イギリス保守党は、なぜお騒がせ者を次の首相に選んだのか。

    国の命運を託されたのは「イギリスのトランプ」とも呼ばれるボリス・ジョンソン前外相だった。新たな宰相は、イギリスをどう導くのか。国内外の反応と「ブレグジット」の今後について、在英ジャーナリストの小林恭子さんに話を聞いた。

    イギリスの与党・保守党は7月23日、党首選でボリス・ジョンソン前外相が勝利し、新たな党首になると発表した

    首相就任は24日。EUからの離脱(ブレグジット)の行き詰まりから辞職に追い込まれたテリーザ・メイ首相に代わり、迷走する国の舵取りを担う。

    ブレグジット強硬派のジョンソン氏が新首相になることで、イギリスはどうなるのか。一部には「短命政権になる」との見方もあるという。

    国内外の反応と今後の見通しについて、在英ジャーナリストの小林恭子さんに話を聞いた。


    新政権は「短命」との見方も

    ――ジョンソン氏の首相就任で、ブレグジットは実現に向かって前進するでしょうか。議会との関係など、懸念点はありますか。

    「ジョンソン政権が短命になる」という見方があります。

    ジョンソン新首相は、「10月31日までに、何としてもEUから離脱する」と宣言していますが、それには議会内で合意が取れることが必要です。

    そのためには、議会が合意する離脱協定案を提出することが求められます。これまで3回も議会で否決された協定案の「どこか」を変える必要があります。

    しかし、この離脱協定案はすでにEU側とメイ政権で合意したものです。これを下院が承認する段階でつまづいているわけです。EU側は再三にわたって「協定案は変えるつもりはない」と述べています。

    ――メイ首相と同じく、EUと議会の板挟みに合う可能性もある。ジョンソン新首相は、具体的に協定案のどこに手を入れたがっているのでしょうか。

    ジョンソン氏は、協定案と一体化した巨額の清算金(EUへの供出金)の支払いを覆すと言っています。また、いわゆる「バックストップ」も取り除きたいと述べてきました。

    解説:「バックストップ」とは?

    現在、北アイルランドとアイルランドは、共にEU圏内のため、行き来は自由です。ところが、イギリスがEUを離脱すれば、物理的な国境(ハードボーダー)を設けざるを得ません。


    それを避けるために考えられたのが、政府の離脱協定案にある「バックストップ」条項でした。


    イギリスはEU離脱後の移行期間(2年間)で、今後EUとの通商関係をどうするかを決めることになります。


    この期間内でEUと合意できなかった場合も、北アイルランドとアイルランドの間にハードボーダーができないようにする。これがバックストップ条項です。


    これによると、イギリスはEUとの間で、一種の関税同盟を結び、北アイルランドはイギリス国内でありながら特例的に「EU単一市場」のルールの一部を取り入れるとしています。


    メイ政権は、北アイルランドとアイルランドの国境管理や人・モノの往来を、現在と同じくスムーズにすることを狙ったわけです。

    (BuzzFeed News「混迷のイギリス政治、次期首相レースは離脱強硬派に勢い 背景に新興右派政党の存在」より)

    議会が合意する協定案をまとめなければ、時間切れ(10月31日)で否応なしに「合意なき離脱」になってしまいます。ジョンソン氏は、これも辞さないことを明言しています。

    そのためには、政府の権限で(10月末に)議会を強制的に閉会する(議論をできなくする)ことも考慮していると伝えられています。

    ――ジョンソン新首相が総選挙に打って出る可能性はありますか。

    現在、保守党は下院で過半数の議席を持っておらず、北アイルランドの地方政党「民主統一党」(DUP、10議席)に頼っていますが、DUPは今のままの「バックストップ」が入った離脱協定案には賛同しない方針です。

    また、来月には補欠選挙があり、ここで保守党が議席を失うと、また立場が弱くなります。

    ブレグジットをスムーズに実現するとして、果たしてどんな「奇跡」が起きるのか…?という感じです。

    ブレグジットの進展が遅くなることで、ジョンソン氏が総選挙に打って出る可能性は捨てきれません。

    また、「合意なき離脱」に突き進んだ場合、議会が内閣不信任決議を提出し、総選挙となる可能性もあります。

    ――仮に総選挙になった場合、ジョンソン新首相の保守党は勝てるのでしょうか。

    保守党の支持率には、陰りが見えています。

    ブレグジットを実現できない保守党と、どっちつかずの野党・労働党を尻目に、「合意なき離脱でも構わない」というファラージ氏が率いるブレグジット党が躍進する可能性があります。

    ブレグジット党は次の総選挙で下院進出を狙っているとみられ、支持者も急速に増えています。今後、躍進する可能性もあり得るため、保守党も労働党もかなり警戒しています。


    「ボリス圧勝」でも、保守党は一枚岩ではない。

    ――ジョンソン氏の首相就任について、イギリス政界の反応は。

    保守党の党首選(投票率:87.4%)では、ジョンソン氏は9万2153票、対立候補のジェレミー・ハント外相が4万6656票。ジョンソン氏が6割以上の票を獲得しました

    しかし、保守党内は一枚岩ではありません。

    首相候補の一人だったマイケル・ゴーヴ環境相は「保守党が結集し、ブレグジットを実現する時が来た」と祝福のツイートをしています。

    Congratulations @BorisJohnson - you ran a brilliant campaign! Time for Conservatives to come together and deliver Brexit.

    ゴーヴ氏「おめでとう、ボリス・ジョンソン。素晴らしい選挙戦だった。保守党が結集し、ブレグジットを実現する時が来た」

    離脱強硬派のスティーブ・ベーカー議員は、「新たな首相が、ブレグジットを必ず実現させてくれる」と、ジョンソン氏支持を表明。

    フィリップ・ハモンド財務相は祝福のコメントをしつつ、合意ある離脱に向けて努力をするなら支援するとツイートしています。

    Congratulations @BorisJohnson! You have said very clearly that you are determined to do a deal with Brussels - and you will have my wholehearted support in doing so. Good luck!

