学費を「借金」にしないために。23歳の若者が、教育ファンドを立ち上げた

「すべてのきっかけは、授業料が3倍に跳ね上がったことでした。」

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学費を「借金」にしないために。23歳の若者が、教育ファンドを立ち上げた

「すべてのきっかけは、授業料が3倍に跳ね上がったことでした。」

ロンドンのハリンゲイ地区に住むイスマイル・ジェイラニ(23歳)は10代のころ、お金のことばかり考えていた。まだカレッジで学んでいたころ、履歴書が入ったフォルダーを小脇に抱えて金融街に出向いたこともある。投資銀行のインターンシップをして、フォーマルウェアに身を包む銀行マンの生活を体験するためだった。

「投資銀行家がどういうものなのか、よくわかっていませんでした。『銀行家=お金』しか考えていなかったんです」と言って彼は笑う。

大学を卒業するまでにその夢を捨て去り、まったく別の道を歩むことになった。だがそれでも、お金のことが頭から離れることはなかった。

というのも、ジェイラニが2012年に大学に入学するまでに、まさか年間授業料が3倍の9000ポンド(約113万円)になるとは思いもしなかったのだ。その結果として彼は、無利息でコミュニティベース型の融資システムを求める運動を率いることとなった。ほかの学生たちに高金利の借金を背負わせたくなかったからだ。

イギリスの非営利団体「スチューデント・ローンズ・カンパニー(SLC)」は、年利最高3パーセントの教育ローンを提供している。しかし、利息を払いたくない学生たちも多い。利息を認めないイスラム教の信仰や、単純に過度の借金を避けたいとの考えからだ。SLC以外の無利息ローンを政府が用意するのを待っている間に、「学ぶ権利を失ってしまう学生たちもいる」とジェイラニは述べる。

こうして2017年3月14日、彼はクラウドファンディング・プラットフォーム/コミュニティベース型融資システム「QardHasan(カルドハサン:もともとは、伝統的イスラム銀行で提供される人道的な無利息ローンのこと)」を発表した。予約でいっぱいの発表イベントの会場は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)に通う、さまざまな背景をもつイスラム教徒の学生たちでひしめき合っていた。

「この瞬間を5年間待っていたんです」

カルドハサンは学生たち──とくに、宗教上の理由で金利つきのローンを組めない学生たち──に、より多くの選択肢を与え、高等教育を受けやすくするプロジェクトだ。ただし教育ローンについてはイスラム思想内でも意見の食い違いがある。イギリスでは授業料の負債は30年で帳消しになるため、ローンを組むことは可能だと述べる学者もいる。

ジェイラニはカルドハサンを発表するとき、「これは僕だけの話ではありません。あなただけの話でもない。私たちみんなに関わることなんです」と述べた。

彼は当初、学費をまかなう別の手段を探し求めたという。最後通告を突きつけられる状況に置かれていたからだ。「自分の価値観を曲げるか、教育を妥協するかのどちらかでした」

18歳の多くがそうであるように、大学のことを考えるようになると、ジェイラニもお金のことを真剣に考えざるをえなくなった。

「授業料が3倍になったせいで、僕は自分が望んでいない立場に追い込まれてしまいました。自力で収入を得るためにいろいろなことをするようになり、起業の道を歩むはめになったんです」。ジェイラニは、ストランド通りにあるコーヒーショップでチャイラテを飲みながら、BuzzFeed Newsに語ってくれた。彼が政治経済学を学んだキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)近くの店だ。

「大学に入るころになると、将来これが自分の借金になるんだ、しかもこれに利子が加わった借金を返済しなくてはならないんだと痛烈に思うようになりました。これがきっかけで、それまでの自分にはなかった、まったく別の視点を持ったんです」

彼は心を決め、教育ローンを借りるつもりはないと両親に宣言した。

「覚えておいてください。社会的少数者という背景がある場合、ほとんどの親は、教育や収入の安定といったことを(優先的に)考えるんです。そこへ突然、自分の子供が教育ローンを組みたくないと言い出した。一体どうやって、働きながら学生生活を乗り切るつもりなのか? そう思って当然です。学位の取得のために来た大学なのに、学費を支払うためにすべてを犠牲にすることなどできないのだから」

だが結局、ジェイラニは2年生のときに2万7000ポンド(約412万円)相当の授業料を全額支払ってしまった。あまりに多く稼いでいたので、何人かの学生にお金を貸すこともできた。さらにそのおかげで、卒業を待たずしてGoogleで働く機会も得られたと彼は語る。

彼は一体、どうやってそれを実現したのだろうか?

