届け、10万人の思い。虐待で子どもを死なせないために、大事なポイントを図解した

    あのとき、救えていたかもしれない。

    東京都目黒区で、5歳の船戸結愛ちゃんが両親から虐待を受け、亡くなった事件。

    「もっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」

    結愛ちゃんがノートに残した文章からは、極限の状況で助けを求めていたことがうかがえる。どうすれば救うことができたのか。

    構造を放置した責任がある

    6月14日に始まった署名プロジェクト「もう、一人も虐待で死なせたくない。総力をあげた児童虐待対策を求めます!」に賛同した人は、6月21日午前11時現在で9万6433人(詳細は「いま泣いている子どもを救いたい。児童虐待の対策を求める署名活動はじまる」)。

    署名をはじめた「なくそう!子どもの虐待プロジェクト2018」の発起人が同日、記者会見を開いた。ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さん、NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子さんら。発起人の一人、認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは、このように話した。

    「悲しんでいるだけではダメで、この悲しみをテコに、虐待死がない社会を作っていかなければ。そのために制度、社会、法律、予算を変えていかなければならない」

    「児童相談所の数も、職員の数も足りていない。多くの矛盾と不具合を抱えている構造を放置し続けてきてしまったのは、政治や行政の責任であり、児童福祉業界や国民の責任でもある。加害者叩き、児相叩きから脱して、制度や仕組みに目を向けて改善につなげていきたい」

    泣き声、けが。何度も通報されていた

    虐待を見逃してしまった仕組みとは、どんなものなのか。朝日新聞によると、結愛ちゃんが亡くなるまでの経緯は以下の通り。

    <2016年>
    8月 香川県の自宅で結愛ちゃんが大声で泣いていると通報。児童相談所(児相)が2度、家庭訪問したが会えず。

    12月 結愛ちゃんが外でうずくまっていると通報児相が一時保護

    <2017年>
    2月 一時保護を解除。警察が傷害容疑で父親を書類送検(5月にも。いずれも不起訴)。

    3月 警察が結愛ちゃんを保護。けがを確認し、2度目の一時保護

    4月 施設入所を両親が断る

    7月 児相が2度目の一時保護を解除。指導措置を開始。

    8月 病院がけがを確認し、児相に通報(9月にも)。

    <2018年>
    1月 香川の児相が指導措置を解除。一家が目黒区に転居し、品川の児相に情報を引き継ぐ。

    2月 品川の児相が家庭訪問したが結愛ちゃんには会えず。

    3月 搬送先の病院で死亡。

    児童虐待事件が明らかになったとき、「児相が関与していた」と報じられることはよくある。それなのになぜ救えなかったのか、という問いも、何度も繰り返されてきた。結愛ちゃんのケースを例に、課題を整理した。

    「虐待かも」と思ったら通報していいの?

    結愛ちゃんのケースでは、泣き声を聞いた近所の人から警察や児相へ通報、けがを確認した病院から児相への通報などがあり、児相につながっていた。

    2015年7月1日から、児童相談所全国共通ダイヤルは、覚えやすい3ケタの番号「189(いちはやく)」になった。通話料はかかるが、管轄の児相に直接つながる。このほか、自治体の子ども家庭支援センターなども相談を受け付けている。

    2016年度の全国の児相での児童虐待相談の対応件数は12万2575件で、過去最多だった。「189」の認知度が高まり、通報が増えたことも一因という。

    しかし、通報するには心理的なハードルがある。「虐待ではなかったらどうしよう」「通報したのが自分だと知られて恨まれたら困る」といったものだ。

    児童虐待防止法は、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに市町村、都道府県の福祉事務所、児童相談所に通告しなければならない」と定めている。

    つまり、虐待が事実かどうかを通報者が判断する必要はない。複数の通報によって確度が高まる場合もあるので、厚生労働省は「虐待かも、と思ったらすぐ通報を」と呼びかけている。

    すぐ様子を見に行ってくれるの?

    結愛ちゃんのケースでは、香川でも品川でも、児相が家庭訪問したときにいずれも結愛ちゃんと会えていない。

    2010年に、大阪市で姉弟が自宅マンションに置き去りにされて死亡した事件では、児相が5度、家庭訪問をしたにもかかわらず、子どもの安全は確認できなかった。

    このときの厚労省の調査では、3カ月間の虐待通告1万3469件のうち、安全確認ができていないケースが261件あることがわかった。住所が特定できない例が9割を占めたが、家庭訪問しても不在だったり、親に拒否されたりした例もあった。

    虐待通告を受けると、児相は48時間以内に子どもの安全確認をするという全国的なルールがある。24時間以内としているところも5自治体ある。そんな緊急の対応が必要なのに、児相のマンパワーは圧倒的に足りない。

    2017年4月現在、児相は全国に210カ所ある。東京都には11カ所、児童福祉司244人で、年間1万件を超える児童虐待相談に対応している。結愛ちゃんの家庭訪問を試みた品川児相は、目黒区だけでなく、品川区、大田区の計3区を担当している。

    告発 児童相談所が子供を殺す』を書いた元児相職員の山脇由貴子さんによると、児童福祉司が玄関先で親と話しただけで「虐待はない」と判断し、「助言」のみで切り上げることもあるという。

    怒鳴られたり物を投げつけられたりすることもある。対応には専門性が必要だが、児童福祉司の育成や研修は十分とは言えない。こうした児相の実情について、BuzzFeed Newsは改めて記事にする。

    子どもの安全は確保できるの?

