親しき仲にもセキュリティ 元カノの偽メールで年5万ドルの奨学金がフイに

    「この事件が起きなかったら、私の進路はどんなだったのだろう。想像もできない」

    エリック・アブラモビッツさんは、人生のほとんどをクラリネットの練習に費やしてきた。なぜなら、世界トップクラスのクラリネット奏者から指導を受けるため、しかも、学費に加え諸費用まで全額免除される奨学金を支給されてロサンゼルスの一流音楽学校に入学するチャンスを手に入れる、この瞬間のためだ。

    当時、アブラモビッツさんはカナダの大学に通う2年生だったが、すでにずば抜けて優秀な音楽家だった。受賞歴は数知れず、カナダの一流オーケストラと共演して見事なソロ演奏を披露したりしていた。そして、ロサンゼルスにあるコルバーン音楽院で、必要経費がすべて賄えられる年額およそ5万ドル相当の奨学金を受けて学士号を取るという夢の実現に向け、7歳のころからまい進してきた。

    そんなアブラモビッツさんは、長期にわたるオーディションの激戦を勝ち抜き、音楽家としてのキャリアを後押しするであろう栄冠を手にする2人のうち1人に選ばれた。それは、20歳の彼にとって可能性に満ちあふれた瞬間になるはずだった。ところが、後になって不合格を告げるメールが届き、奈落の底に突き落とされた。

    現在24歳のアブラモビッツさんは6月14日、「メールを見ても意味が理解できず、何回か読み返さなければならなかった」とBuzzFeed Newsに語った。「奨学金がもらえないと理解したら何が何だか分からなくなり、その後何日も落ち込み、悲嘆に暮れ、怒りに満ちた気分で過ごした」(アブラモビッツさん)

    知るよしもなかったが、非情な不合格通知メールの送り主は、当時のガールフレンドだったのだ。

    そのころアブラモビッツさんは、同じマギル大学で音楽家を目指すジェニファー・リーさんと付き合っていた。不合格メールの少し前に同棲を始め、「急速に真剣交際へ進んでいった」という。

    その後の顛末は、アブラモビッツさんのインタビューと、アブラモビッツさんがリーさんを訴えて勝訴した裁判の文書を使って整理しよう。将来有望と思われていたアブラモビッツさんの人生が、カナダの裁判所いわく、自己中心なガールフレンドによる「卑劣な妨害」によって進むべきレールから外されてしまったらどうなるのか、という話だ。

    BuzzFeed Newsはリーさんにコメントを求めたが、返答はなかった。裁判記録によると、リーさんは2014年3月、コルバーン音楽院のクラリネット指導者であるイェフダ・ジラッドさんからアブラモビッツさんに届いた合格通知メールを見つけ、パニックになってしまった。アブラモビッツさんの人生に道が開けるという事態で彼氏を失うのではないかと恐れ、とっさに行動したのだ。

    リーさんは、アブラモビッツさんが「彼女を信用」(アブラモビッツさん)していてメールとFacebookの画面を開いたまま放置しているのに乗じて、メールアカウントをハックし、ジラッドさんからのメールを掠め取り、勝手に返事を出した。

    リーさんは返信メールでアブラモビッツさんを装い、「別のところで指導を受ける」という理由で奨学金の辞退をジラッドさんに伝えたそうだ。

    それから合格通知と辞退連絡の証拠を消して、今度はジラッドさんを装うメールアドレス「giladyehuda09@gmail.com」を作り、最終選考に落ちたと告げる心を折るようなメールをアブラモビッツさんへ送った。

    「一緒に暮らしていたので、事態を飲み込んだ私を彼女は慰めてくれた」と思い出を語るアブラモビッツさんだが、「振り返ってみれば、今となってはとても不快だ」と話した。

    (ジラッドさんをかたった)リーさんは偽の不合格通知メールのなかで、コルバーン音楽院の奨学金に対する代案として、南カリフォルニア大学(USC)への入学をアブラモビッツさんに紹介した。こちらは、年間約5万1000ドル(約580万円)必要な授業料のほか生活費がかかるところに、年額5000ドル(約56万円)というわずかな援助だ。

    リーさんは、アブラモビッツさんがこんな条件などを受け入れられないと知っていた。失意の底にあったアブラモビッツさんは、送り主の偽ジラッドさんへ申し出を断る返事を出し、マギル大学に残って卒業する道を選んだ。

    この「メールゲート(#emailgate)」事件の6カ月後、2人は破局。アブラモビッツさんによると、「物事があまりに感情的になるようになって、うまく行かなくなった」からだそうだ。

    夢は失われたものの、尊敬するジラッドさんの指導を仰ぎたいと熱望し続けたアブラモビッツさんは、マギル大学を卒業後、ジラッドさんがやはり教鞭を執るUSCへ行こうとオーディションを受けることにした。

    アブラモビッツさんは、以前自分を「不合格にした」ジラッドさんの前に立つという行為に圧倒され、出番を終えたときには空気が張りつめていたような気がした、と話す。

    「終了後、ジラッドさんの部屋を訪ねて話をした際、一体ここで何をやっているのか、と質問された。ジラッドさんは『君が奨学金を断ったのに、なぜここに来たのか』といったような風だった」(アブラモビッツさん)

    アブラモビッツさんはその場で凍りつき、すっかり困惑してしまった。

    「私は『いえ、違います、ジラッドさんが不合格にしたのです』という感じで、ジラッドさんは『いや、君が辞退した』といった具合のまま、気まずいやり取りを繰り返した。そして私は、ジラッドさんが私と誰か別の人を混同しているのだろう、と考えた」と、アブラモビッツさんは笑いながら話した。

