NHKドラマ「腐女子、うっかりゲイに告る。」が口コミでじわじわと話題を呼んでいる。
コメディタッチのタイトルに反して、ゲイの高校生の息苦しさをリアルに、丁寧に描き出し、「何気なく見始めたのに、いつのまにか毎週真剣に見ている」など熱のある感想が寄せられている。
「女子的生活」「弟の夫」など、近年のNHKドラマは性的マイノリティーが登場する話題作が目立つ。今クールは、他局でも性的マイノリティーを描いたドラマが多い。
NHKドラマ部はいま、時代の流れをどう捉えているのか? 制作統括の清水拓哉さん、演出の上田明子さんに聞いた。
――ドラマだからこその要素といえば、クイーンの音楽です。原作では各章のタイトルが曲名になっていますが、ドラマでは曲自体がドラマティックに流れるのでパワーを感じます。
上田:それは本当にそうですね! 読了後、あらためて曲を聞いて「純くんの頭の中にはこんなにアツい音楽が流れていたんだ」と驚きました。
清水:上田はあんまりQUEEN聞いたことなかったんだっけ?
上田:はい、「ドンドンパッ」くらいしか。
清水:「ウィー・ウィル・ロック・ユー」ね(笑)。
上田:はい(笑)。反響を見ていると、私のように「初めてちゃんと聞いた」という方も多い気がしますね。映画『ボヘミアン・ラプソディ』より前でしたし。
清水:そうだ、それは大事……この企画を進めていたのは「ボヘミアン・ラプソディ」より前かつ「おっさんずラブ」より前で、決して流行りに便乗したわけではありません、とこの場を借りて伝えさせてください。
――結果的に、ちょうどいいタイミングでしたね。
清水:僕はバンド少年だったのでクイーンは大好きでしたが、あらためて歌詞をじっくり読むのは初めてで、新鮮でした。
ドラマの力を見せられるとしたら、音楽との相乗効果かなと思っていましたし、想像以上にハマってよかったです。
――脚本は、劇団「ロロ」の三浦直之さんが手がけています。
上田:もともと「ロロ」が好きでよく観ていたんです。三浦さんは、高校生の日常にあるエモーショナルな一瞬を描くのが本当に上手なんですよね。
「恋人」「家族」とは少しはみ出した、名前のない関係を描いていることも多くて。ぜひお願いしたいな、と私からオファーしました。
清水:三浦さんを彼女が発見してきたことが本当にうれしくて。僕が大河ドラマ「真田丸」(2016年)をやっていた時に、上田は助監督をやっていたんですよ。大河ドラマの助監督ってすごく大変で、家に帰れないくらいなんですよね。
上田:あはは。大河の前の、朝ドラも大変でした。
清水:みんな、こなすだけでいっぱいいっぱいになっちゃう。でも、ドラマ部としての豊かさ、クリエイターとしての豊かさを保つためには、目の前の偉大なルーティーンにかかりきりになるのは絶対よくないんですよね。
特に大河や朝ドラは、ある種の期待や制限を受ける枠ですから、発想を狭めかねない。
上田はじめ若手メンバーたちに「助監督の仕事だけやっちゃダメ」「早く帰れるように人を増やすから、違う時間の使い方をしてくれ」と口を酸っぱくして言ってたんです。
――素晴らしい上司じゃないですか……!
清水:僕自身が、早く帰りたいですからね(笑)。彼女はその時間にせっせと若い演劇を観て、学んできたんです。週2本くらい観てたよね?
上田:そうですね。週2〜3本、お芝居観ていたと思います。
清水:そうやって培ってきた人脈や知見が素晴らしい形で身を結んで本当によかったなと思います。こういう挑戦的な作品を持って大河に戻れば、また違うものが生まれるだろうし。
ドラマのことだけを考えていてもいいドラマは作れない。NHKドラマ部はそういう「雑味」のあるプロダクションになりたいし、それが全体のクリエイティブを押し上げると思ってるんです。
――物語はいよいよクライマックスを迎えます。ここまでで、特に反響が大きかった回はありますか?
上田:5話ですね。大きな事件は起こりますが、ここまでのお話で純くんに心を寄せて見てもらわないと切実さが伝わらない回なので、「彼の思いがちゃんと届いたんだ」とうれしかったです。
清水:それこそ「タイトルで釣る」じゃないですが、回を追うたびにシリアスに、深いところにいけている感覚はあります。お気楽なドラマのように見せかけて、だんだん抜き差しならなくなっていく……。
上田:「暗い話は嫌だ」と敬遠されてもなと思っていたのですが、最初に広げた間口のまま、みなさん純くんに寄り添ってくださっていて本当にありがたいです。
――本作に限らず、性的マイノリティーを描いたドラマは近年増えていますよね。特にこのクールは「きのう何食べた?」「俺のスカート、どこ行った?」「ミストレス~女たちの秘密~」などが並んでいます。
清水:でも、海外ドラマなんかを見ていると、性的指向も人種も多様性に配慮するのが当たり前ですよね。珍しくもなんともない。
そういう一歩先の状況を見ていると、日本はまだ「ここにまだ目を向けられていなかった感情がある」と発見した段階な気がします。
それでも数年前まで「ホモ、キモい」みたいな言葉が普通にあったわけで、確実に変化はしていると思いますけどね。すごく速く。
上田:「当たり前」になりつつある過渡期ですよね。それこそ、このドラマも「主人公はゲイの高校生」と紹介されますが、本当はそれがフックにならない、売りにならないのが理想なはずで。「この子は異性愛者」なんてわざわざ紹介されることはないわけですし。
5年後、10年後にはドラマや映画のメインキャラクターとして普通にゲイやレズビアンの子が出てくるようになっていくんじゃないかな、そうだといいな、と思います。
清水:「きのう何食べた?」と同じクールなのが個人的にすごくうれしいですし、意味がある気がしていて。
――ちょうど、放送も同じような時間ですよね。金曜深夜と土曜深夜。
上田:「純くんが飛び降りた先がシロさんとケンジがいる世界だったらいいのに!」なんてツイートもありましたね。
清水:とても素敵な作品だよね。完全に同時期に放送していることで、いろいろな見方が増えて本当にラッキーでした。
今は落ち着いて見えるシロさんやケンジも、高校生の頃は純くんのような葛藤を抱えていたかもしれないんだな〜って。たくさん悩んで、乗り越えた先に、ああいう穏やかな日常があればいいなぁ、と思います。