性犯罪の被害者と加害者。いずれも社会から孤立しがちな両者が「対話」をすることを模索するシンポジウム「性犯罪をなくすために〜被害者支援と加害者臨床の対話」が4月4日、東京都内であった。警察官や弁護士など、被害者支援や加害者臨床に携わる人たちが参加した。
シンポジウムで浮き彫りになったのは、性犯罪の被害者と加害者の間に横たわる、深くて悲しい溝。そして、その溝を埋めるための支援の必要性だった。
なぜ対話するのか、被害者の場合
「対話」といっても、被害者と加害者が直接対峙するのではなく、被害者支援と加害者臨床のスタッフの間で、相互理解を深めようというねらいだ。
性犯罪被害者の支援を続けている目白大学専任講師で臨床心理士の齋藤梓さんによると、大学生を対象にした調査で、痴漢や性器露出、レイプなど何らかの性暴力被害に遭った経験がある学生は、女子の78%、男子の12%いたという。
被害者にとっては日常生活を脅かすほどのトラウマになりうるにもかかわらず、被害の多くは表面化せず、「たいしたことない」「犬に噛まれたようなものだ」とあしらわれがちだ、と齋藤さん。
「社会から性暴力をなくしていくためには、被害者の声だけでは足りません。特に、被害者と加害者の間では、性暴力に関する認識が大きく違う。加害者が自分の行為をどのようにとらえているかを知ることが、性暴力をなくすために必要です」
なぜ対話するのか、加害者の場合
一方、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんが提供している性犯罪加害者の再犯防止プログラムでは、事件の当事者同士ではないものの、加害者が被害者の体験談を聞く機会がこれまでに5回あったという。
「被害者の思いを聞き、受け取めた様子が、加害者の表情や呼吸や筋肉の動きで伝わってきた。加害者のために被害者を利用することはあってはならないが、被害者側が望むのであれば、対話の機会があるのはいい。現実を歪めて見ている加害者が、加害行為を客観的にとらえ、責任をとる意識や行動につながっていきます」
どんな断絶があるのか
弁護士の上谷さくらさんは「被害者の気持ちと加害者の考え方との間には、絶望的な溝がある」と話す。両者の意識はどのように違うのか。シンポジウムで発表された事例からまとめた。
左(紫)は被害者の気持ちや状況、右(緑)は加害者の気持ちや状況を表している。
(※すべての被害者や加害者がそう感じているわけではなく、臨床や研究によってわかった傾向です)
「レイプの多くは暗闇で横たわった姿勢で被害に遭うので、寝ることが被害の再現になってしまい、寝られなくなる被害者がいます。痴漢、盗撮によって電車に乗れない、駅に近づけない、エレベーターに乗れない、会社に行けないという人や、加害者が着ていた黒いダウンジャケットを見るとフラッシュバックが起きるので、冬は外出できなくなるという人もいました」(上谷弁護士)
「逮捕後の加害者の関心事は、刑がどのくらいになるか、否認すると罪が軽くなるのか、差し入れで何がほしいか、ペットの世話はどうするか、クリーニングに出したままのスーツを受け取れないと困る...など。被害者の話はまず出てこないのでこちらから尋ねると『あぁ、悪いと思っています』といった反応です」(同)
「裁判では口先だけでも反省の弁を述べ、その態度が情状で被告人に有利にはたらくことがあります」(上谷弁護士)
「裁判での謝罪や反省はパフォーマンスのことが多いです。心から反省し、謝罪するまでに加害者が変化するには数年かかりますし、数年かけても変わらない人もいます」(加害者臨床の斉藤さん)
「被害弁償を持ち出すことも判決で有利に斟酌されます。しかし判決後、支払い能力がなくなったと伝えてくる人はまだマシで、無視がほとんどです」(上谷弁護士)
加害者臨床の斉藤さんによると、加害者に「もしあなたの大切な人が同じような性暴力被害に遭ったらどうしますか」と聞くと、「殺しに行くと思います」と答えるという。
「自分の加害者性はすっぽり抜け落ちているんです。『では、あなたは殺されてもおかしくないことをやったんですね』と問うと、ようやくハッと気づくのです」
「加害者は想像力がないわけではない。加害行為をする前には計画的にシミュレーションをしているくらいですから。ただ、被害者の気持ちを想像する領域だけが足りていない。そこを補って再犯を防ぐために、直接の対話は難しくても、被害者のメッセージを加害者に伝え続けていきたいです」