「児童相談所は地獄」は本当か? 保護された子どもに待ち受ける、次なる試練

    児童虐待の事件の時、話題になる「児童相談所」。しかし、児相や一時保護所の実態はあまり知られていません。「どんな役割があるのか」「一時保護とは何か」「虐待の通報や相談はどこにすればいい?」さまざまな疑問や、"地獄”とも呼ばれる実態を児童福祉に詳しい2人に聞きました。

    児童虐待の事件が起きたとき、よく報道されるのが、児童相談所(以下、児相)が関わっていたにもかかわらず、助けることができなかった、というケースだ。

    東京都目黒区で5歳だった船戸結愛ちゃんが亡くなった事件でも、香川と品川の児相が関わっていた。

    事件のたびに「児相叩き」の論調が盛り上がるものの、実際どのような現場なのかは、あまり知られていない。BuzzFeed Newsは、児童福祉に詳しい2人に、児相の実態を聞いた。

    ただ、これらの情報はすべての児相にあてはまるわけではなく、児相の環境や対応は施設によって異なる。

    業務が多すぎる児童相談所

    全国に210カ所ある児相が2016年度に対応した児童虐待相談は、12万2575件だった。

    児相は、都道府県や政令市などが設けており、虐待だけでなく、子どもの発育に関する相談や、障害、非行、不登校などの相談・支援にも対応している。このため、業務過多や職員不足が以前から指摘されていた。

    児相を舞台にした漫画『ちいさいひと』では、新人の児童福祉司が、激務ながらも情熱を燃やし、子どもを守るために奔走する様子が描かれている。

    しかし、関東地方のある児相の職員は明かす。

    「日々、悲惨な事案に触れることで感覚が麻痺している職員や、バーンアウトしてしまった職員もいます。着任した途端に数十件を超える事案を引き継ぐので、まるでロボットのように処理している人もいます」

    人数を増やすだけでは

    都内の児相で19年間働き、退職後の2016年、『告発 児童相談所が子供を殺す』を書いた山脇由貴子さんは、「職員を増やせばどうにかなる問題ではないと、みんな気づき始めています」と話す。

    山脇さんは、都に心理職として採用された「児童心理司」だ。子どもや家族の抱える問題に応じて、知能検査や心理検査にもとづく「心理診断」をする。全国の児童心理司の約93%が、心理の専門職として採用されている。

    一方、子どもや家族に一線で対応するのは「児童福祉司」だ。虐待の場合は、通報などで疑いが発覚すると、面接、家庭訪問、一時保護、その後のフォローまで児童福祉司が担当する。

    緊急の案件かどうか、虐待があるのかどうか、子どもを一時保護するかどうかの判断をしたり、家庭に踏み込んで親と直接、対話したりする、心身ともに負担の大きい業務だ。

    山脇さんは、この児童福祉司の専門性に疑問を呈す。

    「児童福祉司は年々、増えています。しかし、定期異動でやってきた普通の公務員が多いです。研修を受けただけで、子どもの人生を左右するほどの権限をもつのです。足りないのは、児童福祉司の人数ではなく専門性です」

    「児童福祉司」は公務員の役職名

    児童福祉司は、保育士など「士」がつく職種のような特定の資格を指すものではなく、児童相談所に配属された公務員の職種名だ。

    全国の児童福祉司のうち福祉などの専門職採用は約73%で、それ以外は一般行政職。つまり、一般の公務員として採用され、児相に配属された人が「児童福祉司」を名乗るということになる。専門職の児童福祉司が一人もいない児相も複数ある。児相所長にいたっては、専門職採用は約47%だ。

    児相に配属されると、研修や育成もそこそこに、虐待などハードな案件を担当することになる。

    「みんな本心では虐待なんて扱いたくないですよね。子どものかわいそうな姿を目の当たりにするし、親からは怒鳴られるし。知識がないからどうしたらいいかもわからない」

    「死ななければいい」

    山脇さんが見てきた中では、児童福祉司が親を恐れて子どもを保護しなかったケースや、「この程度は自分もやっていたから」と虐待ではないと判断したケースがあるという。

    「玄関先で一瞥しただけで『傷がないから』、親が謝ったら『反省しているから』として『助言しました』で対応を打ち切るケースが多いです。結局、児相の判断は、子どもが死ななければいい、という基準になってしまいます」

