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上司の「いじり」で自殺未遂も。無意識のうちに新入社員を追い詰めていませんか?

いじりは感染します。いじりはハラスメントになりえます。

「彼女いないの?」

ヒロアキさん(23歳、仮名)は飲み会で、30代の先輩女性から聞かれた。

2017年に新卒で出版関係の企業に入社したヒロアキさん。会社の飲み会で先輩男性から「彼女がいない」ことを紹介され、社内に知られてしまった。それ以来、飲み会のたびに、交際経験がないとか童貞だとか、プライベートな話題でいじられる。

服装、髪型、容姿、プライベート......飲み会でよく盛り上がる、これらの話題。「愛あるいじり」として、コミュニケーションの一環や親密性の象徴として受け止められることもある。

だが、こうした「いじり」がじわじわと人をむしばんでいく可能性を、フリージャーナリストの中野円佳さんは指摘する。著書『上司の「いじり」が許せない』で、「いじりはハラスメントになりうる」と断言している。

彼女は「いじりは我慢の限界」と書き残した

中野さんが「いじり」について取材を始めたきっかけは、2015年12月に自殺した高橋まつりさん(当時24歳)の事件だった。高橋さんは大手広告代理店の新入社員で、月105時間の時間外労働をしていたと労働基準監督署が認定した。自殺の2カ月前から、彼女はツイッターで、仕事の負担感だけでなく、上司の言葉についての悩みも吐露していた。

「髪はボサボサ、目が充血したまま出勤するな」(と部長に言われた)

「男性上司から女子力がないだのなんだと言われるの、笑を取るためのいじりだとしても我慢の限界である」

高橋さんのツイートを読み、「友達や後輩がツイートしていてもおかしくないような内容」だと感じた中野さんは、罪の意識もなくかける言葉がもつ残酷さにゾッとして、職場でのいじりについて取材を始める。

すると、上司のいじりによって「線路に飛び込みそうになった」というまでに心を病んでいく人たちがいた。

多くは、職場に「新入り」のときにつけられた「いじられキャラ」が定着し、いじられ続ける状況から抜け出せない人たちだったという。

入社してすぐ定着する「いじられキャラ」

「取材したほとんどの事例で、いじりの被害は新卒や転職直後の新入社員、異動による配属直後など『新入り』のときに受けていました。最初の歓迎会など、かなり初期に始まっています」

中野さんが取材した事例では、いじりが始まる過程で共通する点があった。

まず、先輩や上司は「仲間に入れてあげよう」という動機から、いじるネタを探し、いじっても大丈夫かどうか様子をうかがう。その際、見るからに弱そうな人や怒らせると怖そうな人ではなく、どちらかというとコミュニケーション力や適応力が高そうな人がターゲットになりやすい。

エスカレートし、感染する

「いじられるのは、ニコニコして受け流したり自虐ネタを自ら提供したりと、空気を読んで周りの気分をよくさせるのがうまい人。つらいと感じているようには見えないので、いじるほうには悪気がまったくないまま、コイツなら何を言っても大丈夫、という空気が醸成されていきます」

そうやって、加害の自覚がないばかりか、むしろ「良かれと思って」の「かわいがり」や「愛」として、いじり行為はエスカレートしていく。

「問題なのは、発端は飲み会であっても、昼間のコミュニケーションに持ち越されることです。また、いじり行為が周りに感染していくことです」

自虐ネタを口にしている女性に「緊張しないで話せるからお前がブスでよかった」は...?

飲み会で男性に「お前童貞だろ」は...?

いじり発言は「別にいい?」

そうなると「飲み会では許せたけど、仕事中に持ち込むなんて」「あの人には言われてもいいと思っていたけど、なぜあなたまで」といったパターンも起こりうる。

中野さんは2017年6月、職場でのさまざまな言動について「ハラスメントと感じるかどうか」をFacebookなどでアンケートをした。友人からシェアが広がり、女性437人、男性129人が回答した。「社内の宴会で女性のお尻を触る」といった直接的な行為はほぼ100%の男女がハラスメントだと認識していたが、容姿や体型、プライベートのいじり発言は、ハラスメントの認識が分かれた(=上の表)。

「関係性」という危うさ

ハラスメントについては、どこからどこまでが加害行為か、という議論に対し、「当事者の関係性による」「その場の雰囲気による」ために線引きをするのは難しい、という意見がある。しかし中野さんは著書で、「関係性や状況による」ということの危うさについても指摘している。

