• lgbtjapan badge

ゲイとトランスジェンダーと母と子 新しいファミリーが生まれた

愛し合う二人ともう一人が、赤ちゃんを授かった。

結婚しなくても、子供を育てなくても、幸せになれる。そんなの当たり前だし、個人の自由だ。

だけど、最初からその選択肢を奪われているとしたら、どうだろう。どんなに愛し合っていても、結婚したり、子供を産み育てたりすることを、社会から認められていなかったとしたら。

トランスジェンダーの杉山文野さん(37)と、パートナーのあいさん(仮名、34)。ゲイの松中権さん(42)。

2018年11月、3人に待望の赤ちゃんが生まれた。自分たちが子供を授かるなんて思っていなかった。生まれたのは赤ちゃんだけでなく、新しい「ファミリー」。

それぞれの「性」

文野さんは1981年8月、杉山家の「次女」として生まれた。そして、小学校に入る前から、自分は男だと思っていた。

2006年に出版した手記「ダブルハッピネス」では、性別への違和感に苦しんだ日々をこう書いている。

誰にも打ち明けられない悩みを抱えたまま、僕は中学生になった。胸も少しずつ膨らみ始め、それまで感じていた心と体の「違和感」は、確信に変わっていく。自分に対する激しい「嫌悪感」を持つようになったのもこの頃である。

レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー。頭文字をとってLGBTと呼ばれる。文野さんは生まれたときに割り当てられた性と、自らの性別の認識が異なるトランスジェンダーだ。

フェンシングでは女子日本代表になり、「笑顔で元気な文野」として生きてきた。「自らの性もありのままに受け入れる文野」としても。でも、その過程でどれほど悩み、涙を流してきたのかが著書には綴られている。

本を出したことで、新聞やテレビ、講演会にも呼ばれるようになり、今は日本最大のLGBTイベント「東京レインボープライド」の共同代表を務める。

男性として生きる文野さんが、デザイナーの女性あいさんと出会い、付き合い始めたのはもう8年前になる。

家族の思い

共通の知人がいて、知り合い、恋に落ちた。どこにでもある話だ。

文野さんと違い、あいさんはこれまでパートナーとして公の場で発言したことはない(今回の取材も、顔や実名は出さないことにしている)。

「私は文野さんと付き合っているだけで、何も特別なことはないし、彼の活動は理解するけれど、私が話すようなことは何もないから」

当事者の二人は、それぐらい自然体だ。

ただ、周囲の受け止めは違う。あいさんの両親は当初、二人の交際に反対していた。大切な一人娘が、世の中にいくらでも男がいるのに、なぜ?

あいさんの母は「私と同じように子供を産んで、その喜びを知ってほしい」と願っていた。文野さんとの間には子供ができない、という前提がそこにはあった。

二人は受け入れられるまで、待ち続けた。手紙を送り、一緒に会いに行き......。

LGBT当事者の親ではないあいさんの両親にとって、文野さんを受け入れるまでには時間が必要だった。6年が経った頃には、反対をしていた母も、最愛の娘が愛するパートナーを受け入れてくれていた。

双方の両親に認められ、二人は以前からの夢を実現させようと決意した。それは、子供を授かること。

「戦友」に精子提供を頼んだ

二人が最初に話し合ったのは、精子バンクのように知らない第三者から精子を提供してもらうか、それとも知っている人に頼むか、だ。

信頼できる人にお願いしたい、という思いは二人で一致した。

もう一つ、いくら人工的な手法で受精させるとはいえ、文野さんは「異性愛者の男性からだと嫉妬を感じてしまう」。そうすると、候補は限られる。

文野さんは、LGBTに関する活動に共に取り組む権さんに相談した。偏見や差別を減らそう、理解を広めようと共に戦い、時には激しく議論してきた「戦友」。

「彼ならば裏切らないし、逃げない」という信頼が、お互いにあった。

権さんは男性同性愛者(ゲイ)だ。自分の子供が産まれるということは、相談を受けるまで想像できないことだった。

「文野とはずっと一緒に活動してきたし、二人の考え方に共感できた。子供を持つなんてそれまで選択肢にもなかったけれど、この二人とならと思えました」

「でも、赤ちゃんが生まれて、二人の家で育っていく中で、自分はその子とどういう関係を築いていけばいいんだろうって戸惑いもありました。自分の役割ってなんだろうと」

3人は何度も話しあい、子どもやLGBTの法律問題に詳しい山下敏雅弁護士のところにも相談に行った。

同性カップルが精子提供で子供を産み、育てる例は日本でも少しづつ増えている。ただ、精子提供をした男性も、子育てに関わっていくケースは稀だ、と山下弁護士は言う。

精子提供の後は、提供側は子育てには一切関わらないという書面を作りたいと相談にくる人たちもいる。

「文野さんたちのケースは、最初から3人とも協力して子育てをしていきたいと意見が一致している。子供にとっては、愛情を持って関わってくれる大人が多い方が良いんです」。子供の支援にも取り組んできた山下弁護士はそう語る。

みんなで愛情を持って育てる。それは3人が目指す姿だった。

妊娠・出産

人工授精を始めても、すぐに妊娠をするわけじゃない。妊娠するまで何度も繰り返す。生理が来るたびに落ち込むあいさん。文野さんは「自分は何もできなかった」と振り返る。

「僕は妊娠に関しては、生物学的には何もできない。彼女だけが心身ともにダメージを受ける。働き過ぎだったのがよくなかったのか、食べ物がよくなかったのか、と自分を責めてしまう。そのことがやるせなかった」