    児童福祉司の資質や教育だけが問題なのではない。

    「子どもを守るためのケンカもできないのになぜ児相で働いているんだ、と言いたくもなりますが、児童福祉司がジレンマを抱えているのも事実です。子どもを親から引き離す強制力を持っている一方で、親と信頼関係を築けとも言われるわけです」

    山脇さんは、公務員の一異動先としての児相ではなく、児童虐待専門機関を設立すべき、と訴える。

    そこでは、虐待の有無を調査する「初動班」、虐待をなくす指導をする「対策・指導班」、親子関係を取り戻すサポートをする「家庭復帰班」にチームを分けることも提案する。役割分担をすることでより専門性を高めるとともに、児童福祉司の判断をチェックする体制も必要だ、と山脇さんは言う。

    一時保護されたら安心なのか

    児相よりもさらに実態が知られていないのが、一時保護所だ。虐待、置き去り、非行などの理由によって子どもを一時的に保護するための施設で、全国210の児相のうち136カ所に一時保護所が併設されている。

    認定NPO法人Living in Peaceを創設した慎泰俊さんは、約10カ所の一時保護所を訪問、2カ所に住み込んで目の当たりにした実態を、『ルポ児童相談所 一時保護所から考える子ども支援』に記した。

    「あそこは地獄だ。思い出したくもない」

    「扉が二枚重ねで、すべてに鍵がかかっていた。大人がいる場所と子どもたちの生活空間の間には扉が二つあり、刑務所のようだった」

    (『ルポ児童相談所』より)

    一時保護所にいた子どもたちの話や現場の環境から、慎さんは「保護所間格差」が大きいことを知る。

    一部の一時保護所では、規律が厳しく、職員は命令口調で子どもに指示する。窓は開かず、部屋は外鍵。これは、虐待を受けた子どもだけでなく、非行や精神障害をもつ子どもも保護されてくるためとされている。

    性的な問題を防ぐため、会話やトイレの自由も奪われている。また、子どもの安全を守るという理由で外出の機会はほぼなく、基本的に学校にも行けない。子どもたちはプリントなどで自主学習をするが、習熟度に応じた内容ではないこともある。

    慎さんは「一時保護によって子どもの権利が侵害されることがあります。子どもの心身に与える影響も心配です」と危惧する。

    多くの子どもは、あと何日ここにいるのか、親元に戻れるのか、次にどこに行くのかを知らされないまま、一時保護所で過ごしている。慎さんがその理由を複数の関係者に聞いたところ、不確実な情報によって子どもが一喜一憂することを防ぐため、子ども同士のトラブルを防ぐため、などの答えだったという。

    「虐待を受けた子どもには何の罪もないのに、安全確保という名のもと、親だけでなく友達や学校の先生からも神隠しのように引き離され、自由や知る権利を制限される。そんな状況はおかしくないでしょうか」

    児相一極集中という闇

    慎さんは、こうした一時保護所格差が起こる背景として、児相一極集中になっている現状を指摘する。

    「多くの地域で子どもを支えるコミュニティの力が失われた今、児相が子どもとその親の問題を一手に引き受けています」

    パンク状態になっている児相に、これ以上きめ細やかなケアを求めるのは難しい。と同時に、児相に外部の目が届きにくい状態にもなっている。

    「ある事業を一つの組織だけで見て外部の目が入らないと、都合の悪い情報は隠されがちになり、自浄作用が働かなくなっていきます。情報公開と第三者の外部監査によって実態を把握し、子どもの利益を最大化することを目的に動けているのか、チェックする必要があります」

    3人に1人は児相につながっていた

    厚生労働省によると、心中以外の虐待死は、2015年度は48例の52人。そのうち児相が関与していたのは16例(33.3%)だった。関与とは、虐待に限らず何らかの相談を受け、児相に記録が残っていたり記録を残すべきだと判断したりしたケースを指す。

    つまり、3人に1人の子どもは、何らかの形で児相につながっていたにも関わらず、命を助けることができなかった。

    結愛ちゃんの事件を受け、香川県と東京都はそれぞれ、児相などの対応の検証を進めている。小池百合子都知事は、都内の児相の職員を増員すると表明した。

    また、2016年に成立した改正児童福祉法により、特別区でも「区立」の児相が設置できるようになり、世田谷区、板橋区などが設置に向けて準備を進めている。各区の子ども家庭支援センターと連携した、きめ細やかな対応が期待されている。