• Tokyo badge

「私は、産みます」。妊娠5カ月で街頭に立つ。都議選と出産に挑む、"普通の30歳”

「この年齢なら当たり前に起きることだと知ってほしいんです」

妊娠検査薬の小窓に、青色の線が浮かび上がった。陽性。頭が真っ白になった。

ずっと子どもを望んでいた。でも、なぜ今なの......。

東京都足立区の後藤奈美さん(30)は、6月23日に告示される東京都議選に「都民ファーストの会」の公認で立候補する予定だ。

「うれしいのに、喜べない」

後藤さんは、大手人材会社で介護業界の雇用創出に取り組んでいた。2016年に小池百合子政経塾「希望の塾」に入り、介護や福祉を仕組みから変えたい、という思いが強まり、政治家をめざすことを決めた。公認を受けるための試験の真っ最中に、妊娠がわかった。

「うれしい。でも、素直に喜べない」

夫で同僚の中島晃一郎さん(29)と2人で頭を抱えた。

「出産」で欠席は認められる

議員は「労働者」ではないため、産前・産後休業や、育児休業の制度は適用されない。「産休」については衆参両議院で認められており、2015年7月からは全都道府県議会でも認められた。

東京都議会では、2001年に会議規則の欠席理由に「出産」が明記され、これまでに1件のみ出産で本会議を欠席したケースがあるという。欠席しても、議員報酬は減額されない。

欠席理由は「疾病、出産その他の事故」で、「育児」はない。東京都議会局はBuzzFeed Newsの取材に「文言としての明記はないが、『その他の事故』の解釈にもよるのでは」としている。

「当たり前に起きること」

11月に出産予定の後藤さんは、当選すれば12月議会を「出産」の理由で欠席することになる。議員になってすぐに休むことがわかっている候補を、有権者はどう見るだろうか。後藤さんは言う。

「妊娠は隠すことではありません。政策と合わせて判断していただけたらと思っています。私も出産適齢期。こういうことは当たり前に起きることなのです」

こんな状況だからこそ、自分の職務はおろそかにはできない。そう考え、妊娠前よりも真剣に、仕事や活動に向き合うようになったという。

だが、そう言えるようになるまでには、とことん悩んだ。

小池知事「議会が変わる」

政治家の夢を応援すると言ってくれた両親を裏切るような気持ちになった。身体を心配して一転して反対する両親に、何度も土下座して理解を求めた。母親(54)が仕事を辞め、サポートしてくれることになった。

後援会事務局長をつとめるのは、夫である中島さんだ。定時退社を会社に申し出て、朝夕の活動を支える。今後、育児休業を取ることも考えている。

小池百合子・特別顧問に妊娠を打ち明けたときは、どんな反応が返ってくるかと身構えた。「当たり前のこと。女性議員が増えれば議会も変わる。ぜひ頑張って」と激励を受け、力が湧いてきたという。

「社会人として自立するのが当たり前だと思っていて、周りから手を差し伸べてもらうことに最初は抵抗がありました。でも、実際にはSOSを出さないとできないことばかり。助けてもらったら、別の形で社会に還元したいと思っています」

毎朝7時に街頭に立つ。重さ5kgを超えるトランスメガホン、木製の看板、のぼり、200枚のチラシを軽乗用車で運んでくれるのは母親だ。昼はいったん自宅に戻って休憩し、夕方からまた演説に出かける。帰宅後は、夫とホワイトボードを使って深夜まで打ち合わせをする。

気づいたのは、選挙の世界にもはびこる「長時間労働」だ。

終電まで声を張り上げたり大きな集会をしたりと、従来型の選挙は、時間・体力・お金の勝負になる。同じ戦い方をすることは難しい。

「今はSNSなど多様なツールがありますし、大規模な活動ではなくても現状を細かく知ることが求められていると思います。私が違う戦い方をすることが、多様な働き方を目指す社会のヒントにもなるのではないでしょうか」

子連れ出席して注意

出産・育児のために議員が活動を休むケースは、珍しくはない。2015年には、衆院議員の妻の出産に合わせて1カ月の「育休」を宣言した男性衆院議員もいた。その後、不倫騒動により議員辞職したため、妻が「産休」を取得した。

埼玉県越谷市議の松田典子さんは、2016年3月15日に第3子を出産。3月議会を「出産」を理由に欠席した。

「私は、議場で陣痛がきてもいいから出席しようと考えていました。でも、県議の先輩から『頑張りすぎる前例を作ると、あとに続く人が大変になる』とアドバイスされ、休むことにしました」

産後うつになり、議員活動を思うようにできない時期もあった。会合に呼ばれても出席できず、市民に非難されたこともある。一方、出産1カ月後、預け先がなく子連れで委員会に出席すると、後から間接的に注意を受けた。

「報酬をもらっているのに休むのは申し訳ないという気持ちがありました。ただ、議員も人間です。議員がぶつかる問題は、多くの市民がぶつかる問題でもある。その声を届けるために議会にいる意味はあると思います」

イギリスでは保守系議員が、6月8日にある総選挙に立候補している妊娠中の候補者を「おむつ替えに忙しすぎて議員にふさわしくない」とFacebookでコメントし、性差別だとして批判され、謝罪に追い込まれた。

「スーパーマンにはなれない」

後藤さんは、妊娠に否定的な意見があることも覚悟している。出産後、自分が思っているように動けるかどうかはわからないが、体調の回復が早いとされる無痛分娩を予定するなどしている。

「私は、本当に普通の環境で育ってきました。スーパーマンのようにあれもこれも完璧にこなすことはできません。だからこそ、前向きに、自分にできる方法を探していきたいです」

(サムネイル:Akiko Kobayashi / BuzzFeed)