    ハモンド財務相「おめでとう、ボリス・ジョンソン。君はブリュッセル(EU)と取引をすると明言していた。君がそうすることにおいて、私は心からの支持する。幸運を祈る」

    ただ、ハモンド財務相は、すでにジョンソン新政権には参加しないと明言しています。

    “I’m going to resign” The chancellor Philip Hammond tells #Marr that he is going to hand in his resignation to Theresa May this week #Brexit https://t.co/PpcNG358T3

    ハモンド氏「私は辞任するつもりだ」

    他にも現閣僚のうち、数人が新政権には入らないと表明。すでに辞任した人もいます。

    また、元教育大臣のジャスティン・グリーニング氏は「合意なき離脱はイギリスに大きな損害を与える」と、ジョンソン氏を牽制しています。

    ――最大野党・労働党や、保守党内の離脱派が伸長した背景となったと小林さんが分析した新興政党ブレグジット党の反応は。

    労働党のジェレミー・コービン党首は、ジョンソン氏が総選挙を経ることなく首相に就任したため、「イギリス全体の支持を得ているわけではない」と指摘しています。

    またコービン氏は「合理なき離脱」について、「雇用削減、物価上昇、国民医療サービスがアメリカに売却されることにつながる」と批判。「イギリス国民が次の首相を総選挙で決めるべき」と訴えています。

    Johnson’s No Deal Brexit would mean job cuts, higher prices in the shops, and risk our NHS being sold off to US corporations in a sweetheart deal with Donald Trump. The people of our country should decide who becomes the Prime Minister in a General Election.

    コービン氏「ボリス・ジョンソンは、富裕層の減税を約束し、銀行家の友達だと喧伝し、合意なしの有害なブレグジットを推進し、10万人以下の非代表的な保守党員の支持を得た。しかし、彼は国の支持は得ていない」

    「雇用削減、物価上昇、国民医療サービスがアメリカに売却されることにつながる」

    ブレグジット強硬派である、ブレグジット党のファラージ党首は「ジョンソン氏が約束したように10月31日までに離脱するべき」「保守党の命運がこれにかかっている」とコメントしています。

    I wish @BorisJohnson well as Prime Minister with his do or die pledge to deliver Brexit on October 31st. Does he have the courage to deliver?

    ファラージ氏「彼にその(10月31日にブレグジットを実現する)勇気はあるのか?」

    ――EU圏の反応はどうでしょうか。

    フランスのマクロン大統領は「ともに働けることを楽しみにしている。ブレグジットばかりではなく、イラン問題でも」とコメントしています。

    イギリスとの国境問題が懸案となっている、アイルランドのサイモン・コベニー外相は、ジョンソン氏が新首相になることで「合意なき離脱」に進むことを警告していましたが、23日には「(ジョンソン氏と)建設的に働きたい」とツイートしています。

    Congratulations to @BorisJohnson on becoming leader of the UK Conservative Party - we will work constructively with him and his Govt to maintain and strengthen British/Irish relations through the challenges of #Brexit 🇬🇧🇮🇪🇪🇺

    コベニー氏「我々は、ジョンソン氏と彼の政府と建設的に働き、イギリスとアイルランドの関係を維持し強化したい」

    We look forward to working constructively w/ PM @BorisJohnson when he takes office, to facilitate the ratification of the Withdrawal Agreement and achieve an orderly #Brexit. We are ready also to rework the agreed Declaration on a new partnership in line with #EUCO guidelines.

    EUのミシェル・バルニエ首席交渉官は、「ジョンソン新首相とともに、離脱協定の批准と秩序あるブレグジットが実現できることを楽しみにしている。我々はすでに、EUのガイドラインに沿って、新たな関係を形成する宣言の合意に向けて、働く用意ができている」と、再交渉を否定する内容をツイート。ただ、「合意なき離脱」へのリスクは高まっている。

    ジョンソン氏「我々は国を活性化させる」と胸を張る

    "I say to all the doubters: Dude, we are going to energise the country, we are going to get #Brexit done" New Tory leader Boris Johnson says as PM he will bring "a new spirit of can-do" to the country #NextPrimeMinister updates: https://t.co/BOPyRfVXUI

    ――反応はさまざまですね。それでもジョンソン氏はなぜ支持を集めた背景には、なにがあるのでしょうか。

    個人的には、ジョンソン氏の保守党議員向けの勝利スピーチを見ていると、いつものようにジョーク混じりで、聴衆を笑わせていたと感じます。

    悪評も高いジョンソン氏ですが、その場を明るくすることに長けた天才でもあります。

    国を一つにまとめ、ブレグジットを実現することが目標としつつ、自分には「活性化する(エネジャイズ)」の仕事もあると言っています。

    どのような「転がり方」をするにせよ、「国民を納得させ、幸せにしてくれるのではないか?」と、そんな期待を持たせる政治家です。

    だからこそ「選挙に勝てる」とみた保守党員が彼に票を入れて、ジョンソン氏が党首選を制したのでしょう。

    冷静に見れば、ジョンソン氏には悪条件ばかり揃っているし、嫌う人も多いですが、「一発逆転」の夢を見せてくれる人物が首相になったとも思うわけです。

    外野が何と言っても、保守党員は「希望」と「夢」を彼に託したのだと思います。


    *小林恭子(こばやし・ぎんこ):在英ジャーナリスト。英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現Japan News)の記者を経て、2002年渡英。政治やメディアについて多数の媒体に寄稿。著書『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中公選書)。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。