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フェイクニュースは憎悪と嘘で拡散する だから、韓国ネタが狙われる

なぜ、嘘や歪曲がまるで本当のニュースであるかのように信じられ、拡散される背景には「嘘と憎悪の負のスパイラル」がある。

インターネット誕生前から、フェイクやヘイトに分類される情報は存在し、口コミや紙、電波で広がった。ネット時代となり、それはかつてと比べものにならないほどの拡散力を得た。ネットの発展がなぜ、フェイクとヘイトを煽るのか。それに対しメディアはどう対応してきたのか。


ネットにおけるフェイクとヘイト

日本で始まった本格的なフェイク&ヘイト

2017年1月17日、衝撃的な「ニュース」がネットで話題となった。「韓国、ソウル市日本人女児強姦事件に判決 一転無罪へ」という見出しの記事(現在は削除)は、以下のように伝えていた。

ソウル市裁判所にて日本人女児を強姦したとして起訴されたイ・ムヒョンに判決が下され、一審の判決を覆す無罪が言い渡された。事件は二〇〇〇年に日本から観光を目的として訪れた四人連れ家族のうち、一一歳と九歳の姉妹がムヒョンに強姦されたというもの

キム・ジュン裁判長は「被告が真の犯人である可能性は極めて高く、他に犯人がいるとは考えられないが、被害者が日本に帰国したため罪を無理に罰する必要もなく、無罪が妥当と考えられる」と述べた。

女児強姦という凶悪事件で、犯人である可能性は高いのに「被害者が日本に帰国したため罪を無理に罰する必要もない」という理由で無罪判決が出たとしたら、大変な問題だ。

この記事はフェイスブックやツイッターで「韓国の判決は許せない」と日本人ユーザーの怒りを呼び、2万件以上シェアされた。私も知人がシェアしたこの記事を読み、疑問を感じた。こんな判決がありうるのか。なぜ、こんな重大ニュースを「大韓民国民間報道」という、見たこともないサイトが報じているのか。

BuzzFeed Newsの記者が調べた。すると、不思議な点がいくつも見つかった。このニュースを報じている報道機関は他になかった。外務省に問い合わせたが、該当する事件の記録もなかった。「大韓民国民間報道」のドメインは、このニュースが配信された1日前に取得されたばかりだった。そして、サイトが掲載している記事には間違いなどが次々と見つかった。

BuzzFeed Newsはすぐに「大量拡散の『韓国人による日本人女児強姦』はデマニュースかサイトは間違いだらけ」と題する記事を配信した。そして、このサイトの運営者を突き止め、直接会ってインタビューすることに成功した。

「ヘイトを煽る記事は拡散する」「小遣い稼ぎでやった」

サイト運営者は25歳の無職男性で、サイト上に掲載されているすべてのニュースがでまかせであると認めた。フェイクニュースサイトだ。既存サイトの文章を真似し、ありもしないニュースを作る。慣れれば1本のフェイクニュースを書くのに20〜30分しかかからなかったという。

なぜ、韓国をテーマにしたサイトにしたのか。彼自身は、韓国にも政治にもまったく関心がなかった。韓国を取り上げたのは、彼のマーケットリサーチによるものだった。彼は言った。「ヘイトを煽る記事は拡散する」と。

BuzzFeed Newsの記事「「ヘイト記事は拡散する」嫌韓デマサイト、運営者が語った手法」から彼の言葉を引用する。

韓国のネタはいま、日本のネット上で頻繁にやり取りされている情報です。拡散力も高い。それに、SNSで韓国について話題にしている人たちの情報には、すでに虚実が混ざっている状態でした。

それがフェイクであれ、韓国についてはどんな話題でも信じたいという思いの人、拡散してやろうという人がネット全体にいた。さらに、それを望んでいる人たちも。コンテンツを作りやすいですよね。

基本的に韓国のことを話題にする人たちが、拡散したいな、と思っている情報は二つあります。一つは、ヘイトを煽る記事。もう一つは、韓国のことを馬鹿にしたり、「やばいのでは」と言ったりできる記事です。

彼は意識的にヘイトを煽っていた。記事を拡散させるために。そして、その目的は政治的なものではなく、純粋にカネだった。

アメリカ大統領選が引き金に ターゲットをねらい撃ち

サイトを設立し、広告を貼り付ければ、記事が1回見られる(1PV)ごとに広告収入がある。20分で作ったフェイクニュースでも、1カ月かけて調査した本物のニュースでも、1PVは1PVだ。

彼がこの手法を知ったのは、アメリカ大統領選のニュースからだった。BuzzFeed Newsの調査報道「バルカン半島に住む10代たちがどのようにトランプ支持者たちをフェイクニュースで騙したか」だ。

アメリカから遠く離れた東欧マケドニアの若者たちが、小遣い稼ぎのために、トランプ陣営に有利でヒラリー陣営に不利なフェイクニュースを量産していたことを明らかにした。

彼はこのニュースを知り、自らもフェイクニュースで金を稼ごうとした。彼が韓国を嫌う人たちをターゲットに選んだ点も、アメリカ大統領選でのフェイクニュースの拡散の仕方とよく似ている。どういう点が似ているのか。