「いじる側が、『俺とお前の仲だからいいよな』と認識している関係性であっても、いじられる側からすれば『友達であっても言われたら傷つく』『どうしてそこまで言われないといけないのか』と受け止めていることもあります。自分が思っている関係性が、相手にとっても同じであるという認識に、本当に自信を持てるでしょうか」

なぜ、ハラスメントの認識だけでなく、関係性にも認識のズレが生じてしまうのか。

ここからは、働き方やダイバーシティーの視点から、中野さんの考察を聞く。


なくならない新入りの「通過儀礼」

職場の「いじり」は、組織の在籍期間が異なる人たち、多くはそれに伴う上下関係がある中で起きています。

背景にあるのは、日本の「年功序列」「終身雇用」の雇用形態です。

組織に長くいる人が偉い人だというマウンティングがあり、新人は白紙の状態から組織のカルチャーに染め上げられていきます。単に仕事そのものだけではなく、人格や私生活に過剰に介入し、カルチャーに取り込もうとするコミュニケーションが機能してきました。

「いじり」は、新入りを組織のカルチャーに染める「通過儀礼」です。うまくいけば組織にすばやく打ち解けることができるし、合わなければ排除される。「自分こそがこの組織のカルチャーを知っている」というマジョリティーが、マイノリティーや個人のカルチャーを尊重しないために「いじり」は起きると言えます。

カルチャーを強制する同調圧力

私は2017年春から、家族の事情でシンガポールに住んでいます。海外旅行などで自分が「新入り」のマイノリティーであるとき、例えば、自分と違う文化の人が着ている服が何か不思議だなと思ったとしても、「その服装どうなの?」と聞くのは躊躇するでしょう。その服装がその人のカルチャーかもしれないと想像しますし、自分のカルチャーを強制しようとも思わないはずです。カルチャーを強制しようとすること自体、強い同質性や同調圧力が背景にあると感じます。

新卒採用だけでなく中途採用を増やし、外国人、障害者、高齢者などいろいろな属性の雇用によって社員に多様性が生まれれば、こうした「いじり」は起きなくなるのではないでしょうか。

日本の大手企業のトップはダイバーシティーについて目標や理念を掲げていますが、こうした現場レベルのいじりについては知らないんじゃないか、と思います。もしくは、些細なことなのかもしれません。

しかし、いじりをなくすには、ハラスメント研修で「言ってはいけない言葉リスト」を確認するようなマニュアル対応をしても、根本的な解決はしないでしょう。採用方式や評価制度、昇進の仕組みなどを抜本的に改革し、経営レベルでダイバーシティーに取り組む必要があるのです。

いじられキャラの生存戦略は不毛

一方、現場では、いじりが「生存戦略」として機能している点は否定できません。

天性あるいは戦略として、自虐的に振る舞ったり「いじられキャラ」を演じたりする例はあります。そうすると組織のカルチャーに受け入れられやすいからです。

「あいつはダメですけど俺はいじられるの大丈夫ッスから」という出し抜き戦略が成功すると、いじり行為を否定しないカルチャーに加担することになってしまいます。いじられてつらいという人を「こんなことで気にするなんて自分は自意識過剰なのではないか」と追い詰めることにもなりかねません。

難しいですが、本人にとっても、やはり「いじられキャラ」は生存戦略上、得策ではありません。

もともと上下関係があるところから発生しているため、ずっと見下されたままでキャラが固定されてしまい、ゆくゆくは自分を追い詰めることになるからです。

社会人としてのコミュニケーションは必要ですが、自分の心身を削ってまで空気を読む必要はないと思います。チキンレースで消耗してほしくないのです。

不快感は伝えて

いじりは、ハラスメントになりえます。

いじる側にはまったく悪意がないことがあるので、「拒否」の意思や「不快感」を伝えてほしい。うまく切り返せず、その場では笑って受け流してしまっても、「実はけっこう傷ついています」と後から伝えるのでもよいと思います。

すでに「いじられキャラ」の悪循環にはまっている人は、「つまんねー奴」と言われてもいいから、飲み会には参加しなくてもいいし、いきなり怒り出してもいい。「これくらいで」などと相手や周りの尺度に合わせて考えないで、「私は傷ついています」と言っていいのです。

BuzzFeed JapanNews