権さんにも負担はかかる。ちょうど付き合い始めた恋人にも精子提供について相談した。彼は「権さんの決断だから」と理解して、支えてくれた。

あいさんが妊娠をしたのは、最初の挑戦から1年6ヶ月後だった。

文野さんとあいさんは、あいさんの両親に報告しにいった。

「おめでとう。名前を考えないとね」。父はお酒を注ぎながら泣いていた。

権さんも、自身の両親に報告した。

「息子はゲイだから子供ができない、という思いがあったんだと思います。なんでも話す仲の良い母が、今まで見たこともない表情で喜んでくれました」

血の繋がりがなくても

2018年11月に誕生した赤ちゃんは、文野さんの実家の2世帯住宅で、文野さんとあいさんと共に暮らしている。

「血の繋がりはないわけだし、自分に懐かなかったらどうしようってちょっと不安だったんですよね」と話す文野さん。

もちろん、そんなことはない。

権さんも月に数回はやってきて、ミルクをあげたり、お風呂に入れたり。

ベビーベッドも、哺乳瓶もおもちゃも、文野さんの女子校時代の友人たちがプレゼントしてくれた。大勢の人たちの祝福と愛情を受けて育っている。

文野さんと権さんは、そんな関係を「ファミリー」と呼ぶ。

「『家族』だと血の繋がりを強く感じてしまうけれど、もっと形にとらわれずに、でもお互いに大事に思って支え合う。そんなファミリーになりたい」

幸せを広げたい

文野さんのようなトランスジェンダーにしろ、ゲイやレズビアンのカップルにしろ、そういった家庭で育った子供は、そうではない家庭で育った子供となんの違いもない。すでにそういった子供たちが何十万人も育っている海外では、多くの研究が発表されている

もちろん、幸せな家庭ばかりではなく、親が別れたり、争ったりするようなケースもある。それは「伝統的な家族」でも一緒だ。

それでも批判する人は出てくる。文野さんも、あいさんも、権さんも、この記事が公表されるまで、ごく限られた親しい人たち以外には、妊娠や出産のことを黙っている。どういう反応が広がるか、不安だったからだ。

文野さんは言う。

「子供が産まれるって、ハッピーなニュースですよね。でも、そのことを伝えるのに不安を感じるというのは、本当は寂しいこと。そういったところも変わっていけばいいなと思います」

出産や子育てというプライベートについて、わざわざ取材を受けるべきだろうか。何をどこまで語ればいいのだろうか。そういうことにも悩んだ。

でも、自分たちの姿を見せることで、最初から子供を持つことを諦めている人たちに選択肢を示すことができるんじゃないか。

「結婚して子供を作らないと幸せになれないわけじゃない。でも、LGBTだからという理由で、子供を持つという選択肢が自分たちにはないと、いけないことだと思い込まされるのはもったいない」

「僕も自分自身を受け入れる過程で、自分は子供を持てないということが人として劣っているんじゃないかとコンプレックスの一つになっていた。この子とも血の繋がりがあるわけじゃないということに、何も感じないわけじゃない」

「それでも、毎日オムツを変えたり、ミルクをあげたり、抱っこしたりしていたら、繋がりを感じるんです。権ちゃんの子でもあるし、僕の子でもある」

身の回りでも、変化は起きている

レズビアンやゲイやトランスジェンダーの友人たちとの集まりに赤ちゃんを連れていった時に、みんなが祝福してくれた。

それまで大人しか集まらなかった場所に、赤ちゃんがいる風景。そういった一つ一つに世の中が変わっていくことを感じる。

出産の際の病院や、出生届を出した区役所でも、そういう場面があったという。

病院で「実はトランスジェンダーで、生物学上の父親は別にいて、みんな病室にお見舞いに来たいのですが......」と相談した時のこと。

「対応してくれた人が『そうですか。良かったですね。それでどうこう言うようなスタッフはおりませんから安心してください』って。区役所で出生届を出すときも、窓口のおじさんが『ここはこう書けばいいですよ』とニコニコと丁寧に教えてくれました」

「自分たちの身の回りで、こんなに社会は変わったんだなって。東京レインボープライドで15万人集まったことも嬉しいけれど、こうやって社会のいろんな場所にいる人たちが変わっていってることに感動しました」

この子が大人になる頃には

この子に対しても、トランスジェンダーとゲイの子と偏見の目を向ける人がいるかもしれない。不安は、ある。

それでも、3人は社会が変わってきたことを知っている。

だから、この子が大人になった時には、今よりももっと偏見や差別がない、もっと自由な風景が広がっていると信じることができる。

これでハッピーエンド、というわけじゃない。新しい「ファミリー」の形を作っていくのは、これから。悩みながら、相談しながら。

三人だけじゃない。文野さんの両親は「うちの孫って呼んでいいの?」と聞いてくる。権さんの両親も、どういう距離感で「孫」と接するのかまだわからない。あいさんの両親にとっても、全てが初めて知ることばかりだ。

みんな、戸惑いながら歩んでいる。でも、その真ん中で寝息を立てている小さな子が、ファミリーの繋がりをさらに強くする。