迎える。結婚式を挙げ、新婚旅行に行きたいとの2人の夢は叶っていない。

現在申請中の「仮放免」の申し出が通らなければ、結婚記念日には一緒に外で過ごすことはできないだろう。

別人になったウチャルさんが面会で告げた言葉

BuzzFeed Newsは、妻とともにウチャルさんに面会した。

面会室に現れたウチャルさんは、目に見えてやつれていた。口元は笑みを浮かべていたが、優しそうな目は笑っているようには見えなかった。

ウチャルさんは、悩むと食事を取れなくなり、睡眠時間も少なくなってしまう性格だという。自由がなく先が見えない入管での収容で、痩せ細ってしまったのだ。

写真のウチャルさんといまの彼が同一人物だとは、誰が見ても思わないだろう。過酷な環境に置かれると、人は半年でこれほどまでに変わるのかと驚かされた。

ウチャルさんの妻は言う。

「以前はすごく筋肉があったんです。でも収容されてから、11キロ痩せました。頬はこけ、脚は細くなり、肌はもっと白くなって病人みたいになってしまいました」

「それに、心から笑わなくなり、作り笑いをするようになったんです。私や家族を不安にさせないように」

ウチャルさんはトルコには絶対に戻りたくないと語り、BuzzFeed Newsに「心が痛いです。奥さんに申し訳ないです」と心情を明かした。

そして、「自分より大切」だという妻に向かい、変わらぬ思いを伝えた。

「これからも一緒に生きたい。おじいちゃんになっても一緒にいたい。生まれてきてくれて、出会ってくれて、一緒に生きてくれてありがとう」

面会を終えた妻は、声を詰まらせた。

「彼を心から愛しています。安心して生きられる日本で、一緒に暮らしたいです」

「今は、1人でも良いから入管の職員さんの心が動いてくれたら良いなと思っています。でも、いったいどうしたらいいんですかね」


極度に厳しい日本の難民認定

クルド人は欧米など各地で、難民として認められ、一定の保護を受けている。

日本はどうか。法務省が発表した2018年の難民申請状況によれば、難民認定申請者は1万493人。一方、難民と認定されたのは42人だった。このうち、トルコ国籍のクルド人を難民と認定したケースはゼロだった。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の2017年のデータでは、ドイツは14万7千人、米国は2万6千人、フランスも2万5千人を難民と認定している。日本の難民認定数はそもそも、文字通り桁違いに少なく、日本に助けを求める人々が難民と認定されるには、極めて高い壁がある。

そして、難民問題に詳しい弁護士ら複数の専門家によると、日本がトルコ国籍のクルド人を難民認定した例はこれまで確認されていないという。

その理由を弁護士らは「日本とトルコの政権同士の友好関係を考慮したのではないか」と推測している。2018年には、シリアの内戦を逃れてきたクルド系シリア人の男性も東京高裁で難民認定を求める訴えを却下された。

この男性の兄弟2人はすでに、シリアからたどり着いたイギリスで難民として認定されている。男性はシリアから欧州への渡航に失敗し、経由地の日本で難民申請をしていた。

日本人と結婚していても収容?

収容や「仮放免」にあたり、入管は日本人の配偶者がいることを考慮しないのか。

「考慮はされるけれど、決定的な理由にはならない」

そう語るのは、全国難民弁護団連絡会議代表の渡邉彰悟弁護士(いずみ橋法律事務所)だ。

心から愛し合って結婚したとしても、在留資格目的の「偽装結婚」や、ビザの期限が切れる直前に結婚する「駆け込み婚」を入管に疑われ、収容される可能性があるという。

入管は「在留資格がない人は逃亡の可能性がなくても収容する」という「全件収容主義」をとっている。難民申請中の人が収容されることも珍しくなく、欧米とは大きく異なる。

渡邉弁護士は「最近の入管の状況からすれば、仮放免は難しくなっています。収容者の身体的・精神的状況が、相当悪くならないと認められません」とみる。

「入管的には、やりたい放題をやっても大丈夫という思いがあるのではないですかね」


6月20日は世界難民の日。BuzzFeed Newsはさまざまな角度から、難民を巡る状況を報じています。