アメリカ大統領選では、トランプ氏に有利なフェイクニュースが大量に出回った。2018年現在、これらのフェイクニュース拡散の背景のひとつとして、ロシアが大統領選に干渉し、トランプ氏ともつながりがあったのではないかとして捜査が進んでいる。

だが、それ以外にも理由がある。トランプ氏に有利なフェイクニュースを作った人たちは、トランプ支持者たちのほうがフェイクニュースを信じやすく、拡散させると述べている。「大韓民国民間報道」の男性と同じだ。「マーケットニーズ」に応えるフェイクニュースということだ。

AとBという陣営が対立しているときに、A陣営に有利な(もしくはB陣営に不利な)フェイクニュースをA陣営を支持する人たちに流す。そうするとA陣営の人たちはそれを喜んで拡散させる。「見てくれ、これが既存メディアでは報じられない真実だ」と。

「大韓民国民間報道」の場合、フェイクニュースを拡散させるために、運営者の男性は、在特会元会長の桜井誠氏をねらった。桜井氏が設立した在特会は「韓国・朝鮮人を日本から追放しろ」などと過激な言動で知られる。男性は次のような手順で、桜井氏をフェイクニュースの拡散に利用した。

まず桜井氏がツイッターでフォローしている人(Aさん)を探す。Aさんをフォローする。Aさんから逆にフォローされた上で、フェイクニュースを流す。Aさんがリツイートしてくれたら、こっちのものだ。Aさんのリツイートを桜井氏が見れば、韓国に批判的な桜井氏のこと、この種のニュースを拡散させる可能性は高い。

よく考えられた作戦だ。いきなり桜井氏をフォローしても、多数のフォロワーを持つ桜井氏がフォローを返してくれる可能性は少ない。間にもうひとり挟むことで、情報の拡散経路を強くする。実際に桜井氏は、このフェイクニュースを「これこそヘイトです。日本人は強姦大国韓国に行くべきではありません」という文言とともにツイートし、2000件以上リツイートされた。

「フェイク」と「ヘイト」のスパイラルが加速している

対立する陣営の一方に有利なフェイクニュースを流すと、拡散力が増す。フェイクニュースの作り手たちはそれを知っている。対立を煽り、ヘイトを増幅するようなフェイクニュースが多い理由のひとつだ。

ヘイトがフェイクを拡散させる味つけになり、そのフェイクが社会を分断させ、異なる「陣営」に対するヘイトを生み出す。フェイクとヘイトの負のスパイラルだ。

このような事例は日本において「大韓民国民間報道」に限らない。このサイトはBuzzFeed Newsの報道後に閉鎖されたが、フェイクやヘイトを流すサイトはいまも大量に存在する。サイトだけではない。ツイッターやフェイスブックのアカウント、個人、新聞やテレビでも、事実と大きく異なるニュースを流し、ヘイトを煽っている事例がある。

フェイクやヘイトというとネットが槍玉にあげられることが多いが、ことは単純ではない。

例えば、2008年にまとめられた「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」では、1923年に発生した関東大震災における朝鮮人虐殺事件で、流言つまりはフェイクが広がり、殺傷などのヘイトクライムが発生したことを記している。ネットがなくともフェイクやヘイトは広がる。では、ネット以前と以後で何が変わったのか。それは拡散の速度と広がりだ。

最初はネットの登場。誰もが情報の受信者であり、同時に発信者でもある時代になった。次にスマートフォンの普及。いつでもどこでも情報の受発信ができるようになり、情報の生態系は紙やテレビの時代よりも圧倒的に広がった。そして、フェイスブックやツイッターに代表される、ソーシャルなつながりの上に成り立つプラットフォーム=ソーシャルメディアの発展だ。

この3段階の発展によって、フェイクニュースは現実のニュースを上まわる拡散力をもつようになった。BuzzFeed Newsの調査報道は、2016年のアメリカ大統領選の終盤に、フェイスブック上では主要メディアによる本物のニュース以上にフェイクニュースが拡散していたことを明らかにした。それらの多くは陣営の対立を煽り、ヘイトを増幅させていくものだった。

また、2018年3月に公開された研究「The Spread of True and False News Online(オンラインでの真実と嘘のニュースの拡散)」で、ツイッター上でのニュースの拡散を調べたところ、嘘のニュースは真実のニュースより70%高い確率でリツイートされていた。

とくに、斬新で奇抜な嘘ニュースほどリツイートされる確率が高かったという。正確で淡々と記された真実よりも、斬新で奇抜な嘘を好む。情報の受け手の態度もまた問われている。



フェイクと憎悪」(大月書店)より、筆者が担当した「『フェイク』と『ヘイト』に抗するには」を再編集し、3回に渡って転載。第1回の今回は、「ネットにおける『フェイク』と『ヘイト』」について。