交通事故で脚に大けがをした。17歳の僕が「手術したい」と言えない理由

    自立を目指して働く少年たちに、経済的な負担がのしかかる。

    ときどき、脚がしくしくと痛む。仕方がないものだから慣れよう。そう考えるようにして、やり過ごしてきた。手術をすれば症状は治るはずだと医師から聞いたときも、17歳のナオキさん(仮名)は「だったらすぐに手術をしたい」とは言わなかった。

    ナオキさんは、千葉県市原市にある自立援助ホーム「みんなのいえ」で、同年代の男子4人と暮らしている。いずれも、虐待などを理由に家族と暮らすことができず、児童相談所の一時保護所や児童養護施設を転々としてきた子どもたちだ。

    「けがは治ったでしょ」

    「脚について、なんて言えばいいのかなぁ。うまく説明できないんですよね。どこから話せばいいか」

    両親のことは、何も覚えていない。

    ナオキさんは1歳のとき、乳児院から児童養護施設に入所した。何らかの事情で親と暮らせない子どもたちが預けられる施設だ。

    施設では、本人によれば「問題児」。職員ともめることが多かったという。

    小学5年の終わり頃、交通事故に遭い、太ももに大けがをした。けが自体は病院で手当をして治ったが、痛みは長く続いた。

    「1年くらいの間にどんどん痛くなって、本当に痛かったし、歩くのもしんどかった。あるとき、体操をしていたら左右の脚の長さが違うことに気づいたんです。病院に行かせてほしい、と半年くらいずっと施設の職員に頼んだんですが、『けがは治ったでしょ』と言われ、連れて行ってもらえませんでした」

    自分の問題行動のせいで

    職員に対する不満から、職員や入所している他の子どもと衝突することが増えた。学校の友達ともケンカしたり、放置自転車に無断で乗ったり。そうした行動が原因で児童相談所で一時保護されることになり、中学2年の半年間、一時保護所で過ごした。

    一時保護所では、異なる年齢の子が共同生活する。外出は制限され、学校に行くこともできなかった。

    「いま思えば、自分がいた児童養護施設は、他の施設と比べると規則も少なくて過ごしやすかったみたいでした。自分が昔からやんちゃで、いろいろと問題を起こしていたから、その積み重ねのせいで病院に連れていってもらえなかったんだと思います」

    ナオキさんは、病院に行けなかったことは自分の責任だと思っている。

    レッテル貼りがつらかった

    一時保護所から、元いた児童養護施設に戻ることはできなかった。

    次に決まった行き先は、児童自立支援施設。今は入所対象が拡大されているが、そのなりたちは、不良行為などで生活指導が必要な子どもを受け入れる施設だ。

    「悪い子が入る施設だというレッテル貼りがつらかった。些細なことで怒られたのも嫌でした。でも、怒られる原因を作っているのは自分だったから」

    「おかげで生活を改善することができたので、自立支援施設には行けてよかったです」

    児童自立支援施設では、基本的に敷地外に出ることはできなかった。学校から帰ると、掃除、草むしり、畑仕事などの作業が待っていた。自由時間は平日は午後7時から9時まで、週末も午後のわずかな時間だけだったという。

    そこで生活を立て直したナオキさんは1年前、この自立援助ホーム「みんなのいえ」に来て、規則がないことに驚いた。

    入居の約束は、たった3つだけだった。

    1. うそはつかないこと
    2. やくそくはまもること
    3. ひとのものはとらないこと

    自由の大変さを知った

    ようやく手に入れた、規則に縛られない自由な生活。それはうれしい一方で、ナオキさんは戸惑った。

    「自由って大変ですよね。規制があるほうが生活はしやすいです。これまで、規則を破って怒られて、これはやっちゃいけないんだということが染み付いてきた。自由だと、やっちゃいけないと言ってくれる人がいないから、自分で規制しないといけないんですね」

    ナオキさんを病院に連れていったのは、ホーム長の小倉淳さんだ。入居している男子たちからは「おぐらっち」と呼ばれ、お互いにタメ口で話している。

    病院では、やはり事故の後遺症で左右の脚の長さが違うため、左足の骨を削って長さをそろえる手術をすれば、歩きづらさや痛みは解消するだろう、との診断だった。

    しかし、このタイミングでの受診には一つ、大きな問題があった。

    児童養護施設は、児童福祉法第28条に基づき、親が子どもを虐待し、監護を怠った場合、都道府県による「措置」として子どもを入所させることができる施設の一つだ。

    一方、自立援助ホームは、児童福祉法第33条の規定に基づき、児童相談所長の「委託措置」により入居が決まる。その際には本人の意志確認があり、入居先の見学などもできる。

    つまり、養育のために預けられる施設と、自立するために自ら選択したホームという違いがあり、その違いは生活や待遇に大きく表れる。

    働いて入居費と税金を払う

    自立援助ホームに入居すると、それぞれが「世帯主」となり、就職先を見つけて働き、前年の所得に応じた住民税や入居費を自ら支払う。

    医療費も同様で、国民健康保険に加入し、前年の所得に応じた保険料を支払い、かかった医療費の3割を自己負担することになる。

    同じ17歳でも、児童養護施設に入所していれば、医療費は全額が公費負担。児童相談所から発行される「受診券」を提示すれば、自己負担はない。

    「自らの意志でホームに入居したんだから」という自己責任論が聞こえてきそうだが、そんな境遇になったのは本人の責任ではない。虐待を受けたり養育放棄されたりして、家族から援助を受けられないからだ。

    「自立」を強いられた状態で必死に社会に適応しようとしている未成年の子たちに、経済的負担が容赦なくのしかかる。働いて収入を得られるとはいえ、労働基準法は18歳未満の深夜労働を制限しており、午後10時を過ぎるアルバイトはできない。

    小倉さんは言う。

    「受診券がもらえないのは大きなハンディです。心療内科など複数の病院にかかっている子もおり、医療費や保険料をホーム長が立て替えたりもしています。保険料を滞納させるわけにもいかないですし」

    「暮らしている施設によって、子どもの経済面や健康面で格差があるのは差別ではないかと思うのですが.......。医療費格差のことは、児童相談所の職員でさえ、知らない人が多いですね」

    自立援助ホームはそれでも、暮らしの場を提供している。食事や洗濯など、身の回りの援助もある。児童養護施設を退所して突然ひとり暮らしを始めることと比べたら、まだ恵まれているほうなのだ。

    ナオキさんがすぐに「手術したい」と言えなかったのには、こうした事情があった。

    大人に要望を聞いてもらえた経験がほとんどなかった。要望してもかなわないということも学んできた。

    「今すぐどうにかするのは難しいかもしれないけれど、将来、僕と同じように困る子がいなくなるといいな、とは思います」

    そう、控えめに話した。

    子どもの格差をなくしてほしい

    東京都目黒区で5歳だった女の子が両親から虐待を受けて死亡した事件が明らかになった後、タレント5人が「#こどものいのちはこどものもの」というハッシュタグを掲げてチームを作り、児童虐待防止のための活動を続けている。

    5人は9月13日、厚生労働省に牧原秀樹副大臣を訪ね、虐待防止の取り組みの進捗を聞いた。SNSで集めた意見をもとに7月10日にチームが厚労省に出していた提案書について、牧原副大臣は一項目ずつ丁寧に進捗を説明した。

    イラストエッセイストの犬山紙子さんと、タレントのファンタジスタさくらださんは、ナオキさんに会って直接聞いた上記の話を伝え、

    「親からの援助を受けられない境遇なのに、子どもによって格差があることに衝撃を受けた。経済的な理由で健康な生活を送ることができない子どもがいることを知ってほしい」

    と訴えた。牧原副大臣は「問題だと思うので調査する」と回答したという。

    犬山さんは「国として虐待問題に対してどのような熱量で取り組んでいるのか尋ねたところ、非常に高く、また迅速に動いてくれていることがわかり、とても希望をもてました。引き続きタレントチームとして、現場の取材や拡散の活動を続けていきます」と話した。