どうすればこの子を救えたのか。児童相談所をどこに建てるかの前に考えておきたいこと

    虐待の問題に詳しい山田不二子さんは、子どもの権利が適正に守られるような第三者機関の設置を提案します。

    東京都目黒区で、5歳だった船戸結愛ちゃんが両親に虐待され、死亡した事件。10月に発表された専門委員会による最終報告書では、児童相談所の対応の問題点が10項目、指摘された。

    虐待をなくすために社会の仕組みをどうつくっていけばいいのか。認定NPO法人チャイルドファーストジャパン理事長の山田不二子さんに、虐待防止のための活動や社会的養護啓発プログラム「こどもギフト」に取り組んでいるイラストエッセイストの犬山紙子さんが聞いた。


    犬山 児童虐待のニュースを聞くたび、胸が押しつぶされそうになります。悲惨な事例にフォーカスされ、ひどい親だ、児童相談所の怠慢だ、警察の介入を、といった議論になりがちですが......。

    山田 虐待の中に犯罪が含まれていることについては、疑問を挟む余地はありません。毒物や凶器が使われるケースもあれば、子どもが死亡する例もあります。

    ただ、身体的虐待、心理的虐待の場合、他人の子にした場合はその親が怒って訴えるような行為であっても、我が子にした場合は処罰の対象にするか否か、判断が分かれるものもあります。

    市区町村の子育て支援センターなどが相談に応じればよいケースもあれば、介入的な調査が必要なケース、児相が一時保護すべきケース、警察が捜査すべきケース、いろいろな水準があります。「虐待」という一言で十把一絡げにできるものではないのです。虐待=すべて犯罪という議論になっていることが問題だと感じます。

    犬山 児相や警察が関わっていたケースも多いので、なぜ助けられなかったのか、と思ってしまいます。

    山田 子ども虐待は基本的に家庭の中で起こり、家族の中に加害者と被害者がいます。福祉には本質的に、家族を壊さずになんとか再生させていきたいという考え方があります。

    児童福祉は、子どもと家族を支援して、親子関係を修復し、子どもが家族の元で安全に暮らせるようにすることを職責とします。しかしその中には、加害者を処罰するなどの抑止力を行使していたらこの子を救うことができたんじゃないかというケースもあるのです。

    支援か、抑止か

    山田 海外でも、日本の児童相談所にあたるアメリカの「CPS(Child Protective Services)もイギリスの「CSC(Children's Social Care)」も、いずれも福祉機関なので、子どもを保護したり親子を支援したりはするけれど、加害者の処罰はできません。

    ソーシャルワーカーの考え方としては「親がやったことは悪いけれど、虐待してしまった背景は理解できるし、子どもは親のことが大好きなのだから、今回は大目にみて、私たちが親を支援することで安全を担保して、子どもを家に帰してあげましょう」というモードになるわけです。

    そうすると、そんな悠長なことを言っているから子どもが亡くなってしまったんじゃないか、といったケースが当然、出てきます。児童福祉としては、良かれと思ってやったことであって、悪気があったわけではないのですが、結果的にそうなってしまったのです。

    児童福祉はアセスメントとケアが得意で、捜査機関は抑止力になるわけですが、DVや虐待など家庭内の親密な関係で起こる暴力には、どちらのアプローチがよいとか悪いとかではなく、児童福祉と捜査機関がどう連携し、支援提供と抑止力行使のバランスをどうとるかが常に課題になります。

    虐待を見逃さないために

    犬山 アメリカやイギリスと日本との違いはどういう点でしょうか?

    山田 日本の児童相談所は、虐待相談を含む養育相談、保健相談、障害相談、非行相談、不登校や性格行動に関する育成相談など、さまざまな相談を受けています。

    アメリカのCPSやイギリスのCSCは、子ども虐待・ネグレクトだけを担当する専門的行政機関です。まずもって、そこから欧米と日本は異なります。

    先ほどお話ししたとおり、CPSも以前は、警察の介入を敬遠してケースを抱え込む傾向があり、子どもが死亡する事件が起こりました。どの事例を捜査すべきかは、CPSより、捜査機関である警察の方が的確に判断できますので、すべての虐待通告を警察にも送って、捜査の必要性を判断してもらうことにしました。

    また、緊急ケースが警察に通報されたのに、CPSにその情報が伝わらないという問題もありました。そこで、CPSに入った虐待通告を警察に、警察に入った虐待通報をCPSに伝えることを制度化したのです。これを「クロスレポート」と呼びます。

    日本でも、警察との情報の全件情報共有は議論されていますが、論点がまったく異なります。

    児相の人手が足りないから、警察が児相から情報をもらって家庭訪問すれば、子どもの安全をたびたび確認できるし、親の相談にも乗ってあげられる。児相に入った通告を警察が把握しておけば、緊急通報が入った時に、児相への通告歴があるケースだとわかったうえで対応でき、虐待の見逃しを減らせる。そんな利点が、警察との全件情報共有では主張されています。

    子どもは助けを求められない

    しかし、警察の抑止力に依り頼むのは危険です。

    考えてみてください。突然、警察官に家庭訪問されたりしたら、親は表面上は「何もありません」「もうやりません」と言うかもしれませんが、家族をより追い詰めることになりかねません。