容易なことではなかった。ロンドン大学の中でも名門キングス・カレッジを志望していた彼は、1年間休学し、2012年から念願だったコースの受講を開始した。だがそれは、授業料が3倍になる年に大学生活が始まるということを意味した。

ジェイラニによると、KCLの場合、毎年1月31日までに9000ポンドの授業料を全額支払わなければならなかったという。「入学前の4月か3月ごろ、教育ローンの申し込みを行う時期になっても、金銭的な準備はまったく整っていませんでした。9カ月間で何とかしなければならなかったのです」

「大学に相談したときのことは、いまでも覚えています。僕が『こういう次第なんです。本気で勉強したいと思っていますし、政治経済学にとても興味があります。でも、僕には学費を払える経済的な余裕がないのです」と言うと、返ってきた答えは、『払えないなら別の道を考えたほうがいいかもしれませんね』でした」

「つらかったです」とジェイラニは語る。「誰もが教育を受けられるはずなのに、門前払いされたような気分でした。僕が悪いわけではないのに」

これが彼の心に火をつけた。週末と夜間を仕事にあて、家庭教師として子供たちにアラビア語やコーラン、経済学を教えた。「いい稼ぎにはなったけれど、十分とは言えませんでした。時給10ポンド(約1260円)や15ポンド、20ポンド、25ポンドの稼ぎでは、全部合わせても9000ポンドには遠く及びませんでした」。実家で生活し、政府から給付奨学金の支給も受けていたが、それでもまだ足りなかった。

しかし、彼がSatifsを設立するや、状況は一変した。Satifsは学生向けの講座を提供する企業で、彼は学期の間中、そこで授業を行った。「最初、生徒は1人だったけど、それが5人になり、25人のクラスに成長しました。生徒が増えれば増えるほど、1人が支払う授業料は安くなっていきました。それはつまり、十分なお金が稼げるということだったので、ありがたかったです」

「もし追い込まれていなければ、こんなことは絶対に成し遂げられなかったと自信をもって言えます。だから、苦難に対しては多少感謝の気持ちもあるんです。プレッシャーに押しつぶされそうなとき、自分には一体何ができるのかということを学びました」

この経験が後押しとなって、自身が歩んできた道のりをほかの学生たちに語って聞かせようとジェイラニは決心した。彼は、「How I beat the 9k(9000ポンドの学費に打ち勝つ方法)」という企画を開始した。起業家的な方法を見つけて学費を捻出してきた学生たちがイギリス国内を回り、ほかの学生たちに自身の体験談を語って聞かせたのだ。

無利息のコミュニティ主導型クラウドファンディング・システムを強く求めるようになった彼は、政府に手紙を書き、代わりとなる教育ローンシステムの必要性を訴えた。

当時のビジネス・イノベーション・技能省(BIS)から2015年9月に送られてきた返信には、こう書かれていた。この問題に関して2014年に10週間にわたって行われたイギリス政府の諮問会議では、「提案されているオルタナティブ・ファイナンス商品(「タカフル」)」に対する需要が示された、と。タカフルとはイスラム法に基づく保険商品で、加入者は損害があったときに備えてプーリング・システムにお金を寄付し、相互保証している。

政府の諮問会議によると、回答者約2万人のうちの94パーセントが、今後学生および進学希望者の間でシャリア(イスラム法)準拠型のオルタナティブ・ファイナンス商品に対する需要が出てくるという見解だった。

カルドハサンは、この問題に対するジェイラニなりの回答だ。つまり、学生・ビジネス・コミュニティをつなぐ関係をつくり、若者の教育とキャリアをサポートするというビジョンなのだ。

ジェイラニは、学費はコミュニティベースの問題であり、二つの方法で解決できると考えている。第一に、クラウドファンディングとしての要素。50ポンドであれ、5000ポンドであれ、誰もが学生にお金を貸すことができる。第二に、彼のプロジェクトは、企業と提携することによる授業料のファンディングも目指している。これは、最初はイスラムコミュニティの学生が対象となる見込みだ。

彼はすでに、12週間でコーディングが学べるブートキャンプを運営する専門学校Makers Academy(授業料は最高で8000ポンド)と提携を結んでおり、同校は無利息ローンの提供を承諾している。また、イギリス国内の貧困問題に取り組む慈善団体National Zakat Foundation(NZF)も10万ポンドの奨学金を前途有望な学生に与えると約束している。