    結愛ちゃんのケースでは、香川県で2度、一時保護されているが、2カ月ほどで自宅に戻されている。父親が「もう殴らない」と約束したことなどで判断されたという。

    子どもと引き離されることに親の抵抗は強く、子どものほうも自宅に戻りたいと希望することがある。

    それに加え、一時保護された子どもを預かる「一時保護所」がほぼ満員で、すぐには受け入れづらいという事情もある。

    一時保護所は児相に併設されているが、すべての児相にあるわけではない。全国210カ所の児相に対し、一時保護所は136カ所だ。

    年間平均入所率が80%を超える児相が37カ所と、約4分の1。時期によっては入所率200%を超える一時保護所もあるという。1日あたりの保護人数は1885人で、増加傾向。平均在所日数は29.6日で、2カ月を超える子もいるが、原則学校に通うことはできず、外部と連絡も取れない。

    親と離れた後はどうなるの?

    朝日新聞によると、香川の児相は結愛ちゃんを児童養護施設に入所させるよう勧めたが、両親は「施設がいいとは思えない」と拒否したという。

    児童養護施設とは、虐待や保護者の死亡、病気など、何らかの事情で家庭で育てることが難しい子どもが集団で生活する施設で、18歳まで過ごせる。施設によって環境やルールはさまざまで、スマホなど持ち物の制限があることも多い。

    厚労省の検討会が2017年8月にまとめた「新しい社会的養育ビジョン」では、子どもの権利やニーズを優先し、より家庭的な環境で過ごせるよう、里親や特別養子縁組による養育を推進する、としている。里親などへの委託率を、現状の2割未満から、75%にまで上げるという数値目標も掲げた。

    里親とは、実の親に代わって一定期間、家庭で子どもを預かる制度。親権は実親にある。

    養子縁組とは養親が親権をもつ制度で、なかでも特別養子縁組は、原則6歳未満の子どもが実親と法的な親子関係を断ち、養親の実子と同等の関係になる。子どもに安定した環境を与えることが目的で、虐待の場合、実親の同意がなくても特別養子縁組はできる。

    日本で社会的養護を受けている子どもは、約4万5000人。厚労省が2015年に公表した調査結果によると、2013年2月現在、児童養護施設に入所している子どもは2万9979人で、うち虐待を受けた経験がある子が6割。里親のもとで暮らす子どもは4534人で、うち虐待を受けた経験がある子は3割だった。

    里親委託が進みづらいのはなぜか。里親の不足や、里親と子どものミスマッチ、委託後のサポート不足、また実の親が同意しないことなどがある。

    全国194カ所の児相が回答し、2015年に全国児童相談所長会が発表した調査では、里親委託が進まない理由は「実親・親権者が里親養育を望まない・同意しない」(79%)がトップ。他に「里親の要望と子どものニーズが一致しない」(42%)、「養育経験が少ない里親希望者が多く、児相職員が消極的になる」(38%)などが上位にあがった。

    認定NPO法人Living in Peaceはサイト上で、里親委託が進まない要因として、日本でとりわけ親権が強いことをあげている。

    養育里親は養子縁組を前提としないにもかかわらず、施設入所には同意しても里親委託には同意しない実親が多い。措置を決定する児相も、実親の説得に時間と労力をかけるだけの余裕がない。日本は諸外国と比べてとりわけ親権が強い傾向にあり、民法は親権者に広範な権限を与えており、公的介入の必要性と手段が定められていません(要約)

    2012年、虐待から子どもを守るために、親権を一時的に停止できる制度ができたが、2016年度の申し立ては28例にとどまった。

    警察が動くこともあるの?

    結愛ちゃんのケースでは、香川県では近所の人が警察に通報したり、警察官がけがをした結愛ちゃんを保護したりと、警察が関わって状況を把握していた。父親は傷害容疑で2度、書類送検された。

    転居後、品川児相が家庭訪問したが、母親から「関わらないでほしい」と拒まれ、結愛ちゃんの安全を確認できなかった。この時点で、警察と連携すべきだったという指摘もある。

    警察庁によると、全国の警察が2017年、虐待の疑いがあるとして児相に通告した子どもは6万5431件で、13年連続で増えている。これは、児童虐待相談の対応件数のおよそ半数を占める。

    一方、児相から警察への情報共有は、児相が「重大な事案」と判断した場合で、その基準や範囲は自治体によって異なる。警察が関わることによって親をより追い詰める恐れがあったり、警察のほうに介入する部署や体制が整っていなかったりという懸念があるとされる。

    2016年10月に東京都と警視庁が締結した協定書は、身体的虐待で児相が一時保護した後に家庭に戻したケース、児相所長が必要と判断したケースであれば、情報共有すると定めている。

    高知県、茨城県、愛知県は、児相が警察と虐待情報を全件共有しており、埼玉県、岐阜県も2018年度中に全件共有する方針を明らかにした。

    小池百合子・東京都知事は、警察との情報共有は全件ではなく「範囲を拡大」するとしている。また、都独自の行動指針を策定するプロジェクトチームを立ち上げ、児童虐待防止の条例制定に向けて検討する方針を示した

    「なくそう!子どもの虐待プロジェクト2018」は、集まった署名を加藤勝信・厚生労働大臣と小池知事に届ける。


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