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日本の問題は「フェイクニュース」の強さよりもそれと戦う力の弱さだ

日本でもフェイクを検証しようという動きは始まった。しかし、諸外国よりも小さく、遅い。

フェイクやヘイトと闘うメディア

BuzzFeed Japanは、ファクトチェック(事実検証)において他団体と協力している。メディア関係者や有識者が設立した「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)だ。

元産経新聞記者で、弁護士として活動しながらメディアの誤報をチェックする「日本報道検証機構」を運営してきた楊井人文さんらは、海外のファクトチェックの動向を研究し、その普及啓発をめざしてFIJを設立した。

その最初の実践が2017年総選挙におけるファクトチェックだった。FIJは新聞やテレビ、ネットメディアなど幅広く参加を呼びかけた。突然の選挙で準備期間が短かったこともあり、参加したのはBuzzFeedを含むネットメディア4団体だった。

フェイクニュースやファクトチェックという言葉が日本でも語られるようになったのは、2016年のアメリカ大統領選がきっかけだ。その翌年、2017年10月に実施された日本の総選挙でもフェイクニュースが広がるのではないか、という懸念をもっていた人たちは少なくなかった。

だが、何年も前から政治家の発言やフェイクニュースなどの検証がさかんだったアメリカなど諸外国と違い、日本にはそのノウハウをもつメディアはほとんどなかった。

ファクトチェックという名前で継続して記事を書いていたのは朝日新聞、それに元産経新聞の記者で弁護士の楊井人文さんによるマスコミ誤報検証「GoHoo」の事例が目立つぐらいだ。

BuzzFeedでは、フェイクニュース検証や政治家発言のファクトチェックが以前からさかんだった。アメリカ大統領選でフェイクニュースを調査したクレイグ・シルバーマンを中心に、手法も研究してきた。

だが米国版の編集部と違い、BuzzFeed Japan編集部は50人に満たず(2018年12月現在)、その中で政治などのニュースを書く記者は十数人のみだ(同)。一方で、朝日新聞など全国紙には2000人を超える編集局員がおり、その取材網は国内外、政官財の中心にまで根を張っている。膨大なデータベースや予算、機材など、すべてがネット専業の新興メディアを上まわる規模だ。

新聞だけでなく、テレビや出版など、歴史ある大メディアがファクトチェックに取り組んでいくことが、フェイクやヘイトの蔓延を止める鍵になる。その実例として、海外に目を向けてみる。

海外の実例は

先ほども紹介したファーストドラフトは、情報検証を実践するメディアやテクノロジー企業などのコミュニティを形成している。サイトを見ると、たとえばアメリカでは61団体がこのコミュニティに登録されている。

ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、CNNなど国を代表する新聞やテレビのほか、私が所属するBuzzFeedやViceのような新興ネットメディア、FacebookやTwitter、Googleなどのテクノロジー企業の名前もある。

では、日本はどうだろう。FIJと、大学の研究者らでつくる日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の名前があるだけだ。メディアはひとつも登録されていない。

アメリカだけが突出しているわけではない。2017年、大統領選があったフランスを見てみる。

フランスでも大統領選を前に、フェイクニュースへの懸念が高まっていた。それを受けて始まったプロジェクトが「クロスチェック」だ。選挙に関して怪しげな情報を見つけた人がクロスチェックのサイトに通報すると、登録しているメディアがその情報を検証しあい(クロスチェック)、その結果をサイト上で公表するという仕組みだ。

このプロジェクトには、フランスとイギリスの37のニュース機関が協力した。ジャーナリズム業界の中で、フェイクニュースへの危機意識が広がっていたことがわかる。

もうひとつ強調しておきたいのは、アメリカでもフランスでも、新聞・テレビ・ネットメディアの区別なく参加していることだ。新聞社やテレビ局のネットへの本格進出が遅れた日本では、いまも「新聞は新聞。テレビはテレビ。ネットはネット」と区別する意識が強い。

しかし、ネットが右肩上がりでユーザー数と視聴時間を伸ばす一方、紙媒体の購読者は減り、若年層はテレビからも離れる。新聞もテレビもサイトを持ち、ネットで情報発信をする時代だ。フェイクやヘイトはネットでシェアされ拡散する。それに対抗するには、新聞、テレビ、ネットの別なく、インターネット上で情報の検証に取り組む必要がある。

分断を生み、そしてつなげるインターネット

私は2002年に朝日新聞社に入社し、社会部、海外勤務、デジタル編集部を経て2015年にアメリカ生まれのネットメディアBuzzFeedに移った。その中で、紙媒体に頼る新聞メディアとネットメディアの大きな違いを痛感させられた。それはユーザーデータの分析だ。

ネットでは、どういうユーザーがどの記事をどれだけ読むか、その記事をシェアしてくれるか、などが正確にわかる。一方で紙媒体は、そういうデータがまったく得られない。「この記事は読まれそう」という憶測を社内でするしかない。

フェイクニュースを拡散させようとねらう人たちは、「大韓民国民間報道」やアメリカ大統領選の事例を見ればわかるように、ネット上のユーザーの声を調べる「マーケットリサーチ」をした上で、人々の憎しみや対立を刺激し、フェイクとヘイトのスパイラルを利用する。

BuzzFeed Japan編集部では、つねに3つのレイヤーで戦略を考える。どう記事を作るかという「コンテンツ戦略」。それを誰に、どのように届けるのかという「ディストリビューション戦略」。そして、それをユーザーにどのように活用してもらうかという「エンゲージメント戦略」だ。

「俺はうまい寿司を握っている。黙って食え」という昔気質の寿司屋と、マーケティングを駆使し、安くて良いものを生産し、販売する回転寿司屋があるとする。昔気質の寿司屋が、回転寿司屋に味や品質で勝ったとしても、規模で勝つことはまずないだろう。「フェイクニュースは質が悪い。信じるのは一部だ」という人に、メディアやジャーナリズムの業界でよく会うが、どれだけのフェイクが日本のネット上で拡散しているか知らないのではないだろうか。

かつて、ネットは人と人をつなげると期待された。しかし実際は、近しい人同士を近づけるが、そうではない人たちを分断する力が働いた。保守主義者は保守主義者、リベラルはリベラルで集まっていく。

「極性化」と呼ばれる力だ。フェイクやヘイトはネットだけでなく、紙やテレビからも発信される。しかし、それがシェアされ拡散していく場所はネットだ。であればこそ、分断を乗り越えてふたたび人を近づけ、つなげる努力もネット上でなされる必要がある。



フェイクと憎悪」(大月書店)より、筆者が担当した「『フェイク』と『ヘイト』に抗するには」を再編集し、3回に渡って転載。第3回の今回は、「フェイクやヘイトと戦う方法」について。