    ストーカーやDVの事案では、警察から加害者に対する指導や警告が抑止力につながることが多いと言われていますが、時に事態を悪化させることもあります。さらに子ども虐待は、被害者は自らSOSを出すことも逃げ出すこともできない子どもですから、取り返しがつかない事態が発生するかもしれません。

    児相は支援の立場から地道に家族と関係を築き、警察は事件化する立場から児相の支援の枠組みを壊さないように配慮しながら介入し捜査する。それが現実的な児相と警察の連携だと考えます。

    犬山 児童相談所のマンパワーが足りないという課題もありますね。結愛ちゃんの事件を受けて7月に発表された緊急総合対策では、児相の体制強化を含む新プランが策定されました(12月18日には、児相職員を2022年度までに2890人増員する新プランを決定)。

    山田 児相の強化が課題です。ただ、人数を増やせばいいというものではありません。

    私は、現状のシステムで必要なのは、「子どもの権利擁護評価機関」だと考えています。国や地方自治体から独立した第三者機関です。

    日本では、子ども虐待・ネグレクトの問題を子ども主体で考える視点が乏しいと思います。児相の措置が保護者の権利侵害にあたらないかどうかを家庭裁判所が審判する制度はあるのに、子どもの権利が適正に守られているかどうかを監督する機関はありません。

    児相が動かなければ八方塞がり

    また、結愛ちゃんの件でも課題が浮き彫りになりましたが、医療機関からの情報提供を児相がどのように扱ったかのフィードバックがなく、対等な関係での機関間連携が確立されていません。

    報告書によると、2017年10月、結愛ちゃんが「家に帰りたくない」と発言し、それを聞いた医療機関が児相に情報提供しましたが、児相は3度目の一時保護もしなければ、児童福祉法28条の申し立てもしませんでした。

    子どもがSOSを出しても、児相が動かなかったら、そこで八方塞がりになるわけです。児相の対応を第三者的に評価する専門機関が必要です。

    犬山 確かに。私たちが虐待防止のために始めた「#こどものいのちはこどものもの」という活動も、子どもの人権や意思を尊重してほしいという願いがあります。

    山田 神奈川県で、両親から虐待を受けていた中学2年の男子生徒が、相模原市児相に児童養護施設への入所を求めたものの、両親の同意が得られなかったために入所できず、自殺をはかり亡くなりました。

    性的虐待の起こる危険な家に帰ることができず、家出をして街をさまよう少女たちに、「お父さんとお母さんが心配しているよ」と言って帰宅を強いるなど、子ども主体ではない対応がまかりとおっています。

    虐待通告のミスマッチが起きている

    犬山 虐待かな?と思ったり、虐待してしまうかも、と追い詰められたときに、どこに相談すればいいかというのも気になります。

    山田 現状は、通告先は児童相談所と市区町村に分かれていて、どちらに通告するかの判断は、通告する人に任されています。このため、軽症事例が児相に通告されたり、重篤事例が市町村に通告されたりのミスマッチが起き、適切な対応ができなかったり、タイムラグが起きたりしています。

    現在、児相と市町村に二元化されている通告先を、ホットラインとして「189」に一元化し、虐待の種別や緊急度、重症度に応じて「トリアージ」する機能をもたせるべきだと思います。

    子どもの保護についても提案があります。

    現在は、ひとりの児童福祉司に介入・保護と支援の両方を任せる児相が多いです。そうすると、いずれこの親たちを支援しなければいけないという気持ちが先行して、親と対立してまで子どもを保護することをためらってしまいます。

    介入・保護をする部署と、子どもや家族を支援する部署を分けることで、毅然とした態度で子どもを保護することができるようになります。

    また、一時保護所は、現在のように子どもたちにルールを課すことでコントロールして集団生活の安全を確保する保護施設ではなく、虐待・ネグレクトで傷ついた子どもたちの人権を守りつつ、安全を確保し、アセスメントもできる専門機関に衣替えする必要があります。

    まず、身近な子どもを気にかけて

    犬山 虐待防止のための課題がたくさんありすぎて、専門家ではない私たちには何ができるんだろう、と思ってしまいます。

    山田 まずは、身近にいる子どもを気にかけてあげてください。心配だと思ったら通告してください。

    日本では、通告に対するハードルが高いですが、通告は親を糾弾する行為ではなく、ここに助けてあげるべき子どもがいますよという連絡です。何よりも子どもを守ることが最優先なのです。

    アメリカでは、学校や医療機関などで働く専門職には罰金罰則をつけて通告を義務化しています。イギリスでは義務化されていませんが、子ども虐待に関する研修を受けなければ免許更新ができない決まりになっています。

    どちらの国でも、テレビCMの中でさりげなく、子どもの虐待通告を広報するメッセージが流れたりします。このように、一般市民に対しても、いろんな場面を通して、情報提供がなされています。子ども虐待・ネグレクトを減らすことを自分ごととしてとらえてもらえるような工夫が凝らされているのです。

    犬山 子どもの人権を最優先に考えたら、ひるまずに私たちにもできることがあると思えてきました。ありがとうございました。


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