    このオーディションでも全額給与の奨学金を得ることはできなかったものの、USCの認定プログラムに合格し、ジラッドさんの指導を受け始めた。ただし、何か微妙な違和感をぬぐい去れずにいた。

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    そうして数カ月たったある日、ジラッドさんの元生徒がアブラモビッツさんに挨拶し、「チャンスをゲットしたのに、どうしてコルバーンへ行かなかったの」と質問してきた。

    ハッとしたアブラモビッツさんの頭はグルグル回り始め、「私が何かトラブルを抱えていたとみんなが思うということは、私の知らない事実があるに違いない」という考えに至った。

    そこで、調査を開始。最初の「不合格通知」メールを探してジラッドさんに見せたところ、ジラッドさんから、アドレスが自分のものでないし、このようなメールなど間違いなく送っていない、という答えが得られた。

    奨学金を受けられるはずだったという事実を知ったとき、アブラモビッツさんは人生でもっとも「打ちのめされた」という。それでも、アブラモビッツさんはまだ元ガールフレンドの仕業だと疑っていなかった。「自分を貶めようとした」別のクラリネット奏者が犯人だろうと推測していたのだ。

    アブラモビッツさんは「コンピューターに詳しい人」の助けを借り、不合格通知を送ってきたアカウントにアクセスしようとしたが、失敗に終わった。

    そのうち、友人たちがそれとなく「ジェン(ジェニファー)はどう?」と持ちかけ出し、初めて疑念を抱くようになった。2人は一緒に暮らしていたし、彼女はアブラモビッツさんのPCとメールにアクセスしていたし、パスワードも知っていた。

    「彼女なら、簡単に実行できたはずだ」(アブラモビッツさん)

    かつての彼女が、あのような手口で自分のキャリアを狂わせた可能性はあるものの、アブラモビッツさんにとって、「それは取り組むだけでも辛い」ことだった。しかし、リーさんが使っていたはずのパスワードを友人と一緒に試してみたところ、何個目かで偽ジラッドさんのアカウントにアクセスできてしまった。

    「まるでシャーロック・ホームズのように鮮やかな推理で、自分たちが優秀な探偵であることに色めき立った。それと同時に、何かで体を貫かれたような衝撃も感じた」(アブラモビッツさん)

    かつての出来事というパズルのピースがすべてピッタリ組み合わさった段階で、アブラモビッツさんはジラッドさんに知らせ、リーさんに連絡を取り、弁護士を雇った。

    「最初、彼女は否定しようとしたけれど、こちらの用意した証拠には敵わなかった。彼女はSNSで私をブロックしたので、お互いの弁護士を通してやり取りするしかなくなった」(アブラモビッツさん)

    カナダのオンタリオ州高等裁判所は6月13日、アブラモビッツさんの訴えを認めた。裁判でアブラモビッツさんは、信用の失墜、教育機会の喪失、2年間で得るはずだった収入の損失などの損賠賠償として、30万ドル(約3400万円)の支払いを元ガールフレンドに求めていた。

    さらに、担当した裁判官は「アブラモビッツ氏のキャリアに対するリー氏の卑劣な妨害行為」を認定し、賠償金額を5万ドル(約570万円)上乗せした。

    リーさんは、訴訟にもとづく要請を繰り返し無視し、反論して法的防御できる機会をみすみすつぶしてしまった。

    「被告は期日までに対応せず、訴状で指摘された行為がすべて事実であると認めた、と判断される」(判決文)

    ナッシュヴィル交響楽団に加入したアブラモビッツさんは、現在暮らしているテネシー州のアパートで取材に応じ、ドラマのような試練で受けたショックと傷は今も癒えていないが、脱線させられたままにはしない、と話してくれた。

    「この事件が起きなかったら、私の進路はどんなだったのだろう。想像もできない。でも、今は自分の両足でしっかりと立っているので、幸せだし、自分が誇らしい。後悔などしていない。以前からずっと、自分の好きなことで生計を立てたいと切望していて、その夢を実現できた。だから、私はとても恵まれている」(アブラモビッツさん)

    それどころかアブラモビッツさんは、カナダへ帰国し、トロント交響楽団でクラリネット(標準的なB♭管のいわゆる「べークラ」と、やや音の高いE♭管のいわゆる「エスクラ」の両方)の副首席奏者を任されることになったのだ。さらに、アブラモビッツさんには「最高」と絶賛する恋人までできた。

    「僕たちはとても幸せだ。最初の交際をして以降、性格を見極める能力がほんの少しだけ改善された、と考えることにしている」(アブラモビッツさん)

    "I just can't believe that someone can not have an overwhelming amount of guilt, lying to someone, betraying someone like that." Clarinetist Eric Abramovitz's girlfriend consoled him after crushing his dreams https://t.co/ryuDOTPIdV

    クラリネット奏者のエリック・アブラモビッツさんは、夢が壊れたとき(犯人の)ガールフレンドに慰められたのだが、「大きな罪悪感を抱くこともなく、うそをつき、あのように人を裏切れるなんて、とても信じられない」と話す。

    BuzzFeed Newsのライブ番組ショー「AM to DM」によるインタビューのなかで、アブラモビッツさんはリーさんの行為を「決定的な裏切り」だとした。

    「それはそれとして、(ジラッドさんと)共演する機会を獲得することを、私は最初からはっきりと目指していた。コルバーンへ行くより費用のかかる別の音楽学校で2年余計に学ぶ羽目になったが、幸いなことに、最終的に何から何まで悪かったわけではない。やり始めたことを、今も続けなければならない」(アブラモビッツさん)

    BuzzFeed Newsのレポーター、エリー・ホールの追加報道により作成しました。

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:佐藤信彦 / 編集:BuzzFeed Japan