カルドハサンが来年度に向けて確保した教育ローンおよび奨学金の資金は、すでに50万ポンド(約6900万円)に達している。このプロジェクトは、高等教育向けクラウドソーシング・プラットフォーム「EdAid」の傘下組織として、金融​​行動監視機構(FCA)の認可も得ているため、必要とされる技術的・金融的なインフラも整備されている。

イギリス政府はすでに、シャリアに適ったローンを独自に構想している。この計画が実現すれば、学生たちは利息をつけてローンを返済する代わりに、将来の大学進学希望者を援助する共同資金に慈善寄付を行うことになる。この計画を盛り込んだ「高等教育と研究に関する法案」はすでに報告審議に入っており、貴族院で現在検討されている。

教育省(DfE)の広報担当者は次のように述べる。「大学で学ぶ機会は、背景にかかわらず、すべての人に向けて開かれるべきだ。だからこそ、代わりとなる教育資金の導入が政府の優先事項のひとつになっている。我々は現在、代わりとなるローンの選択肢を提供する権限を教育大臣に与える法案の可決に向けて動いている。たとえばイスラム教徒の学生たちなど、万人に開かれた大学をつくるためだ」

この法案に盛り込まれたほかの計画は物議をかもしている。2016年の冬には、学生や講師たちがこれに反対するデモ行進を行った。反対運動家たちは、この法案のほかの改革案は、大学教育のさらなる「市場化」と学費の高騰を促すものだと述べている。

イギリスの全国学生連盟(NUS)は、現在のかたちのままではこの法案を支持していない。NUSのプレジデントを務めるマリア・ブーアッチアは3月14日、この法案に対して貴族院で異議が唱えられていることを同連盟は「喜んでいる」と述べた。「多くの人々にとって最大の障害になっているのが、かさむ一方の学費だ」とブーアッチアは語る。

シャリアに適う法案の検討がすでに政府によって行われているいま、ジェイラニはなぜ、代替案を見つけ出すことが自分に課せられた責務だと思っているのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。「もともと、政府が何か長期的な取り組みをしてくれるなどとはまったく期待していません。この5~10年の間に、政府が優先事項と見なさなかったせいで、一体何人の学生が学ぶ権利を失ったことでしょう?」

自身のプロジェクトに対する需要は確実にある、とジェイラニは語る。「その損害を数値化することはとても難しく、今後、多くの研究が行われると思います。いずれにしろ、僕がこれまで話したなかで、無利息のローンに拒否反応を示したイスラム教徒の学生は1人もいません」

彼がこのプロジェクトのリサーチ中に行った2477人を対象とする調査では、大学生の96パーセントが、無利息ローンが利用できるのであれば大学院に進学する可能性は高くなると回答したという。

「誰に聞いても、(SLC以外には)選択肢がないという答えが返ってきます。だからこそSLCは広く受け入れられているし、利子つきのローンを借りることが当たり前になっているのです」

「その個人が持つ思想がどうであれ、いずれにしろ、教育ローンを組みたくない人は、どうすることもできません。われわれが支援したいと思っているのは、そんな人たちです」

学生がジェイラニのプラットフォームを介して一定額をクラウドファンドできたら、その資金をさらに増やしてくれるかもしれない団体などに紹介できるようにもしたいと彼は語る。

「僕たちの考えはこうです。学生はコミュニティと協力しながら働くことを期待されます。けれども、彼らを放っておき何の援助もせずにあの苦闘をひとりで味わわせるようなことはしたくありません。企業や慈善団体との提携に関してわれわれがしていることはすべて、彼らの努力を最大化することを目的としているのです」

「われわれは企業として、学生たちを全力で支援することを目指しています」。彼によると、学生が自身のコミュニティから最初の500ポンドをクラウドファンドできた場合、カルドハサンはそこに追加で500ポンドのローンをマッチとして給付するという。

これが小さなステップであることをジェイラニも認めており、こう付け加えた。「すぐに9,000ポンドを支給するわけではありません」

にわかには信じがたいほど、できすぎた話に思える。だが、「誰かが行動を起こさなければなりませんでした」と彼は語る。「恐怖は、何かをしないことの理由にはならないのです」

この記事は英語から編集・翻訳しました。翻訳:阪本博希/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan