電話はちょっと怖いけど、文字にしたら落ち着く。子育てに悩んだときにLINEで相談できたら

    虐待が起きる前にSNSでできること。

    ーー子育てでつらいとき、誰に何を使って伝えましたか?

    イラストエッセイストの犬山紙子さんは6月、Twitterで「育児がつらかったとき」についてのアンケートを募集した。

    ⭐️アンケートのお願い 育児中追い詰められた、子供を叩いてしまった、大声を出してしまった、虐待をしそうだった、虐待をしてしまった ひとごとじゃない、ひとごとじゃなかった方達の意見、要望を集めて可視化。 議員さんに届けたいと思います よろしくお願いします🙇‍♀️ https://t.co/D87iLrXJgq

    「まず文字にしたら落ち着く」

    2000を超える回答が集まり、児童相談所(児相)に電話をすることについては「ハードルが高い」という意見が目立った。

    全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」は近くの児相につながる。だがアンケートでは、児相のイメージとして「犯罪者の烙印を押されそう」「家庭に介入されそう」「おおごとにされそう」といったネガティブな先入観があるのと同時に「電話をかけることに抵抗がある」という声が多かった。

    • 「電話をする余裕がない」
    • 「電話だとうまく話せるかわからない」
    • 「まず文字でSOSを出せたら落ち着くかも」
    • 「待たずにすぐつながってほしい」
    • 「夜に気が滅入ることが多いので24時間いつでも相談したい」

    スマホ世代のインフラ

    総務省の通信利用動向調査によると、スマートフォンの保有率は2017年に75.1%となり、固定電話やパソコンを上回った。

    メッセージでのコミュニケーションに慣れている世代にとって、電話に代わる気軽なツールが、無料通信アプリ「LINE」だ。LINE広報によると、日本の人口の約6割にあたる数の国内月間利用者がいる。

    2018年1月のLINEユーザーへのインターネット調査では、利用者の過半数が30代以下で、もはや若い世代のインフラともいえる。

    「子育ての悩みが深刻化する前に、LINEで相談を受け付けることはできないでしょうか」

    犬山さんがTwitterなどで発信し、LINEにも冒頭のアンケート結果を送った矢先、東京都がLINEの相談窓口を開設する、と発表した。

    ⭐️今考えていること しんどくなったり虐待しそうと思ったりした人がSOS出すハードルを下げるために電話でなくLINEで相談できるようにならないだろうか 全国の児童相談所はLINEのアカウントを開設して、LINEでもSOSを受け付ける 電話よりもハードルがグッと下がって深刻化する前にSOSを出せるかも

    東京都は11月に試験運用

    東京都は、児童虐待を防止するため、LINEを利用した子どもや保護者からの相談などについて、LINE株式会社と連携協定を締結。「若者のコミュニケーション手段としてもっとも利用されているLINEアプリを利用して、よりアクセスしやすい相談体制を整備する」としている。

    11月に試験運用し、検証したうえで、来年度から本格実施する予定だ。

    LINEの相談窓口とは、どんな仕組みなのか。犬山さんが、事業を担当しているLINE株式会社執行役員の江口清貴さんを訪ね、詳しく話を聞いた。

    積み重ねの段階で

    「子どもへの虐待は、いきなり起きることはなく、不安やトラブルが積み重なっていき、ある閾値を超えると虐待が発生するのではないかと考えています。私たちにできるのは、相談によって、閾値に至るまでの不安の積み重なりを緩和することです」

    こう話す江口さんは、LINE社の公共政策室長であり、CSR(企業の社会的責任)活動の責任者。インターネットリテラシー、情報モラルの啓発活動や、青少年のネット利用実態調査など、ネット上のトラブルをなくす取り組みや研究を進めている。2017年12月に設立した全国SNSカウンセリング協議会の代表理事も務める。

    いじめ相談は2週間で年間の2倍に

    2017年9月、長野県教育委員会がLINEでいじめなどの悩み相談を受け付けたところ、時間内に1579件のアクセスがあり、547件の相談に対応した。2週間で、2016年の1年間の電話相談件数の2倍を超えた

    厚生労働省が自殺対策強化月間の2018年3月に実施したSNSの相談事業では、1カ月で1万件を超えた。年齢と性別がわかる限りでは、約8割が20代以下、約9割が女性だった。

    電話とLINEの違い

    厚労省や東京都、長野県教委などSNS相談を実施する団体や自治体、公的機関は、まず相談用のLINEアカウントを開設する。

    相談したい人がそのアカウントを友だちに追加すると、民間の団体に所属するカウンセラーとつながり、匿名で直接、メッセージのやりとりができる。

    「カウンセラーによると、対面や電話のカウンセリングでは、相手の話を聞き出すための『傾聴』が基本姿勢です。『Aなんです』と相談されたら『Aなんですね』と返すことで、相手に寄り添い、共感している態度を示すのです。しかし、テキストメッセージでそれをやるとすると、まどろっこしくてたまりません」(江口さん)

    資格や経験があるカウンセラーでも、テキストベースでのカウンセリング独特の手法やタイピングスキルが必要になる。長野のいじめ相談や厚労省の自殺対策相談で得た知見を生かし、SNSカウンセリング協議会でカウンセラーを養成している。

    LINE社が過去に協力したLINE相談では、講習を受けたカウンセラーとスーパーバイザーの2人組で相談を受ける体制だ。

    相談内容はLINE社にも伝わらない仕組みになっており、匿名性も守られる。ただ、生命や身体に危険がありそうで緊急対応や危機介入が必要とされる場合には、本人の同意を得たうえで関係機関に通報する。

    江口さんは「問題を解決するためには、ツールは何でもいいんです」と話す。

    「悩みを相談しづらいのは、相談してうまくいった経験がないからです。相談してもいいんだ、と思えるような経験をすることで、相談する行動につながりやすくなります。まず、相談のハードルが低いSNSで悩みを解決する経験ができれば、いずれは電話相談やそれ以外の相談窓口でも、もっと気軽に相談してもらえるようになるかもしれません」

    何もやらないよりやったほうがいい

    SNSを使った相談事業は、こうした公的機関と連携したものから、民間団体、個人まで、さまざまなサービスが展開されている。

    江口さんは、2017年10月に神奈川県座間市のアパートで、9人の遺体が発見された事件を例に挙げる。

    殺人・死体遺棄の疑いで逮捕された容疑者は、Twitterに自殺をほのめかす書き込みをした若者に「自殺を手伝う」などとメッセージを送り、誘い出していたとされる。

    「SNSでの相談事業がうまく稼働するようになると、それに便乗してくる人がいるかもしれません。また、SNSがいじめの温床になる、といった印象論も根強くあります。だからといって、何もやらないでいたら、いじめや虐待はなくなるでしょうか?」

    「人間が集団行動をする以上、いじめも自殺も虐待も起こりうるのです。一定数が起きることを前提に、いかに未然に防ぐかというところでネットを役立てることはできます」

    これまで児相で受けていた相談をまずSNSで受けるという「分業」や「連携」がうまく機能すれば、児相のマンパワーをより緊急性の高い案件に集中できるようになる。児相一極集中の現状を変える一歩になるかもしれない。

    情報を取りにいけない

    東京都目黒区で5歳だった女の子が両親から虐待を受けて亡くなった事件では、一家は香川県から引っ越してきたばかりで、地域からも"見えない"存在だった。子育てや保育に関して行政から提供される情報量は膨大だが、積極的にアクセスする人ばかりではない。

    犬山さんは「受けられるサービスを逃している人がたくさんいる。情報の取りやすさは、親が孤立しないためにはすごく大事だと思います」と話す。

    犬山さんは子育て中のタレントに呼びかけ、児童虐待をなくすために活動するチームを結成した。メンバーは他に、坂本美雨さん、福田萌さん、ファンタジスタさくらださん、眞鍋かをりさん。5人が注目したのが、LINEを使った情報発信だ。

    メンバーは「多くの自治体がLINEで情報発信するようになれば、情報格差がなくなるのでは」と考え、7月3日に犬山さん、坂本さん、福田さんの3人が渋谷区の長谷部健区長を訪ね、導入の経緯などを聞いた。渋谷区は2017年2月から、LINEで子育てをサポートする情報を発信している。

    絵文字たっぷりのトーク

    渋谷区はLINE公式アカウントは、友だち登録をして、住んでいる地域、子どもの年齢、通っている保育施設の種別を登録すると、絵文字たっぷりの「トーク」で新しい情報が送られてくる。

    「予防接種のスケジュールを教えてくれたり、子どもを連れていける近所のイベントを教えてくれたりします。わざわざ区役所の窓口に電話をして聞くのは緊張するけれど、絵文字を使って話しかけてきてくれるので、親近感が湧いて安心します」(福田さん)

    「区からLINEが届くと、こちらに踏み出してきてくれている感覚があります」(犬山さん)

    長谷部区長によると、この事業もCSRの一環としてLINE社が協力しているもの。情報発信しているのは区で、「職員が一生懸命、絵文字を使っています(笑)」。情報発信は軌道に乗ってきており、相談事業についても今後、検討したいという。

    「子育てに関する予算は、渋谷区でも足りているとは言えません。企業とタイアップすることで費用を抑えつつ、実験的に新しいことをやり、先行事例をつくっていきます」

    渋谷区は他にも、企業や大学、個人の協力を得て、子どもがひとりで食事をしないで済む居場所づくり事業「こどもテーブル」など、産学と連携した事業を展開している。

    現在、区庁舎を建て替え中で、妊娠初期から18歳まで切れ目ない支援をする「渋谷区版ネウボラ事業」を集約するセンターを2021年度に開設する。先行して2019年3月には、産後ケアや子どもを短期間預かるショートステイなど、虐待の予防や子育て負担を減らすための事業を一部始める。

    LINEなどを利用したSNS相談をしている団体はこちら


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